2012年6月14日 (木)

(再掲)帰国 その3

12月22日、カルカッタを出発した。もう日本へ帰るのみだ weep

12/22 カルカッタ12:10(バングラデシュ航空)13:20ダッカ15:40(バングラデシュ航空)19:40バンコク 

*日本との時差は、カルカッタ(インド)は-3.5時間、ダッカ(バングラデシュ)は-3時間、バンコク(タイ)は-2時間です。

12/23 バンコク1日滞在

12/24 バンコク17:20(列車)17:58バンコク国際空港

12/25 バンコク1:45(パキスタン航空)12:00東京国際空港13:45(京成スカイライナー)14:45上野、東京18:00(ひかり31号)20:01名古屋

 バンコクでは、”ニュー・エンパイア・ホテル hotel ”(シングル275バーツ)というビジネスホテルに泊まった。そこで、帰国前に、すっかり伸びきった髭を剃った。街では、’食べ歩き’を楽しみ、また、フルーツ cherry banana apple を買ってホテルで食べたりもしていた。帰国前の最後のひとときを楽しんでいた happy01

そして、日本 fuji へ帰ってきた。名古屋へ戻る前に、東京でしなければならないことがあった。盗難に遭ったトラベラーズ・チェックの再発行手続きなどだ。それらのことをすべて済ませ、夕方の新幹線 bullettrain で名古屋へと帰る。初めての海外への旅が、終わった。

(カテゴリー 「1984 初めての海外へ」 完)

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年6月13日 (水)

(再掲)帰国 その2

翌日、ラクソウルよりローカル線の列車 train で、ムザファルプールへ。列車から眺める風景は eye  、日本では見られない、亜熱帯の平原が延々と続いている。列車は、各駅停車ではなく、快速列車のようだった。ムザファルプールまでは、6時間ちょっとかかった wobbly 。そして、ここからカルカッタへ向け、長距離列車に乗り込む。夜行の寝台列車だ。20時間ほどかかって、無事、カルカッタ近郊のハウラ駅へ着いた。

カルカッタでは、今回は”モダンロッジ”ではなく、その隣の”ホテル・パラゴン hotel ”に部屋をとった。なぜなら、この2つのロッジは、カルカッタでは’日本人御用達’とも言える、代表的な宿だからだ。2泊のみではあるが、こちらにもぜひ、泊まっておきたかった bleah 。そして、やはり、ここ”ホテル・パラゴン”にも、学生の冬休みと重なって、多くの日本人旅行者がいた。

と、ある日、ここで知り合った日本人の学生と、街を一緒に歩いていると shoe 、例によって’こじきさん’達が、まとわりついてくる。が、俺も一緒にいるにもかかわらず、どの’こじきさん’も、俺には何も言ってこない。誰もが、学生さんだけに「バクシーシ(お布施を)」と言っている。彼は「なんで、僕にしか来ないんですか pout sign02 」と、憤慨 angry していたが、それもそのはず。彼はまだ来たばかりで、身なりもこざっぱりとしていた。一方で俺は、髭は伸び放題、サンダル履きなどなど、誰がどう見ても、俺の方がみすぼらしい’貧乏人(ヒッピー)’に見えるはず coldsweats01 。でも、それはそれで、何か淋しいものがあった weep 。うっとおしいのだけど、こう、あからさまに比べられてはネェ wobbly sign01

モダンロッジ hotel へも遊びに行ってみた。朝食 restaurant を約束していた人がいたので、朝、彼の部屋を訪ねた。そこで、’唖然coldsweats02 ’とする光景を目 eye にした。彼の部屋はドミトリーで、男も女の人もいた。こういう安宿なので、宿泊客は若い人ばかりだ。ちょうど起きたばかりの金髪の可愛い女の子 virgo (オランダ人だそうだ)が、上半身はTシャツ t-shirt のみ(明らかにブラジャーをつけていないのが分かるほど)で、下半身は、何と、たったパンティー1枚で「Good morning wink sign01 」と言い、顔を洗いに行こうとしていた。薄紫色の小さなパンティーが、’丸見え eye ’なのだ sign01 彼の話によると、「毎朝こうなんですヨ wobbly sign01 初めは嬉しい happy02 と言えば嬉しかったけど、こう毎日ではネェ think sign02 目のやり場に困りますヨ wobbly sign01 」と、困惑していた。

また、ここカルカッタへインドの民族楽器”シタール”を習いに来ている日本人がいて、夜 night になって彼の部屋へも訪ねてみた。彼は、俺が盗難に遭ったときもここにいたので、お互いに顔は知っていたのだ。彼を訪ねてあいさつ happy01 を交わした後、俺が最も訊きたかったことを彼に尋ねた。「クーデターの時、どうでした?」と。

彼は、「いやー coldsweats01 、怖かったですヨ wobbly sign01 ここは2階だから大丈夫だ confident と、思っていたけど、あれだけ銃声が聞こえると・・・shock 。もう、いつ、窓ガラスが割られるかと、ヒヤヒヤ coldsweats02 していましたヨ wobbly sign03 」と、生々しく語ってくれた think

そして、「申し訳ない despair 」と思いつつ、彼に一つだけ俺のわがままを聞いてもらった。それは、「シタールを聞かせてほしい confident 」ということだった。しかし彼は、「いいですヨ wink sign01 」と快く引き受け、演奏してくれた notes 。その演奏は、まだ習っている最中とはいえ、とても素敵だった happy01 。”シタール”という楽器そのものが、俺にとって初めて知ったものだったから。彼の手によって奏でられる音色、メロディ・・・ notes 、今までに聞いたことがない音楽だった。彼にお礼を言い confident 、そして別れた。いよいよ、旅も終りになってきた。

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年6月12日 (火)

(再掲)帰国 その1

12月18日早朝、前日にすべての支払い dollar を済ませた俺は、ここカトマンドゥを出発した。チケット ticket は、カトマンドゥの旅行代理店で、カルカッタまで手配してもらった。ルートはこうである。

12/18 カトマンドゥ6:45(バス)15:30ビルガンジ(サイクルリクシャで国境を越える)16:30頃ラクソウル

12/19 ラクソウル6:45(列車)13:00ムザファルプール14:15(夜行列車)

12/20 10:00頃ハウラ

 カトマンドゥから長い時間をバス bus に揺られ、国境の街・ビルガンジへ。正直に言うと「とても寂しい weep 」。ネパールがすごく良かっただけに、帰国までわずかとはいえ、あの悲惨な盗難事件に遭ったインド・カルカッタへ入るのが、少し辛かった weep 。しかし、あのような事件に遭いながらも、ここまで旅を続けられたからこそ、図太くもなっていた bleah

ビルガンジから国境を越え、インド・ラクソウルへ。この日は、ここで宿 hotel をとる。食事は、ラクソウル駅の近くでカリーを食べた。周りに観光客らしき人は、誰もいなかった。そのせいか、皆、やたらに俺の方を注目 eye していた。国境の街だから、観光客はそれほど珍しくないと思うのだが・・・。それにしても、このカリー、とても辛かった wobbly sign03  しかも、スプーンがなく、手で食べなければならない wobbly 。カルカッタへ着いたころ以来、久々の本格的”インドカリー”だった。

*この時のルート、カトマンドゥ~ムザファルプールまでは、「深夜特急」の著者、沢木耕太郎氏が、ネパールからインドへ行く際に辿ったルートと同じです。「深夜特急」がTVドラマ化され、それを見た時は、懐かしい風景に、思わず感激しました weepウルウル 。

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年6月 7日 (木)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~サキャさんの招待~

俺がネパールを離れる日が近づき、お世話になったサキャさんに、そのことを告げた。すると彼は「明日、ぜひ私の家に来てください。一緒に食事をしましょう」と、招待された happy01

サキャさんは、ストーンハウス・ロッジの近くで小さな雑貨屋を営んでいるが、普段は’橋’の設計デザイナーで、5年前に技術研修のため、日本の清水建設に1年間、研修生として来ていたそうだ coldsweats02エェーッ!。だから日本語も上手で、サキャさんのお店の前を通ると、必ず彼がいるかどうか確かめて eye 、もしいれば、いつも話をしていた happy01 。するとサキャさんはいつも、奥さんにコーヒー cafe を出すように言ってくれた。もちろん、ときには買い物もしたし、ストーンハウス・ロッジの他の仲間にも、彼のことを教えたものだ。

12月15日、10時に彼の店へ行き、部屋へと案内され、まずコーヒー cafe を頂きながら、彼の日本での写真 camera を見せていただいた。ホームステイ先や研修風景、ときには観光にも出かけていたようだ。日光や東京、奈良、立山へも行っている。

日本から持ち帰ったというオーディオセットとレコード。彼は「私はこの人、”さっちゃん”が好きです。」と言って、”小林幸子”のレコードを何枚か見せてくれた。さらに”五木ひろし”のレコードも。どうやら、サキャさんは’演歌 notes ’が好きなようだ。

やがて昼になり、お待ちかねのネパール家庭料理 restaurant だ。もちろん、”ダルバート”。マトンカリーとタルカリ(野菜)はほうれん草、フライドポテトにダル(レンズ豆)スープ。このダルスープが、とても美味しかった delicious 。やっぱり家庭料理は違うナァ、と思った。お腹がいっぱいになるまで、何杯でもお代りを頂いた。それほどおいしかった smile sign03

食後、しばらく休憩していると、ニューロードで、お祭りのような音がしている。見に行くと、すごいパレードだ coldsweats02オォーッ !。たくさんの人々がパレードに参加していた。

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ニューロードのパレード。 いったい何のパレードだったのだろう?わからないままでした。

彼の家へ戻ると、午後はサキャさんの友人がやって来て、トランプでゲームを始めた。どんなゲームなのか全く分からず wobbly 、俺はしばらく見ていた。しかし、最後まで何が何だかわからなかった。

ロッジに帰る前、レモンティーを頂き、そして彼はお土産(餞別)に”ラム酒”を1本、プレゼントしてくれた。帰国後すぐに手紙 mail を書くこと、そしていつか再会し、一緒にネパールを旅する約束をして別れた。

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年6月 6日 (水)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~自炊生活~ その8

12/14 バナナ12本3.5Rs、パン2.35Rs、

昼食・・・粉吹きいもとキャベツ(塩で味付け)、ゆで卵、味噌汁(キャベツ)、バナナ

 これでほぼ、だいたいの食材は使い切った good 。残っているのは、チーズとバナナ、コーヒーぐらいだ。翌15日、16日の朝食は自炊した。しかし18日の朝、カトマンドゥを離れなければならない weep 。俺は食器類を売り払った。例えば、ラーメン用の器は20Rsが5Rs、ポリタンクと味噌汁用の器、皿が全部で20Rsだったのを7Rsで売ることができた happy01 。そして残っていた調味料(塩、味の素など)は、他の日本人旅行者に分け与えた confident

自炊して思ったことは、はじめは節約するつもりだったけど、お金 dollar のことより、”より楽しく happy01 、よりおいしく delicious ”作るかが重点的だった。メニューは確かに’タンパク質’が多かったけど、お腹いっぱい食べられたし、作る楽しみもあった wink 。時間もつぶれるし・・・。

金井さんが’カジノ’へ誘いに来た時に、初めて皆に自炊した料理を試食してもらったのだが、その時たくさんの賛辞を頂いた confident

「いやー、君がここまでやるとは思わなかった!」と金井さん。

「尊敬しますヨ!電気コイルヒーター1本で、これだけ作れるなんて!」と日浦さん。

「カルカッタで会った時(盗難直後)を考えると、スッゴイネー、これは!よくここまで”立ち直った”ヨ!」と上田さん。

安全性と健康を考えても、自炊のほうがいい。できれば、他の自炊者の人たちのように、ケロシンを使っていたら、”肉料理”も作れたのだが・・・ bearing 。また、自炊するということは、当然’買い出し’にも行かねばならない。それによって、バザールや野菜市場へも必然的に足が向く shoe 。そこでは当然のごとく、ネパールの一般庶民の人々が働いている。知らず知らずのうちに、ネパールの人々とコミュニケーションしていた happy02

カトマンドゥを離れる前の日、ケロシンを使って自炊している人から、「(調味料を)分けてくれたお礼に、今’もつ’を煮込んでいるから一緒に食べよう」と誘われ、’もつ’をご馳走になった happy01 。ニンニクと唐辛子を入れ、味噌で煮込んだそうだ。本当においしい’もつ’だった delicious

あらためて思ったこと、それは「食生活は、楽しくおいしく満足できるものでなければならない」、ということだった confident

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年6月 5日 (火)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~自炊生活~ その7

12/6 パン2.5Rs、バナナ16本5Rs、チーズ7.8Rs、卵4個4Rs

夕食・・・アンちゃん送別会で、皆で外食 restaurant

12/7 菜っ葉0.5Re

夕食・・・サラダ(ポテト、玉ねぎ、キャベツ、サラダクリーム)、味噌汁(菜っ葉)、卵入りラーメン

12/8 パン2.5Rs、サモサ2個2Rs

夕食・・・雑炊(米、ポテト、菜っ葉、味噌、塩、味の素、卵)、おひたし(菜っ葉)、サモサ

12/9 バター6.5Rs、ポテト1kg3Rs、なす1本0.5Re、ほうれん草0.5Re、豆腐1丁3Rs、パン2.35Rs、卵4個4.8Rs

夕食・・・雑炊(米、ポテト、ほうれん草、味噌、塩、味の素、卵)、湯豆腐

12/10 キャベツ7Rs、カリフラワー1Re、にんじん1Re

夕食・・・サラダ(ポテト、カリフラワー、玉ねぎ、にんじん、キャベツ、バター、塩)、味噌スープ(なす、にんじん、豆腐、卵)、おひたし(ほうれん草)

’好き嫌い wobbly ’が多く、日本ではまず食べない despair カリフラワーやにんじん、ナスまでも、ここでは食べていた delicious 。何故かは自分でもわからない。アンちゃんと一緒に自炊した効果なのかもしれない bleah

(*現在では、これらの野菜も平気で食べられます wink 。というより’好き嫌い’そのものがほとんどなくなりました。あちこち”旅”しているうちに、必然的にそうなりました happy02 。)

12/11 パン2.35Rs、卵3個3.6Rs

夕食・・・雑炊(米、ポテト、にんじん、カリフラワー、キャベツ、玉ねぎ、卵、味噌、塩、味の素)、味噌汁(キャベツ、にんじん、ポテト、カリフラワー、玉ねぎ)

12/12 買い出しなし

夕食・・・サラダ(ポテト、玉ねぎ、カリフラワー、にんじん、キャベツ、卵、バター)、味噌汁

12/13 パン2Rs、卵4個4.2Rs

夕食・・・雑炊(米、ポテト、にんじん、キャベツ、玉ねぎ、卵、味噌、塩、味の素)、サラダ(ポテト、玉ねぎ、カリフラワー、にんじん、キャベツ、バター、塩)

アンちゃん帰国後も、一人で毎晩、自炊を続けていた angryガンバ!。しかし俺にも帰国が迫ってきた weep 。これ以上の買い出しは、朝食以外は不要だ。朝食のみでいい。野菜市場へ行くことは、もうなかった sad

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年5月31日 (木)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~自炊生活~ その6

12/4 パン2.35Rs、卵4個4.2Rs、りんご2Rs、みかん2個2Rs、ヨーグルト3個4Rs

夕食・・・雑炊(米、ポテト、長ネギ、キャベツ、卵、味噌、味の素、塩)、フルーツカード(りんご、バナナ、みかん、ヨーグルト)

 この日もアンちゃん virgo と一緒に自炊した。彼女の「デザートも作っちゃおう happy01 sign01 」の一言で、フルーツを買ってきてデザートを作ることにした lovely 。雑炊は、昨日同様、驚くほどに美味しかった delicious sign03 俺は、コイルヒーターでは、ご飯は無理と決めつけていただけに bearing 、アンちゃんのアイデア flair はとても嬉しかった happy01 sign03 まして、”デザート”まで作っちゃうんだから coldsweats02ビックリ sign01 やっぱり女の子 virgo が一緒だと’違う’ think 。デザートは、ヨーグルトにフルーツ banana apple を入れた”フルーツカード(ヨーグルト)”、口当たりがさっぱりとしていておいしい delicious sign03

しかし、2人での自炊生活も、この日までだった weep 。彼女の帰国が、急遽決まってしまったからだ shock 。翌日は2人で一緒にナガルコートへ bus 、1泊2日で出かけた heart01 。(*「ヒマラヤからの朝日」参照)

そして、カトマンドゥへ戻って来たその日の夜 night 、アンちゃんの送別会を、ストーンハウス・ロッジ hotel で彼女と親しくしたいた仲間と、日本食レストラン”串藤(くしふじ) restaurant ”で行なった happy01 。金井さんや上田さん、ドミトリーで自炊している人たちも、この日ばかりは皆で外食した happy02 。俺は’カツ丼’を注文、他の人たちは’すき焼き’’うどん定食’など、色々なものを注文していた。しかし、皆曰く、料金の割には、どれもこれも「素晴らしくおいしい!」と言えるほどのものではなかった think 。むしろ、自炊料理のほうが’美味しい’かもしれない。

アンちゃん virgo との自炊は、たった4回だけだったが、本当に楽しかった happy01 。買い出しの時間も含め、彼女とはこの数日間、ずいぶん長い時間を一緒に過ごした happy02 。食後も、コーヒー cafe を飲みながら、色々な話をしていた confident 。彼女だけでなく、隣室の上田さんも、夜 night は俺の部屋の常連で、いつも3人で話をしていた。ここカトマンドゥで、最も楽しい日々だった happy01 sign01 それらの日が過ぎ去ってからも、俺は自炊生活を続けた wink

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年5月30日 (水)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~自炊生活~ その5

12/3 ジャム22.5Rs、米500g3Rs、卵4個4.8Rs、味の素50g入6Rs(日浦さん)

夕食・・・雑炊(ご飯、ポテト、長ネギ、キャベツ、味噌、卵、塩、味の素)

 俺とアンちゃん virgo の2人は、本当に”雑炊”を作った happy02 。買い出しに行く前、彼女が

「ジンさん sign01 ’味の素’見つけたヨ sign03 」と言って、俺の部屋へやって来た。

「エッ coldsweats02ナニーッ! ’味の素’?ホントに sign02 」。

彼女はタメル地区を歩いている shoe ときに、たまたま見つけて eye 買ってきたそうだ moneybag 。’日本製’ではなく’タイ製’のものだが、トレードマークの’お椀’のデザインに’味の素’と書かれた文字は同じだった coldsweats02オォーッ! 。これによって料理の幅も広がるし happy02 、美味しくなる delicious 。代金 moneybag を払おうとしたが、彼女は「そんなの、いいですヨ ng coldsweats01 sign01 」と拒んだ。’味の素’が手に入ったことによって、料理の幅も美味しさもグンと変わった coldsweats02オォーッ !。とくに味噌汁は’ダシ’の代用として、格段においしくなった happy01

そして、アンちゃん virgo と一緒に自炊することによって、初めて作った”米料理” bleah 。調理している武器がコイルヒーターなので、水分が完全になくなるほど使うことはできない weep (”コイルヒーター”は、あくまで”お湯”を沸かすためのものである)ので、慎重になっていた think 。アンちゃんと2人して「もういいかナァ gawk ?」とか「そろそろヒーターが焼けつきそうだ gawk 」などと言いながら、’できぐあい’を見ていた。多少はお米がコイルヒーターの電熱部にくっついてしまったが wobbly 、それは仕方があるまい。

しかし、出来上がった”雑炊”は、我々にとっては、大絶賛 delicious happy01 sign03 すべきほどの料理で、予想をはるかに上回る’おいしさ sign01’だった。俺もアンちゃんも、「ウワーッ coldsweats02 sign01 オイシーイ delicious happy01 sign03 」と、思わず歓声 note を上げたほどだ。本当においしかった smile sign01 コイルヒーターでも、”お米”を使った料理が出来るんだ sign03 あらためて、アンちゃんに感謝した confidentアリガト 。

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年5月29日 (火)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~自炊生活~ その4

12/2 パン2.35Rs、バナナ14本5Rs、豆腐1丁3Rs、長ネギ1Re、なす2個1Re、ほうれん草1Re、ライム2個1Re

夕食・・・サラダ(ポテト、玉ねぎ、キャベツ、ゆで卵、トマト、サラダクリーム)、おひたし(ほうれん草、長ネギ、しょう油、ライム)、湯豆腐(豆腐、ポン酢)、味噌汁(豆腐、長ネギ、なす)

 昨日は余っていたもので自炊したのだが bleah 、この日はアンちゃん virgo と一緒にタルカリバザール(野菜市場)へ買い出しに行く happy01 。アンちゃんは初めて来たそうだ coldsweats02オォーッ!。売っている野菜は、日本でもお馴染みのものが多い。彼女とメニューを考えながら think 、というかほとんど彼女のアイデア flair で、買うものを決める coldsweats01

野菜市場から”肉市場”へも案内する wink 。生臭い臭いが漂っている wobbly 。自炊では’肉料理’は作れないから、買うものは何もないけれど、観光案内のつもり catface で彼女をそこへと案内した happy02

その日の夕食 restaurant 、作ったものは、まずはやはり好評の”サラダ” delicious 。そして彼女のアイデアである”ほうれん草のおひたし”。”湯豆腐”に”味噌汁(具は、豆腐とねぎ、なす)”。味噌汁に”なす”を入れたのも、彼女のアイデアだ happy02

”おひたし”は、すごくおいしい delicious sign03 たくさん作ったので、ドミトリーの自炊者の人たちへ差し入れに行くと、「エッ sign01 おひたし sign02 」と、皆ビックリ coldsweats02ナニーッ! 。そして誰もが、「ウワー coldsweats02 sign01 これはホントに日本の”おひたし”だぁー sign03 これはおいしい delicious sign03 」と大絶賛 happy01 sign03 ”おひたし”には、わずかに残っていた’しょう油’と、この日買った’ライム’を絞って味付けしてあったのだが、それが功を奏したようだ(しょう油が少ない分、彼女のアイデアでライムを使った) confident

その2日後、たまたまドミトリーを訪ねてみたら、我々にならって”おひたし”を作っている人たちがいた coldsweats02オォーッ! 。俺とアンちゃん virgo が、

「こんばんはー happy01 !(自炊)やってますー?何作ってるんですかー sign02 」と訊くと、

「いやー・・・、実は”ほうれん草のおひたし”なんですよ coldsweats01 sign01 」と、照れながら答えていた。

彼は俺たちの”おひたし”があまりに美味しかった delicious ことに触発されたようだ。彼だけでなく、もう1組自炊している人がいるのだが、彼らもやはり”おひたし”を作っていた happy02 。たとえ’コイルヒーター’1本でも、彼らに負けない料理を作っていた smile

そして翌日は、2人で話し合った結果、「”お米”を使って”雑炊”を作ってみよう wink sign01 」ということになった。

*この記事は、1984年の時のものです。

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2012年5月24日 (木)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~自炊生活~ その3

11/28 ポテト1kg4Rs、豆腐1丁3Rs、トマト200g2Rs

夕食・・・サラダ(ポテト、玉ねぎ、キャベツ、トマト、ゆで卵、サラダクリーム)、湯豆腐、味噌汁(豆腐、長ネギ)

11/29 卵2個2.1Rs

11/30 パン2.5RS、卵2個2.4Rs、ラーメン2袋7Rs

12/1  卵3個3.15Rs

夕食・・・サラダ(ポテト、玉ねぎ、キャベツ、ゆで卵、トマト、サラダクリーム)、味噌汁(長ネギ)、ラーメン(玉ねぎ、キャベツ、長ネギ、ゆで卵)、モモ(ネパール風餃子;小龍包、他の自炊者からの差し入れ)

 この日の朝、先日会った日浦さん(通称;アンちゃん) virgo が、俺の朝食 restaurant が終わった頃、不意に訪ねて来てこう言った。

「ジンさん、もし良かったら、一緒に自炊させてもらえませんか confident sign02 」と。たしか2~3日前、

「私も自炊しようかな?ジンさん、今度作る時、一緒に作りましょう wink sign03 」と、彼女は話していた。

彼女は、このストーンハウス・ロッジ hotel へ来て、多くの日本人 fuji 旅行者が自炊しているのを見て興味を持ち、「ぜひ自分もやりたい lovely sign01 」との気持ちが強くなったようだ。しかし、彼女の滞在期間は短い bearing 。俺や彼らのように、自炊の道具を買いそろえるのは、もったいない think 。まして、自炊しているほとんどの人には、パートナー(皆、ひとり旅の日本人女性 virgo )がいた weep

*それぞれのパートナーは、皆ここで知り合った人ばかりです。皆「面白そう!」という好奇心から一緒に自炊させてもらうようになったそうです。

そこで、最も年齢が近く、コイルヒーター1本だけを武器として、1人で頑張って angryガンバ 自炊している俺と「一緒に自炊したい lovely 」と思ってくれたのだろう。俺は喜んで承諾した happy01 。女性が一緒ならば、メニューに幅が出るし、何しろ彼女は可愛かった virgo lovely happy02 sign03

ある夜 night 、俺の部屋でアンちゃんと上田さんの3人で、コーヒー cafe を飲みながら過ごしていると、話の流れでたまたま彼女のビザ用の写真(パスポートの写真と同じ)camera を見せてもらったのだが、これが”中森明菜”にそっくり coldsweats02オォーッ!上田さんに

「誰かに似ていると思いません confident sign02 」と訊ねると、

think・・・、 coldsweats02 flair sign03 中森明菜 sign02 coldsweats02

「でしょう coldsweats01 sign02 」と、彼も同感だった。

彼女 virgo は「エーッ coldsweats02 sign02 そうかなぁ gawk ?」と謙遜していたが、その写真をドミトリーの人たちにも見せに行くと dash 、やはり彼らも同感だった scissors 。彼らにも何も言わずに「誰かに似ていると思いません?」と訊ねると、「明菜だ sign03 中森明菜に似ている coldsweats02 sign03 」と、たちまち大騒ぎ。彼女はその瞬間、このストーンハウス・ロッジの’アイドル virgo ’になった。ヘアスタイルはいつもポニーテールにしているので、「中森明菜に似ている」とは思ったことはなかったのだが、でもやはり可愛い子だ wink

 この日(12/1)は、食材はそこそこあったので、それらを使って彼女 virgo と一緒に自炊した bleah 。夕食 restaurant は相変わらず、皆にも好評だったサラダ coldsweats01 !そして味噌汁(具はネギだけ)、ラーメン noodle (玉ねぎ、キャベツ、ねぎ、卵)。しかし、他の自炊者が「この間(試食したサラダ)のお返し」ということで、モモ(ネパール風餃子;小龍包のようなもの)を差し入れてくれた happy01 。彼は俺が「コイルヒーターでは’肉料理’は食べられないから」ということを知っていたので、買ってきたモモを分けてくれたのだ confident

彼は、「久しぶりにモモが食べたくなって、買って来たけど、他にも作ってるし、2人で10個(1人前)は多いから、もし良かったら2個ずつだけど、どうぞ confident !」と言って、プレゼントしてくれたのだ happy01

俺もアンちゃんも、「ウワァ~ happy02 sign01 、ありがとうございます happy01 sign03 」と、お礼を言った confident 。彼は、「本当に、この間のサラダがおいしかったし、2人で一緒に自炊するって聞いたから、そのお祝いに wink sign01 」と言って、恐縮していた。

初めての2人での自炊料理も、なかなかおいしかった delicious 。ただひとつ、味噌汁だけは’だし’がないから、その分”今一つ despair ”だった。

そして翌日は、一緒に買いだしに行く約束をし wink 、午後3時過ぎ、彼女とロッジで待ち合わせ、一緒にタルカリバザール(野菜市場)へと買い出しに出かけた heart

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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