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2013年12月12日 (木)

ネパール再会の旅 60 『ヤンジーと再会!』(再掲)

6時ごろ、「ヤンジーがもうすぐ帰って来るぞ!」と、ここへ案内してくれた男が呼びに来た。外へ出てカリコーラへと続く道を眺めていると、3人の子供が歩いているのが見える。そこでヤンジーの帰りを待つ。ようやく顔がはっきり見えるところまで来たので、「ヤンジー!」と声をかけてみた。すると「ジャパニ・ダイ(日本のお兄さん)」と、ビックリした顔で言った。すぐに分かってくれたのが、何より嬉しい。

小さな村なので、『ヤンジーに会うために日本人が来ている』という噂がアッという間に広まったのか、たくさんの村人たちが見守る(冷やかす?)中、ヤンジーは嬉しいような恥ずかしいような、駆け足でロッジへと入って行った。俺もロッジへ戻ると、ヤンジーが母親に「いつ来たの?」と問いかけている。「今日よ。あなたに会うために来てくれたのよ」と答える母親。2年と2ヵ月ぶりに会うヤンジーは、背が高くなって大人びてきれいになっていた。そして相変わらず、素敵な笑顔をしている。

「いつまでいられるの?」と尋ねるヤンジーに、
「ヤンジーがカリコーラへ戻って行ったら、僕もカトマンドゥへ帰るよ。そのためだけに来たんだからネ」と答えた。
すごく嬉しそうな顔をしている。そしてヤンジーや家族の写真を撮る。ブプサ滞在中は、カメラが手放せないぐらいであろう。少しでも思い出を多く残しておきたいから。

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2年ぶりに再会したヤンジー(ニマ・ヤンジー・シェルパ)と。

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左から、従妹のパサン・マヤ、母アン・ドマと末っ子アン・ダワ、弟ミンマ・チリ、ヤンジー

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中央はヤンジーの父、リンジー・プーリー

家に帰って来てからのヤンジーは、ロッジの仕事のお手伝いに一生懸命だ。弟のチリやダワ、従妹のマヤは遊んでいる。前もそうだったのだが、ヤンジーは本当に働き者だ。しかも楽しそうに手伝っている。彼女にとっては、遊ぶことよりお手伝いの方が面白いのかもしれない。偶然ここへ世界中からやって来るトレッカーが宿泊し、食事などのお世話をしながら少し会話をする。それが楽しいのかもしれない。

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お手伝い中のヤンジーを camera

ムスタンコーヒーを飲みながら夕食をいただく。夕食が終った後の片づけを済ませてから、ヤンジーは学校の宿題を始めた。そんなシーンも漏らさずに写真に撮っておく。他のトレッカーはもうベッドルームへと戻って行ったが、俺はもうしばらくそこにいた。しかし、朝が早く眠い今夜は、9時半には寝ることにする。

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カリコーラから帰って来た3人の子供たちは、トレッカーがいなくなった後の食堂兼ダイニングで宿題を始めました。

ブプサ、ホテル・イエロートップにて

*この旅日記は1994年のものです。

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コメント

どんな大人になったでしょうねえ。どんな暮らしをしているでしょうねえ。利発そうな娘さんでしたね。
みんなよく勉強していますね。


agewisdomさんへ

最後に手紙が届いたときは、中国にある薬科大学に留学中でした。返事をしたのですが、英語で書かれた住所ですから届いたかどうか・・・?それっきりです。
このようなゲストハウスで育ち、日々たくさんの外国人と接し『生きた英語』を知らず知らず身に着けたヤンジー。
今頃はきっとネパール国内で学んだことを生かしているのでは?と思います。
もちろん、年齢的に結婚しているでしょうし、子供がいても不思議ではないですね。

投稿: agewisdom | 2013年12月12日 (木) 20時33分

お早うございます
ヤンジーさんとの再会 果たせて良かったですね
小さな村の話題にまでなっていたとは素敵です
当時の彼女の年齢から20年近く経ったいまでは
彼女も良い大人の女性になっていることでしょう
文通などはされていないのですか
働き者のヤンジーさんですね


古都人さんへ

ここに着くまで、ヤンジーがカリコーラの村で下宿していることは知らず、この日がたまたま金曜日で、カリコーラから帰って来る日だったのはラッキーでした。
村そのものはほんの数件しかありませんから、アッという間です。
年齢的には30代前半。当時の彼女の母親ぐらいの年齢でしょう。
中国の、とある薬科大学に留学したのですが、それ以降連絡が途絶えてしまいました。
今頃はきっとカトマンドゥか生まれ故郷の近くで、学んだ成果を生かして活躍していることでしょう。そうあってほしいものです。

投稿: 古都人 | 2013年12月13日 (金) 06時26分

本当に金曜日でラッキーでしたね。
この魅力的なヤンジーちゃん、彼女に会うために行動されれるこのお話、なかなか素敵です。
姉弟そろって個室ではなくて、ダイニングで勉強している姿が戦後の私たちを思い出させてくれます。
来年で20年経つのですね。結婚して元気に暮らしているのでしょうね。


tonaさんへ

’92年にネパール訪問して以降、写真と手紙を送った人とはこれで全員会うことができました。
ネパールまで来ていて、会わずに帰る手はありませんからね。
宿泊客がベッドルームに戻ると、ここは彼女らにとっては明るく広い部屋ですから!それに彼女たちの部屋には勉強机などはまずなかったでしょう。
年齢的には30代前半になってるでしょうから、結婚して子供がいて、幸せな暮らしをしていることと思います。

投稿: tona | 2013年12月13日 (金) 08時25分

今は連絡はとれないのでしょうか。
何らかの方法でまた会えると
いいですね。
せめて写真を交換するとか・・・


matsubaraさんへ

今、どこでどんな暮らしをしているのか、全く分かりません。
この村にあるこのゲストハウスも、まだ経営しているのかどうか、それさえもわかりませんから、もう連絡の取りようがありません。
このまま楽しかった思い出として、いつまでも心に残しておきます。

投稿: matsubara | 2013年12月13日 (金) 13時13分

こんばんは
ヤンジーさん、綺麗で利発そうなお嬢さんですね。
再会出来て良かったですね。
再会だけのためにお出かけに成った
慕辺未行さんのお心が素敵です。
現在のヤンジーさんのご様子を知りたいです。
きっと素敵な女性に成られている事でしょうね。
ヤンジーさんは沢山のお写真と共に、
素敵な思い出と成っている事でしょうね。


すみれさんへ

本当に働き者で、利発な子でした。
「ゲストハウスの手伝いをするのが楽しくて仕方がない」といった様子で、食事を作ったり掃除をしたり・・・それから宿題や勉強をしていました。
その後、中国の大学へ留学し薬学の勉強をしているところまでは連絡が来たのですが、私からの手紙が中国へ届いたかどうか不明で、以降連絡が途絶えてしまいました。
今、どこでどんな暮らしをしているのか分かりませんが、彼女にとっても楽しい思い出になったことと思います。

投稿: すみれ | 2013年12月13日 (金) 20時48分

ヤンジーは 長女なのですね  お母さんはお若いですね
可愛い子と再会できてよかった!
ところで 粗茶って どんなふうに通訳したのか 興味がわき
ました まずいお茶ですが~って感じでしょうか
そういえば 日本の謙遜の文化って 考えてみたら 世界に
説明しずらいですね・・・


bellaさんへ

長女で二人の弟。母親は私と同い年だったと思います。
ヤンジーはロッジの手伝いが本当に大好きなようで、いつもニコニコ楽しそうにしていました。
粗茶の説明・・・、「大切なお客様にお茶を出すときに”粗茶ですが”と言うのです」と話したような・・・。
粗茶の意味も「我が家では美味しいお茶ですが、あなたにはまずいお茶かもしれません」と教えたような・・・。
『謙遜』と言う意味の英単語が分からなかったですし、ニュアンスだけでも伝えようと笑いながら話していたのを覚えています。

投稿: bella | 2013年12月13日 (金) 21時52分

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