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2014年11月

2014年11月27日 (木)

母73才、初めての海外へ 6日目その5 『ノイシュヴァンシュタイン城にてⅠ』(再掲)

初めに『召使いの間』を見たのだが、そことて素晴らしい。「これが”召使いの間”なのか?私ならここ(この部屋に泊まれることだけ)でも充分だ!」と思った。
玉座の間には、柱にラピスラズリ(青い宝石;幸運を呼ぶと言われている)が使われていた。
また、人工の洞窟があったり、調度品や権力を示すだろう煌びやかな装飾品、天井や壁一面に描かれた絵画、贅の限りを尽くしているといった感じだ。

1800年代後半、日本で言えば幕末から明治へと移り変わった頃のお城だから、さほど古くはないが、これだけの城を造らせた王とは、いかなる人物だったのか?というより、国の財力を傾けさせるには充分過ぎるほどのお金を使ったのではないか?と、想像せずにはいられない。

この城を造らせたLudwigⅡ(ルートヴィッヒ2世)は、この城の完成を見ずに、わずか3ヵ月ほどしかここに住むことができなかったそうだが、それゆえ悲運の王とされるのか?完成からまだほんの100年余り。私はこのお城の美しさとは対照的に、かつてのバイエルン王国の衰退の理由を見たような気がした。

私は一緒に見学した女性に「ノイシュヴァンシュタイン城、ってどういう意味か知ってる?」と尋ねてみると、やはり知らないようで、「ノイは英語で言うとニュー、つまり新しい。シュヴァンは英語のスワン、つまり白鳥。シュタインは英語でストーン、アインシュタインやフランケンシュタインのシュタインと同じなんだけど、石っていう意味なんだ。だから、あえて日本語で言えば”新白鳥城”って感じかな?」と教えてあげた。彼女はとても感心し、「新しいっていう意味がつくっていうことは、さっき見たホーエンシュヴァンガウ城があるからなんでしょうね」と答えた。

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ノイシュヴァンシュタイン城のバルコニーからの眺め。城内は撮影禁止ですが、ここからの眺めは撮ってもよいようでした。

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城内のお土産屋さんで買った写真集の表紙です。ノイシュヴァンシュタイン城、いかがですか?本当に美しいお城ですよネ (^o^)!

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年11月26日 (水)

母73才、初めての海外へ 6日目その4 『ノイシュヴァンシュタイン城へ』(再掲)

次はノイシュヴァンシュタイン城だ。まだ時間に余裕がある。我々は先ほどの女性と一緒に3人でホーエンシュヴァンガウ城を下っていく。登って来る途中で私と母が写真を撮った場所で彼女に「ここならお城をバックに写真が撮れますよ!」と教えてあげると、「じゃあお願いします」とのことで、写真を撮ってあげた。

ノイシュヴァンシュタイン城へはバスで行くことにする。バス停は長蛇の列。世界中から旅人が集まって来るのだろうが、それにしてもすごい人だ。一人旅の女性は「最初は歩くつもりでいたのですが、40分かかるという話を聞いて、”本当に40分で行けるのかナァ?”って心配になって・・・」と、片道だけバスで行くことにしたそうだ。我々も帰りは馬車に乗るつもりで、片道しか切符は買わなかった。
バスは片道1人1.8ユーロ(≒¥250)。1台見送り2台目も満員となり、3台目のバスに乗り座って行くことができた。そしてバスを降りノイシュヴァンシュタイン城の方へ歩く。

バス停からしばらく登り道を歩いてお城の前に。お城をバックに写真を撮りたくても、ここではあまりに近すぎて、これでは『壁』をバックにした写真しか撮れない。
お城の正面は美しかった。指定された見学時間まで、まだしばらくあったので、私は少し下ったところへお城の写真を撮りに行った。正面だけでも何とか撮れたかな?3人とも見学前にトイレをすませ、そしていよいよノイシュヴァンシュタイン城の中を見学する。

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ノイシュヴァンシュタイン城の真横下から見上げました。

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こちらも、上の写真と同じ場所から撮りました。

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少し下ったところから眺めてみました。

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正面入ってすぐのところです。この眺めだけでも歓声とため息が・・・!

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年11月25日 (火)

母73才、初めての海外へ 6日目その3 『ホーエンシュヴァンガウ城へ』(再掲)

チケットセンターの方に教えられた通りに、ホーエンシュヴァンガウ城への道を行く。城へ登って行く途中に教会があり、そしてお城と村の景色の絶好のビューポイントがあった。眼下に見える駐車場には、たくさんの観光バスが停まっている。そのほとんどが日本や韓国、中国からの団体ツアーだろう。昨晩泊まったホテルの迎えにある高級ホテルにも、今朝それらのバスが停まっていて、多くの観光客が乗り込んでいた。「さすが!超一流観光地!」だと思う。そこでお城をバックに写真を撮る。

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ホーエンシュヴァンガウ城へと登っていきます。

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途中のビューポイントから見たホーエンシュヴァンガウ。

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ホーエンシュヴァンガウの街をバックに!母です。

さらに石段を登りお城の前へ到着。時間つぶしに土産屋を覘いてみる。するとちょうど手頃な土産が見つかった。お世話になっているエルマー&アンジュラ夫妻、ご両親宅、アンジュラのご実家へノイシュヴァンシュタイン城の写真の来年用カレンダー、母の友人たちと自宅にも同じカレンダーを買う(計36.3ユーロ=¥4879)。

入場時間まであと10分ぐらいになった頃、一人の若い日本人女性と出会った。彼女は私が手に持っていたガイドブックを見て、私たちが日本人と分かり「こんにちは!」と声をかけてきたようだ。チケットを見ると、入場時間が双方の城ともお互い同じだったので、ご一緒することにした。

彼女は横浜出身で、一人でフランクフルトからヨーロッパパスでロマンチック街道をここまで旅し、その後はオーストリアからイタリアへ約1ヵ月旅をするそうだ。私も彼女に「今回は母を連れて来ているのですが、いつもは一人旅なんですヨ。」と話し、今までの経験上、自分自身の写真がなかなか撮れないことを知っているので彼女にもそのことを聞いてみた。

「一人旅だと、自分の写真がなかなか撮れないでしょ?」
「そうなんですよ!ここまでまだ3枚しか撮ってないんですよ!」
「やっぱり!一人だと、たまたま他に日本人がいれば頼めるけど、そうでないと撮れないですよネェ!かといって、三脚を使うのも・・・ねぇ?!」
「ホント、そうですよネェ!外人の方には頼みにくいし、たくさん人がいるところで三脚、使いづらいですよね・・・!」
「せっかく良い景色のところへ来てるんだし、自分の写真撮りたくなったらいつでも遠慮なく言ってくださいよ。私も今までの一人旅の経験上、気持ちは分かりますから!」
「はい、じゃあその時は、お願いします!」

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ホーエンシュヴァンガウ城。

そして入場時間となった。入場するとすぐに「Japanese ?」と訊かれ私が代表して母とその女性を含め「Ja ! Wir sind Japaner !」と答え、日本語のハンディスピーカーが渡された。世界中から訪れている人たちとともに、お城の中へ。ガイド嬢の案内でお城の中の部屋一つ一つ、ハンディスピーカーからのガイドを聞きながら見学する。ハンディスピーカーを持っていない人々もいた。彼らにはガイド嬢が口頭で説明していた。

ホーエンシュヴァンガウ城は12世紀ごろに建てられたお城で、19世紀初めにナポレオン戦争によってひどい損傷を受けたそうだが、その後再建され現在に至っている。城の中はヨーロッパの中世の王侯貴族の贅沢な暮しが窺い知れた。壁画も見事だし、調度品も素晴らしく、目を見張るものばかりだ。およそ30分ほどで見学を終える。

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ホーエンシュヴァンガウ城からの景色。

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ホーエンシュヴァンガウ城から見たノイシュヴァンシュタイン城。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年11月23日 (日)

世界の絵葉書 その52 ノイシュヴァンシュタイン城

皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

このところ平日のコピペ再掲載で、すでに予約投稿済みの旅日記しかブログ更新していない怠惰な慕辺未行です coldsweats01

すっかり秋も深まり紅葉も見ごろというのに、認知症の母を連れたり又は一人留守番させるのもあまりに気がかりで、どこへも出かけられなくなりました (>_<)!
ここ数年、毎年この季節に訪れていた小原の四季桜や香嵐渓の紅葉も、もうしばらくは見ることができそうもありません。

そんなことを考えているうち、ふと今掲載中の旅日記に出てきたノイシュヴァンシュタイン城・・・、記事にもありますが、母に初めてドイツで買い物させた4枚の絵葉書・・・そのうちの2枚はちょっぴり紅葉とコラボしたノイシュヴァンシュタイン城の絵葉書でした。
紅葉の季節でもありますし、現地で買い求めた絵葉書、紹介します。

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まわりの樹々がちょっぴり紅葉しています。

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靄が立ち込めているのでしょうか・・・とても幻想的なノイシュヴァンシュタイン城です。

この記事の後、このノイシュヴァンシュタイン城を訪れた時のことを紹介しています。
合わせてお楽しみいただけたら幸いです。

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2014年11月20日 (木)

母73才、初めての海外へ 6日目その2 『ホーエンシュヴァンガウへ』(再掲)

今日は Schloß Neuschwanstein(ノイシュヴァンシュタイン城)へ行く。ドイツが誇る、世界的観光地だ。古くからの我が旅仲間も「一見の価値あり!」と話していた。また、ここは東京ディズニーランドのシンデレラ城のモデルとなったお城でもある。

昨日フロント嬢に聞いていた通り、まず駅前へ行き、そこからバスに乗る。ツアーでなく個人で来ている旅行者は、ここからバスに乗って行くことになる。バスターミナルには『ノイシュヴァンシュタイン城へのバスは、ここから出ます』と日本語で書かれた案内も出ていた。自分たち以外にもフリーで来ている日本人旅行者がいた。片道1.55ユーロ(≒¥220)で2人分往復6.2ユーロ(≒¥870)のチケットを「Zweimalkarten bitte, hin und zurück.(2人分のチケットお願いします。往復です。)」と、バスに乗る際に運転手にそう言って買う。バスは9:15発で、Hohen Schwangau(ホーエンシュヴァンガウ)の村まで、およそ10分。

ホーエンシュヴァンガウに到着し、チケットセンターで入場券を買い求める。ずいぶん観光客が並んでいる。実はここは、ノイシュヴァンシュタイン城だけでなく Schloß Hohenschwangau(ホーエンシュヴァンガウ城)もあり、ノイシュヴァンシュタイン城よりもさらに古いらしい。チケットセンターからは歩いても5分ぐらいだそうだ。
たくさんの人の列に並んでいたのだが、右奥のカウンターから突然手招きされながら呼ばれ、早々とそこでチケットを買うことができた。両方のお城の入場券を買い求めると、2人で32ユーロ(≒¥4300、1人¥2150)ほどもした。「Kann ich Kreditkarte bezahlen ?(クレジットカードで支払えますか?)」と尋ねると、「Natürlich,OK !(もちろんOKだ!)」と答えてくれた。

チケットを買い、ホーエンシュヴァンガウ城への行き方を尋ねてみた。「Wie gehen wir zu Schloß Hohenschwangau ?」と。するとチケットセンターの方もドイツ語で「・・・・・・」。私は今教えられたことを確認するように、「Der weg vor hier...nach recht, und wir gehen etwa 100m...wieder nach recht...und...(この前の道を右へ、100mほど行ったらまた右へ、そして・・・)」と言って腕でクネクネした道を登るようなジェスチャーをしたところ、「Ja !genau !(そう!その通り!)」とニッコリしていた。どうやらちゃんと聞き取れていたようだ。さらに、ノイシュヴァンシュタイン城への行き方も尋ねておいた。ホーエンシュヴァンガウ城から下りて来て、その正面にシャトルバス乗り場があるそうだ。バスまたは馬車で行くこともできるらしい。

渡されたチケットには、それぞれのお城の入城時間が記されていた。入場制限があるのだ。なぜかというと、電話機の子機のようなハンディスピーカーで諸外国語(もちろん日本語のものもある)で、城内の案内を聞くことができるようになっているからなのだ。ただ、そのスピーカーや言語によっては、一度に案内できる数に限りがあるのだろう。
我々の入場時間は、ホーエンシュヴァンガウ城が10:50、ノイシュヴァンシュタイン城が12:55からと、まだ1時間ほど待ち時間がある。

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ホーエンシュヴァンガウから見たノイシュヴァンシュタイン城。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年11月19日 (水)

母73才、初めての海外へ 6日目その1 『フュッセンでの朝』(再掲)

6月14日(火)曇り一時雨、夜大雨
Füssen フュッセン9:15(Bus バス)9:25Hohenschwangau ホーエンシュヴァンガウ・・・ホーエンシュヴァンガウ城・ノイシュヴァンシュタイン城・・・ホーエンシュヴァンガウ15:30ごろ(バス)15:40ごろフュッセン16:05(RE21677)17:16Buchloe ブーフロー17:20(RE21153)17:28Kaufering カウフェリン17:36(RB21444)17:42Landsberg ランツベルク18:16(RB21447)18:23カウフェリン18:28(RE21069)19:07München ミュンヘン

 8時ごろ起床し朝食とする。ヨーロッパでは定番のバイキング形式だ。パンにバター、ハム、チーズなど。ムスリー(シリアルなどのミルク粥)やフルーツもある。エルマーのご両親宅での朝食に、母はムスリーを頂いていたので、このホテルの朝食にもあったことは嬉しかった。ウェイターが飲み物(コーヒーか紅茶)の注文を聞きに来る。私たちはコーヒーを3~4杯分のポットで頼んだ。朝食はどれもこれも美味しく、またバイキングということもあり「食べなきゃ損だ!」とばかりに賤しい根性で、お腹いっぱいに食べた。

朝食を終え、部屋で洗面などを済ませ出発の用意。チェックアウトの際、フロント嬢が我々の荷物(デーバッグのみ)を見て不思議に思ったのか、「荷物はそれだけなのですか?」と尋ねられた。私が「そうですよ。バーギッシュ・グラートバッハに友達が住んでいて、大きなスーツケースはそこに置いて来たのです。」と答えると、「それはいいですね!」と返してくれた。ここでもちゃんとドイツ語が通じた。料金は宿泊代に夕食代が加算され124.9ユーロ(≒17000円)。2人でこの料金なら、決して高くはない。

そして私はフロント嬢に、母のために昨日いただいたパンフレット(英語版)の日本語版をもらえないか尋ねると、彼女は快く渡してくれた。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年11月18日 (火)

母73才、初めての海外へ 5日目その6 『フュッセンでの夕食』(再掲)

夕食は、ホテル内のレストランでとることにした。なぜかというと、チェックインの際、グラスワインなどの飲み物のサービス券を頂いていたからだ。夕食または朝食に使えるとのことだが、朝からワインやビールはネェ・・・。Speisekarte(メニュー)を見ると、我々が日本人と分かっていたからか、日本語で書かれたメニューだった。これならば私はもちろん、母にだって解かる。

しかし私は、せっかくなのでウェイトレスにドイツ語で、
「Können Sie uns etwas empfehlen ?(何かお勧めはありますか?)」と尋ねた。彼女は、主菜と書かれた中から2つほど勧めてくれた。
「Aber... die Portionen ist zu groß, oder ?(でも、一人前はとても多いでしょう?)Mir ist OK, aber meine Mutter...? Können Sie uns halbe Portion ?(私はそれでもいいのですが、母には・・・?半人前は出来ますか?)」と訊いてみると、ウェイトレスは、
「Tut mir Leid......(申し訳ありません・・・)」と、そして言葉を続けた。たぶん「半人前は出来ないのです。それならば、こちらの”軽食”の中から選んでみてはいかがですか?」と話していたのだろう。彼女はメニューの軽食のページを開いて説明してくれた。

私が選んだメニューは、主菜の中から”色々な肉の串焼き”、母は軽食の中から”子羊のカツレツ”にした。飲み物(サービス券)を聞かれ、当然のごとく赤ワインを注文する。
出てきた料理だが、量は私が注文したものはもちろんだが、母が注文した”軽食”でさえも、すごい量。付け合わせのフライドポテトの量がすさまじい。多少は残しても仕方がないほどの量だ。私が注文した串焼きは、肉以外にもフルーツまで串に刺して焼かれている。りんごやキウイ、バナナ、イチゴにパイナップル、何もフルーツまで焼かなくてもいいと思うのだが・・・。さらに単品でサラダも注文していた。魚はないものの、肉と野菜は豊富だ。何とかすべて食べきって食事を終え、食後の紅茶を飲む。

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ディナーで、ワインを頂く母。母が注文した料理、あれで”軽食”です。真ん中は単品で注文したサラダ。手前は私が注文した料理です。フライドポテトの量が・・・(゚o゚)!

するとウェイトレスがポラロイドカメラとホワイトノートを持ってきた。彼女は私がドイツ語を理解できると判断したのか、ドイツ語で説明している。どうやら宿泊客がここで食事をされた際、写真を撮りメッセージを残してもらっているようだ。写真を撮っていただき、メッセージはドイツ語でも日本語でもどちらでもよいとのことで、私は簡単だがドイツ語でメッセージを書くことにする。

せっかくだから、ウェイトレスの女の子に「Können Sie ein Foto mit meine Mutter zusammen nehmen ?(私の母と一緒に写真を撮っていただけますか?)」と頼んで、母と彼女と一緒に、さらに私とも一緒に写真を撮ってもらった。「Wie heißen Sie ?(お名前は?)」と尋ねると「Julia(ユリア)」というそうだ。ややポッチャリとした、感じの良い子だった。

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母とウェイトレスのJuliaさん。

食後に再度散歩することにする。先ほど歩いていない通りを選んで歩き、ホテルへ戻る。そして私はふと「夕食後、チップを置き忘れた!」ことを思い出した。しかし今になって渡しに行くのも・・・。彼女を見かけて「申し訳なかった」と思いながら、部屋へ戻り、シャワーを浴びて、眠ることにする。

フュッセン、ホテル・クアカフェにて

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年11月13日 (木)

母73才、初めての海外へ 5日目その5 『フュッセンにて』(再掲)

そして母を誘い、ホテルで頂いたシティマップで街を散策してみる。まず、Hohes Schloß(ホーエス・シュロース;ホーエス宮殿)へ。やや小高い丘へと登る。宮殿と教会がある憩いの場、という感じだ。地元の老夫婦が、犬を連れて木陰で休んでいる。「Guten Tag !(こんにちは)」と挨拶し、教会の方へ。教会へ入ると、説教室の前にはドイツ語で書かれた注意書きの看板があった。例えば『中では大声を出さないでください』、『飲食禁止』、『犬や猫などの動物の入室禁止』など、たとえドイツ語でも、かなり理解出来た。教会内の装飾は、なかなかのものだ。教会入り口のロビーには、絵葉書や本などが無人で売られていた。料金を入れる箱だけが置いてあるのだ。良心が試されるところだ。でも、おつりは・・・?そのこともあり、結局何も買わなかった。

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ホーエス宮殿。

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ホーエス宮殿の時計塔。

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宮殿内の教会。

そして街を歩く。お土産屋の店先で、ノイシュヴァンシュタイン城の絵葉書が4枚(1枚25セント)で計1ユーロ。そこで1ユーロのコインを母に渡し、「自分で買ってこや―!」と言って、母にとってドイツで初めての買い物をさせることにする。母は「ハァッ?何て言ったらいいか分からんがぁ?」と言うのだが、「Bitte !(ビッテ;お願いします)と言って、最後に Danke !(ダンケ;ありがとう)と言えばいいよ」と教え、挑戦させた。せっかくドイツへ来ているのだから、自分自身で買い物気分も味わわないと!他のお土産屋も物色するが、けっこう高い。そして、さすがに一流観光地に近いだけあって、日本人の店員がいる店もある。

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フュッセンの街にて。

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フュッセンの街を歩く母。

母が「歯茎が痛い」と言うので薬局へ行って薬を買うことにする。母は歯茎の薬を持ち忘れたらしいのだ。薬局で、歯茎というドイツ語を知らなかったのだが、女性店員にドイツ語とジェスチャーを交えて「Sie hat hier schmerzen. Kein Zahn. Unter dem Zahn.(母はここが痛むのです。歯じゃないですよ。歯の下です。)」と説明すると、「Ja ! OK !」とニッコリ。ちゃんと通じたようだ。

大きな交差点へ出ると、街並の背景に、名前は分からないがドイツアルプスの山がそびえ立っている。これが、なかなか絵になっていた。

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フュッセンの街とドイツアルプスの山。

やがて地図を見ても、というか最初からあまり地図を見ずに歩いていたせいか、「ところで・・ここ、どの辺りだろう?」と現在地が分からなくなってしまった。母は「ハァ?」と笑っている。すぐ近くに、店の片づけをしていた若い男性がいたので、「Hallo ! Guten Tag ! Entschuldigung !(こんにちは!すみません!)」と声をかけると、男はいぶかしげな表情でやって来た。その男に「Wo sind wir jetzt ?(私たちは今、どこにいるのですか?)」と、地図を見せながら尋ねた。すると彼は、笑いながら地図を見始める。私はもう一度「Entschuldigung...」と照れ笑い。すると、何のことはない。先ほどの大きな交差点は、観光案内所のすぐそばの角で、ホテルへは5分とかからない距離だった。いや、恥ずかしい!でも彼に「Danke schön.(ありがとう)」と礼を言い、彼も「Bitte schön.(どういたしまして)」と答える。そして「Auf wiedersehen. Tschüß !(また会いましょう。バイバイ!)」と言って別れ、そしてホテルへ戻り夕食にする。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年11月12日 (水)

母73才、初めての海外へ 5日目その4 『フュッセンへ』(再掲)

アウクスブルクでは乗り換えの時、どしゃ降りの雨で急いでフュッセン行きの列車に乗り込む。2両編成のローカル線で、乗客は学校帰りの高校生など地元の人と思しき人が多い。だが列車内には、他にも日本人観光客が少なからずいた。天気は今一つ良くはなかったが、列車がどんどん南へと走り、終着駅のフュッセンに近づくころには、すっかり天気も回復。ドイツ・アルプスの山々と、はるかにノイシュヴァンシュタイン城も車窓から見えてきた。アウクスブルクから約2時間、フュッセンに到着。天気は”ぴーかん”に晴れていた。

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フュッセンへ向かう列車の中で。少しだけですが、広々とした外の景色、分かりますか?

さて、この日はどこに泊まろうか?ガイドブックを頼りにとりあえず、街の観光案内所へ行ってみるつもりでいたが、途中にカフェやレストランを備えたホテルを発見。雰囲気良さそうなので、飛び込みで空き部屋があるか確認する。

「Hallo ! Entschuldigung ! Wir haben nicht reservieren, ein Doppelzimmer mit Bad frei ?(ハロー!すみません、私たちは予約していないのですが、風呂付きのツインは空いていますか?)」と尋ねてみた。するとまだ空いているようで、料金は朝食付き93ユーロ(≒¥13000)だ。1人¥6500ならば良しとしよう。何しろ今回の旅、10泊のうち7泊がエルマー達のところでお世話になるので、宿泊代と食事代がかなり助かっているから。

ホテルの名は、Hotel Kurcafe(ホテル・クアカフェ)で、100年以上の歴史を持つホテルだそうだ。部屋は5階だったが、私にとって一つ問題があった。それは室内禁煙、ということだ。当然、部屋に灰皿はないので煙草は我慢するか、外へ吸いに行くしかない。荷物を部屋に置き、窓から外を眺める。なかなかの眺めだ。ガイドブックを見てみると、ホーエス・シュロースという宮殿のようだ。

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ホテルから見た景色。ホーエス宮殿が、デンと構えています。

ふと電気をつけようとしたのだが、つかない・・・。テレビもつかない。「あれっ?なんで・・・?」と考えてもラチがあかないので、フロントへ電話してみる。なまじっか下手なドイツ語を使っても伝わらないので、英語で尋ねる。すると、ドアのそばにあるカードキーを保管するケースにカードキーをしっかりと押しこむと、部屋の電源が入るらしい。「なるほど!」と納得し、またひとつ学習した。

母を部屋で休ませている間に、私は明日訪れるノイシュヴァンシュタイン城への行き方を、フロント嬢に尋ねる。彼女は「車ですか?パスですか?」と尋ねる。私は「パスです」と答えると、フュッセンの駅前からバスが出ていると教えてくれた。フュッセン駅へ行き、まず明日以降の移動のためにこの近辺の鉄道時刻表(無料)を手に入れ、そして駅前でノイシュヴァンシュタイン城へ行くバスのバス停と出発時刻を調べる。9:15発のバスが時間的には都合が良さそうだ。ホテルへ戻り、明日のバスの時間を母に教え、起床時間を決める。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年11月11日 (火)

母73才、初めての海外へ 5日目その3 『予定はミュンヘンだったけど…』(再掲)

そしてアンジュラに調べてもらった列車が出るホームへ行き、列車を待つ。9:54発 ICE(インターシティエクスプレス)515号に乗って、旅が始まる。列車内はけっこう混んでいた。しかし、どこが指定されている座席でどこがそうでないかが分からない。「適当に座って、もし指定席の切符を持っている人が来たら変わるしかないな」と思い、適当に座ろうとしたのだが、どうやらこの列車の車掌か、お客アンケートを取りに来る人なのか、彼が座っていた座席を我々に譲ってくれた。

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ケルン中央駅のホームにて、母。

そこで分かったことは、指定されているシートには乗客の乗車区間が電光表示されているということだ。表示がなければ空いている、表示があってもその区間外なら大丈夫、ということのようだ。ひとつ学習した。

列車内でこの列車の各停車駅への発着時刻・接続列車などが載った Fahr Plan(列車時刻表; IC、ICEなどの特急には各シートに置いてある。)を見てみると、Augsburg(アウクスブルク)で Füssen(フュッセン)行きの列車に接続している。それならば、このまま München(ミュンヘン)へ行くよりもこの日フュッセンへ行き、明日の午前中に Schloß Neuschwanstein(ノイシュヴァンシュタイン城)へ行く方がいいのでは?とひらめき、突然、予定をミュンヘンからフュッセンへ変更する。

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フランクフルトを過ぎると、列車内はかなり空きました。テーブルがある対面式のシートでゆったりくつろぎます。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年11月 6日 (木)

母73才、初めての海外へ 5日目その2 『ジャーマンレイルパスを買う』(再掲)

ケルン中央駅に到着し、鉄道案内所へ行く。目指すはこの日はミュンヘン。だがこの日の最初の目標は、まずジャーマン・レイルパスを買うこと。これが無くては、列車にも乗れない。私はそこでほとんどドイツ語だけで交渉をした。

「Wir möchten heute nach München fahren. Aber wir haben keinen Germanrailpass. So möchten wir zweimal Germanrailpass kaufen. (私たちは今日、ミュンヘンまで行きたいのですがジャーマンレイルパスを持っていません。で、ジャーマンレイルパスを2枚買いたいのです)」と尋ねると、ちゃんと通じた。すると向こうも当然ドイツ語で返してくる。

「Alle zusammen oder .......?(ずっと一緒、それとも別行動するのかい?)」
「Alle zusammen.(ずっと一緒です)」
すると、ジャーマンレイル・ツインパスを勧められた。これは2人用のレイルパスで、料金が1人分は半額になっている。つまり2人で25%割引のお得なパス。
次に有効日数を尋ねられた。「4日間」と答えると、「5日か10日間有効のものしかないんだ」と言われ、「じゃあ5日間」と苦笑いで答える。係りの方もにこやかに相手してくれる。

そして、列車のクラス(等級)を訊かれた。1等車か2等車か・・・?過去の経験で、1等車でなくてもよいということは分かっている。が、母が一緒だし1等車にしようか?とりあえず料金を尋ねてみた。
「Wie kosten Erste Klasse und Zweite Klasse ?」
すると、パソコンのディスプレイをこちらへ向け、料金表を見せてくれた。5日間有効のものを比べると、1等車と2等車では100ユーロ以上の差。この差は大きい!ホテル1泊分に相当する。私は迷わず、料金が安い「Zweite Klasse !(2等車!)」と答え、2等車用のジャーマンレイル・ツインパス(317ユーロ=42435円)を買った。ミュンヘンまで片道大人110ユーロ2人で220ユーロなので、ミュンヘン往復だけでも元が充分取れている。このパスは、発行日から1ヵ月以内の5日間のみ使用可能である。指定席についても尋ねてみたが、「Kein Problem !(大丈夫だよ)」と、指定席を取らなくても座れるだろうとのことだ。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年11月 5日 (水)

母73才、初めての海外へ 5日目その1 『南ドイツへ出発』(再掲)

6月13日(月)曇り時々雨のち晴れ
Bergisch Gladbach バーギッシュ・グラートバッハ8:33(Sバーン11)8:53 Köln Hbf ケルン中央駅9:54(ICE515)13:49 Augsburg アウクスブルク14:03(RE21092)15:58 Füssen フュッセン

  この日からはしばらく平日。エルマーもアンジュラも仕事なので、木曜日まで私と母の2人だけで列車を利用し、南ドイツ・ロマンチック街道へと旅をする。私はともかく、母にとっては初めての海外、人気の観光地も連れて行かないと、帰国後に土産話をするにも困るだろう。日本人には、とても人気のあるコースのロマンチック街道沿いの街を行くことになるので、さぞ多くの日本人に遭遇するだろうなぁ。

事前にアンジュラに、インターネットで列車の時間と料金を調べていただいたのだが、München(ミュンヘン)まで大人片道110ユーロ(≒¥15000)もする。私はケルン中央駅でジャーマン・レイルパス(ドイツ国内周遊券)を買うつもりでいた。この日はとりあえず、ミュンヘンを目指すのだが、予定は未定。列車の接続によっては、どうなるか分からない。いつものことだが、行き当たりばったりが、私の旅。

我々の荷物は、旅行用の大きなスーツケースはご両親宅に置いて、デーバッグだけ背負っての軽装の旅。このほうが移動が楽だから。母のデーバッグには、衣類などの軽い荷物を、私はガイドブックやカメラ関係のもの、ドライヤーなど重くなりそうなものを入れた。

エルマーとアンジュラは朝早いが、昨夜言っていた通り出勤前の7:30、我々の朝食時に顔を出し、「Gute Reise !(良い旅を!)」と言ってくれた。我々は8時にはスタートしたいということで、パパとママにバーギッシュ・グラートバッハの駅まで送っていただく。駅でケルン中央駅までの切符を券売機で買おうとしたのだが、小銭が足りず50ユーロ紙幣を使った。が、札が戻って来てしまう。機械を見ると、どうやら”釣銭切れ”のようだ。仕方がなく窓口へ行って切符(1人2.9ユーロ)を買う。

私が初めてドイツへ来た時、ドイツ語が出来ない私を心配して、ママがケルン駅まで送ってくれたものだが、さすがにもう心配していないようだ。私も、ある程度のことは何とかなる、という自信はある。そして、パパとママに見送られケルンへと向かう。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年11月 4日 (火)

母73才、初めての海外へ 4日目その4 『明日からは』(再掲)

行きとは違って帰りは、およそ3時間ほど、夜9時過ぎには戻った。エルマーとパパはレンタカーを返すために、ケルン/ポン空港へ。その間に私と母は、部屋へ戻り明日以降の準備をする。明日からは私と母2人だけで、3泊4日の旅に出る。目的地は南ドイツ・ロマンチック街道。大きなスーツケースは置いていくことにして、必要最低限のものだけをデーバッグに詰めて旅することにする。

エルマーとパパも戻って来たようで、皆でエルマー宅に集まる。明日からの我々の旅について、とりあえず、München(ミュンヘン)までの列車の時刻を、アンジュラにインターネットで調べてもらった。それによると、「9時ごろの列車でバーギッシュ・グラートバッハを出ればいいよ」とエルマーは言うのだが、それではケルン駅でレールパスを買う時間がない。

「Aber ... Elmar. Wir müssen "German Rail Pass" im Köln Hauptbahnhof kaufen.(でも、エルマー、自分たちはケルン中央駅でジャーマンレールパスを買わなければならないんだ。)」と話すと、皆は「じゃあ、もう少し早い列車で行かないとダメよネ!」と言いながら、お互いに相談して出発時間を決めた。

ケルンでレールパスを買うと話した私に、エルマーは「ジン、ナイスアイデアだよ。日本で買うよりはこちらで買う方が安いだろうから!」と、私の選択を褒めてくれた。私も「でしょ。私もそう思ったんだよ」と答えた。そして「木曜日、電話するからバーギッシュ・グラートバッハ駅までお迎え、よろしく!」とエルマーに頼んでおく。

明朝、アンジュラとエルマーは7時半過ぎには出勤していく。だから「元気で!」と言うと、彼らは「いや、明日の朝、出勤前に顔を出すよ」と話してくれた。

バーギッシュ・グラートバッハ、エルマーのご両親宅にて

*この旅日記は2005年のものです。

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