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2013年12月 3日 (火)

ネパール再会の旅 55 『ある日本人男性と』(再掲)

5月11日(水)晴れ
カトマンドゥ

 昨夜も良く眠れず、蚊のうるさい音に悩まされた。それでも9時過ぎには起床し、洗濯とシャワー。10時15分に銀行へ行き150ドル両替。ルクラまで往復飛行機を使うと残りは460ドルだ。意外と使っているな。やはり物価が上がっているせいか?それとも俺が贅沢し過ぎているのだろうか?フィルムの現像は、他の店に出してみるとわずか2時間でプリントできるそうだ。

昼ごろ、アンジュにマッサージを頼んでおいてあったので、レセプションへ行くと、ある若い日本人男性がアンジュとマッサージの交渉をしている。彼はレストランも併設しているヤク・ホテルに泊まっているらしいのだが、マッサージをしてもらおうとあちこちまわっても、「どこで聞いてもボラれているような気がして、何件も回っているんですよ」と言う。そこで、アンジュがカトマンドゥでも5本の指に入るほど有名で優秀なマッサージ師であること、時にはホテル・ド・アンナプルナなどの高級ホテルからも依頼が来るほどだと説明し、料金も妥当だと話すと納得し、彼はアンジュにマッサージを施してもらうことにした。本当は俺の予約の時間だったのだが、順番を彼に譲った。俺はいつでも受けられるから。

1時間ほどしてマッサージを終えた彼は、「いやぁ、気持ち良かったですよ」と、とても満足げな表情で出てきた。さらに初めは500ルピーと聞いていた料金を、アンジュが「俺と同じ日本人だから」と、宿泊客料金の400ルピーにしてもらえたそうだ。彼は関西から来ているそうで、しばらく話していると彼はウマを見て「あの子、きれいですねぇ」と言う。「でしょ!まだ22才で独身ですよ」と話すと、「そんなことまで知ってるんですか?」と驚いていた。その後、彼が宿泊しているホテルのレストラン、つまり俺も何度か利用したことがあるヤク・レストランで昼食を共にする。

そこで彼のトレッキングの話を聞いて、『青山トレッキング・エージェント』の傍若無人ぶりが窺い知れた。例えば、同行していたイギリス人女性がトレッキングガイドから露骨に卑猥な言葉をかけられたり、セックスを求められたこと。何ということだ。そんなエージェントがあっていいものか?!同じツアーに参加していた日本人女性は、体を触られたりしてもニコニコしていたと言う。彼は他の国からのツアー客もいるし、ガイドとその日本人女性をたしなめたところ、「お互いに楽しんでいるのだからいいじゃないか」といったニュアンスの言葉が返ってきたそうだ。もしそれが日本であれば、その女性はたぶんこう言うだろう、「セクハラ!」と。

どちらに対しても、許しがたい事実だ。楽しい思い出を作って帰ることは結構だが、その女性とガイドの場合、フレンドリーとかスキンシップといったレベルではなかったようだし、他の人々は、それを快く思わないこともあるだろう。『ネパールの男性は、女性に対するモラルがない』と誤解されかねない。ガイドはあくまでガイドであって、ホストではない。どちらも勘違いしないでほしいものである。

昼食後、写真の焼き増し分を取りに行き、ゲストハウスへ戻りアンジュにマッサージをしてもらう。明後日、ブプサへ行く前の体の手入れである。そして、ルクラまでの片道のエア・チケットの手配をサンカールに頼んでおく。

7時ごろ、再度ヤク・レストランへ行き夕食。すると昼に会った男も偶然ホテルの部屋から下りて来て、相席して夕食も共にする。彼の名は浦野君で俺より若く、シルクロードや中国を旅したことがあるそうだ。とりわけ中国の旅は、『中国鉄道旅日記』というタイトルで自費出版されたらしい。タイトルと出版社名を聞いて、帰国後「ぜひ読んでみます」と約束した。
*帰国後、実際に彼の著書『中国鉄道旅日記』を近所の本屋に取り寄せていただき、読ませていただきました。ほんのわずかな時間しか彼とはお会いしていませんでしたが、それでも彼の人柄が表れている内容で、とても面白かったです。

9時半ごろまで浦野君と話をしながら過ごす。お互いに似たような考えを持っており、わりと意気投合した。明日は、トレッキング・パーミットの申請をしなければならない。もし、「昼もしくは夜、来られたら来ますよ」と言い残し、ゲストハウスへ戻り、ククリラムのコーラ割りをあおって、11時ごろ就寝とする。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

*この旅日記は1994年のものです。

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