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2014年3月

2014年3月27日 (木)

2002 ドイツ・スイスの旅 その15(再掲)

6月17日(月)

バーギッシュ・グラートバッハ7:53(Sバーン)8:13ケルン8:54(EC103)13:46バーゼル14:04(EC91)15:11ベルン15:26(IC)16:20インターラーケン・オスト16:35(BOB)17:09グリンデルワルト

 朝6時半起床。洗面をし、後片付けを終えて、出発の支度をほぼ整えて1階のリビングへと上がる。「グーテンモーゲン(おはよう)!」と言って入って行くと、もう朝食の用意も調い、ご両親も来ていた。

さっそく食事にする。もうこれがここでの最後の食事だ restaurant 。どれもこれもおいしい!パンの切り方が下手な俺に、エルマーが「こうやって切るんだよ」と、お手本を見せてくれたが、自分でやってみると、どうもうまくいかない。くるみのようなものが入ったパンは、「力がつくんだよ」と、お父さんが教えてくれる。「力?」と言って、俺が二の腕の力こぶを見せると、皆、「オォ!グッド!ジン、すごいじゃないか!」と、驚いたように言う。体が細い俺からは、想像していなかったのだろう。

朝食を終える時、アンジュラがお弁当を差し出してくれた。プラスチックの箱に、サンドウィッチ fastfood 、ゆで卵が3つ、トマトにバナナ banana 。飲み物は炭酸入りのミネラルウォーター。

「ダンケシェーン(ありがとう)!」と、お礼を言う happy01

これほどまでにお世話していただけるなんて、本当に嬉しい!あの「エヴェレスト・トレッキング」以来10年ぶりに、はるばる日本から逢いにやって来た俺への、彼らの最大限の歓待なのだろうと実感する。この国、ドイツの人々も義理や人情に厚いのかな?第二次世界大戦のときも、日本はドイツと同盟を結んでいたように、昔から日本人とドイツ人は気が合うのかな?いずれにしても、日本人と似たような気質があるな、と感じた confident

さて、いよいよ出発の用意もすべて整い、彼らの自宅を後にしなければならない。エルマー、アンジュラはもちろん、ご両親も一緒に駅までお見送りしてくれる。とりわけ、お母さんはケルンの駅まで一緒に行ってくださるそうだ。ケルン中央駅は大きいし、構内放送もドイツ語だから、ユーレイルパスの手続きに時間がかかったりして、予定している列車に乗り遅れるといけないから、との配慮だ。

エルマーとお父さんの2台の車 car で、バーギッシュ・グラートバッハの駅へと向かう。荷物を持って玄関先へ行くと、お父さんが「ジン、乗りなさい!」と言うので、俺はそちらへ乗った。エルマーとアンジュラは、それを見て「エッ?!」と言うような顔をしていた。

朝のこの街、少しは通勤ラッシュのようで、道も混んでいる。やがて駅に到着。

「降りる駅は、この間ケルンへ行った時に降りた駅の次だよ」と、エルマー。

「あぁ、わかってるよ。カテドラルのすぐそばにある大きな駅だろう?」と、俺。

余裕を持って出発したせいか、予定より1本早い列車に乗ることができそうだ。

「本当にありがとう。とても楽しかったです。あなたたちのご親切と友情に感謝します」と、丁寧にお礼を言う。

「俺たちもいつか、日本へ行くよ」

「えぇ、僕もまた必ず会いに来ます」

言葉は尽きない。が、もう時間がない。列車がやって来た。そして、お母さんと一緒に列車に乗る。アンジュラが最後に1枚、写真 camera を撮ってくれる。

「本当にありがとう!ダンケシェーン!アオフ・ヴィーダーゼーエン(また会いましょう)!」 weep

エルマー、アンジュラ、お父さんに見送られ、バーギッシュ・グラートバッハの街を出る。ケルンまでは20分弱。先日降りた駅に着くと、「イーナはこの近くに住んでいるのよ」とお母さんが教えてくれた。

そして、ケルン中央駅へ。次の列車、EC(ユーロシティ特急)まではまだ40分ほどある。しかし、その前にしておかなければならないことがある。ユーレイルパス ticket (俺のは、ユーロセレクト・フレキシーパス;使用開始日から2ヵ月以内に必要な有効日数で、必要な国を選ぶことができる。最低3カ国5日間から)使用開始手続きだ。まず案内所を探さなければならない。が、お母さんがついて来てくれたので、全然大丈夫だ。

駅の案内所でパスポートを提示し、パスに記入してもらいスタンプをもらうだけのことである。後は座席の予約なのだが、パスの説明書には『必ず予約をして下さい』と書いてあるのだが、尋ねてみると、指定席はもうないようである。が、問題ないということだ。まぁ、乗ってみればわかるだろう。

パスの手続きも終わりホームへ。ホームにはその駅のすべての列車の発着時刻表、ECやIC(インターシティ特急)などの特急列車の編成表がある。すべての駅にこれがあれば、乗り換えの時、言葉がわからなくても大丈夫だなと思った。

お母さんが、「ジン、あなたのパスはファーストクラス(1等車)だから、この辺りで待っていればいいわ」と、最後の最後までお世話していただく。そして列車がやって来た bullettrain

「お母さん、ありがとう!元気でね。また会いましょう!」そう言って、お別れした。そして列車は8:54、定刻にケルン駅を出発した。

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月26日 (水)

2002 ドイツ・スイスの旅 その14(再掲)

そろそろ夕食のタイ料理レストラン restaurant へと向かう。現地でエルマーのご両親と待ち合わせ。レストランに入り、ウェイトレスに「サワディ!(こんにちは!) happy01 」とタイ語であいさつをする。そのせいか俺をタイ人だと思ったのか、注文を取りに来た時にそう尋ねられた。顔もアジア系だし、この日はバンダナを被っていたので、そう見えたのかもしれない。

まず、ビール beer を注文し皆で「カンパイ!」。そしてスープ、メインディッシュとなる。辛さの度合いが唐辛子のマークで示されていて、俺は普通ぐらいのものにしておいたのだが、それでも辛かった。ホットチリを口の中で噛んでしまった時は、火 impact を吹くんじゃないかって思うほどだ sweat01 。アンジュラも同じスープをたのんでいたのだが、本当に辛そうである coldsweats02

メインディッシュはココナツミルクが入ったカレーにする。さすがにこれは辛くなく、まろやかな味だ。カレーというよりシチューに似た感じである。もちろん、ご飯と一緒に食べる。そういえば、ご飯を食べるのってドイツへ来て初めてだ。そうか sign03 それでタイ料理にしたのかな sign02 米食である日本人の俺に、気を使って。

お父さんは、「ジン!パプリカ食べるかい?」と、しかし、それはどう見ても唐辛子だ sweat02

「ダメですよ。それは違いますから coldsweats01 」と、笑いながら答える。このお父さんも、なかなかユニークな人だ bleah

食後はカクテル bar を飲む。お薦めのものを教えてもらって注文する。エルマーは「ドライバーだから」と言って、飲まなかった。さすが、運転に関しては心得ている。でも、ビール beer はいいのかな?日本に比べると、ドライバーのマナーは断然いいと感じていたし、こんなところにも、ゆとりを感じる。

レストラン restaurant を出る頃には、ずいぶん暗くなってきていた。10時半ごろかな、この暗さだと night 。そして、新しくオープンしたというスイミングプールに立ち寄る。もちろん営業しているわけではなく、エルマーの仕事上のことで、中を案内していただいたのだ。大人用、子供用はもちろん、サウナや日焼けサロンまで整っている。外には私服ではあったが、ガードマンがいた。エルマーが「彼らはジンと同じような仕事だよ」と教えてくれたので分かったのだ。

そして11時過ぎだろうか、エルマー宅 house へと戻る。しばらくしてアンジュラが着替えてきた。着ていたTシャツは、以前に俺が送ったもので、偶然にも藤娘のデザインだったのだ。「(プレゼントした)この人形と同じだよ」と言うと、とても喜んでいた。

この晩も、アンジュラは浴衣を着る。ずいぶんと気に入っていただけたようだ happy01 。俺としても嬉しい happy02 。そして、彼らの部屋へも案内していただいた。寝室のベッドは寝心地良さそうなウォーターベッドだ。夏ならばひんやりとして、気持ち良さそう lovely 。パソコンのある書斎、バスルーム・・・。シンプルにまとまっていて、余分なものはない。階段の壁には、写真が飾られている。リビングにも、ところどころに旅先のお土産があり、ネパールの「あやつり人形」もある(俺もデザインは異なるが、同じものを持っている)。俺の部屋と比べると、本当にシンプルでコンパクトにまとまっている。俺の部屋が雑然とし過ぎなのかな?もう少し整理しないと、物ばかりが増えてしまっている wobbly

明日は、8時半に起床し、彼らとお別れしなければならない weep 。たった2日間では、あまりに短すぎたかな?しかし、彼らとの友情が今まで以上に深くなったことは確かであり、十分すぎるほど充実した2日間だったことは間違いない。

部屋へ戻り、シャワーを浴びて、明日の出発の用意をして眠る。

バーギッシュ・グラートバッハ、エルマー・アンジュラの自宅にて

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月25日 (火)

2002 ドイツ・スイスの旅 その13(再掲)

5時半ごろ、帰宅。いったん部屋で休憩する。そしてしばらく窓から外を眺めていると、迎えにあるご両親の自宅から「ジン!」と呼ぶ声。玄関先でくつろいでいたようだ。声につられて俺もそちらへとお邪魔する。 run  

家の中へと通され、ビール beer をご馳走になり、しばし談笑する。庭では野菜 bud やハーブ clover、色々な花 tulip が育てられている。我が家でもお馴染みの「ミント」や「ラベンダー」もある。

「私の家でもハーブを育てているのですよ。ハーブティー japanesetea にして飲んだり、料理に使ったり。ローズマリーは魚料理に使いますよ」と言うと、お母さんは感心したように、

「よく知ってるわね!ローズマリーは魚料理にとても合うのよ!」と、おっしゃっていた。

お父さんは、きれいな貝殻や動物のマスコットを集めるのが好きなようだ。たくさん飾ってある。エルマー・アンジュラ同様、ご両親もよく、スペインのマヨルカ島へバカンス airplane に出かけるそうで、貝殻はそこで拾ってくるらしい。

そして庭を案内してくれた。お父さんが、

「ジン!これを食べてみなさい」と言って、1枚のハーブの葉を渡す。俺はそれを口にすると、すぐさま

「オォ、これはミントですよ」と答える。お父さんは、さらに他のハーブを手渡す。

「これは、レモンバーム、それは見ただけで解りますよ!レモングラス!」 bleah

お父さんもお母さんも、本当に感心して下さった。そしてお母さんが、

「ぜひ私のラベンダーも見て行って!」と言って、見せていただく。満開のものもあれば、株によってはまだのものもあったが、とてもきれいで香しかった。 happy01

やがてエルマーも休日出勤を終えて、帰宅したようだ。俺がご両親の家にいることに気づいたようで、こちらへとやって来た。今日の夕食は、タイ料理を食べに行くことになっているのだが、その前にアンジュラの実家 house を訪問することにする。およそ8kmほどらしい。 car 道がすいていたので10分ほどで着いた。

出迎えてくれたのは、大きくてとても人懐こいシェパード dog だった。名前はレックス。部屋の中へ通され、まずアンジュラのご両親と弟さんにご挨拶する。が、弟さんは英語がほとんどできないらしい。ご両親も普段使うことがないので、やはりできないそうだ。それならばと、俺はアンチョコを見てドイツ語でご挨拶と自己紹介。 coldsweats01 たとえ、アンチョコを見てでも、コミュニケーションができるのと、できないのとでは、相手にとっても印象が全く違うであろう。

しばらくして、エルマーと共にレックスの散歩に行くことにした。住宅街ではリードをつないで散歩していたが、広場へ来るとリードを外し自由にさせている。浅瀬の川に棒切れを投げると、川の中をザバザバと走って取ってくる。広場から小学校の敷地に。ここはアンジュラの母校だそうだ。演劇のポスターが貼ってある。『ロミオとユリア(ジュリア)』。「へぇ、ジュリエットじゃなくて、ユリア(ジュリア)なんだ。」

散歩を終えて庭へ行ってみると、そこはちょっとした野外パーティーができそうな芝生の庭で、もちろん花も咲いている。「こんな広い庭付きの家に住みたいナァ」と心底思う。土地にゆとりもなく、地価も高い日本では、夢のまた夢。実際の生活がどのようであるかわからないが、それでも生活環境は日本よりはるかにいいようである。

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月20日 (木)

2002 ドイツ・スイスの旅 その12(再掲)

駐車場からすぐのところに、ワインショップがあり、お父さんたちは皆、そこへ入って行った。俺もついて入って行くと、お店の人がお父さんたちを嬉しそうに歓迎している。どうやら、お父さんたちの友達か親戚が経営している店のようだ。

お店の前のパラソルの下、オープンエアで、さっそく歓迎の白ワインをいただく。「カンパイ!」 wine

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おいしいドイツワインで乾杯! wine 中央は、お店の方、ユッタさん。

この地方の「モーゼルワイン」といえば、ドイツでも屈指の美味しさだ。黒猫のラベルの白ワイン (Zeller Schwarze Katz) 、リースリングのアウスレーゼで、日本でもお馴染みのもの(近所のスーパーでも、等級は落ちますが売っていました)。

お店の方が寄せ書き帳を持って来て、あるページを開いた。そこには日本語だけで書かれたメッセージ。昨年ここを訪れたらしい男性4人組の寄せ書きだ。お店の人は、何て書いてあるのか解らないので、教えてほしいらしい。俺はそれを読んで、何とか解りやすいように意訳する。 think

「極楽」は・・・、「I'm in heaven. (僕は天国にいるようだ!)」と訳してみたが、ニュアンスは十分に伝わったようだ。 coldsweats01  俺も新しいページに記念に一言残していくことにする。何て書こうかな?日本語で書こうかと思ったが、それではまた読めないから、ドイツ語で、

「Prost ! (乾杯!)」 wine happy01

「Auf die Deutsch-Japanische Freundschaft ! (ドイツと日本の友好を祈って!)」 scissors

と書いた。いつかまた訪れた日に、きっと懐かしくなるのだろうナ!

そして街を歩いてみる。紙でできたペチャンコの人形がそこかしこに飾られている。何かのお祭りのようである。街並みも、あちこちで見られるような可愛らしい建物がそろった、おもちゃ箱のような感じだ。

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ツェルの街にて。いくつもの紙人形が飾られていました。

が、小さな街(というより村かな?)なので、10分ほど歩くと、外れまで来てしまう。モーゼル川沿いを歩く。遊歩道になっていて、花壇やベンチなどが整備されている。モーゼル川下りの観光遊覧船もあるようだ。川沿いで写真を撮る。するとアンジュラが、

「ジン、今日はあなたが私の旦那ヨ! wink」と言う。

「エッ!本当に?O.K! lovely

と、お互いにふざけあいながら写真におさまる。 camera

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モーゼル河畔にて。アンジュラとエルマーの母とともにとても素晴らしいひと時・・・ご機嫌な様子・・・伝わりますか? happy01

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モーゼル川沿いの ツェルの街並みです。 house

村のすぐ裏手は、小高い丘になっており、一面ブドウ畑である。ここがモーゼルワインの産地であることを誇示するかのように、看板が掲げられている。そして再び、お店へと戻る。

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ブドウ畑。黒猫のデザイン、見覚えありますか・・・?

アンジュラが、「お土産に持って帰りなさい」と、それぞれ種類が違う白ワインを3本買って、プレゼントしてくれた。「赤ワインはないの?」と尋ねると、ここは白ワインしか生産していないそうだ(2005年に再び訪れた時は、赤ワインも作っていました)。

2時ごろだっただろうか、帰路に就く。 rvcar 来た道と同じ道を引き返す。途中、2度の休憩をとる。運転にゆとりを感じる。それにしても、この日も暑い。午前中は時折、雨がぱらついたというのに。

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月19日 (水)

2002 ドイツ・スイスの旅 その11(再掲)

6月16日(日)

バーギッシュ・グラートバッハ~ツェル(モーゼル)~バーギッシュ・グラートバッハ

 朝7:30、昨日同様アンジュラが起こしに来てくれたが、すでに起きていた。そしておいしい朝食をいただく。チーズにしろハムにしろコーヒーも、とにかくおいしいことこの上ない。エルマーはすでに仕事に出かけており、朝食はアンジュラとエルマーのご両親との4人で楽しくいただく。

いつもの生活では、無言で新聞を読みながらなのだが、こうして集まって、パンにジャム、ハムやチーズをのせたり、サラダやスクランブルエッグを食べたり、楽しく話をしながらっていうのはいいナァ!食事をよりいっそうおいしくさせる。 happy01

朝食を終え、出かける準備をする。支度を整えて玄関へ行くと、もうすでに皆、車の中で待っていた。頭にかぶったバンダナを見てお母さんは「オォ、エレガント!」とにっこり話してくれた。お父さんの自家用車は、これも日本車で三菱コルトだ。ドイツへ来て乗せていただいた車が2台とも日本車、俺は日本でフォード・フォーカスというヨーロッパ車に乗っている。なんだかおかしい。(フォードはヨーロッパにも拠点を持っており、フォーカスはそちらでの開発・製造のため、アメリカ車ではなく欧州車となります)

8:30ごろ出発し、バーギッシュ・グラートバッハの街からケルン方面へと走り、アウトバーンに乗る。一路モーゼルへとひた走る。天気は曇りだが時々にわか雨が降る。やがてアウトバーンを外れ、のどかな牧草地帯の道を行く。 rvcar

10時ごろ、ある高台で小休止。車から降りると、眼下には小さな街(村?)が見える。ちょうど10時になり、教会の鐘の音と共に、子供たちの楽隊が行進している。近くで見たらきっと、「おもちゃ箱」を見ているような感じなんだろうな!

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高台から見た、とある小さな街。右下の方に教会が見える

そして再び走り出し、いくつもの小さな街や村を通り過ぎる。いたるところにブドウ畑がある。この地方はワインの産地なのだろう。俺が車の中から写真を撮ろうとすると、お父さんはスピードを落としてくれる。そういえば、空港からの道のときも、エルマーもそうしてくれていた。

11時、ピクニックをする。あらかじめ、お弁当を用意していたようだ(全然知らなかった)。サンドウィッチにコーヒー、ゆで卵 fastfood cafe 。 目の前には緑の丘が広がっている。気分は最高!ちょっとしたドライブでも、途中で休憩できるように、ベンチと椅子が備えられた場所がそこかしこにある。手作りのお弁当で、道中ピクニックを楽しむなんて、さすがヨーロッパの人々は休日の過ごし方が上手だナァ!と感心する。

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ピクニックを楽しむ。エルマーのご両親と。

11時半ごろ、再出発し、ツェルの街へと向かう。が、実は俺はこの日の目的地について、モーゼルの方だということは聞いていたが、実際の目的地の街がどこなのか全く知らないのだ。もちろん、ツェルという街の名前さえも。道中の方向案内で、コブレンツ(ライン河とその支流であるモーゼル川が分岐する街)と、トリアー(モーゼル川沿いの街でルクセンブルグとの国境の街)の中間の方へ向っていることだけはわかった。

途中、何ヶ所かキャンプ場を見た。キャンピングカーで来ている人が多い。そういえばエルマーの自宅近所にも、キャンピングカーがあった。それでなくても、ボートや自転車をルーフに積んでいる車も多い。最も驚いたのは、バイクの後ろに乳母車(?)のようなものを牽引して走っている人だ。小さな子供が2人乗っていた。怖くないのかな?もちろん、サイクリストもたくさんいる。

やがて我々を乗せた車は、モーゼル川沿いを走り、ある街に到着し、駐車場に停める。ガイドブックの地図で「この辺りですか?」と尋ねると、そのようで、どうやらここが目的地のツェルという街のようだ。

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月18日 (火)

2002 ドイツ・スイスの旅 その10(再掲)

部屋でしばらく休憩し、お待ちかねの夕食だ。エルマーのご両親もやって来て、今日は賑やかなディナーになりそうだ。もちろん、彼のご両親にもあいさつする。ドイツ語のアンチョコを見ながら・・・、

「Hallo ! Ich bin Jin(Dsching) aus Japan ! (こんにちは!私は日本から来たジンです!)」

「Wie geht's Ihnen ? (ご機嫌いかがですか?)」

「Ich freue mich , Sie kennen zu lernen ! (お会いできて、とても光栄です!) 」 happy01

あいさつ程度の会話しかできないが、それでもエルマーのご両親は笑顔で歓迎してくれた。そして、エルマーはこんな俺を・・・、

「ジン、君のドイツ語はなかなか上手だ。ドイツ語はアクセントは気にしなくていい」と、話してくれた。 happy02

ほど良く焼けた肉から美味しく頂くことにする。その前に、もちろんビールで「乾杯!」と、日本語でグラスを合わせる。エルマーのご両親は、「カンパイ・・・???」と、言っていたが、彼が「カンパイはプロースト (ドイツ語) だよ」と説明すると、「オォー!」と納得したように「カンパイ!」 beer と笑顔でグラスを合わせた。

そして、ラム、ポーク、フランクフルト・・・、どれもこれもやはり美味しい。特に、フランクフルトソーセージは、日本のものとは明らかに異なる。濃厚でジューシー。味の決め手はいったい何だろう?ハーブかな?良質の肉?熟練された技?いや、そんなことはどうでもいい。とにかくウマイ!

サラダもいただく。サラダはアンジュラの手作りだ。おいしい!肉と野菜、バランス良く摂っているんだなぁ!そう、あのピンク色の「魚です」といっていたもの、実は、何と以外にも ” 塩辛 ” だった。日本のものとは多少違うが・・・。何の魚かはわからなかったが、ちょっと変わった味で、ドイツの人々が食べる物のイメージからはほど遠いような気がした。

何杯目かのビールの時に、ドイツ語で

「皆の幸せを祈って、乾杯!」と言うと、大受けだ。さらに、

「ドイツと日本の友好を願って!」と続ける。

そして俺は日本から持ってきた焼酎で、ムスタンコーヒー cafe を作り、皆に味わっていただくことにする。エルマーは、焼酎を見せたとたんに

「オォ!ジン、ムスタンコーヒーを作ってくれるのかい?」と嬉しそう。そして一口飲んだ途端に、

「オォ!たしかにムスタンコーヒーだ!」と叫んでいる。

アンジュラやご両親にも

「ウン、なかなかおいしいわヨ!」と好評だ。

あのエヴェレスト・トレッキング以来、エルマーとこうして再びムスタンコーヒーを飲める日が本当に来るなんて、感無量だ。そのために来たようなものだから!

明日の予定だが、アンジュラは ”ライン河下り” を考えていたようだが、エルマーのお父さんから、「一緒にモーゼルの方へドライブ rvcar に行こう」と誘っていただいた。そちらの方も景色が良く、素敵なところであるらしい。どのあたりなのか全く知らないのだが、初対面の俺を、このように誘っていただけるので、連れて行っていただくことにする。

食後は、昨日プレゼントした浴衣をアンジュラが持って来て、もう一度、帯の締め方を教える。それを見ていたエルマーのお母さんは、「バタフライ(蝶々)のように結べばいいのネ!」と、一度見ただけで覚えてくれたようだ。さすが、女性はこういったものの覚えは早い。そして一緒に写真を撮ったりして楽しむ。

明日の起床時間は7:30と約束して、皆それぞれ部屋へと戻る。シャワーに洗濯をして眠ることにする。

バーギッシュ・グラートバッハ エルマー・アンジュラの自宅にて

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月16日 (日)

世界の絵葉書 その48 TENERIFEからⅡ

皆さま、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

3月も半ば過ぎ、そろそろ春もずいぶん近付いてきているでしょうか?!

今日はこのところ”月一”となった(・・(^_^;;アセッ)『世界の絵葉書』を紹介します。
今回は、TENERIFE からの絵葉書を2枚紹介します。
この TENERIFE・・・以前にも紹介したことがあるのですよ。
こちら
です。

今回はその後送られた絵葉書です。
では、どうぞ!

Img068tenerife
褪色補正されたのか、実際の絵葉書はもう少し黄金色の空でした。

Img073tenerife
南国リゾートと思いきや・・・右下の小さな写真は?雪&ペンギン!

このどちらも送り主はもちろん、ドイツのElmar & Angela 夫妻です。
TENERIFE はスペインといっても離島であり、そこにはスペイン最高峰の山もあるそうです。(絵葉書の中にある山頂が尖った山です。)
彼らはこの山をハイキングしたり、1~2週間の休暇で日々のんびり過ごしたそうです。
羨ましいなぁ・・・!
日本の企業や会社も、これぐらいのゆとりを持ってほしいものです。

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2014年3月13日 (木)

2002 ドイツ・スイスの旅 その9(再掲)

昼食を終え、お腹はパンパン!当たり前か!

しばらく歩くと、両替所があったので、現金1万円をユーロに換えておく。1ユーロ、約120円。

そして2時となり、大聖堂で英語によるガイドツアー。約1時間かかるとのこと。大聖堂の中は、色鮮やかなステンドグラス、フレスコ画など、見る者の目を釘づけにする。外観も素晴らしいが、中もきらびやかだ。祭壇、礼拝堂などもたくさんある。まさに、キリスト教の世界!って感じだ。

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ケルン大聖堂内のステンドグラス sign03 言葉が…でない heart02 いにしえの高度な技術に・・・脱帽 bleah

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大聖堂内の「キリスト」画。何か分からないですが、それでも、何か感じるものがあります・・・。

一通りのガイドは終わったが、正直言って、説明のほとんどが聞き取れなかった、というより、初めから理解できるほどの英語力はないか!日本語で書かれたパンフレットがあるので、それを見ながら周ったほうが良かったような・・・。 coldsweats01

そして、大聖堂の塔を上る。しかし、エレベーターなどあろうはずがなく、展望台まで高さ95m、509段の階段をひたすら上って行くのだ。アルプス・ハイキング前の足慣らし、といったところか!幅は狭く、大人2人がすれ違うのがやっとで、螺旋状の階段になっている。途中に、やや広くなっている ”休憩所 ” があり、そこからは一方通行になっている。

509段上り、展望台へ到着。ケルンの街は大きい。広場の人々が小さく見える。しかし、心ない人々は世界中にいるもので、壁や柱のあちらこちらに落書きされてあり、世界遺産だというのに、とても悲しい。 angry

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大聖堂の展望台から、ライン河とケルンの街。

そして、一気に下って行く。大聖堂を出て再び街を歩く。この日、ワールドカップ(サッカー)日韓大会で、ドイツチームが勝ったようで、街のオープンカフェでは、ビールで祝杯をあげる人々で大賑わいだ。お店によっては、ビデオで試合の模様を流し、それに魅入ってエキサイトしているお客も大勢いる。この国の一番人気のスポーツがサッカーだというので、この盛り上がりは必然だ。

そして、”Zoo-Express” という遊園地によくあるようなパスで、動物園の方へ。そこで下車し、ロープウェイでライン河を渡る。ロープウェイは、川の真ん中あたりでピークとなり、下って行く。ピークのあたりから、大聖堂が良く見える。渡りきったところには、クアハウスのようなものがあり、プールでは人々が水着でバカンスを楽しんでいる。

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ロープウェイから見た大聖堂

そして、広々とした芝生の多い公園を散歩する。ところどころに花壇がある。公園を抜けると、やがて駅だ。時間はもう5時である。イーナとはこれでお別れ。この日1日のお礼を述べ、アンジュラとバーギッシュ・グラートバッハの街へと戻る。

アンジュラがエルマーに電話をし、マルクト広場で待つことにする。その間に、今朝買っておいたバーベキューの材料を取りに、アンジュラのオフィスへ。広場でしばらく待ち、仕事を終えたエルマーが迎えに来てくれた。そして、彼らの自宅へと戻る。

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バーギッシュ・グラートバッハのマルクト広場

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月12日 (水)

2002 ドイツ・スイスの旅 その8(再掲)

やがて、やや早いが昼食にする。アンジュラとイーナは、

「ジン、アイスバインを食べるといいワ!」と、勧める。 wink

いったい何だろう?アイスバインって?ドイツ語だから、分からない。とりあえず、レストランへ入り、先ずビールで乾杯!そして、ドイツ語と英語、フランス語で書かれたメニューを見てみると・・・、

「Grilled giant knuckle of pork leg 」・・・???って、直訳すると・・・、

「グリルした豚の足の巨大なすね肉」ってこと・・・?エッ?何、それ? wobbly

で、運ばれてきたものは・・・、赤ん坊の頭ほどもある肉の塊! pig  てっぺんには、ナイフが突き刺さっていて、骨が2本突き出ている。笑ってしまった! happy02

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アイスバイン、シュバイネ・ハクセとも言います。右は、ザワークラウト (「るるぶ」より引用)
 

アンジュラが「ジン、せっかくだから写真を撮っておくといいワ!」というので、料理を前にして、イーナと一緒に写真を撮ってもらう。 camera

でも、どうやって食べるの?ナイフで切ろうとしたが、硬くて切れない。すると、アンジュラが

「骨をこうして持って、肉を広げるのよ」と教えてくれた。

なるほど、そうすると中の肉をナイフで少しずつ切って、食べることができる。味は、見た目に比べて、意外にもあっさりしている。甘めのマスタードをつけると、よりおいしい。 happy01

イーナはポテト料理、アンジュラはザワークラウトを食べていた。これは、ビール beer にとても良く合う、と聞いたことがある。一口いただくと、ちょっと酸っぱいかな・・・、うん、でもおいしい。 happy02

それにしても、このアイスバイン、全部食べきれるのだろうか?とにかく食べられるだけ食べよう。せっかくのご馳走なんだから!でも、やっぱり全部は無理!ギブアップ! bearing

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月11日 (火)

2002 ドイツ・スイスの旅 その7(再掲)

今日、一緒にケルンの街を案内してくれるイーナさんとは、駅で待ち合わせ。切符を買おうにも、アンジュラは何やら迷っているようだ。やがてイーナさんがやって来て、初対面の挨拶をする。イーナは、俺よりはたぶん年下の、金髪美人だ。 happy01

イーナに聞いてアンジュラが切符を買う。切符は自動券売機で買う。アルファベット順に書かれた駅名のコードナンバーを、テンキーで入力すると料金が表示される。そしてやって来た列車に3人で乗る。列車は赤い車両で、中はとてもきれいだ。シートは対面式のボックスシートになっている。

ケルンまでは20分弱。ケルン中央駅の一つ手前の駅で降りる。すると、かの有名な、ユネスコ世界遺産にも登録されている、「ケルン・カテドラル(大聖堂)」がライン河を間に挟んで、その華麗で荘厳な姿を見せている。

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ライン河の向こうに・・・、高くそびえるケルン大聖堂!

絵葉書や雑誌などで、何度かお目にかかったことがある風景が、現実のものとして今、俺の目の前にある。川に架かる鉄橋(鉄道・自動車・歩行者共用)を渡り、大聖堂の前へ。目前まで来ると、その大きさに圧倒される。また、彫刻の繊細さには、目を見張らせるものがある。明治初期、岩倉具視率いる「岩倉使節団」も、この大聖堂を前にして、言葉もなかったという。今の俺も、同じ思いだ。

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ケルン大聖堂。1248年に建設が始まったが、宗教改革、財政難などの理由で建設中断。600年以上かかって完成しました。

大聖堂前の広場では、ピエロなどに扮したパントマイムの周りに、人が集まっている。子供たちには大人気で、なかなか賑やかだ。大聖堂の中へ入ってみると、ガイドツアーが午後2時からあるということなので、見学は後にして大聖堂周辺を歩くことにする。

アンジュラが本屋に立ち寄って、何か買い物をしているようだ。買ってきたものは、ライン河沿いの街のガイドブックと、大聖堂を世界中の観光地とコラージュした絵ハガキで、いずれも俺へのプレゼントだった。 happy02

そして、川沿いのプロムナードを散歩したり、街の方へ行ってみたり。教会前では、ちょうど結婚式が行われていたようで、正装した人々、馬に乗っている親族の子供らがいた。

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ケルンの街角で。結婚式(?)のセレモニーのようです。

小さな広場には、ユニークなブロンズ像がたくさんある。皆、映画俳優らしい。と、ある1つのブロンズ像を見ると、鼻の部分だけテカテカに光っている。それに異様なほど大きい。

「ジン、その鼻を撫でると ”鼻が高くなる” って言われているのよ」と教えてくれた。ならば俺もと、よーく鼻を撫でておいた。 coldsweats02

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月 9日 (日)

『自然保護』シリーズ切手

皆さま、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

3月も1週間が過ぎ、『そろそろ春』と思いきや・・・三寒四温でなかなか春がやってきません。
そしてもうすぐ、あの東日本大震災から丸3年。
被災地へは一度も出向いたことはありませんが、どれほど復興は進んだでしょうか?
今も仮設住宅住まいの人々が多くいると聞きます。
継続的な支援が今も必要なのでは・・・と思います。

切手シリーズ、なかなか進みませんね (^_^;;アセッ!
海外の切手も紹介したいのですが、PCに取り込んだままの日本の切手の紹介が未だ終わらず・・・(。_。)ゴメン!
今回は「自然保護」シリーズの切手を紹介します。

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上左から、イリオモテヤマネコ、ニホンカワウソ。下左から、アマミノクロウサギ、オガサワラオオコウモリ、右、アホウドリ。

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上左から、タンチョウ、モリアオガエル、リュウキュウヤマガメ。下左から、ハハジマメグロ、アカヒゲ。

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上左から、ミヤコタナゴ、イトヨ。下左から、カブトガニ、ゲンジボタル。右、ミカドアゲハ。

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上左から、ヒメハルゼミ、シマアカネ。下左から、サクラソウ、コマクサ、コウシンソウ。

これらの切手、持っている・いないではなく、切手にデザインされた動植物、いくつご存知ですか?
全部で20種類ありますが、私は辛うじて半分ちょっと(11種)知っていました。
今回紹介するにあたって、検めてこれらの切手のデザインを確認した次第です (^_^;;ヘヘッ
直接この目で見たことがあるものになると・・・タンチョウとモリアオガエル、サクラソウとコマクサぐらいでしょうか・・・。

いやぁ~、切手ってやっぱり『雑学の宝庫』です。 

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2014年3月 6日 (木)

2002 ドイツ・スイスの旅 その6(再掲)

朝食を終え、身支度を整え、外出する。天気は曇り空で、いつ雨が降り出してもおかしくない。牧草地には、牛、羊、アヒルもいる。のどかだ。彼らの家は、牧草地と住宅街のちょうど境界に建っているようだ。

丘陵地を下り、住宅街へと入る。どの家もドイツの特徴的な作りで、駐車場も広く、庭にはたくさんの草花が咲き、目を楽しませてくれる。

この季節、ラベンダーが満開だ。あちらこちらで花に近づいて見ている俺に、アンジュラは

「ジン、あなた、花が好きなのネ!」と言う。

「えぇ、僕の母が花が好きで、我が家の狭いベランダガーデンでも、花やハーブを育てているんだ」と答える。

街の中心部まではおよそ20分かかる。アンジュラの職場もそちらにあり、彼女は毎日この道程を、歩いて通っているそうだ。

「いい運動になるね」と言うと、

「確かにそうだけど、けっこう疲れるわよ。特に帰りはネ!」と、笑いながら話していた。

行きは下りだからいいが、帰りは上りになるからなぁ。そうこうしているうちに、雨がポツリポツリと降り出した。やがて街へ。広場にはたくさんの市場が出ている。ここは、「マルクト広場」と言って、毎週水曜日と土曜日に午後1時までマーケットが開かれるそうだ。

広場を通り抜け、商店街へ行き、1件のお店(肉屋)へ。今夜のバーベキューの買い出しである。おいしそうなステーキ、ソーセージが並んでいる。「ジン、どれが食べたい?」と訊かれても、どれもこれも美味しそうで、目移りばかりしてとても選べない。「お勧めはどれ?」と訊くのが精いっぱいだ。

そして、ポークとラムのステーキ、フランクフルトソーセージなど、何種類かを選ぶ。ピンク色した、気になる食べ物があった。尋ねてみると「魚」だそうだ。少しだけ買ってみることにする。今夜の食事の材料はこれでOKだが、でも、このまま持ち歩くのかな?

アンジュラは再び広場の方へと歩き出し、広場のすぐそばにある建物の入り口の鍵を開け、中へ入って行く。どうやら彼女の職場らしい。そこにあるプライベートキッチンと書かれた部屋の冷蔵庫に、買い出ししたものを保管しておく。

そして駅へと歩き出すと、雨はいよいよ本降りになってきた。アンジュラが傘をさし、傘を持ってこなかった俺は、一緒に入れてもらう。が、駅へ着くころには、雨はもうやんでいた。

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月 5日 (水)

2002 ドイツ・スイスの旅 その5(再掲)

6月15日(土)

バーギッシュ・グラートバッハ~ケルン~バーギッシュ・グラートバッハ

 朝、ドアをたたく音で目覚める。8時半だった。

「グッドモーニング、ジン!」と、アンジュラが起こしに来てくれた。

「あぁ!グッドモーニング、グーテンモルゲン!」と英語、ドイツ語で答える。happy01

「日本語では何て言うの?」

「おはよう!」

「昨夜はよく眠れた?」

「えぇ、ありがとう。もうぐっすりと眠りました。」happy02

さすがに昨夜は、長い飛行時間 airplane と24時間以上ろくに寝ていないせいか、本当にぐっすりと寝入っていた。顔を洗い、かるく髪を梳かしてリビングへ行く。玄関でアンジュラが初老のご婦人と話している。ご婦人に挨拶すると、「また今夜、逢いましょうね」と答えた。誰だろう・・・?、と思っていたら、アンジュラが「エルマーのお母さんよ」と言う。シマッタ! bearing初対面なのに、きちんと自己紹介するべきだった!

「昨夜、すごく激しい雷雨があったのよ!知ってる?」とアンジュラ。

「えっ?!本当に?全然知らないよ。何時ごろ?」coldsweats02

「2時ごろだったかしら。それだけ良く眠っていたのネ。」happy01

リビングにはすでに、朝食が用意されていた・・・fastfood cafe apple 。何種類かのパンとチーズ、ハム、スクランブルエッグなど。オレンジジュースにコーヒー。ハムは、ポークハム、生ハムなど種類豊富だ。パンに塗るペースト状のハム(リーバーヴルスト)もあり、これを塗って食べるパンが何とも美味しい!ハムもチーズも、どれをとっても絶品!パンは、クルミパンのようなものもあり、ハムとの相性が良く、とても美味しい!昨夜からおいしいものづくしだ!!

アンジュラは、すぐそばにいるオウム chick にもパンを与えている。我が家のリオちゃんもパン(といっても、トーストから出るパン粉)を食べるから、名前が同じだと、食べるものも似てくるのかな?しかし、大きな違いは、オウムは体が大きいだけに、パンを足で器用に持って、口に運んで食べているところである。これには驚いた。そしてまた、よくしゃべるらしい。

「今、”私の名前はリオです”って言ったわヨ」とアンジュラが教えてくれる。我が家のリオちゃんも「リオちゃん」としゃべるし、ホント、そっくり!そして、あまりにも「ギャー、ギャー」と騒がしい時には、キッチンへ連れて行くそうだ。そこへ連れて行くと「寝る時間」と思って、静かになるらしい。

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月 4日 (火)

2002 ドイツ・スイスの旅 その4(再掲)

アンジュラに「ジン、お腹すいてない?」と訊かれ、「あぁ、そうだね、少しお腹減ったかな?」と答えると、何か料理を作り始めた。よく考えたら、彼らも夕食はまだ食べていないに違いない。いったいどんな料理をご馳走してくれるのか、すごくいい匂いがリビングに漂ってくる。何とも食欲をそそる。オリーブオイルやハーブをこちらではふんだんに使うだろうから、本当においしそうな匂いだ。

いよいよドイツ家庭料理のご馳走だ。「グーテン・アペティート(ドイツ語で”いただきます”)と言うと、アンジュラが「日本では何て言うの?」と尋ねるので、「いただきます」と答える。アンジュラは先ほどの「乾杯」、「いただきます」と一つ一つメモしている。

さて、出されたご馳走は、ステーキにサラダ、フランクフルトソーセージなど。これが何とも言えないほど、おいしい!ステーキの味付けは、「一体どんなハーブやスパイスを使えば、こんなにおいしくできるの?」と、聞きたいほどだった。

ソーセージは想像以上においしい!「今まで日本で食べていたものは何だったんだ?」、と言うぐらいにウマイ!さすが、本場だけのことはある。一口食べた瞬間に、笑ってしまうほどの美味しさなのだから、たまらない!肉汁が口の中いっぱいに広がる。こんなソーセージ、今まで食べた事がない。「ベリーグッド!ベリーデリシャス!」と彼らに答える。

ビールもそれほど冷やしていないが(こちらではそれが当たり前;ビールをガンガンに冷やして飲むのは日本だけ)、何しろコクが違い過ぎる。グラスに注いだ後も、泡がずっと立ち続けている。ドイツビール=おいしい、という先入観があるにしても、ホンットにウマイ!1本2本と「カンパイ」する。

食事をしながら明日の打ち合わせをする。エルマーは、明日、明後日共に新しいスイミングプールのオープンセレモニーのため仕事となり、同行できないが、アンジュラがケルンの街を案内してくれるそうだ。”世界遺産・ケルン大聖堂”があるケルンの街だ。しかし、アンジュラはケルンの街にそれほど詳しくないようで、友達のイーナという女性(ケルン在住)も一緒にガイドしてくれるそうだ。はじめてきたヨーロッパの街を、いきなり2人の女性と共に歩けるというのも、光栄である。そして明日の夕食は、隣に住んでいるエルマーのご両親も共にして、「バーベキューをやろう」、とのことだ。ものすごく楽しみである。

リビングではオウムが2羽飼われていて、1羽は「チニ」、もう1羽はなんと「リオ」という、我が家のペットのセキセイインコと同じ名前である。

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左の子は「チニ」、右は「リオ」。とても良くなついている happy02

まさか、ドイツと日本でペットに同じ名前がついているとは驚きだ。彼らにそう話すと、彼らも驚きながら笑っていた。セキセイインコを英語で何というのか分からないので、彼らは図鑑を持って来て、「どんな鳥だい?」と尋ね、そして教えることができた。

ステキなご馳走をいただいた後、彼らの案内で外へ出てみる。目の前は牧草地。そして5分ほど歩くと、酪農家の家。そこから眼下にケルンの街の灯りが見える。のどかで静かなところだ。

明日の朝、エルマーは仕事で先に出かけるそうだが、俺は「8時半までゆっくり寝ていなさい。起こしに来てあげるから!」というご好意に甘えることにする。何しろ日本時間で、すでに翌日朝7時近い。お腹も十分に満足し、さすがに眠い。

「グーテ・ナハット(ドイツ語で”おやすみなさい”)」と言って、与えられた客室へと戻り、シャワーを浴びて眠ることにする。何とも長ーい1日が終わった。

バーギッシュ・グラートバッハ エルマー・アンジュラの自宅にて

*この旅日記は2002年のものです。

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2014年3月 2日 (日)

梅の花

皆さま、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

いつのまにか早3月。月日の流れは本当に速いですね。
そしてこの季節、暖かい日もあれば寒い日も・・・三寒四温ですね。

ちょっと遅いかもしれませんが今回は、『梅の花』です。
以前の職場は毎月休みたい日を申告し、勤務日程のローテーションを組んでいました。
その甲斐あって、比較的すいている平日にあちこち出かけることができました。
そこで今日は、この地方(名古屋)から日帰りで行ける『梅の花の名所』を紹介します。
いずれも今から10年以上前に訪れたところですので、決して現在の開花状況ではありませんので、ご注意ください。
また、名古屋からだけでなく、関東や関西からも日帰りで行けるところもありますので、どうぞご参考に!

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静岡・丸子(まりこ)梅園です。訪れたのは2002年の2月初旬でした。

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伊豆・修善寺梅園です。こちらは2003年1月末に訪れました。

さすが静岡県は気候が温暖なせいか、梅の花の見ごろも早いですね。
この2ヵ所は関東地方からも行きやすいところだと思います。

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奈良と三重の県境にある月ヶ瀬梅渓。
山あいに位置しますので、開花期はやや遅れます。
訪れたのは2003年の3月半ばです。

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三重県津市の結城神社。2002年2月半ば、御在所岳の樹氷を見た帰りに訪れました。

この2ヵ所は、関西からも訪れやすいでしょうか?
月ヶ瀬梅渓は今が見ごろかも・・・?

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長野・伊那梅園。2002年4月半ばの様子です。
木曽山脈のふもとにあり、さすがに見ごろも春先へとずれますね。
”天下一”と称される高遠の桜も、ちょうど見ごろになるころです。

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名古屋市内(天白区)にある農業文化センターのしだれ梅。
2003年3月半ばの様子です。ということは、こちらもそろそろ見ごろ?
地元の方、ぜひ一度は訪れてみてください。

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こちらは・・・な・なんと・・・九州・太宰府天満宮の『飛梅』!
まだ二十歳前のころに訪れました。1981年2月22日撮影です。

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これは『梅』ではなく『桃』の花。
紅葉で有名な愛知県・香嵐渓の足助屋敷前で。

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カタクリの花。こちらも香嵐渓です。2002年3月25日、この日私の40歳の誕生日でした。
      

暖かかったり寒かったり・・・、そんな日々がしばらく続きそうです。
これらの写真を見て、少しでも『春』を感じていただけたら・・・と思います。 

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