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2014年3月27日 (木)

2002 ドイツ・スイスの旅 その15(再掲)

6月17日(月)

バーギッシュ・グラートバッハ7:53(Sバーン)8:13ケルン8:54(EC103)13:46バーゼル14:04(EC91)15:11ベルン15:26(IC)16:20インターラーケン・オスト16:35(BOB)17:09グリンデルワルト

 朝6時半起床。洗面をし、後片付けを終えて、出発の支度をほぼ整えて1階のリビングへと上がる。「グーテンモーゲン(おはよう)!」と言って入って行くと、もう朝食の用意も調い、ご両親も来ていた。

さっそく食事にする。もうこれがここでの最後の食事だ restaurant 。どれもこれもおいしい!パンの切り方が下手な俺に、エルマーが「こうやって切るんだよ」と、お手本を見せてくれたが、自分でやってみると、どうもうまくいかない。くるみのようなものが入ったパンは、「力がつくんだよ」と、お父さんが教えてくれる。「力?」と言って、俺が二の腕の力こぶを見せると、皆、「オォ!グッド!ジン、すごいじゃないか!」と、驚いたように言う。体が細い俺からは、想像していなかったのだろう。

朝食を終える時、アンジュラがお弁当を差し出してくれた。プラスチックの箱に、サンドウィッチ fastfood 、ゆで卵が3つ、トマトにバナナ banana 。飲み物は炭酸入りのミネラルウォーター。

「ダンケシェーン(ありがとう)!」と、お礼を言う happy01

これほどまでにお世話していただけるなんて、本当に嬉しい!あの「エヴェレスト・トレッキング」以来10年ぶりに、はるばる日本から逢いにやって来た俺への、彼らの最大限の歓待なのだろうと実感する。この国、ドイツの人々も義理や人情に厚いのかな?第二次世界大戦のときも、日本はドイツと同盟を結んでいたように、昔から日本人とドイツ人は気が合うのかな?いずれにしても、日本人と似たような気質があるな、と感じた confident

さて、いよいよ出発の用意もすべて整い、彼らの自宅を後にしなければならない。エルマー、アンジュラはもちろん、ご両親も一緒に駅までお見送りしてくれる。とりわけ、お母さんはケルンの駅まで一緒に行ってくださるそうだ。ケルン中央駅は大きいし、構内放送もドイツ語だから、ユーレイルパスの手続きに時間がかかったりして、予定している列車に乗り遅れるといけないから、との配慮だ。

エルマーとお父さんの2台の車 car で、バーギッシュ・グラートバッハの駅へと向かう。荷物を持って玄関先へ行くと、お父さんが「ジン、乗りなさい!」と言うので、俺はそちらへ乗った。エルマーとアンジュラは、それを見て「エッ?!」と言うような顔をしていた。

朝のこの街、少しは通勤ラッシュのようで、道も混んでいる。やがて駅に到着。

「降りる駅は、この間ケルンへ行った時に降りた駅の次だよ」と、エルマー。

「あぁ、わかってるよ。カテドラルのすぐそばにある大きな駅だろう?」と、俺。

余裕を持って出発したせいか、予定より1本早い列車に乗ることができそうだ。

「本当にありがとう。とても楽しかったです。あなたたちのご親切と友情に感謝します」と、丁寧にお礼を言う。

「俺たちもいつか、日本へ行くよ」

「えぇ、僕もまた必ず会いに来ます」

言葉は尽きない。が、もう時間がない。列車がやって来た。そして、お母さんと一緒に列車に乗る。アンジュラが最後に1枚、写真 camera を撮ってくれる。

「本当にありがとう!ダンケシェーン!アオフ・ヴィーダーゼーエン(また会いましょう)!」 weep

エルマー、アンジュラ、お父さんに見送られ、バーギッシュ・グラートバッハの街を出る。ケルンまでは20分弱。先日降りた駅に着くと、「イーナはこの近くに住んでいるのよ」とお母さんが教えてくれた。

そして、ケルン中央駅へ。次の列車、EC(ユーロシティ特急)まではまだ40分ほどある。しかし、その前にしておかなければならないことがある。ユーレイルパス ticket (俺のは、ユーロセレクト・フレキシーパス;使用開始日から2ヵ月以内に必要な有効日数で、必要な国を選ぶことができる。最低3カ国5日間から)使用開始手続きだ。まず案内所を探さなければならない。が、お母さんがついて来てくれたので、全然大丈夫だ。

駅の案内所でパスポートを提示し、パスに記入してもらいスタンプをもらうだけのことである。後は座席の予約なのだが、パスの説明書には『必ず予約をして下さい』と書いてあるのだが、尋ねてみると、指定席はもうないようである。が、問題ないということだ。まぁ、乗ってみればわかるだろう。

パスの手続きも終わりホームへ。ホームにはその駅のすべての列車の発着時刻表、ECやIC(インターシティ特急)などの特急列車の編成表がある。すべての駅にこれがあれば、乗り換えの時、言葉がわからなくても大丈夫だなと思った。

お母さんが、「ジン、あなたのパスはファーストクラス(1等車)だから、この辺りで待っていればいいわ」と、最後の最後までお世話していただく。そして列車がやって来た bullettrain

「お母さん、ありがとう!元気でね。また会いましょう!」そう言って、お別れした。そして列車は8:54、定刻にケルン駅を出発した。

*この旅日記は2002年のものです。

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コメント

こんにちは。
たった2日のことだったの?と思ってしまいました。とても濃いすばらしい時間を過ごせたのですね。
ハーブの知識、ドイツ語、タイ語。いろんなことに興味を持たれて何でも吸収して、根が勉強家なのだなぁと感心しました。
コミュニケーションを取る努力も惜しみませんものね。見習わねば・・・。
遠方の友人を迎えて、心を尽くしてもてなされたアンジュラさんご一族。国を超えて育まれたご友情は羨ましい限りです。
ほんとに素敵な旅ですね。次も楽しみにしています。また来週ね。


hare様

日本出発の日を含めると3日・・・で15話。長過ぎ!(^_^;;
でも確かに中身の濃い日々でした。
何しろ初めてのヨーロッパ、そして10年ぶりの再会。
たった2日間だからこそ彼らもできる限りのことをしてくれたのだと思います。
今はガーデニングもおろそかで、ハーブも育てていませんが、以前はミントやレモンバームといった育てやすいものを栽培し、ハーブティーにして飲んでいました。
ドイツ語はこの旅の翌年春から教育TVで学びましたが、タイ語はかつてバンコクに立ち寄った際に覚えた挨拶程度です。
彼らと知り合って早22年。今もメールが届きます。
誕生日にもちゃんと届いてましたよ。\(^o^)/
次はいったんドイツを離れ、スイスの旅です。
お楽しみに (^_^)ニコッ!

投稿: hare | 2014年3月27日 (木) 15時09分

こんばんは
素晴らしい旅行記に、出かけた事もない
ドイツに魅せられ、旅気分を味あわせて戴いています。
最高のお友達の心のこもった素晴らしい
おもてなしですね。
ご様子を思い描きながら拝見しています。
ハーブ、料理、語学などなどの知識とお人柄が
お話しの輪を広げ、和やかなひと時と
成ったのではと思います。
次の旅地は? ワクワク楽しみです。


すみれ様

こんな自己中丸出し(?)の旅日記から、ドイツの旅気分、味わっていただけて嬉しく思います。
彼らとはネパール・エヴェレストトレッキング以来の再会で、私だけでなく彼らも10年ぶりの再会を本当に喜んでくれたことがひしひしと感じられました。
言葉(ドイツ語)はあくまでアンチョコ頼みでしたが、ハーブはその頃我が家でもいくらか育てていましたし、冷蔵庫には当時、効能別に10数種類ものブレンドハーブティーを作って入れていました。
ハーブの知識がここで生かされるとは思ってもいませんでした。おかげでご両親とも楽しいひと時を過ごせました。

投稿: すみれ | 2014年3月27日 (木) 23時25分

お義姉さんより旦那さんのベアントのほうが日本人ぽいって感じがします。お・も・て・な・しの心厚いご家族ですね。良い方に巡り合えましたね。。


agewisdom様

お義姉様ご夫婦、互いに相手の国の文化を尊重しようという意識の表れかもしれませんよ。
ドイツの人々、他のヨーロッパの国々と比べたぶん、日本人の気質に一番似ていると思います。
もちろん『ひいき目』な見方もあるでしょうが・・・。
ネパール・エヴェレスト街道で2週間、互いに楽しく過ごした仲、本当に最高の『おもてなし』でした。

投稿: agewisdom | 2014年3月27日 (木) 23時30分

お早うございます
エルマーご一家との日独親善の様子
頼もしく拝読させて戴きました
それにしても凄いですね
お付き合いの様子と言い 文章の表現と言い
感心しています
そうですね ドイツ人は日本人と気質が似ていると
聞いたことがあります
結構頑固なところもあるとか
お母さんは親切な方ですね
わざわざ同行してくださるなんてね
ドイツでの良い思い出でしたね


古都人様

エヴェレスト街道・トレッキングで約2週間、苦楽を共にした仲、あの時の友情は変わらぬままでした。
エルマーは残念ながら土日にもかかわらず、仕事上のあるセレモニーに参加せねばならなかったため、昼間は一緒にいられませんでした。
それでも十分にコミュニケーションできましたし、彼のご両親にもとても好くしていただき、楽しい日々でした。
ドイツも日本も、イメージとしては『生真面目』という印象がありますが、これは世界の見方も同じのようです。
お母さんがケルンまで同行してくれたのは、ケルン中央駅の案内がドイツ語ですし、もし列車に乗り遅れるとその日のうちにグリンデルワルトへ着けないかも、という配慮でした。
こんな気配りがとても嬉しいですね。

投稿: 古都人 | 2014年3月28日 (金) 05時55分

3日前の記事で、ハーブのことが前から
お詳しい理由が分かりました。
家でレモングラスまで作られていたとは・・・

短期間で深く交流されましたね。
このあと、お母様を連れて再訪されるのですね。
思い出いっぱいのドイツですね。


matsubara様

この数年前からガーデニングやハーブに凝っていたころでした。
ベランダにはガーデニング用のフェンスに引っ掛け式のプランターもあり、花とハーブでいっぱいでした。
レモングラスは、育てやすいほうです。近づくと良い香りがしました。
エルマー&アンジュラだけでなく、エルマーのご両親、さらにアンジュラのご実家へも訪れましたし、「これはきっと、2度3度と訪れるだろうな!」と思い、それが翌年からのドイツ語の勉強の始まりになりました。

投稿: matsubara | 2014年3月28日 (金) 07時53分

タイ料理って辛いですね。私は一度で懲りました。
それにしてもみなさんの「おもてなし」は素晴らしいですね。
お食事、連れて行って下さるところ、お土産に感動し大事にすることなど日本人的。ドイツ人との国際結婚も多いのですよね。不思議ですが気質がどこか似ているのでしょうね。
最後のお母さんがなさってくださったこと、最高ですね。
私もそのような立場だったらそのようにしたいと思いました。


tona様

タイ料理、決して辛いものばかりではありませんよ。ココナツミルクを使った料理もありますし、焼きそばやチャーハンのようなものもあります。
でもやはり、辛いものが多いかな・・・(^_^;;
ネパールで会っただけ、しかし2週間行動を共にしましたし、その後10年間お互い手紙などを書いていました。
そして久しぶりの再会。はるばる日本からやってきた私を、さりげなく、しかし最高のおもてなしで歓迎してくださいました。
ドイツ人と日本人って、イメージ的にも似たような気質ですよね。だからこそ昔から友好関係が強いのでしょう。
ケルン中央駅でユーレイルパスの使用手続きを取らねばならなかったのですが、お母さんがご一緒してくれたおかげで手続きする案内所や列車のホーム、乗る車両の位置など、すべてスムーズにできました。
嬉しい気配りでした。

投稿: tona | 2014年3月28日 (金) 09時30分

ほんとに素敵な旅ですね。

きさくな会話、濃厚なスケジュール
素敵なもてなし。。。。
軽快で楽しい文章が物語っていますね。

旅は財産だとつくづく思います。
続きも楽しみです。


MOCHA様

エルマー&アンジュラ夫妻とは1992年のネパール、エヴェレスト街道・トレッキングで知り合い約2週間、苦楽を共にした仲でした。
そして10年ぶりの再会で、食事はもちろん案内していただいたところも本当に素敵で、アッという間の2日間でした。
彼らだけでなくご両親にも歓迎され、思いがけないドライブに連れて行ってくださり、ホント楽しかったです。
次はいったんドイツを離れ、スイスでアルプスの麓をハイキングしに行きます。

投稿: MOCHA | 2014年3月28日 (金) 21時53分

素晴らしい旅行ですね。
言葉の壁も人種の壁も越えた「おもてなしの心」が、ほんとに素晴らしいと思います。
こんな旅が出来るのは、きっと慕辺未行さんが素敵な人生を送ってらっしゃるからなんでしょうね~。


ポエポエ様

ネパール・エヴェレスト街道を約2週間、苦楽を共にした仲の我々。久しぶりの再会は本当に楽しく、素晴らしい『おもてなし』でした。
ドイツ語どころか英語でさえまともに話せないのですが、それでも何とか会話(?)になりました。
私の人生なんて、素敵どころか昔ネパールで見た『豊かな青春、惨めな老後』の標語そのままになりそうです (^_^;;
この後はスイスへ移動です。
アルプスの山々や花を愛でながらハイキング、どうぞ楽しみにご覧ください。

投稿: ポエポエ | 2014年3月29日 (土) 12時20分

慕辺未行さん今日は
いよいよ出発なんですね・・・
皆様温かく送り出して下さいましたね(*^-^)
朝も早いのにお食事を作って頂き
ご両親も見えて楽しい一時・・アンジュラさんはお弁当も
作って下さって嬉しい心づかい感謝ですね
旅先の出会いが、こんな素敵なお付き合いに成るとは
本当に嬉しい事ですヽ(´▽`)/
お母様は外国の中央駅は大きいからと心配して付いて
来て頂き助かりましたね・・沢山忘れられない
思い出を一杯頂、感謝の一言ですね・・
慕辺未行さんの会話が大きく役立ったことも事実で
何を言っても通じない相手なら思いが有っても
交流が成り立たず
改めて会話の力を実感できましたo(*^▽^*)o
次は何処に行かれるのでしょう・・楽しみです


咲子様

わずか3泊、されど・・でした。
ネパール以来10年ぶりの再会、本当に素晴らしい『おもてなし』で私を歓迎してくださいました。
出発の日、彼らも仕事でしたが、その前に駅まで見送ってくれました。
その上、列車の中で食べられるよう『お弁当』まで!
本当に嬉しい心遣いでした。
更にお母さんがケルン中央駅まで付き添ってくださり、ユーレイルパスの手続きや乗る列車も何の心配もなく、次の旅先へと向かうことができ、これ以上ないほどの気遣いに感謝!です。
会話・・・と言われると冷や汗が出そうです・・(^_^;;
この当時ドイツ語はアンチョコ頼み、英語はあくまで片言レベルでしたから!
ホント、知ってる単語を並べているだけの文法無視の会話でした (^_^;;(^_^;;アセアセッ!
まぁそれでも何とかなるものです(笑)!

投稿: 咲子 | 2014年3月29日 (土) 16時31分

なんとも濃い三日間でしたね。
異文化に接することも楽しいですが
結局のところ、旅行で一番楽しいのは
人との交流なんですよね。
私も色々な国に行っていますが
印象に残っているのは現地の友人を訪ねた個人旅行です。
それは、パッケージ・ツアーでは決して得られないものです。


zooey様

そうなのですよねぇ・・・、「人は人を旅する」のかもしれません。(このセリフ、かつて馴染みの宿の主人が言っていた言葉です。)
どんなに美しい景色に出会っても、どれほど素晴らしい光景を見ても、いつかは忘れてしまいます。
しかし、旅先で出会った人たちとの交流は、いつまでも記憶に残っています。
1994年のネパールの旅の時もそうでしたが、旅先で出会った人との再会の旅、これはもう絶対に個人旅行でしか味わうことができない感動があります。

投稿: zooey | 2014年3月30日 (日) 00時42分

わずか3日間だったとは思えないくらいの思い出深い旅に
なりましたね。
ハーブの知識で会話が盛り上がる様子もよくわかりました。

かなり前のご旅行・・・と思っていたのですがこのときすでに
ユーロが導入されていたのですね。
↓のスイスの旅ではさっそく本場のチーズフォンデュがおいしそう。
続きも楽しみにしています。


みーこ様

ヒマラヤ・エヴェレストトレッキング以来10年ぶりでしたからね。しかし彼らだけでなくご両親まであれほど歓迎してくださって、本当に楽しかったです。
日本国内で旅先で出会った方のご自宅に泊めていただいたことは過去にも何度かありましたが、まさか海外で…!
ユーロが導入されたのは、いつだったかな?私も覚えていません。
しかしスイスはEUに加盟していませんからユーロが使えず、その点では今も不便でしょうね。
続き、ミートフォンデュが出てきますヨォ w(^o^)w!
でもその前に、スイス・アルプスとお花を見ながらのハイキング、ご一緒に楽しんでくださいネェ!

投稿: みーこ | 2014年4月 3日 (木) 07時13分

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