« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »

2014年12月

2014年12月31日 (水)

良いお年をお迎えください

皆様、こんばんは ヽ(´▽`)/

今年も残すところ、あと5時間弱。
この1年も、古い旅日記にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
先日も申しあげましたが、現在掲載中のドイツの旅が終わりましたら、ブログ更新がどのようになるか全くわかりません。
気の向くままに・・・ということになろうかと思います。

今年も赤いデンマークカクタス・マリンディが咲きました。

Cimg5130
葉に何か白いブツブツができ、病気かと心配しましたが、いくつか花が咲きました。

ところがこの写真を撮った途端、デジカメが全く反応しなくなり・・・。バッテリーは充電してあるし・・、以前から調子が悪かったのですが、大みそかをもってついに壊れたようです。
年明けに安いデジカメ一つ買うか・・・。

一年間、お世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

良いお年をお迎えください。

| | コメント (5)

2014年12月28日 (日)

中世犯罪博物館の映像がありました

皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ

このところ再掲載の旅日記以外、更新ブログがない慕辺未行です (^_^;;アセッ!
ブログになるネタがないということもありますが、どうも最近ブログを書こうという気持ちが薄れてきています。
今掲載している旅日記が終わったら、さすがに再々掲載はあり得ないし、もうブログそのものが”放置”状態になるかもしれません。

まあ、そんなこんな思いつつ、何かネタはないか・・・と、ちょっとYouTubeを覗いてみたら・・・こんな映像がありました。
ドイツ・ローテンブルクの街の中世犯罪博物館。
やや長いですが、興味ある方、ご覧下さい。


行ったことがある方は懐かしく、そうでない方は「ヘェーッ」と思いながらご覧いただけたのではないかと思います。

今年もあとわずかです。
大掃除やお正月の準備でお忙しくなるでしょうが、お身体だけはくれぐれもご自愛ください。

| | コメント (5)

2014年12月25日 (木)

母73才、初めての海外へ 8日目その3 『ヴュルツブルク・レジデンツ』(再掲)

入場料(1人4ユーロ)を支払い中へ入ると、真っ赤な絨毯が中央に敷かれた階段、まるで”レッドカーペット”だ。通路に飾られた大きな絵画、コンサートホールもあれば、貴賓室もある。どこもかしこも、すごい部屋ばかりだ。客間さえも、素晴らしい部屋だ。これを造らせた人物もすごいが、ここに招かれる人々も、すごい人たちばかりだったであろう。
中の写真が撮れない(撮影禁止)のは仕方がないが、本当にどこかの美術館並みの装飾と、天井に描かれた絵が素晴らしい。通路の壁にもたくさんの絵画が飾られていた。

ゆっくり見ているうちに、他のところへ行く時間がなくなってしまった。できれば、3年前に行ったマリエンベルク要塞へも行ってみたかったが、そこは下からずいぶん上らなければならないし、母が疲れるだろう。私にとって前回、中を見なかったレジデンツを見られたからいいか。

レジデンツを出た広場で、日本人旅行者に声をかけられた。私が手に持っていたガイドブックで、我々が日本人と分かったようだ。3~40代と思われる女性2人にレジデンツの入口を尋ねられ、教えてあげた。

*この旅日記は2005年のものです。

| | コメント (6)

2014年12月24日 (水)

母73才、初めての海外へ 8日目その2 『ヴュルツブルクへ』(再掲)

Steinach(シュタイナッハ)へ11:19着。わずかの乗り換え時間を利用し、喉が渇いていたのでミネラルウォーターでも買おうかと、駅構内(と言っても、田舎の小さな駅)へと行くが、そこにはKIOSKはなく、駅前にある小さな店へ。そこでミネラルウォーターを買う。店の人にそれを差し出すと「Achzig.(アハツィッヒ;80)」と言うだけ。でも、これだけで十分理解できる。私は80セント支払い、駅へ戻る。一口飲むと、冷えていてとても美味しい。母にも勧める。

やって来たローカル列車に乗り、次は Würzburg(ヴュルツブルク)へと向かう。40分ほどでヴュルツブルクに到着。約3時間ほど時間が取れる。ここでも現金50ユーロ(≒¥6700)引き出す。駅構内の出店の中に、レコード屋があった。レコードだけあって古い音楽はあっても、最近のものはない。

コインロッカー(2ユーロ)に荷物を預け、ゆっくり歩いて Residenz(レジデンツ:王宮・宮殿、君主の居住地)へ行く。私は3年前(2002年)にもここを訪れているので、迷うことなく行くことができた。ここは、ユネスコ世界遺産に登録されている宮殿だ。まず、宮殿前にあるイングリッシュガーデンへ。所々にある樅の木(だと思う?)の下には彫刻像が置かれている。花は満開とまではいかないが、バラ園はなかなかきれいだった。しかし、日本であちらこちらへと花を見るためにドライブしている我々にとっては、今一つだナァ!

0158

イングリッシュガーデンからのレジデンツ。

そして教会へ。この教会内も見事な装飾が施されている。そしてレジデンツ内へ。前回来た時は、中の見学はしなかったので今回は見てみることにする。が、入口がどこなのかよく分からない。ここだろうと思って、あるドアから中へ入ってみる。階段を2階3階へと上がっていくが何もない。どうやらここは、併設されている大学のようだ。ちょうどトイレへ行きたかったので、拝借する。外へ出て入口を再び探す。おかしいな?やっぱりあちらかな?と思うほうへ行くと、やっと入口を見つけた。

0160

教会内部の装飾。この下が・・・↓ の写真

0161
十字架に張り付けられたキリスト像。

0162

この絵も見事ですネ。マリア様やキリストかな・・・?

*この旅日記は2005年のものです。

|

2014年12月23日 (火)

母73才、初めての海外へ 8日目その1 『中世犯罪博物館へ』(再掲)

6月16日(木)晴れ
Rothenburg ob der Tauber ローテンブルク11:05(RB30352) 11:19Steinach シュタイナッハ11:32(RB20012)12:15Würzburg ヴュルツブルク15:31(ICE724;特急)17:48Köln Messe/Deutz ケルン メッセ・ドイツ18:10(Sバーン11)18:27Bergisch Gladbach バーギッシュ グラートバッハ

 この日もゆっくりと8時ごろから朝食にする。他に1組お客さんがいた。朝食は、これまでに泊まったホテルとほぼ同じ。でも、ミルクやヨーグルト、フルーツは美味しかった。そしてこのホテルのチェックアウトが11時なので、オーナーに「11時ごろチェックアウトします。」と告げ、それまで荷物は部屋に置き、街を散策することにする。2時間ほど時間がとれる。

しばらく、朝のローテンブルクの街を散歩してみる。「Hallo !」「Guten morgen !(おはよう!)」と気さくに挨拶してくれる子供やご婦人もいる。あるお土産屋に等身大の大きなテディベアのぬいぐるみがあり、せっかくなのでそれと一緒に母の写真を撮る。そして私の目的地、中世犯罪博物館へ行く。ここは前回来た時に買ったローテンブルクのガイドブックを見て、「行ってみたかった!」場所で、行かなかったことを悔やんでいたのだった。

0152
巨大なテディベアの前で!

0153
ヤコブ教会の前です。

入り口前には、頭と手だけを穴から出し『晒し物』にする刑罰の道具が記念撮影用に置いてある。小学生ぐらいの子供たちがたくさんいて、記念写真を撮っていた。面白そうなので私も撮りたかったのだが、小さな子供たちの邪魔をするのは、ちょっと大人げないしためらった。で、撮るのは止めて館内へ入館することに。

中に入ると、中世の時代の刑罰に使われた道具が展示されている。恥辱のマスク、はりつけ台、手枷、足枷などなど。拷問に使われる道具まで展示されている。入り口にいた小学生ぐらいの子供たちは、社会見学なのか大勢で来ていた。展示品を見ていると引率の先生が「ほら、ここにいたら邪魔になるでしょ?」とでも生徒に言ったのか、ある子は「Entschuldigen.(ごめんなさい)」と私に言った。私は優しく微笑みながら「Bitte schön.(どういたしまして)」と、その子に答えた。その子はドイツ語で答えられたことに、少し驚いたような表情をしていた。そして先生が子供たちを隅の方に寄せて、我々が見易いようにしてくれた。おかげでじっくりと見学することができた。

『針の椅子』は、見ているだけでも残酷そうだ。ここに座らされた上に重石を載せられ・・・!他にも今の時代では考えられないような刑罰がたくさんあったようだ。たとえば飲み過ぎて暴れたりしたものは、樽に入れられて歩かされたり、下手くそ音楽師や喧嘩をした者への刑の道具などは、屈辱的な恥ずかしめだ。つくづく今の時代に生まれて良かったと思う。

0155

右は、針の椅子!座りたくない・・・(;_;)!

当時の学校などにも、子供たちに罰が与えられていたようだ(模型による)。三角木馬もあったようだ。小学生と思しき子供たちにとって、これを見せられるのは効果抜群なのでは?と思う。

博物館を見学し終えると、もう10時をかなり過ぎている。そろそろホテルへ戻ってチェックアウトしなければ。戻るときは、今まで歩いていない小路を選んで歩き、途中で母の写真を撮る。ホテルで支払いを済ませ、駅へ向かう。11:05発の列車にちょうど間に合った。

0157
ローテンブルクの小路にて。石畳も美しいですが、民家からはみ出したお花も素敵です。

*この旅日記は2005年のものです。

|

2014年12月18日 (木)

母73才、初めての海外へ 7日目その5 『ローテンブルクにてⅡ』(再掲)

そして、街を囲む城壁へ上がる。城壁へは、所々に階段があり、幅は狭いが歩くことができるようになっているのだ。外敵を監視するためか、所々に穴が開いている。またここは、少し高い位置になるので、違う目線で街を眺めることができる。城壁から見る街は、どの家も可愛らしく、窓辺には花が飾ってある。大体が3~4階建てだ。

0142
城壁を歩きます。後ろのとんがり屋根は、旧・鍛冶屋の家。

城壁の石を見てみると、名前とその人の国、年代が彫られている石がある。日本人の名前もあった。たぶん、この城壁を修復する際に、多額の費用が必要で寄付を募り、寄付された人々の名前を記念に残したのではないか?と思う。

街のショーウィンドーも、とても可愛い。とくに、テディベアは、何とも言えない表情をしている。が、何しろ高い!どれもこれも1万円ほどはする。電動で動いたり、声が出るものは、日本円で10万円以上もする。とても手が出ない。前回来た時同様、テディベアはショーウィンドー越しに写真を撮っておくだけにする。

0144_1

ショーウインドー越しに見た、とても可愛いテディベア。これで1万円以上します。

あちらこちらと歩いているうちに銀行を見つけ、念のため20ユーロ引き出す。7時近くになり、食事にする。日本語のメニューがあるレストランもあるのだが、母はなぜかかえって嫌がり、高そうなレストランではなく、セルフサービスの店に入る。

母はスパゲティ、私は Schweinehaxe(シュヴァイネハクセ;豚のすね肉のグリル)という豚肉料理にする。だが、このシュヴァイネハクセ、かつて食べたことがあるドイツ料理の Eisbein(アイスバイン;塩漬けされた豚のすね肉のグリル)とほぼ同じなのだが、この量がすごい。スパゲティとて1人前とはいえ、母には多過ぎるほどの量だ。付け合わせのポテトの量も半端じゃない。それでも、母が食べきれない分も含めて私はすべて平らげる。

そしていったんホテルへ戻って休憩し、夜9時に合わせてマルクト広場へ。市議宴会館のからくり時計が動くからだ。それを見るために、大勢の観光客が集まって来る。日本人のツアー客もかなりいる。9時の鐘の音とともに、からくり時計の2つの扉から人形が出て来て、ワインを飲み干す姿を演じている。

0147_9

9時になり、からくり時計が動き出しました。

からくり時計を見た後、広場の前のお土産屋に時間つぶしに入ってみる。店の中は、”○○ツアー”とか”○○旅行”などのバッジをつけた日本人ツアー客がいっぱい!我々は250ml の白のフランケンワインを2本買って、ホテルで飲むことにする。ホテルにも同じワインが冷えた状態で売られていたのだが、それよりもずいぶん安かった。支払いの時「細かいお釣り(1セントや2セント)はいらない」と思って、
「Stimmt so.(ちょうどでいいです)」と言うと、店員は、
「Danke schön !(ありがとうございます)」と、笑顔で答えてくれた。私も、
「Bitte schön !(どういたしまして)」と答え、最後に、
「Auf wiedersehen. Tschüs !(さようなら、バイバイ!)」と言って店を出る。
後ろから日本語で、「あの人、ドイツ語話せるんだねぇ!」の声が聞こえてきた。

ホテルへと戻り、シャワーを浴び、寝る前に買ってきたワインを母とともに寝酒に飲んで、眠ることにする。

ローテンブルク、ホテル・シュピーツヴェークにて

*この旅日記は2005年のものです。

| | コメント (9)

2014年12月17日 (水)

母73才、初めての海外へ 7日目その4 『ローテンブルクにてⅠ』(再掲)

まず、街の中心地 Marktplatz(マルクト広場)へ。からくり時計で有名な市議宴会館の時計台があるところだ。そして1年中クリスマスの Käthe Wohlfahrt(ケーテ・ヴォールファールト)へ。見ているだけでも楽しいクリスマス用品がいっぱいだ。しかし日本人の店員がいて、突然声かけられるのには閉口してしまう。海外のお店へ来てまで日本語で声をかけられたくない。(>_<)!!

0135
マルクト広場と市議宴会館。

0139

広場前の街の様子。馬車が停まっていました。

おもちゃの博物館は、母が「お金を払ってまで見たいと思わない」ようなのでパスして、中世犯罪博物館へ行ってみた。が、この日はもう閉館間近だったので、翌日見ることにした。

0140
プレイラインとシュピタール門をバックに、母。さらに後方へ進むと・・・残念なことが・・・!

そしてこの街の私のお気に入りポイント、『レストラン・グロッケ』のあるプレイラインへ。ここは、この街での記念写真を撮るには絶好の場所なのだが、運が悪いことに工事中で、せっかくの景観が台無し。
「うわぁ~、せっかく来たのに・・・!」と私が言うと母も、
「これじゃあ、工事現場の写真しか撮れんなぁ!」と、写真はあきらめた。その代わりに、すぐそばにあった小さなお土産屋さんの店頭で、工事していない時のこの場所が写った大きな写真(ラミネート加工されている)を、そして同じものでノイシュヴァンシュタイン城のものも、お土産に買っていくことにする。

「Hallo !」と言ってお店の中へ。店の中にも色々なお土産があり、「何か良いものはないか?」と探していたが、結局ラミ加工された写真だけ買うことにし、支払いをすませ店を出ようとした。女性店員が、
「Danke schön.(ありがとうございました)」と言い、それに対し
「Danke auch.(こちらこそありがとう)」と答えると、その女性店員は驚いたように、
「Oh... can you speak German... ?」と英語で私に訊ねた。

”Danke auch”はドイツでは当たり前の表現だが、ガイドブックなどに載っている会話では、”Danke schön”に対して”Bitte schön(どういたしまして)”がほとんどで、”Danke auch”は、まず載っていない。市販のドイツ語旅行会話の本にも、欄外に小さく載っている程度だ。
*私が2003年度から5年間、教育TVのドイツ語会話を見た中でも、”Danke auch”を取り上げたことはほんの1回、それも軽く触れただけでした。

だからこそ私の答えに驚いたのだろう。おそらくドイツ人以外の旅行者で、この表現を使ったことが珍しかったのだと思う。”Danke auch”ではなく、”Danke !(ありがとう)”や”Bitte schön”を使ったら、たぶん驚かれはしなかったと思う。そして私は、
「Ja ! aber ich kann Deutsch nur ein bischen sprechen.(ええ、でも少しだけしかドイツ語は話せませんよ)」と、ドイツ語で答えると、
「Oh ! wunderbar !(まぁ、すごいじゃない!)」と言われ、そこからドイツ語での会話が始まった。

「Kommen Sie aus Japan ?(日本からですか?)」
「Ja !(ええ、そうですよ!)」
「...Deutschland...zum erstenmal...?(ドイツは初めて?)」
「Meine Mutter ist erstenmal aber ich...3tenmal...(母は初めてですが、私は3度目です)」
「Oh...! drittenmal...?!(エッ、3回も?!)」
 *ここからは、会話を日本語のみでお送りいたします (^_^;;!
「バーギッシュ・グラートバッハにドイツ人の友達が住んでいて、彼らに会うために来ているのですよ」
「まぁ、そうなの」
「それでドイツ語を勉強して、少し話せるようになったのです」
「ローテンブルクは、初めてですか?」
「いえ、3年前にも来ました。それで、そこで母の写真を撮ろうとしたら”工事中(←ドイツ語で何ていうか分からなくて、ジェスチャーで示した)”で撮れなかったので、それでこれ(ラミ加工の写真)を買ったのです」
「そうだったの。残念だったわねぇ!あなたがこんなにドイツ語を話せるのなら、私はお店の商品をちゃんとあなたに説明するべきだったわ!」

女性店員は、私たちが店の中で商品を見ている間、全く応対しなかったことを残念そうな表情で悔やんでいた。でもそれは、私がドイツ語を話せるなんて思わなかっただろうし、日本人旅行者はかえって声をかけられるのを嫌がることを知っていたのかもしれない。私はこのドイツ人女性の言葉を聞いて、昨夜のミュンヘンの観光案内所に続き、ドイツ語会話に、また少し自信をつけた。

その間、母は暇そうで、女性が立っているカウンター後ろの棚にあった小さな指輪を手にして見ていた。すると、女性店員は、
「その指輪、シルバーに見えるでしょ?実はガラス製なの」と教えてくれる。
「えっ、これガラス?へぇーっ、だから安いんだ!」
「そうなのよ!」と答える店員。そして母に、
「それ、シルバーに見えるけど、ガラスらしいよ」と言うと、手にして見ている母も驚いて、
「はぁ?!これガラス?」と答える。それを聞いた店員も、
「Ja ! Glas ! Glas !(そう、ガラス、ガラス!)」と母に話している。母も店員に、
「ガラス?!これ!」と日本語で話す。
ガラス、ドイツ語で”Glas” 、店員の発音は「ガラス」と聞こえる。店員と母、ドイツ語と日本語なのに、妙に会話が成り立っていて面白い。

他の指輪に比べ、ガラス製だからか値段も5ユーロと安かった。そして母に、
「欲しかったら買ってあげるよ」と言って、その指輪も買うことにした。ちょうど5ユーロ硬貨があったので、それで支払うと50セントのお釣り・・・?女性店員に、
「Das ist 5 Euro, ja ?(これ5ユーロでしょ?)」と尋ねると、
「Kein Problem !(いいですよ!)」と、喜んで1割おまけしてくれた。
「Danke schön.」
「Bitte schön.」
「Auf wiedersehen ! Tschüs !(さようなら!チュース!)」
「Tschüs !」

こうして、小さなお土産屋さんで、思いがけない楽しいひとときを過ごした。そしてその後、衣料品を扱う店で、母はアクセサリーがついたスカーフを、母自身と週一回必ず行くカラオケ喫茶の友達への土産に買った。

*この旅日記は2005年のものです。

|

2014年12月16日 (火)

母73才、初めての海外へ 7日目その3 『ローテンブルクへ』(再掲)

アウクスブルク駅では、列車はすでに到着していた。座席は喫煙席で、すぐに空いている自由席を見つけることができた。ちょっと急いだので、ミュンヘンで買っておいたビールを飲みながら、次へと向かう。このビールがちょっと変わっていて、なんと”コーラビール”。味は、口の中ではコーラ、喉越しはビールの味がする。一度で2つの味が楽しめ、なかなかおいしい。日本でも売り出せば、流行るんじゃないかな?

途中の停車駅で、迷彩模様の戦車を積んだ貨車を見た。この戦車は一体どこへ運ばれるのだろうか?ふとタバコを吸っていたところ、少し前の方に座っているご婦人が、何か嫌な顔をしてこちらを見ている。言葉の中に「ジャポネ・・・」と聞こえたので、私に対して何か悪口を話しているような感じだ。隣のシートの方に「Ist hier Raucherplatz ja ?(ここ、喫煙席ですよね?)」と尋ねると、その方もタバコを吸っていたので、「Ja ! Kein Problem !(ええ、大丈夫ですよ!)」と答えてくれたので、安心した。それにしても、あのご婦人は何が不満だったのだろう?

134

途中駅で見た貨車に積まれた戦車(列車内より撮影)。

次の乗り換え駅 Ansbach(アンスバッハ)までは1時間ちょっと。30分弱の接続で、ローカル列車で Steinach(シュタイナッハ)まで20分ほど。そして再び乗り換え、わずか5分の接続で Rothenburg o.d. Tauber(ローテンブルク)へは14:50に到着。アウクスブルクから2時間15分ほどだ。

日差しがとても暑い。以前に来た時は、街の中心部の場所が分からず、仕方なく駅前のホテルに泊まり、案内図をもらってローテンブルクの街を観光した(駅は、中心部から離れたところにある。また、以前来た時は駅の案内所が閉まっていた。)のだが、今回は街への道順を知っているので、城壁内の街の中でホテルを探すことにする。駅からは歩いても10分かかるかどうかの距離。

0150_hotel_spitzweg
宿泊したホテルの外観。ホテルというより、ガストホーフ!

街へ入り適当にホテルを訪ね、訊いてみる。ホテルというより日本で言う民宿のような感じだが、ツイン80ユーロ(≒¥11200)だった。探せばもっと安いところがあるだろうことは分かっているのだが、いかんせん暑い。あまりホテル探しに時間を費やしたくない。朝食付きで2人で1万円ちょっとならいいか。

ホテルで母は、まずシャワーを浴びる。昨日は疲れから、ミュンヘンのホテルでは少し食べただけですぐに眠ってしまったし、今日は今日でアウクスブルクで急がせてしまったので、少し汗をかいている。それに洗濯もしておかないと。それでも夕方4時ごろから、街の散策に出かけることができた。

*この旅日記は2005年のものです。

|

2014年12月11日 (木)

母73才、初めての海外へ 7日目その2 『アウクスブルクにて』(再掲)

そして10:26発の ICE特急に乗りこむ。喫煙席はずいぶん前の方だったが、2等喫煙車に乗ると乗客はガラガラ。6人用コンパートメントを2人で占領できた。気分は最高!何しろ自分たちだけだし、タバコも吸える。しかしこの快適な特急も、わずか40分弱で乗り換えなければならない。

121_muenchen_ice

ミュンヘンから乗った ICE(= Inter City Express)特急。

122_ice

6人用コンパートメントを2人でゆったり。

やがて Augsburg(アウクスブルク)に到着する。接続する列車を遅らせて1時間半ほど時間を取った。つい先ほどミュンヘンでお金を下ろしたばかりだが、もし足りなくなっても困るので、さらに20ユーロ引き出しておいた。

駅前からは3両編成のトラム(市電)が走っている。ガイドブックを見ながら歩き、ある交差点で信号待ちをしているときに今一度、ガイドブックの地図を確認していると、自転車に乗った初老の男性が英語で「Hallo ! Can I help you ?」と声をかけてきた。せっかく声かけてくれたのだから、地図を見せながら、「Hallo ! Entschuldigung ! Wir möchten zu hier gehen.(こんにちは!すみません、私たちはここへ行きたいのです)」と目的地を示しながら尋ねると、その男性は「オォ!ドイツ語が話せるのかい!」と驚きながら、地図を見て「ここは向こうじゃなくて、あっちだよ。あそこに黒い車が見えるだろう。あの道をまっすぐ行ってそして右へ行くんだ。」と丁寧に教えてくれた。その男性にお礼を言うと、彼は「友達でティーマイスター(たぶん、茶道の先生)がいるんだ」と話した。どうやら、日本人に対して親近感を持ってくれている方のようだった。

その後も地図を見ながら歩いていると、「あっ!もしかしてあれが、このウルリヒ教会じゃないか?」と母と話していると、通りかかったご婦人が「Ja !(そうよ)」とガイドブックをのぞき見しながら教えてくれた。この街では、このように親切なドイツの人に出会えたのが、とても嬉しかった。

126_stulrich
St.Ulrich(聖ウルリヒ)教会。

そして St.Ulrich(聖ウルリヒ)教会へ行く。入り口付近で工事をしていたが、中へ入ることができた。建物もなかなかのものだが、中の装飾がまたすごい!あまりにも素晴らしい!ドイツの城や教会の中の装飾には、目を見張らせるものがたくさんある。まるで西洋アンティークや絵画の美術館である。

127

129_stulrich2

131_stulrich3
教会内部の装飾。どれも素晴らしかったです。

そして Herkules brunnen(ヘラクレスの噴水)を見て、急いで駅へと戻る。トラムに乗ってみたかったのだが、チケットの買い方がよくわからなかったし、列車に間に合わないとまずいので、歩いたほうが早そうだ。乗り遅れると、ローテンブルクへの到着が2時間違ってくるので、とにかく小さな信号なら無視してでも早足で歩く。母にはかなり辛かっただろう。何とかギリギリで次の IC特急に間に合ったようだ。


132
ヘラクレスの噴水にて。聖ウルリヒ教会も見えます。

*この旅日記は2005年のものです。

| | コメント (6)

2014年12月10日 (水)

母73才、初めての海外へ 7日目その1 『ミュンヘンでの朝』(再掲)

6月15日(水)曇りのち晴れ
Münchenミュンヘン10:26(ICE108特急)11:02Augsburgアウクスブルク12:34(IC2082特急)13:42Ansbachアンスバッハ14:10(RB20058)14:31Steinachシュタイナッハ14:36(RB30359)14:50Rothenburg o.d. Tauberローテンブルク オプ デア タウバー

 朝8時ごろから朝食にする。大都市の大きなホテルだけあって、メニューは豊富だ。ドイツのパンもあれば食パンもある。やや固めのドイツパンが苦手な母は、その食パンをトーストせずに食べる。フルーツや野菜、玉子も半熟ゆで卵とスクランブルエッグの2種類がある。ジュースもオレンジにグレープフルーツ、アップル、ミルクもある。

このような美味しい朝食を頂いていると、ふと向こう側のテーブルの女性たち、向こうむきに座っている女性の後ろ姿にドキッ!としてしまった。女性の腰のあたりが大きく開いて、ローライズのジーンズはお尻の上の方がはっきりと覗いているではないか!?いくらなんでも、ここまでは・・・?!昨夜のミュンヘン駅でも、同じような光景でTバックの下着を覗かせている女性を見かけたものだが・・・(-_-)ウーン、大胆だなぁ!

昨夜はずいぶんと雨が降ったようだが、今朝は止んでいた。この日は Rothenburg ob der Tauber(ローテンブルク オプ デア タウバー)へ移動するつもりだ。ホテルをチェックアウトし、母がフュッセンで買った歯茎の薬が今一つ効かないようで、すぐそばにあった薬局へ行き、もう一度歯茎の薬を買った。

駅へ行って駅構内を見て周る。ふと、日本語で『いらっしゃいました』と書いてあるお店を見つけると、なんとお寿司屋さんだ。もし昨夜のうちに見つけていたら、母を連れて来ていたかもしれない。それにしても『いらっしゃいました』はないだろう!思わず正しい日本語を教えたくなった。

ボンボン(グミ)とジュース、ビール(コーラ入り、この頃流行りの”コーラビール”)、スポーツ紙を買う。すると現金がややさびしくなって、20ユーロ(≒¥2700)おろした。

*この旅日記は2005年のものです。

|

2014年12月 9日 (火)

母73才、初めての海外へ 6日目その9 『ミュンヘンでの雨の夜』(再掲)

そして、そぼ降る雨の中を、すぐ近くにあるホテルへチェックイン。122ユーロ(≒¥16500)とさすがにやや高い。ホテルの部屋の中はとても広かった。ツインではなく、2人部屋が2部屋。親子連れの家族が4人で泊まれるほどの部屋だ。

この日歩き疲れた母は、駅で見かけたパン屋などで何か買ってきてと私に頼む。食べたら、もう寝るらしい。私は現金を下ろさねばならなかったし、ついでに買い出ししてくることにする。

だが一つ、駅で調べておかねばならないことがある。明日のローテンブルクまでの列車のことだ。有人の案内所はたくさん並んでいたので、長距離切符などを扱っている案内所へ行ってみた。すると、ふと目についたのは、ここミュンヘンからドイツ国内主要駅までの個別の時刻表(無料)だ。そこで、ローテンブルクまでの時刻表を見つけ、持ち帰ることにした。

ミュンヘン駅構内には、たくさんの店があった。ファーストフードのような店もあれば中華料理も。その店には”ご飯”もあるし、豆腐料理や焼きそばもあった。仕事を終えたのであろうと思われるビジネスマンやOLもたくさんいる。若い女性の中には、ローライズのジーンズから明らかにT○○○の下着が覗いている人もいて、なかなかセクシーで刺激的だ。

それにしても、母の口に合うものは・・・?パンと言っても、柔らかいパンでなくてはならないし・・・。さんざん迷って、野菜をクレープの生地で巻いたサンドウィッチにした。私は普通のオープンサンドとチキンにする。飲み物はビール、母にはミックスジュース。

それらを買ってホテルの部屋で夕食とし、母は眠る。私はしばらく休憩し、シャワーを浴び、テレビドラマを見ながら過ごす。とはいえ、言葉が早すぎて何がなんだかさっぱり分からなかった。

外はひどく雨が降っている。時折、雷も鳴っている。この季節はドイツも雨のシーズンなのかなぁ、と思いながら私も眠ることにする。

ミュンヘン、ホテル・オイロパイシャーホーフ

*この旅日記は2005年のものです。

|

2014年12月 4日 (木)

母73才、初めての海外へ 6日目その8 『ミュンヘンへ到着』(再掲)

München(ミュンヘン)へ19時過ぎに到着。さすがミュンヘン!駅はとても大きい!駅構内にはたくさんの売店がある。美味しそうなサンドウィッチやソーセージ、フライドチキン、店頭に椅子が用意され、そこで食べている人々もいる。そしてキオスクも。それらの様子を見て母は「おいしそうだナァ!」と言っている。しかし我々はとりあえずこの日のホテルを探さなければならない。

ガイドブックを見ながら駅の案内所へ行き、そこでホテルの紹介を依頼する。もちろん、ドイツ語で交渉に臨む。
「Hallo ! Wir möchten heute Abent ein Doppelzimmer mit Bad reservielen.(こんにちは!私たちは今晩、風呂付の2人部屋を予約したいのですが)」と話すと、案内所の人も用件は予想通りだったのか、すぐにパソコンで空いているホテルを探し始めた。
「Billiger Hotel bitte !(安いホテルをお願い!)」と言うと、
「Kein billiger Hotel in München.(ミュンヘンに安いホテルはないよ)」と笑いながら答えた。それならば、と思い、
「Nähe von hier, etwa 5 minuten zu Fuß. Weil meine Mutter ist sehr müde.(この近く、歩いて5分ぐらいのところ。私の母はとても疲れているから。)」とこちらの要望を話すと、本当にすぐ近くのホテルを紹介してくれた。

紹介してくれたホテルの名前を見ると、この案内所へ来る時に見たホテルだった。つまり、道路を隔てた駅前にあるのだ。しかし料金が今一つ高い。
「Umm...das ist denn ein bißchen teuer. Ist das mit Frühstück ?(うーん、ちょっと高いナァ。これは朝食付きですか?)」と尋ねる。
「Ja ! Natürlich !(あぁ、もちろんそうだよ!)」と答えられる。そしてさらに彼は、
「今日、ミュンヘンで大きなコンサートがあって、どのホテルもいっぱいなんだよ」と説明した。
「そうなんだ、それじゃ仕方がないな」と思い、母をこれ以上待たせても辛いだろうから、そのホテルへの予約をお願いした。

予約OKの返事を待つ間、応対してくれた案内所の方がいろいろ話しかけてきた。
「あなたのドイツ語、なかなか上手じゃないか!今、ドイツに住んでいるのかい?それとも日本から旅行で来ているのかい?」と、ジェスチャーしながら分かりやすく尋ねられた。
「Wir kommen aus Japan.(日本から来ています)」と答える。
「ドイツ語は学校で習ったのかい?」
「Nein.(いいえ)」
「えっ、じゃあ独学でかい?」
「Ja.(ええ)」
すると彼は、大げさにのけぞるほど驚きながら、
「一人で勉強して、こんなに話せるようになったのかい?!」と訊く。
「Ja...(えぇ・・・)」

彼は私のドイツ語をずいぶん褒めてくれた。案内所の他の係員にも「彼は独学でドイツ語を勉強して、話せるようになったそうだよ」というようなことを話している。あまりに大げさに褒めるので、返ってこちらが恥ずかしくて恐縮してしまう。

「Ich habe deutsche Freunde in Bergisch Gladbach. Wann schreibe ich Email zu ihnen, auf Deutsch ! Natürlich mit Wörterbuch. Und Sie antworten auch Deutsch. Es ist ...auf Englisch "Textbook" für mich.(バーギッシュ・グラートバッハにドイツ人の友達がいるのです。彼らにEメールを書くときはドイツ語ですよ。もちろん辞書を見ながらですが。彼らの返事もドイツ語です。それは私にとって・・・、英語で言う”テキストブック;教科書”ですよ)」と話すと、彼も
「Wunderbar !(素晴らしいじゃないか!)」と言ってくれた。

ホテルの紹介状を頂いたのだが、どうやら予約金(前金)として10ユーロをここで支払わなければならないらしい。私はクレジットカードを出したのだが、現金でないとダメのようだ。「10ユーロも現金、残っていたかなぁ?」と思いつつ、財布の中を探すと、何とか足りた。前金を支払い、「Danke schön. Auf wiedersehen !(ありがとうございました。さようなら!)」と言って案内所を出る。

昨日のフュッセンのホテルのレストランでのことといい、ここでのことといい、旅行会話程度のドイツ語ならば、いくらか自信が持てた。

*この旅日記は2005年のものです。

| | コメント (7)

2014年12月 3日 (水)

母73才、初めての海外へ 6日目その7 『フュッセンから・・・どこへ?』(再掲)

フュッセンでは16:05発の列車に乗ることができた。私は遅くとも14時過ぎの列車でミュンヘン方面へ向かうつもりでいたのだが、お城の見学の待ち時間が長く、予想以上に遅くなってしまった。

この日の行き先は、実は未だに確定していなかった。Augsburg(アウクスブルク)へ行くかMünchen(ミュンヘン)か?しかし私はそのどちらも採らずに、フュッセン駅で手に入れた列車時刻表から、ロマンチック街道沿いのLandsberg(ランツベルク)へ行こうと決めた。

Buchloe(ブーフロー)、さらにはKaufering(カウフェリン)で乗り換えランツベルクへ到着。駅の案内所でこの日のホテルを紹介してもらうと、あいにく「この日はどこもいっぱいだ」との返事。直接ホテルへ飛び込みで行けば、どこかは空いているだろうと思うのだが、私一人ならまだしても母を連れてこれ以上歩きまわるのはちょっと・・・。

仕方なく、ランツベルクで泊まるのはあきらめ、ミュンヘンへ向かうことにする。駅でトイレをすませ、一服しながら列車を待つが、ミュンヘンへは1時間のタイムロスだ。

*この旅日記は2005年のものです。

|

2014年12月 2日 (火)

母73才、初めての海外へ 6日目その6 『ノイシュヴァンシュタイン城にてⅡ』(再掲)

城内のガイドが終わり”映写室”でこの城の歴史やルートヴィッヒ2世のことを上映していたが、説明しているドイツ語があまりに速過ぎて理解できず、喫茶室でしばらく休むことにする。ここはすべてセルフサービスになっていて、私はカップを取りコーヒーを、母はグラスにジュースを自分たちで注ぐ。ケーキなども数種類用意されていた。一緒に回っていた女性もやがてやって来て、空いているテーブルがなかったので、ここでも一緒する。

お城の見学を終えて、入城前に私が写真を撮りに行ったところへ今度は3人で行ってみた。そしてお城の正面をバックにそれぞれの記念写真を撮ってあげる。そしてMarienbrücke(マリエン橋)からもお城を眺めることにする。やはりそこからも眺めてみないと!橋へ向かう途中、水場を見つけた。「飲めるのかな?」と思ったが、他の旅行者を見ると、どうやら飲めるようだ。私は持っていたミネラルウォーターを捨てて、この水を頂戴した。母と、一緒にいる女性にもこの水を勧める。

117
ノイシュヴァンシュタイン城をバックに、我が母。

このころから雨が降って来た。初めはポツリポツリだったのだが、やがて「これは傘を出さないとダメだ」というくらいに降って来た。デーバッグから傘を取り出し、母は女性を入れてあげる。朝、晴れていたので彼女は傘を持ってこなかったそうだ。

マリエン橋からはお城を真横から眺めることができる。旅行会社のツアー広告でもよく見る景色だ。もちろん写真を撮る。一緒にいる彼女も撮ってあげる。「これをバックに撮っておきたい!」と思うのは自然なことだろう。

119

マリエン橋から見たノイシュヴァンシュタイン城。

そしてバス停へと下る。馬車に乗りたかったのだが、なかなか来そうにもない。雨も小やみになったので、結局3人とも歩いて麓まで下ることにする。約20分ほどだ。あとで気づいたのだが、馬車乗り場はバス停とは別のところであった。麓への道は未舗装で雨で濡れていることもあり、やや滑りやすいところがある。私は母と彼女に注意を促しながら歩いて行く。

麓まで下りてくると、ちょうどバスが停まっていた。そして一緒だった女性とはこのホーエンシュヴァンガウのバス停で別れる。彼女は昨日遅くにホーエンシュヴァンガウに着き、今日もここで泊まるそうだ。彼女にとても感謝され、私と母はタイミングよく停まっていたバスに乗り、フュッセン駅へと向かう。

*この旅日記は2005年のものです。

|

« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »