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2014年9月

2014年9月30日 (火)

母73才、初めての海外へ 初日その4 『エルマー&アンジュラに再会』(再掲)

階段を上がってホームを歩くと、しばらくして反対方向からエルマーとアンジュラの姿が。やはり彼らは、ホームで我々を待っていたようだ。彼らと顔を合わせるやいなや、私は「Hallo ! Elmar, Angela ! Entschuldige...!(ハロー、エルマー、アンジュラ!ごめん・・・)」とドイツ語で謝った。彼らはホームで我々を20分も捜していたらしい。「Ich habe vor dem Schalter von Lufthansa gewartet. Und meine Mutter auch wartet der jetzt ! (ルフトハンザのカウンターの前で待っていたんだ。母も今、そこで待っているよ)」と話し、彼らをそちらへと案内する。

母に「やっぱりホームで待っていたよ」と言って、彼らを紹介しようとすると、エルマーが突然日本語で「こんにちは!」と母に挨拶。アンジュラも同じように「こんにちは!」。これには私も母も少し驚いた。母も慌てて「あ、こんにちは!」と答える。彼らに「Oh, Japanisch "Konnichiwa" ?(日本語で”こんにちは”だって?)」と笑いながら話すと、「当たり前だよ。君のお母さんに初めて会うんだ。日本語で挨拶しないとな」と、エルマーが答えた。「こんにちは」ぐらいは彼らが知っていてもおかしくはないが、母との初対面のあいさつで日本語とは、気配りを感じる。

私が彼らを捜しに行っている間、母にとっては初めての異国で1人で待っていて、きっと不安だっただろう。しかし意外にも、たまたま通りかかった人が、ベンチで休んでいる母に「グッド?」と声かけてくれたことがあったらしい。母も「グッド、グッド」と答えたとか。

お互いの紹介を済ませ、彼らの住む街 Bergisch Gladbach (バーギッシュ・グラートバッハ)へ列車で向かう。私はてっきり、彼らが車でここまで迎えに来ていると思っていた。しかし、このケルン中央駅までは車より列車のほうが速いそうだ。Sバーン11の列車に乗り、対面シートに4人向かい合って座る。1年4ヵ月ぶりに会った彼らに、私は出来る限りドイツ語で「みんな元気?」「アンジュラのお母さんは元気?大丈夫?」「ティニとリオ(エルマー達が飼っているオウム)は?レックス(アンジュラの実家にいるシェパード)も元気?」と尋ねると、彼らもドイツ語で答えてくれる。

母は、出発前に私が作っておいたドイツ語のアンチョコを取り出し、アンジュラの膝を軽くたたいてそれを見ながら「Ich bin ・・・」と突然、ドイツ語で自己紹介する。それを聞いて「Oh, du bist ・・・.Ich bin Angela.」「Ich bin Elmar.」と彼らも、ドイツ語で!アンジュラは母のアンチョコを見て「dsching、これ、あなたが作ったの?」と訊く。「もちろん!」と答えると、「すごいじゃない」と言うような顔をしていた。

ケルンからおよそ20分で、バーギッシュ・グラートバッハへ到着。そこからは車で10分ほどで彼らの自宅へ。車はエルマーの自家用車ではなく、彼の父の車で迎えに来ていた。というのは、エルマーの車はリヤシートのルーフが低く、大人が座れるサイズではないからだ。彼の父の車は、日本車で三菱のコルト。だから皆、乗ることができる。
バーギッシュ・グラートバッハの中心街を抜け、彼らの自宅方面へと向かう。私は母に「ここがマルクト広場で、青空市場が開かれるんだ」などと、道中の案内もしていた。

そして彼らの自宅に到着。私にとってはもう3度目で、いくらか慣れ親しんだところだ。が、今回は隣で暮らすエルマーのご両親宅でお世話になる。いつも借りていた部屋は、今は賃貸契約で他の人に貸しているからだ。我々はさっそくご両親宅のほうへ。アンジュラが呼び鈴を押すと、エルマーの母アンナさんがにこやかに出迎えてくれた。

「Hallo ! Guten Tag ! Mama. Lange nicht gesehen. Wie geht's ?(こんにちは!ママ。久しぶり、元気?)」とドイツ語で挨拶。そして「Das ist meine Mutter ・・・. (こちらは私の母、・・・です)」と、母を紹介した。(*私は彼らのご両親を彼ら同様に「パパ、ママ」と呼んでいます。)母もママにご挨拶。するとママは、母と身長がお互いに低く、同じぐらいなので、とても嬉しそう。手を頭の上で動かし、「ほら、同じぐらいよ!」と言っている。

部屋の中へ入ると、エルマーの父ハンスさんも満面の笑みで迎えてくれた。パパは身長180cmを超える人で、エルマーよりも背が高い。母は「ワッ、大きいなぁ!」と驚いていた。

我々はこのご両親宅の3階へと案内された。ベッドが二つ、テーブルに椅子、クローゼット、テレビとステレオ、そして洗面台もあった。トイレは部屋を出て右へ行ったところ。風呂は2階にあるバスルームを使わせていただけるようだ。かつてエルマー宅で借りていた部屋ほど広くはないものの、これならば十分だ。いや、充分過ぎるほどである。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年9月28日 (日)

ある秋の日に

皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

『地球温暖化』という言葉を聞くようになって久しく9月は残暑厳しい月でしたが、今年は残暑どころか8月のお盆明けから涼しくなりました。
こんな年は最近では珍しいですね。

そんなある秋の天気の良い日、片道1Kmちょっとのスーパーまであちこち花を見ながら、帰りはちょっと大回りで寄り道しながら散歩してきました。

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曼珠沙華。ちょうど秋のお彼岸でした。

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白(?)い彼岸花もすぐ近くに咲いていました。白というよりクリーム色・・ですよね。

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キバナセンニチコウ。ストロベリーフィールドとも言います。イチゴのような赤い花が可愛いです。

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スーパー近くの駅前広場には、百日紅がまだ咲いていました。

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ちょっと大回りして立ち寄った公園で。紅白の芙蓉の花が・・・Σ(゚д゚;)エッ?!
酔芙蓉だそうですが、それにしても、この色の変化は・・・(-_-)ウーン...???

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ミニひまわりも咲いていました。

他にもいろんな花を見つけました。
今はなかなか出かけられない私ですが、ふと地元をのんびり歩いてみると、こんなにもたくさんの花を見ることができるのですネェ!
「灯台下暗し」ではいけませんね。立ち寄った公園の花畑のボランティアの方に、とても耳寄りな情報も聞きました。
時間を作って、またその公園へ出かけてみたいと思っています。

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2014年9月25日 (木)

母73才、初めての海外へ 初日その3 『ドイツ到着』(再掲)

Frankfurt(フランクフルト)国際空港は、巨大だ。ヨーロッパのハブ(中核)空港だけある。ここからKöln(ケルン)までは、ルフトハンザ航空ではあるが、列車(ドイツ鉄道と提携。近距離の国内線の場合、鉄道に振り替え;ドイツ版新幹線)で移動。

過去2回は、いずれもこの空港までエルマーが迎えに来てくれたのだが、今回は違う。フランクフルトまでにしても、ケルンまで乗り継ぐにしても、料金は変わらないのと、彼らから『毎日飛んでいるならば、木曜日にケルンまでチケットを手配したら・・・』とアドバイスされていたのだ。

団体旅行のツアーコンダクターらしき日本人男性に「ケルンまでチケットを買っているんですけど、この後どうしたらいいんですか?」と尋ねると、彼は親切に「入国審査をここでして、そして20分ほどかかりますが、鉄道の駅の手前で航空券を見せて、手続きすればいいですよ」と教えてくれた。鉄道駅へ行くまでに空港内を20分も歩いて移動しなければならない。荷物がないから良いのだが・・・。

飛行機内は禁煙だったので、たまたま見つけた喫煙所でやっと一服。これまで2度のヨーロッパ旅行で覚えたとおり、現金引き出し機で60ユーロ(≒¥8015)をクレジットカードで下ろす。鉄道駅手前のルフトハンザ航空のカウンターで、列車へのチェックイン(?)をする。だが、まだ1時間ほどある。

不意に母が「”いやだいやだ”って言っとったのに、とうとう来ちゃったなぁ~!」と、今さらながらぼやいている。私は母に「あのねぇ、ここはもうドイツ。日本じゃないんだから!来た以上はしょうがないの!」と笑う。母も現金1万円をユーロに替える。ミネラルウォーターを買い、タバコを吸ったりトイレへ行ったりして時間をつぶす。

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フランクフルト空港駅にて、我が母です (^_^;; 。

やがて、ケルンへ向かう列車が到着し、乗ったのは良いのだが、この切符というか搭乗券では指定された席が分かりにくい。Seat No. が10K、10Hで、NONSMOKER 71,75って、全く分からない。案の定、違う車両に乗っていて、指定された車両へは途中、連結器で繋がれていたため行くことができず、私はこの失敗をごまかすかのように仕方なし、食堂車でコーヒーを飲みながら母に周りの風景を説明して時間を潰していた。

だがやはり、他にもこのチケットで自分たちのシートが分からなかった日本人旅行者がいた。その方たちも「これじゃ、分からない」と言っていた。自分たちの指定された車両は、WAGEN/COACH 26 と書かれた26号車の71と75の座席だった。次の停車駅、ズィークブルク・ボン駅で自分たちの指定席へ行ったものの、そこからケルンまでは、あとほんの10数分。やがて、ケルンの象徴『ケルン大聖堂』が見えてきた。

フランクフルトから1時間弱、現地時間で夕方6時過ぎ、ケルン駅に到着し、プラットホームから駅構内へと下りる。そして構内を一度出て、駅の真ん前にある『ケルン大聖堂』を母に見せる。「これが、世界遺産のケルン大聖堂だよ」と。そして、預けておいた荷物を受け取るため、ルフトハンザ航空のカウンターを探す。「駅まで迎えに来る」と言っていたエルマーとアンジュラも、たぶんそちらにいると思ったから。しかし、そのカウンターがなかなか見つからない。駅構内を案内しながら、15分ほど経ってやっと見つけた。同じ列車で来た日本人客も数人いた。

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ケルン大聖堂。(2002年に撮影したものです)

荷物はまだ来ていなかったのだが、我々がそこへ着いてすぐに運ばれてきた。手荷物を受け取り、駅構内のコンコースへ出るが、エルマーたちとはまだ合流できない。『おかしいな?もしかして列車が到着したホームで待っているのでは・・・?』と思い、母にそう話し「もし、行き違いで私がいない間に彼らがここへ来たとしても、この荷物を見れば私のものだって分かるだろうから。そうしたら”ジン、ジン”って言えば、それだけで分かってくれるだろうから」と言って、母をルフトハンザ航空の手荷物受取所を出たところに待たせて、私はホームへと走り、そしてホームの端から端まで探し歩くつもりでいた。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年9月24日 (水)

母73才、初めての海外へ 初日その2 『機内にて』(再掲)

キャビンアテンダントに促され、自分たちのシートへ。母は窓側、私は通路側に座った。フランクフルトまでは約12時間だ。やがて飛行機は離陸し、グングンと高度を上げていく。水平飛行となり、シートベルトを外しても良い状態になると、最初の機内サービス。袋に入ったスナック(アーモンド)と好みのドリンク。そしてその後、昼食が運ばれてくる。

昼食は、巻き寿司とサラダのオードブル、メイン料理は牛丼か鱈と車エビを使った魚料理。自分たちは牛丼を選ぶ。デザートはチョコレートケーキ。ドリンクは、ビールよりもワイン、それもSekt(ゼクト;スパークリングワイン)を選ぶ。このルフトハンザ航空のゼクトが美味しいのは、前回利用した時に聞かされ知っていた。食事はというと「可もなく不可でもないかな?」というのが感想だ。これも、前回の経験で日本発便よりドイツからの便のほうが、食事ははるかに美味しいことを知っている。ただ、ゼクトはうわさ通り美味しかった。母も「おいしいワ!」と、気に入ったようだ。

食後は休憩タイム。機内では、スクリーンに映画を上映している。私は機内オーディオで音楽を楽しむ。数時間経って、間食が運ばれてきた。おにぎりかサンドウィッチだ。母は腹が減っていないせいか、どちらも遠慮したが、私はサンドウィッチとオレンジジュースを頂いた。

そしてさらに時間が過ぎ、2度目の機内食。ドイツ時間では午後1時(日本時間午後8時)ごろだ。昼食同様、肉か魚料理のどちらかを選択できるのだが、魚料理は『鮭粕漬け焼き・・・、』、肉料理は『鶏の照り焼き・・・』。で、母も私も鶏の照り焼きを選ぶ。デザートはフルーツサラダ。しかし、今一つ「おいしい」と言えるものではなかった。

食後は再び音楽を聴いたり映画を見たり、うたた寝をしたりして、やっとフランクフルトへたどり着く。日本時間ではもう22:30だが、こちらではまだ15:30だ。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年9月23日 (火)

母73才、初めての海外へ 初日その1 『出発』(再掲)

2005年 6月9日(木)くもり(日本)のち晴れ(ドイツ)
自宅7:00(タクシー)8:20中部国際空港10:30(LH737;ルフトハンザ航空737便)15:35{現地時間} Frankfurt Main フランクフルト・マイン国際空港17:09(LH6822・ICE516;ルフトハンザ航空6822便=ICE516号ドイツ新幹線)18:06 Köln Hbf ケルン中央駅18:47(Sバーン11;近郊列車)19:07 Bergisch Gladbach バーギッシュ・グラートバッハ *時差-7時間

 私、dsching (ジン)は、7度目の海外、ドイツは3度目、しかし母にとっては初めての海外旅行が始まる。この日の出発のため予約しておいた『T・エアポートリムジンタクシー』で自宅から中部国際空港(セントレア)へ直行。1人2500円、2人で5000円。運転手は、かつて同僚だったT君。実はあらかじめ彼にこのことを話し、予約時に彼を指名し頼んでおいたのだ。

この日は5:00過ぎに起床し、食事やトイレなどを済ませ、最後にもう一度荷物をチェックし、迎えのタクシーを待つ。7:00ごろ、T君が運転するエアポート・リムジンタクシーがやって来た。彼と挨拶をし、荷物を積み込む。タクシーはさらに中村、長良(名古屋市内)へ予約客を迎えに行き、セントレアへ。客は我々を含めて4人、皆同じ飛行機でドイツへ向かうそうだ。名古屋高速から知多半島道路を走る。予想よりも早く8:20に空港へ到着。荷物を下ろし、T君に「お気をつけて、行ってらっしゃい」と見送られる。

出発ロビーでバウチャー(航空券への引換書)を旅行代理店(HIS)カウンターに提出し、航空券を頂く。そして搭乗手続き。荷物を預け搭乗券を頂く。座席は窓側だ。搭乗手続きの時に「ルフトハンザ航空の”マイレージクラブ”に入りたい」と言い、申込用紙を頂いて空港ロビーで必要事項を記入し、ポストへ投函した。

空港は、以前の名古屋空港に比べると、より国際空港らしく広く大きくなっている。搭乗手続き、セキュリティ(手荷物検査とボディチェック)、出国審査(パスポートチェック)を終え、出国ロビーへ。免税店を見て回る。彼らへのお土産の焼酎と、私自身が吸うためのタバコを買う(¥3100)。何しろヨーロッパはタバコがとても高いから。

ラウンジでコーヒーを飲み、出発ゲート付近で時間まで待ち、私は時々タバコを吸いに喫煙所へ(飛行機内は全席禁煙)。そしてアナウンスが入り、我々は搭乗口へ並ぶ。しかし、並んでいたところはファーストクラスの列だった。「しまった!」と思い、エコノミークラスの列に並ぼうとしたら、係りの人が「いいですよ。お年寄りの方がみえますので、こちらからどうぞ」と言って、優先してくれた。母は「年寄り扱いされたワ!」と苦笑いしながら言っていたが、それはまぁ仕方がないところ。現に70代なんだから!そしていよいよ飛行機に乗り込む。

*この旅日記は2005年のものです。

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2014年9月21日 (日)

『伝統行事』&『相撲絵』切手

皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ

先週、認知症の母のことで愚痴ってしまった記事に、温かい励ましやアドバイス、ありがとうございました。
問題は何一つ解決したわけではありませんが、心の中の叫びを少しでも吐き出すことで気分がいくらか楽になりました。

今回は、ずいぶん前に発行された『伝統行事』シリーズと、再び活気を帯びてきた大相撲に因んで『相撲絵』切手シリーズを紹介します。

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上左から、ひなまつり、たなばた。下左から、七五三、せつぶん。

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3枚1組で第5集まで発行されました。

『伝統行事』シリーズの切手は、額面が10円ですから、50年ほど前に発行されたのでは?と思います。子供の顔や髪形を見ると、その時代を感じさせられます。
『相撲絵』シリーズは、右側の切手は2枚で1つの絵ですから、バラバラで使うのは惜しい切手ですね。

日本の切手の紹介は、今回が最後です。もうこれ以上紹介する日本の切手がありません。しかしまだ海外の切手を一度も紹介していませんでしたね。
このカテゴリーでは次回からは海外の切手を少しずつ紹介しようと思います。
国別にしようか、デザイン別にしようか迷うところですが・・・(-_-)ウーン...。
旧・ソ連や旧・チェコスロバキアなどの切手もあります。

そして、旅日記のほうも『オーロラ紀行』の再掲載を終え、次は『母73歳、初めての海外(ドイツ)へ』を再掲載いたします。
まだ認知症の影さえもなく、親子関係も良好だったころの旅です。
前回掲載したのは2010年の秋からでしたので4年ぶりの再掲載です。
以前にも読まれた方、懐かしく思い出されるかもしれませんし、初めての方は読みながらバーチャル旅行楽しんでいただけると幸いです。

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2014年9月18日 (木)

オーロラ紀行 最終回(再掲)

3月5日(金)晴れ

(LH740)8:35関西国際空港9:27(南海電鉄)10:15難波10:30(近鉄)12:48名古屋

ウトウトできたのかどうかのうちに、ヨーロッパではちょうど真夜中の頃、日本時間で朝になったようだ。

7:00ごろ、最後の機内食となる。行く時の名古屋からの飛行機より、食事の内容は良かった。メニューも配られたし…。そして食事が終わるころには、もうすでに日本上空近くを飛んでいた。

飛行コースは、シベリアからモンゴル、中国を経て日本へ、山陰から瀬戸内海、四国を経て関西国際空港へ、、8:35、ほぼ定刻通りに着陸。

イミグレーション、荷物の受け取り、そして税関。税関では荷物を広げさせられることもなく、ヘルシンキで買ったトナカイの毛皮が敷物で、コートではないということを確認しただけにすぎない。

そして到着ロビーから南海鉄道の駅へ。列車の時刻表を見ると、わずか5分後に急行が出発する。その後に特急もあるのだが、難波に着く時間は大して変わらないので、急行で行くことにする。

難波で近鉄に乗り換えるのだが、この間が遠い。スーツケースはもちろん、背中にデイバッグ、手にはトナカイの毛皮を入れた紙袋とダウンジャケット。移動するのが大変だ。10分以上かかって近鉄難波駅へ。そして、あらかじめチケットショップで買っておいた回数券を指定席券に交換するために窓口へ。すると・・・、5分後に特急が出るところだった。

荷物を持ってホームへの階段をあわてて降りると、発車寸前。そして名古屋へと向かう。列車には食堂車も車内販売もないので、途中の大和八木駅の停車時間を利用して飲み物を買う。何しろ、あわててばかりだったから、喉がカラカラ。

名古屋へは12:48に到着し、バスターミナルへ行くと、これまたちょうど出る寸前。そして我が街へ。

日本到着後は、ほとんど待ち時間がないほどうまく接続し、自宅に電話連絡する間もないまま、13:20、無事帰宅。

3週間に及ぶ旅、抱えきれないほどのとても素敵な想い出を持ちかえり、旅は終わった。

*この旅日記は2004年のものです。

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2014年9月17日 (水)

オーロラ紀行 その29(再掲)

ここで日本帰国便へ乗り換え。来るときは名古屋空港から出発したのだが、帰国便の予約が取れず、やむなく関西国際空港への帰国便を予約していた。出国手続きをし、出発ゲートを確認する。免税店で、フランケンワイン(白)とヴルスト(ソーセージ)2種類、パンに塗って食べるリーバーヴルスト、計27.03ユーロの買い物。

これで、帰りの空港免税店だけで157ユーロ(約21000円)使ったわけだ。ちょっと使い過ぎか・・・?でも、なかなかない機会だし、次のチャンスなんて何年後かわかりゃしない。

12:00、搭乗手続き開始。ヘルシンキでチェックインしているので、やはり窓側のシートで48Aだ。隣にはひとり旅と思しき日本人女性。食事がなかなか始まらず、お腹がすいてきた。その人も同じようで、それをきっかけにいろいろ話をする。

その女性は、ドイツ人のご主人を持ち、マンハイムに住んでいるそうだ。今回は一人だけで1か月ほど里帰りという。また、ドイツの食事や音楽、サッカーの話などしていた。私のドイツ人の友人が「オリバー・カーンはもしかしたら、近いうちに日本でプレーするんじゃないか?」と言っていたのを話すと、その女性も「スキャンダルとかもあったし、年齢的にもバイエルン・ミュンヘンではあまり試合に出られなくなるかもしれないから、可能性としては十分ありそう」と話していた。もし本当にオリバー・カーンが日本でプレイするとなると・・・、とても楽しみである。

そうこうして話しているうちに食事となる。なかなかおいしい。ビールも飲む。食後は眠ることにする。

機内泊

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ドイツ・フランクフルト国際空港。ここからいよいよ日本へ帰国。

*この旅日記は2004年のものです。

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2014年9月16日 (火)

オーロラ紀行 その28(再掲)

3月4日(木)晴れ

ヘルシンキ・バンター国際空港9:25(LH3105)11:10ドイツ・フランクフルト国際空港13:20(LH740)

 朝5:30起床。トイレ、シャワーを済ませ6:10朝食。帰国まではもう機内食だけになるだろうから、限られた時間でしっかり食べておく。

6:35、朝食を済ませ、荷物をまとめる。デイバッグに詰められるものは詰めて、機内持ち込み手荷物にする。

そして7:00、チェックアウト。7:15の空港行きシャトルバスに乗り、7:25空港到着。そしてチェックインする。スーツケースは25Kgもある。CDやカメラはデイバッグに入れたのに…。超過料金は・・・、

「預ける荷物はこれ一つだけ?」と訊かれ

「はい、そうです…、お願い・・・」と手を合わせながら懇願すると、

笑顔でサービスしてくれました。wink

荷物が増えた分、思い出もたくさんできたわけだ。

チェックイン後は免税店をウロウロ。スウォッチの時計だ。前回ドイツ・スイスを旅した時、買わなかったからなぁ…、どうしようか迷った挙句、自分と母にも1つずつ、それぞれ32ユーロのお手頃なものを買った。

そして、これが一番迷った。トナカイの毛皮の敷物だ。北極圏のイバァロやイナリでも売っていたが、荷物としてかさばるのであきらめたものだ。しかし、ここでないと手に入らないだろうし、かと言って我が家に敷けるようなところもないし・・・。

他の客が、じっくり吟味しながら2枚買っていくのを見て、意を決して買ってしまった。65.55ユーロ、およそ9000円ほどか。とうとう買ったのはいいが、本当にどこに敷くべきか・・・、えらい荷物が増えてしまった。が、もし買わずに帰ったら、きっと後悔するような気がする。

9:00、搭乗開始。座席は5F窓側だ。9:25、動き出し、やがて離陸。

最後に見る北欧。森と湖が目立つ。といっても湖は凍り、一面雪野原だが。軽い食事が出て、定刻より早い10:30(ドイツ時間)すぎ、フランクフルトへ到着。わずか2時間ほどだった。

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ヘルシンキ・バンター国際空港。いよいよ帰国の途に就く。

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飛行機から見たフィンランド。森と雪原ばかりだ。

*この旅日記は2004年のものです。 

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2014年9月15日 (月)

どこへも出かけられない・・・

皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

3連休・・・どこかお出かけされましたか?
私は・・・3日間ともすごく良い天気にもかかわらず・・・
どこへも出かけられませんでした。

認知症の母・・・もう何もできないくせに・・・
まだ何でもできると思い込んでる。
それだけに性質(たち)が悪い・・・(-_-)ウーン...

ガス湯沸器やガステーブル・・・点けたつもりが点いてなく・・・
その結果・・・ガス漏れ!
お風呂を沸かしたまま、それを忘れて沸騰して、もう少しで空焚きに!

他にも・・・書き出したらきりがない!
ので・・・デイサービスに行く日はまだしてもそうでない日は・・・
とても出かけられない!
連れて出かけるにしても、いつどこで粗相するか・・・?!
マイカーの中でされたら・・・最悪 (>_<)!
普段はリハビリパンツ(要は、紙おむつ)穿こうとしないし・・・
デイサービスで粗相した時は・・・穿くくせに!

とにかく・・・
こんな厄介な母親ですから、もうとても自由がききません!
自宅ではイライラとストレスが募るだけ!

今日、敬老の日・・・
しかし、こんな母に誰も会いに来ません!
悲しいかな・・・これが現実!

そして誰も私の気苦労を理解してくれない・・・これも現実!

夜、この時間・・・私にとって・・・
やっとホッとできる癒しの時間!

あーぁあ・・・つい・・・愚痴ってしまった・・・

聞き流してください。

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2014年9月14日 (日)

メダカ

皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

8月お盆のころ、台風の影響もあり涼しく感じる日があり「このまま秋に・・・なんて甘いよなぁ」と思っていたら、その後もそれほど猛暑の日々もなく本当に秋がやってきたようです。
朝晩は最低気温が20℃を下回り、昼間でも30℃を超えることがありません。

毎月訪問される母のケアマネージャーさんから「メダカがたくさん生まれたから」と、少しいただきました。
最初は「金魚鉢もないし・・・」と思っていたのですが、お菓子が入っていたプラスチックの容器があり、それを利用することにしました。

水草も一緒に頂いたのですが、そこにもまだ卵が!
体長5mmもあるかないかぐらいの小さなメダカが5~6匹はいるかな?
見ているとなんだか癒されます。

写真を撮ろうと試みたのですが、あんなに小さくてはとても撮れません (>_<)!
代わりに・・・先日のスーパームーンの写真、載せます。
私のコンデジでは、これが限界でした (^_^;;ハズイ!

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真ん丸お月様、キレイでした。

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2014年9月11日 (木)

オーロラ紀行 その27(再掲)

14:00過ぎ、駅へ戻り、歩き疲れたのでやや休憩。

14:50発のバスで空港へ向かう。15:20すぎ空港へ。しかし、間違えて国内線ターミナル前で降りてしまったため、国際線ターミナルまで歩くハメに。

そして空港内にあるホテルのレセプションで泊まれるかどうか交渉すると、部屋はツインしか空いてなくて、料金が189ユーロ(2万5000円以上)もする。仕方なく、ここで泊まるのは断念し、インフォメーションで近くのホテルを紹介してもらうことにする。

そして予約が取れた。Holiday Inn Garden Court で80ユーロだ。そこへは空港より無料のシャトルバスで行くことができる。16:15のシャトルバスに乗り、空港近辺のホテルを何軒か立ち寄って行く。

16:25、ホテルへ到着しチェックイン。荷物を解き、整理し直す。

17:30、サウナで1時間ほど汗を流す。部屋でシャワーを浴び、19:00、夕食へ。

Turkey のステーキ(サフランライス付き)とビール。21ユーロほどする。でもホテルの中で食べるから仕方がないか。うん、味は悪くはない。

食事を終え部屋へ。明日はいよいよ帰国。5:30には起きなければならない。部屋のミニバーでビールを1本だけ飲んで、眠ることにする。

ヘルシンキ・バンター、ホテル・ホリデーインガーデンコートにて

*この旅日記は2004年のものです。

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2014年9月10日 (水)

オーロラ紀行 その26(再掲)

3月3日(水)晴れ

(Santa Claus Express)8:40ヘルシンキ(街中散策)14:50(バス)15:25ヘルシンキ・バンター国際空港16:15(シャトルバス)16:25ホテル・ホリデーイン

 今回の列車では、この間に比べるとあまり良く眠れなかった。それでも8:00ごろには起きる。8:40ヘルシンキに到着。

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ヘルシンキに到着したサンタクロースエクスプレス。

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ヘルシンキ駅構内。いろんな人々が行き交う。

コインロッカー(3ユーロ)に荷物を預け、街へ。街の至る所にブロンズ像がある。街そのものが美術館のようだ。建物は、どれもこれも凝っていて、本当に美しい街並みだ。「バルト海の乙女」と呼ばれるのもうなずける。

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三人の鍛冶屋像。道路の真ん中にある。

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人魚とその子供??北欧らしい・・・

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バルト海の乙女像。本来は噴水になっている。それにしても・・・見事な曲線美だ・・・confident

マルクト広場やオールドマーケットなど、あちこちうろつく。この日は天気も素晴らしく、真っ白な大聖堂が青空と雪にとても良く映える。

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マルクト広場。この季節、お店は少ない。

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ヘルシンキ大聖堂。青空に映えます。

10:30ごろ、STOCKMANN デパートでパイ2つとコーヒー(2.53ユーロ)で軽く食事とする。FORUM デパートでは、うさぎ毛のマフラーを母に、そしてバンダナを購入(7ユーロ)。そして、空港までのバス代を除き、小銭をすべて街頭募金に寄付した。

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ストックマンデパート。歴史的建造物と言っても過言ではなさそうなデパートです。いつ建てられたのでしょうか・・・?

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重厚な建物にさりげなくマクドナルドがありました。景観は護られています。入りはしませんでしたが・・・

*この旅日記は2004年のものです。

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2014年9月 9日 (火)

オーロラ紀行 その25(再掲)

16:30ごろ博物館を出て、街の中心部へ。

現金がほとんどなかったので、銀行のATMでキャッシングする。昨日もおろそうとしたのだが、MASTER CARD でおろせなくて困ってしまったのだ。しかし、よく考えたら VISA CARD は試していなかった。すると・・・VISA は受けつけてくれてキャッシングすることができた。これで少なくとも、明日の空港までのバス代やヘルシンキ駅で荷物を預ける小銭は用意できた。

そしてデパートのコーヒーショップでホットチョコレート(1.3ユーロ)を飲みながら休憩する。そしてほんの少しだけ買い物し、夕食へ。

この日も昨夜と同じ HARUNO PIZZA&KEBAB へ。ケパブ&ライス、サラダとコーラで8ユーロ。これでけっこうお腹もふくれる。そういえばライスを食べたのっていつ以来だろう?フィンランドへ来てから初めてのような気がする。

食事を終え、名残惜しむように夜の街を歩く。

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ライトアップされたろうそく橋。橋の名の由来分かりますよネ!

19:20、ホテルへ戻り、ロビーで休憩し冷えた体を温める。
20:00すぎ、タクシーを呼んでいただき駅へと向かう。駅までは8.8ユーロだった。駅へ着くと、昨日サンタクロース村で見た日本人の団体がいる。どうやら同じ列車に乗るようだ。列車はすでに入線している。

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サンタクロースエクスプレス。とても長い列車だ。

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行き先表示板。ヘルシンキへと向かう。

Santa Claus Express 。21:00発の列車だ。荷物を寝台のある部屋へ置き、駅前の KIOSKI でカクテルとチョコレートを買う。
ヘルシンキまで11時間40分。カクテルを飲んだら、もう後は眠るしかない。
とうとう北極圏を去る。

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寝台車の中。右側には洗面台も設置されている。乗り心地は最高!

サンタクロースエクスプレスにて車中泊

*この旅日記は2004年のものです。

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2014年9月 4日 (木)

オーロラ紀行 その24(再掲)

13:00にツアーが終了し、ホテルへ戻る。少し汗をかいていたので、シャワーを浴びて良いか尋ねると、快く承諾してくれた。シャワーを浴び、着替えて休憩する。

14:30すぎチェックアウトし、夜まで荷物をフロントへ預ける。

地図を見ながらArktikm博物館へと向かう。地図通りに行くのだが、なかなか着かない。不安になって、道行く女子学生に場所を尋ねる。すると、もうすぐそこだった。

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Arktikm博物館。この地方の民族博物館だ。

入場料(11ユーロ)を支払い、フロントに上着を預ける。

15:00ちょうどよりオーロラのビデオの上映(12分)が始まる。急いでそちらへ向かう。
SIIDAで見たものとは違った内容で、オーロラだけでなく、この地方の四季の移り変わりなども紹介していた。そして館内を見学。

この地方のサーメ文化のほか、北極圏、フィンランドの歴史、風俗・風習などが模型や人形などを使って展示されている。

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動物の毛皮を身にまとっている

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頭のてっぺんから足もとまで完全に防寒している

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この地方の移動式テント。毛皮で覆い中にはストーブもある。

また、この地方に生息する動物の剥製も展示されていて、とても迫力があり、今にも動き出しそうなリアルさがあって、とても面白い。こういう博物館は、見ていて楽しいし、かなり好きなほうだ。

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トナカイ。オス・メスともに角を持っている。

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ヒグマにも見えますが・・・何というクマだろう・・・?

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云わずと知れたホッキョクグマ(シロクマ)!

他の見学者が写真を撮っていたので、俺も何枚か撮っていたのだが…、各展示室の扉を見ると、実は「撮影禁止」になっていた。あーぁ、ごめんなさい!

*この旅日記は2004年のものです。

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2014年9月 3日 (水)

オーロラ紀行 その23(再掲)

そして、いよいよ犬ぞりだ。

空荷のそりの前方に4頭のハスキー犬が、走るのを今か今かと待っている。

まず説明を受ける。取っ手からは絶対に手を離してはならないこと。そしてブレーキ。片足で踏めばスピードダウン、両足で踏めばストップ。

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犬ぞりにチャレンジ!ハスキー犬たちは「早く走らせてよ」とでも言いたげな感じだ。

そしてショートコースを犬ぞりで走る。これが最高に面白く楽しい!!スピード感もありスリルもある。何とも言えない快感。!!1周どころか2周走らせてもらった。

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カーブもなんのその、犬たちは勢いよく走る!

犬ぞりの後は再び休憩小屋へ。コーヒーとクレープをごちそうになる。これがとても美味しい。クレープは3~4枚ほどいただいた。

そしてハスキー犬牧場を後にし、スノーモービルで街へ戻ることにする。帰りは行きと違い、さすがに慣れてきた。ヘルメットに曇り止めを塗ってもらったので、視界も良好。フルフェイスのヘルメットなので、風がどんなに冷たくても問題ない。完全に防寒しているので快適だ。

川の上ではやはり60~80km/h、いやもう少し出ていたかもしれない。カーブや起伏の続く森の中では、腰を上げることによりバランスを保ち、スムーズに走ることができる。これは、もう病みつきになりそうなほどのスリルとスピード!!

往復で50km以上走ったようだ。犬ぞりだけでなく、スノーモービルもこれほど体験できるとは思ってもいなかった。本当に楽しいツアーだった。

*この旅日記は2004年のものです。

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2014年9月 2日 (火)

オーロラ紀行 その22(再掲)

3月2日(火)晴れのちくもり

ロヴァニエミ21:00(Santa Claus Express)

 7:45起床。トイレ、洗面、シャンプーを済ませ、8:15朝食へ。

いつものようにパン、チーズ、トマト、フルーツ、卵、コーヒーにミルク。しっかり栄養をとる。

部屋へ戻り荷物を片づける。チェックアウトしようとしたのだが、フロント嬢は

「犬ぞりツアーのあとでいいです。それまで部屋を使ってもいいです」とのことだ。再び部屋へ戻り、荷物を置いておく。

9:45、ツアー会社の ”Safartica ”からガイドの Neppi 氏が迎えにやって来た。5分ほど歩いてツアー会社へ行き、料金98ユーロを支払い、ヘルメットや帽子、防寒ソックス、ブーツ、つなぎの防寒着など一式を借り、身につける。けっこう重装備だ。

ハスキー犬牧場まではスノーモービルで行くのだが、これが嬉しいことに、自分で運転していくことができる。パンフレットには、書いてなかったし、ガイドの運転で後ろに乗せていってもらうものと思っていただけに、嬉しい誤算だ。

スノーモービルの操作そのものは、いたって簡単。ガイドに運転中の説明を受ける。たとえば「止まれ」「注意しろ」「GO」などの合図を教わる。もちろんアクセルやブレーキも教えてもらわないと運転できない。ほとんどバイクと同じだ。

そしていよいよ出発。凍結している川の上を、雪煙を撒き散らしながら疾走する。時速60km~80kmほど出ている。興奮するほどのスリルとスピードだ。そして森の中へ。

さすがに森の中は、起伏がありカーブがありで、初めはかなり難儀したが、何とかガイドについて行く。運転するのに神経を使い、周りの景色はほとんど目に入らない。

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スノーモービルを運転。初体験だったがめちゃくちゃ楽しい。

再び、川の上を走る。フルスピードで疾走していく。フルフェイスのヘルメットだが、息で曇って前が見にくい。顔の部分をあげると、痛いほどの冷たい空気が顔に当たる。

出発して3~40分ほどでハスキー犬牧場へ到着。暖かい休憩小屋があり、そこでコーヒーをごちそうになりながら女性スタッフと、ハスキー犬についての話を聞くことができる。

ハスキー犬は非常に大人しい。ここには150頭ものハスキー犬がおり、きれいなブルーの目を持つものは、全体の20%ぐらいだそうだ。生後1年ぐらいから、そりを牽く訓練を始め、8才から10才、長い犬で13才までそりを牽くそうだ。

そりを牽く犬の数は、1人の場合3~4頭、2~3人で5~6頭とのこと。スピードは時速30kmほど出るそうだ。餌は、肉やドライフードなどを与えているそうだ。

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ハスキー犬牧場。寒空の下、大人しくしている。

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ハスキー犬の子犬。なんとも可愛いheart01

*この旅日記は2004年のものです。

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