2019年4月30日 (火)

平成時代、お世話になりました。

皆様、おはこんにちばんは (^o^)/!

平成時代もついに終わり、新たに「令和」の時代へと移り変わります。

私がこのココログでブログを書き始めて10年余り、その間皆様方々にはたいそうご贔屓いただきお世話になり、誠にありがとうございました。謹んで感謝申し上げます。
そして、令和の時代も引き続き皆様と楽しく交流していきたいと思います。

平成最後の日、この30年ほどを振り返るとやはり海外の旅の思い出が印象強く残っています。そんな中から3枚の写真を改めてアップします。

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平成4年、今でもメールで交流があるドイツのエルマー&アンジュラらと出会ったエヴェレスト街道トレッキング中のゲストハウスにて。皆で同じメニューを注文し、意気投合しました。

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22歳の時に遥か彼方にエヴェレストを見て以来、念願だったエヴェレスト街道トレッキング。ついに標高5545mのカラ・パタールに登頂し、エヴェレストを背景にVサイン!

 

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フィンランドで極寒の中見ることができたオーロラ!映像では何度も見たオーロラ。「いつかこの目で見てみたい」という夢が現実に!


思えば平成の時代は国内・海外と、思い出に残る旅をしてきました。令和の時代は・・・マイカーもなく経済的にも時間的にも旅する余裕はないかと思います。それでも「今を精一杯生きよう」と思います。
ブログ更新はランダムになるかと思いますが、「令和」の時代もぜひともよろしくお願いいたします。

by 慕辺未行

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2019年4月21日 (日)

自転車で”春の遠足”

皆様、おはこんにちばんは(^o^)/!

ココログの投稿様式が変わって、慣れるまでに時間がかかりそうな慕辺未行です(^_^;;アセッ!
写真をうまく挿入できるか・・・?文字の大きさは・・・?等々、手探り状態で書き始めています。

仕事が休みだった土曜日、風もなく穏やかな春の陽気に誘われ自転車で片道30分の戸田川緑地公園まで行ってきました。
かつては車で10分足らずで行くことができましたが、マイカーを手放した今、自転車がマイカーです(^_^;;ヘヘッ!
目的は、私が大好きな桜”ウコン桜”を見るためです。咲いているかどうか分かりませんでしたが、ここ数日の気温で「もう咲いているかも・・・?」と思い、行ってきました。
すると、案の定・・・

 

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可愛らしいウコン桜が咲いていました (*^o^*)!

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まだ、うっすらと黄緑色が残っています。

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園内には八重桜があちこちで満開!

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淡いピンクの八重桜です。

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藤棚には、もはや藤の花が!

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花壇には「マーガレット?」、いえノースポールが!
気候のせいか、ずいぶん大きく育ったそうです。

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クリスマスローズも咲いていますヨォ!

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清楚で大輪の牡丹の花!

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色とりどりのチューリップ!

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赤・白・黄色・・・だけでなく紫も!

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川沿いのプロムナードは八重桜のトンネル!


園内はピクニックやバーベキュー(場所の指定あり)をする家族連れなどがたくさんいました。
私は朝食を済ませてからすぐ訪れたので、お弁当は持ってきていなかったのですが、のんびりと園内を散歩・・・。
心身ともにリフレッシュ!できました (^_^)ニコッ!

 

*GW前で仕事が多忙になるかもしれません。コメントいただけた場合、コメレスが少々遅れるかもしれませんが、何卒ご了承くださいませ。

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2019年3月 2日 (土)

風邪じゃなかった・・・

皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ!

今年も早や3月。いよいよ春!ですね。
いかがお過ごしでしょうか?

先月下旬・季節の変わり目、どうやら風邪をひいてしまったようです。きっかけは、先々週末の土曜日の夕食時、突然”胃”が痛みだし嘔吐してしまいました。しばらくベッドで休んでいる間に全身汗でびっしょりになり体が冷えてしまいました。翌日から咳と痰が出るようになりましたが、週初めの月曜日は出勤し残業して帰ってきました。

今まで「風邪気味かな?」と思ったら、市販の風邪薬を飲んでそれで治っていたのですが、今回はそれが全く効きません。咳と痰が相変わらずで微熱もあったので火曜日の午後、仕事を早退させていただき自宅近所の医者へ行きました。熱は38℃、そして咳止めと痰を切る薬を処方して頂き安心しました。

ところが翌水曜日、咳と痰は相変わらずどころか声もかすれて出ない・・・かなり熱っぽく医者へ掛かる前よりひどい状態。さらに呼吸するだけで右胸下部に痛みが!咳をするとなおさらひどく痛み、仕事を1日休ませてもらいました。

木曜日、昨日1日休んだので無理に出勤したものの、体はだるく咳と痰も止まりません。同じ班で作業しているパート女性たちが「○○さん、すごく咳き込んでるけど大丈夫?」と心配され、昼の休憩時に「帰って休んだ方がいいよ。」と皆に気遣われ早退しました。

翌日金曜日、仕事を休み再度医者へ行き、新たに出てきた症状を話しレントゲンと血液検査・・・その結果、『肺炎』と診断されました。私自身、右胸下部が呼吸するだけで痛みましたし、咳をすると激しい痛みを伴いましたので「もしかしたら、肺炎かも・・・?」と思っていましたので、それほど驚きはありませんでした。点滴を打ち抗生物質を4日分処方して頂き帰宅しました。

別サイトの”ニコッとタウン”で「肺炎に罹ってしまいました」と書いたところ、病院勤めの介護士の友達が「肺群に気を付けてください」とアドバイスされました。そこで色々調べたところ、ふと”誤嚥性肺炎”という病状を目にしました。読んでみると『誤嚥性肺炎とは、食べ物や唾液などが誤って気道内に入ってしまうことから発症する肺炎』とのこと。私はこの記事を見てすべてが「腑に落ち」ました。

私の肺炎は風邪が原因ではない。先々週末嘔吐した時に、誤って食べ物が気道か肺に入ってしまい炎症を起こしたのでしょう!だから風邪薬も効かなかったし、初めに医者が処方した咳止めなども気道内に入った異物を体が出そうとしていたため、効かなかったのだと思います。肺炎と診断された翌週の月曜日、大事を取って仕事を休み、昼まで体を休めてから医者へ行くと、熱は下がり血液検査の結果も良かったので翌日から仕事へ行きました。

職場の人たちは、私が「肺炎」に罹っていたと知っていましたので誰もが「もう大丈夫ですか?」と声かけ「無理しないように」と気遣ってくれました。症状が”ぶり返す”ことを心配する声もありました。ありがたいことです。しかし私は、風邪が原因の肺炎ではないと確信していましたので”ぶり返す”ことはないと思いながら仕事をしていました。案の定、火曜日から金曜日までいつも通りに仕事ができましたし、体のだるさもなくなり、咳や痰も止まりました。

それにしても、胃が痛み嘔吐したことが原因で、肺炎に罹ろうとは・・・?!思いもよらぬ病で仕事は休まねばならなかったし、医者にも掛からねばなりませんでした。さらに一人暮らしゆえ医者へ行くにしろ食事をするにしろ、どんなにしんどくても自分で何とかするしかない・・・一人は気楽ですが、こんな時は辛いですね。
今後はよりいっそう健康に注意しなければ!と思います。

*平日は多忙のため、コメレスが遅れることがあるかもしれません。その際はどうかご了承願います

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2019年2月 3日 (日)

社会復帰2ヶ月、今の生活

皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ!

母が特養へ入所して早や半年が過ぎ、私が社会復帰して2ヶ月が経ちました。ふと気がつけば、母がいない暮らしが当たり前になり一人暮らしにも慣れました。勤務先(アルバイト)は基本的には私は土日祝日は休みですが、土曜日は元来営業日ですのでそのうちに土曜日出勤しなければならないこともあるかもしれません。

そんな私の今の日々の生活はというと、出勤日は7時15分に起床し朝食を食べ昼食のお弁当(冷凍の焼きおにぎりや前日の夕食のおかずや冷凍食品のおかずなど)を作ります。会社の近くに外食できるところがなく、近くにコンビニはあるもののお金がかかるので、ほとんどの社員は弁当持参です。
そして出勤し夕方5時(最近は6時ごろまで残業することも)まで仕事し帰宅。勤務先までは自転車で10分もかからないので、残業がない時は5時半前には帰宅できます。
帰宅して夕食、お風呂・・・、時にはその後洗濯をしなければなりません。以前のように母が夕食を用意(準備、後片付けも)してくれるわけではなく、すべて自分でするしかないのでわりと時間がかかります。

そのため、出勤日の帰宅後の負担を減らそうと、休みの日のうちに2~3時間かけて夕食の下ごしらえをしておくことにしました。基本的に2パターンで野菜の炒め物とサラダ。野菜炒めに使う野菜を切って1回分ずつジップロックの袋へ、サラダも2~3回分ほど作ってタッパーへ。さらにお味噌汁も1週間分お鍋に作っておきます。他にも煮物(大根・厚揚げ・ちくわなど)や肉じゃがを作っておくこともあります。炒め物やサラダの場合、あらかじめ野菜が切ってあれば仕事で疲れた日でも帰宅後の夕食の準備が楽です。洗濯をする日はレトルトカレーとサラダでアッという間に夕食ができます。夕食の時間を短縮して早めに入浴し、洗濯します。

買い物は休みの日のうちに行っておかねばならないのですがマイカーがない故、雨が降ると買い物へ行けないのが悩みの種です。週一回まとめ買いするしかできないし、スーパーまでは1Km以上ありますので、荷物を考えると歩いて帰ってくるのは大変なのです。

週休二日とはいえ、それなりに家事が多く遊びに行く時間が取れないのが現実です。こんな生活の日々が続くでしょうが、やりくりを工夫して休みの日にたまには遊びに出かけることができるようになりたいものです。

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お弁当持参で仕事へ行きます。ある日のおかずは、チキンカツ(スパーの総菜)・エビとひじきのふんわり揚げ(冷食)・ホウレンソウ(冷食)・野菜炒め(キャベツ・ニラ・もやし・ピーマン・人参・えのき・卵)です。ご飯は前日の夕食時に炊きました。

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2019年1月 1日 (火)

謹賀新年 2019

皆様、明けましておめでとうございます。

旧年中はお世話になりました。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

昨年は、いつまで続くのか分からなかった母の介護に終止符を打つことができ、長いトンネルからやっと出ることができました。自宅(公団)の世帯主の名義変更など、色んな手続きを済ませ、そしてなかなか見つけられなかった仕事もアルバイトという形ではありますが再就職でき、新たに再出発できた年になりました。
アルバイトとはいえ、まだ試用期間中。頸椎椎間板ヘルニアの後遺症が残る右腕の状態次第なのですが、なんとか雇われ続けられれば!
今年の目標は、今の仕事(アルバイト)を引き続き継続して、少しでも余裕がある暮らしをすることです。

ブログの更新は、今まで以上に滞るかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。皆様のところへは、読み逃げの時も多々あるかもしれませんが、日々訪問させていただきます。

2019年 元旦

慕辺未行

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2018年10月15日 (月)

敵・味方なく・・・

皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/!

10月半ばになり、すっかり秋の風情ですね。いかがお過ごしでしょうか?

プロ野球は公式戦をすべて終え、日本シリーズ出場をかけてクライマックスシリーズの真っ最中。その一方で、今年限りで現役引退する選手もたくさんいます。
我が地元・中日ドラゴンズは6年連続Bクラスで、今ではすっかり応援熱も冷めてしまいましたが、6年連続Bクラス以前の落合監督時代はまさに黄金期でした。
その強かったころの中心選手が引退を表明し、先日行われたナゴヤドームでの今季最終戦後にセレモニーが行われました。そのセレモニーに中日の選手だけでなく、この日の対戦相手だった阪神タイガースの選手3人がチームの枠を超えて参加していました。

この日で引退するのは、荒木選手と岩瀬投手。そしてセレモニーに参加した阪神タイガースの選手は、かつてはチームメイトであった福留選手と高橋投手、そして北京オリンピック・野球日本代表でチームメイトであり、岩瀬投手の良きライバルでもあった藤川投手。

試合には荒木選手は一番・セカンドとして先発出場。6回にまわった打席では、元同僚で3年前にFAで阪神へ移籍した高橋投手が恩返しの登板をしました。この登板は高橋投手が志願し、金本監督も応えてくれたそうです。
そして9回2アウトから岩瀬投手が登板しました。そして阪神は代打、福留選手です。二人は1999年のドラフト1位2位で中日に入団した同期です。それだけに二人の思いは人一倍でしょう。岩瀬投手が登板した時点で福留選手が代打で出ることは、決めていたのでしょう。阪神・金本監督の粋な采配にも感謝です。

セレモニーが始まり、荒木選手に阪神・福留選手と中日・大島選手から花束が、岩瀬投手には阪神・藤川投手と中日・山井投手から花束が贈られました。

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荒木選手の下へ花束を持って近づく阪神・福留選手。二人は同学年で中日の黄金期を支えました。

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岩瀬投手へ花束を渡し抱擁しあう阪神・藤川投手。お互いチームの守護神としてリーグを代表する投手でした。

そして両選手の胴上げ、そして記念撮影にも阪神の3選手も参加していました。

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荒木選手を胴上げするチームメイトの輪に、阪神タイガースの福留選手、藤川投手、高橋投手も参加しました。

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全員での記念撮影にも3選手が参加。

公式戦ではお互い敵として戦うチーム、しかし敵・味方の枠を超えて引退する選手のセレモニーに参加した阪神タイガースの3選手と、そしてこの3選手の参加を快く受け入れた中日ドラゴンズの選手の心意気に清々しい感動を覚えました。

*写真はすべて「中日ドラゴンズ公式サイト」から引用させていただきました。

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2018年10月 1日 (月)

台風一過の夕方のベランダ

皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ!

今年は大雨や台風が次々と日本列島を襲っていますが、皆様のところは被害はありませんでしたか?

昨夜の今ごろは風雨共に強く、風の音はまるでうなり声をあげているような激しさでした。
その台風も、未明には通り過ぎたのか今日は午前中から台風一過の青空が広がりました。

夕方、リビングのカーテンを閉めようと、ふとベランダを見ると・・・この夏の酷暑で一度はすべて枯れたオシロイバナが、土の中にまだこぼれ種があったのか再び芽を出し、そして今日わずかですが咲いていました。
昨夜の台風で水分をたくさんいただき、昼間の青空の下で太陽の光を浴び、咲いたのでしょう!しかも嬉しいことに・・・離れた場所で一輪だけ咲いた黄色のオシロイバナ、なんと少し赤が混ざったツートンカラーでした o(*^▽^*)o!

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   久しぶりに咲いたオシロイバナ。

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   黄色とわずかに赤のツートンカラーも!

こんなちょっとした出来事が今はとても嬉しい私です。

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2018年7月24日 (火)

母、ついに特養へ

皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/!

連日”殺人的猛暑”の日々、いかがお過ごしでしょうか?
こちら名古屋も最高気温が40℃近い日々が続いています。

1ヶ月前のブログ記事で私の現状をお知らせした際、たくさんのアドバイスや励ましをいただき、誠にありがとうございました。しかし母が受け取る年金額の都合上、生活保護を受けることは無理と分かりました。「いつまで続くのかな~?この生活・・・」と、半ば諦めていました。

実は2ヶ月前ケアマネージャーさんが訪れた時、当時の私の精神状態を話しました。そして申し込んである特養に連絡し、私自身も「もう無理!このままでは母を殺すことになるかもしれない」と”SOS”を伝えました。それでも特養の受け入れ担当者(昨年お会いした方とは違う人)は「優先順位を上げることはできません」との返事でした。

先月、ケアマネージャーさんと支援センターの方が訪れた後、ケアマネージャーさんが再び「1日でも早く」と連絡してくれたそうです。姉も窮状を電話で訴えたそうですが、それでも返事は「基準がありますので・・・」と冷たいものだったそうです。

10日ほど前、姉が母のことを知っている方と偶然会い、母のことを訊かれたそうです。姉は現状を話したらしく、それを聞いた方はすぐにその方の勤務先の責任者を教えてくれたのだそうです。偶々会ったその方は、ある特養に勤めているそうで姉の話から「急を要する」と感じたのかもしれません。後日姉が教えていただいた方に連絡すると、ちょうど時間があったのかすぐに姉と会い、ある特養へと案内されたそうです。姉自身も母の介護の限界を感じていましたから、その場で即入所申し込みをしてきたそうです。

先週金曜日(20日)に特養から3人、母の面談にやって来ました。そして母の日ごろの様子などを尋ねました。しかし私に訊くのではなくほとんど姉に尋ね姉が答えていました。最終的に「最初はショートステイで、そして引き続き正式入所」という形で、入所日はまた連絡する、とのことでした。が、その日の夕方に「24日火曜日の入所で、午前10時に迎えに行きます」と姉のところに連絡が入りました。

そして今日、母は特養へ入所しました。昨夜、母は最後に我が家の仏壇に手を合わせ、姉宅へ。そして今朝、姉宅から姉に付き添われ特養へと向かいました。私は特養へ向かう車に乗った母に「達者でな!今日からは介護のプロに任せて・・・元気でな!」と声かけました。母は、黙って小さく頷くだけでした。

母が「要介護1」の認定を受けてから5年半強。それ以前を含めると、7年ほど介護に専念してきました。何百回と憎まれ口をたたき何百回と悪態をつかれ、それでも我慢して耐えてきました。しかしもう終わりました。明日からは母に対する近年の憎しみの感情も少しずつ和らいでいくでしょう。ホッとする半面、少しは寂しさも感じました。

今回の特養入所に関しては、姉がほとんど話を進め、入所契約も姉に任せました。私自身はこの特養がどのようなところなのか全く知らないままです。どの辺りにあるのかだけは聞きましたが、面談に来た3人は名刺すら渡すことなく、姉は1枚だけ名刺をもらっているそうですが、私は面談に来たスタッフの名前さえ知らない。新たなケアマネージャーの名前も知りません。

とんとん拍子に話が進み過ぎて、唖然としてしまいましたが、入所した以上任せるほかありません。ただ、本来の保護者であり責任者であるのは私です。母の住所を見れば明らかです。姉が話を進めたせいか姉がそのような立場と思っているのでしょう。私に名刺も渡さない、施設についての説明もしていかなかった彼らの対応に「本当に大丈夫か?」と一抹の不安が残る入所でした。

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2018年7月 1日 (日)

アーティチョークの花

皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

西日本では大雨に警戒と言うニュースが流れる一方で、関東では梅雨明け宣言が出たり、梅雨がないはずの北海道で連日雨が降ったり、おかしな気候になっていますがいかがお過ごしでしょうか?

先日の朝刊に近所にある公園で”アーティチョークの花が咲いた”との記事を見て、スーパーへの買い物途中、見てきました。この公園では数年前からアーティチョークの花を育てていて、私自身もこの公園で何度もお目にかかっています。しかしここ数日の気温が高かったせいか、すでに枯れてしまった花も多かったです。

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              アーティチョークの花

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まだこれから咲く花、枯れてしまった花、色々です。

アーティチョークの花以外にも、季節の花が目を楽しませてくれました。

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                ロシアンセージ

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                ききょう

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                アガパンサス

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               アルストロメリア

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               アジサイ

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                ユリ

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             そして、ヒマワリ!

連日30℃を超える暑さの中、時には雨が降ったりしてお花たちも元気なのかバテ気味なのか・・・それでも可憐な姿にホッと癒されます。

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2018年6月24日 (日)

私もその一人だ!

皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/!

梅雨の季節、いかがお過ごしでしょうか?

メールボックスに届いていたメルマガで、こんな記事を見ました。
「親の介護が原因で社会復帰できぬ103万人の衝撃」

http://www.mag2.com/p/news/361531?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000015_thu&utm_campaign=mag_9999_0621&l=khn01711f3

私はこの記事を読んで、「正に俺のことじゃないか?!」と思いました。
しかし、同じ立場の人がまだ100万人以上もいるのかと思うと驚愕であり、日本の社会や雇用側の認識不足を痛感せずにはいられません。

この記事の2ページの「親の年金は図らずも自分が生きていくためにも必要なお金」の言葉は”グサッ!”と胸に刺さりました。母の介護のために離職して何年経っただろうか?離職前は毎月10万円を”生活費”の一部と母に渡していました。母の痴呆症が日に日にひどくなり、「いつガス漏れなどによる事故が起きても不思議ではない」と感じ、とても安心して仕事ができず、離職を決意。介護離職した後も毎月10万円貯金を下ろして母に”生活費”として渡していました。私としては少なくとも百万から二百万円ほどは残っていると思っていました。しかし全く残っていませんでした。母は「そんなものない」と一言。何に使ったのか問い質しても答えない。おそらくは私が月に半分以上夜勤で留守にしていた日にカラオケで使いまくったのだと思います。それから私はさらに貯金を削り生命保険を解約しマイカーをも手放しました。今では、母が受け取る年金だけが今の私の生活に必要な唯一のお金です。

3ページにも気になることが書かれていました。
「外出する用事がなく、お客がくる予定がないと、とたんに、身だしなみも掃除も手抜きになります」
幸い私は身だしなみに関しては、用事や外出の有無に関わらずいつも同じです。何しろ週3回デーサービスに通う母を迎えに来る人がいますから!

そして先日、ケアマネージャーさんが地域の福祉施設である”いきいき支援センター”の方とともに訪問されました。
私だけでなく2週間交代で母の介護をしている姉も、介護の限界に近付いているとケアマネージャーさんが感じたようです。「特養の入所待ちしている状況ではない」と。
支援センターの方は、デーサービスを今のところに変更する際お世話になった方で、それ以降しばしば私のことを気にしてくれていたそうです。そして今回初めて訪問されました(支援センターは”要支援”レベルの方が対象で”要介護”レベルは地域のケアマネージャーに委任)。
支援センターの方は「お気を悪くするかもしれませんが・・・」と前置きをして、「生活保護を受けてみてはいかがでしょうか?」と。私自身、介護離職してかなりの年月が経ちます。マイカーを手放し、自分自身も頸椎ヘルニアの後遺症で障害がある(のですが、治療を中断せざるを得ず障害者手帳は持っていません)ものの医者へ通う費用もなくギリギリの生活を強いられています。2ヶ月に1回受け取っている母の年金で私が生活保護を受けられるかどうか分かりませんが、しかし受けることができれば母の特養入所に対しても「生活保護家庭を優先的に受け入れる」特養もあるそうで、さらに自宅での介護にしても介護に必要な物品(リハビリパンツや尿取りパッドなど)も、領収書を取っておいて申請すれば、後日全額返金されるそうです。
いずれにしても、現状を少しでも良くするために、ダメもとで”生活保護”の申請をするべきなんだ、と感じました。

もし生活保護を受けられることができれば、母の特養への入所も進展するでしょうし、私自身の持病の治療を再開することができるかもしれません。食事の際、箸を使えない・・書類などにきちんと文字を書けない今の私・・・、障害者の認定を受けることができるかもしれません。
私自身は生活保護も障害者手帳も決して望んではいませんが、生きるためには恥も外聞もプライドも何もかも捨てて、申請してみるべき・・・なのでしょうが、今だそれらを捨てきれない自分自身と葛藤しています。

どうかブロ友の皆様、良きアドバイスをお願いいたします。

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