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2013年12月 5日 (木)

ネパール再会の旅 57 『ルクラからブプサへ』(再掲)

5月13日(金)晴れのち曇り
カトマンドゥ7:10(RA121;ロイヤルネパール航空)7:50ルクラ8:30(徒歩)16:00ブプサ

 4時30分起床。慌ただしく用を済ませ5時。5時10分、オートリクシャを拾い空港へ。200ルピーで交渉成立していたのに、到着すると250ルピーと値を吊り上げる。「タパイィ ドゥイセイ(200)ルピー OK ボルヨ!(あなた200ルピーでOKと言っただろ!)」とネパール語で抗議すると、さすがに即「200ルピーでいいよ」と言った。

5時30分空港着。これがかつては国際線も使っていたとなると、とんでもない田舎の空港だ。が、カトマンドゥ自体が巨大な村なのかもしれない。RA(ロイヤルネパール航空)121便は6時30分発だが、山の方の天候のせいであろうか、7時に搭乗開始。7時10分過ぎに離陸。天気は快晴で、ヒマラヤの峰々が見渡せる絶好のフライトとなった。

ルクラには7時50分着。歩き出す前にティータイムをとり、8時30分、いよいよヤンジーが住む村、ブプサへと向かう。他のトレッカーたちは当然のようにナムチェ方面へと旅立って行ったのだが、俺は皆とは逆方向へ歩き出す。山の斜面を削り取った、『原っぱ』と言ってもいいような飛行場の横の道を、ひたすら下って行く。ジリから歩いて来ているのであろうトレッカーや巡礼者とすれ違う。皆、ルクラまでのこの急な登り坂に、息を切らしている。下りきると、しばらくは平坦な道が続く。

Img158
ルクラからの急坂を下り、小さな木橋を渡りシュルケイへ。(セルフタイマーで撮った私の後ろ姿です)

およそ10時にシュルケイ着。ここからのアップダウンの道に備え、ティータイムをとり足を休める。バッティ(茶店)のダイ(”お兄さん”の意味)に「ブプサまでしか行かない」と言うと、「あなたは先生なのですか?」と訊かれた。ブプサまで行って、帰って行くだけのトレッカーなんていないだろうから勘違いされたようだ。

Img159
シュルケイから急な石段を登って行くと、ふと眼下にシュルケイの村全体 (?) が見えました。

シュルケイからポイヤンまでは、急な石段の登り道。1時間に1回はティータイムを取りながら登って行く。ポイヤンを出るとアップダウンの繰り返し。途中、バッティで昼食にララヌードルを食べる。バッティを出てしばらく行くと、同じ店で休憩していた2人のネパール人が振り返り、1人で歩いている俺を待っていた。

「ナマステ!サーティ チャイナ?(こんにちは!友達(仲間、連れ)はいないの?)」
「サーティ?ツァ!タパイィハル メロ サーティ ホ(友達?いるよ!あなたたちが私の友達ですよ)」

彼らの問いかけに、こう笑顔で答えると、彼らも嬉しそうに「私たちは今日、カリコーラまで行くからブプサまで一緒に行きましょう」と言って、3人で歩き始めた。声をかけてくれたオングさんは、シャンボチェにある『ホテル・エヴェレストビュー』で働いているそうだ。もっと早いペースで歩けるだろうに、彼らは俺のペースに合わせて歩き、途中1時間おきぐらいにバッティで休憩もした。
*ホテル・エヴェレストビュー…長野県出身の日本人経営の高級ホテル。その名の通り、ホテルにいながらにしてエヴェレストを眺めることができます。ただし、肉眼で見るには、まだはるか彼方です。天候が悪ければ、もちろん見られません。

オングさんは休憩中に「ホテルで日本人客にもらったんだよ」と言って、浮世絵がデザインされたハンカチを見せてくれた。そのバッティでお勘定をしようとしたら、すでにオングさんが済ませていて、ご馳走になる結果になってしまった。本当なら、俺が支払わなければならないところなのに・・・。おかげですごく楽しく、疲れだってほとんど感じないほどであった。

Img160
オングさんは浮世絵のデザインのハンカチを、袋に入れたままの状態で大切にしていました。彼らとは本当に楽しく歩くことができました。

Img161 
カルテ付近まで来て、初めて目的地のブプサが見えました。もうあと少しです。

*この旅日記は1994年のものです。

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コメント

こんばんわ
今回は私の地図が少しだけ役に立ちました
地図で少しでも判ると想像の世界が広がって記事がより一層理解出来ます
今回のシリーズでは3人の日本人との出会いがありましたね
それにしても慕辺未行さんの記事の詳細な記録には驚きます
どの様にされているのか 不思議です まるでテープに記録して再現されている様に感じています
凄いことですね
2人の日本人女性のところが良く理解出来ませんでした
そんなことがあったのかなと思って拝読していました
慕辺未行さんの現地の人達との交流には何時もながら
感心しています やはり言葉ですね


古都人さんへ

今週の記事は、カトマンドゥとルクラ~ブプサですから、ブプサはともかくルクラは地図に載っていたと思います。
ナムチェと反対方向に歩いていきますから、どの辺りなのかもきっとお分かりになられたでしょう!
現地で毎晩書いていた日記をもとに、帰国後さらに思い出しながら何度もワープロで打ち直した記録です。自分が納得できるまで推敲しました。
2人の日本人女性との出会いとカトマンドゥ市内を案内した時は、とても楽しかったです。2人も初めてのネパールで、私というガイド(?)を見つけて喜んでくれたと思います。
今はかなり忘れていますが、当時はわりと話すことができました。現地の人々から見れば私はあくまで『外国人』。しかし言葉が少しでもできれば、もう『仲間』!
こんな『一期一会』の交流も思い出深く残ります。

投稿: 古都人 | 2013年12月 5日 (木) 17時30分

ネパール語で抗議できるとは凄い語学力
ですね。いくら英語やハングルを習っても
抗議することは出来ないです。
お目にかかったとき教わればよかったです。
でももう3年くらい経ちましたね。


matsubaraさんへ

いやいや・・・(^_^;;アセッ!
それほどではありません、本当に!
ネパール語で覚えた単語を並べただけです。
それにこのころは、片言とはいえ知っている限り使っていた言葉ですから。
今ではもうかなり忘れてしまいました。使う機会がありませんから、仕方がないです。
matsubara様、Saas-Feeの風様とお会いして早3年以上過ぎました。「あれからもう3年?」と、月日の流れの速さに唖然とするばかりです。

投稿: matsubara | 2013年12月 5日 (木) 18時52分

笑顔がいいですね。すっかり打ち解けた様子がわかります。
それにしても目的はちがっても日本人がどこにもいるってことですね。大したものですねえ。世界はどんどん狭くなっていますねえ。


agewisdomさんへ

ご一緒した二人とは、ほんの数時間の『一期一会』でしたが、本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。
オングさんの笑顔が本当に素敵ですよね。
日本人に限らず世界中のいろいろな国の人々が、国を離れ思わぬ場所で生きている・・・、最近そんなTV番組をしばしば見かけます。
私には、そこまでの勇気やバイタリティがありませんでした。

投稿: agewisdom | 2013年12月 5日 (木) 22時09分

こんばんは
ネパールで日本人との出会いは
慕辺未行さんも素敵な思い出に成ったかもしれませんが
出会われた3人の方達はラッキーで
印象深い出会いだったでしょうね。
ネパールで琴のコンサートは興味深いですね。
現地の方との和やかな交流は、
やはり語学力の素晴らしさが大きいと感じています。
そのままネパールで生活しても全ての事で
適応できそうですね。


すみれさんへ

滞在したゲストハウスでは私の滞在中、他に日本人が泊まりに来たことはほとんどありませんでした。
そんな折に出会ったマッサージを受けに来た男性、そして二人の女性。
私にとっては久々に日本人との会話。どこかホッ!としたような気持ちもあったかもしれません。
女性二人からはガイドまでして(させられて?)しまいましたが、それも今思えば、本当に楽しい思い出です。
実はこの二人とは帰国後、再会したことがあるのですよ。
’92年に3ヵ月、そしてその2年後。ネパール語も片言レベルとはいえ、それなりに・・・(^_^;;ヘヘッ!
言葉が『できる、できない』ではなく「コミュニケーションしたい」という気持ちが一番!それが原動力だったように思います。

投稿: すみれ | 2013年12月 5日 (木) 22時47分

おはようございます。

セルタイマーで撮られたという写真見事ですね。
慕辺未行さま、格好いい!
カトマンズ、ルクラはよく聞きますが、シュルケイとかブプサはまるで見当がつきません。
シュルケイの村が一瞬マチュピチュに見えました。
料金をぼる人もいますが、この国の方は優しい方多いですね。


tonaさんへ

たまには『後ろ姿を』と思って撮ったのかもしれませんが、tona様も他の皆様同様、お口が上手です (^_^;;!
ルクラはエヴェレスト方面への『空の玄関口』ですし、ここから2日のナムチェ村は『シェルパ族の故郷』として、またこの地方最大の村としても有名です。
私はそれらとは全く逆方向へと歩いて行きました。
ネパールもご多分にもれず日用品は”旅行者プライス”なるものが少なからずあります。
しかし、人との交流の場合、親しくなりますとお茶(紅茶)の1杯ぐらいは奢られることもよくあります。
本当なら私が奢ってあげるべきなのに、知らないうちに支払っていたオングさんの気遣いは感動ものでした。

投稿: tona | 2013年12月 6日 (金) 09時03分

快晴の中でのフライト、とっても綺麗だったでしょうね~airplane
慕辺未行さんが訪れる場所は、日本人観光客にとってはあまり馴染みがないところだと思います
そんな中で出会った方々には、またまた運命的なものを感じますよねup
ネパールトレッキングに行きたい熱が続いています(もちろん私の場合、ツアーですが)
来年の目標にしたいと思いますshine


きゃぶさんへ

ルクラへのフライトは初めてだったのですが、記憶にあるのは景色よりも着陸時の衝撃!
何しろ未舗装の山の斜面ですから、ガタガタと揺れながら止まりました(笑)。
ルクラからナムチェ・エヴェレスト方面へ行く人は多いのですが、逆方向はさすがに少ないです。というか・・・ほぼいない・・・(^_^;;
だからこそ珍しいのか、皆とても親切でした。
ぜひ来年、ネパールへ訪れてみてください。
私が訪れたころとはずいぶん変わったところもあれば、ほとんど変わっていないところもあるでしょう。
そのどちらも、ネパールなのだと思います。

*先日メールしたのですが、読まれました?

投稿: きゃぶ | 2013年12月 7日 (土) 15時34分

慕辺未行さん今晩は・・・
此方夕方ごろから又風が冷たく成って来ました・・寒い・・
オートリクシャーの200ルビーが250ルビーに
外国人と見て嫌な感じですね
しかしヒマラヤの峰々を見渡せるフライトで気分も少し
和らぎましたか・・そしてヤンジーさんの村へ、背中の荷物は
重そうですね・・本当巡礼者と同じスタイルで・・す
シュルケイからの道はかなり厳しそうですね
途中で出会ったネパールの人達、優しいですね
此処でも会話が出来る事の強さを感じました
そして旅心の温かさ慕辺未行さんの速度に合わせて歩き
休憩タイムもとって下さって
さらりオングさんにはご馳走まで頂いて有り難い事ですね
旅の途中に受けた人の優しさは
温かい心の思い出に成りましたね・・・


咲子さんへ

12月に入りはや1週間。日ごと寒さが厳しくなります。
外国人とみて・・・というより『日本人』だからかもしれません。日本人の英語力の弱さ&人の良さにつけこもうとしたのだと思います。
荷物はそれほど重くはないですよ。ほんの数Kgしかなかったと思います。
不必要なものは、カトマンドゥのゲストハウスに預けておきましたから。
シュルケイからの登りはたしかにきつかったと思います。この2年前、ここを逆に歩いた(下った)時、膝を痛めましたから。
しかし同行してくれた二人のおかげで、それほど気にならなかったです。話をしながら歩いていると、気がまぎれて辛さも感じないみたい・・・。
私が奢るべきと支払いをしようとしたら、すでにオングさんが支払っていたことに本当に驚きました。ご一緒していただいたうえ、ごちそうにもなり、ただただ感謝!です。

投稿: 咲子 | 2013年12月 7日 (土) 20時41分

ひゃー 初対面で いますよ、あなたたちが友達です、なんて
カッコいいセリフ、誰が使えますか~~  最高のフレーズです
何かの機会に 真似しようっと!
登場人物が日本人ですと 何故か理解しやすく 突っ掛からず
スラスラ読めました
ガイドといちゃついた日本人、西洋人に弱いから~日本女性は

これだけの文才ですから慕辺未行さんも出版なさったらいかが
ですかscissors


bellaさんへ

(^_^;;ヘヘッ!彼らと出会った時のシーンは、今でも覚えています。彼らが同じ店にいたこと、そして私のほうを見ながら待っていてくれたこと、全部覚えています。
お蔭で楽しく歩くことができました。
マッサージを受けに来た男性、そして2人の女性。久しぶりに日本人と会話しました。こんな出会いも貴重で楽しいものでした。
ガイドといちゃついた日本人女性・・・、ガイドはネパール人、西洋人と違いますヨォ w(^o^)w!bellaさんらしからぬ勘違いぃ~!
出版?とんでもない (゚o゚)ヒエェーッ!こんな20年前の旅日記、今さら・・・ですヨォ!ブログを読んでいただけるだけで十分満足です。

投稿: bella | 2013年12月 8日 (日) 14時35分

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