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2013年11月21日 (木)

ネパール再会の旅 51 『パブラム、アルジュンとも再会』(再掲)

昼食は、ラッキー・チベッタン・レストランにてバフチョウミンにバニララッシー、ミルクコーヒーとする。いったんゲストハウスに戻り、3階バルコニーでアンジュと話していると、「弟のパブラムがやって来たわ」と話すので、「ここへ連れてきて」と俺は言った。パブラムもまた、かつてのスタッフだったのだ。アンジュがパブラムを連れてくると、彼も俺のことを良く覚えていて再会を喜んでくれた。彼は「あれから子供が生まれ、事業も始めた。家も引っ越しして大きなところに住んでいる。」と話していた。

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92年に撮ったアンジュとパブラム姉弟。

パブラムが帰って数十分後、彼から電話がかかって来た。「ゲストハウスまで迎えに行くから、明日の朝、我が家で一緒に食事をしよう。妻も大歓迎だから!」と誘われ、お招きにあずかることにした。

その後もアンジュと話をしていると、ふいにポンと肩を叩かれ、振り向くと、やはりかつてのスタッフ(キッチンボーイ)だったアルジュンが!
「おぉーっ!アルジュン!ナマステ!」
「ナマステ!久しぶり!覚えていた?」
「もちろんだよ!」
「久しぶりにこの近くへ来たから寄ってみたんだ。そしたら、あなたが来てるって下で聞いたから!まさかあなたが来ているとは思わなかった!」と話していた。
今は、やや郊外にある大きなレストランで働いており、2年前に俺と出会って以来、空手を習い続けているらしい。彼の兄のタラは、すでに結婚して田舎に帰ってしまったそうだ。それにしても、さすがに皆よく覚えていてくれた。お互いに2年ぶりの再会を喜び合った。

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これも92年に撮ったアルジュン。このとき高校時代の体育祭の応援で覚えた空手の型を教えていたのですが、それがきっかけで空手を本格的に習い始めたそうです。

3時にイミグレーション・オフィスへビザを取りに行き、ゲストハウスの部屋で少し休憩した後、4時30分に写真の焼き増しを受け取りに行く。夕食までの間、部屋でアンジュと話し、アンジュの日本行きのためのビザが取れるかどうか、明日にでも日本大使館へ行ってみることにする。

6時半すぎ、ラッキー・チベッタン・レストランにてバフ・ステーキにジャスミンティーで夕食とする。7時30分ごろ戻り、シャワーを浴びTシャツなどの洗濯をして、ククリラムのコーラ割りを飲みながら時間を過ごし、11時過ぎに眠る。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

*この旅日記は1994年のものです。

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コメント

2年ぶりに感動的な再会ができてよかったですね。
日本でもなかなかこういう体験は出来ません。
海外ならなおさら稀ですのに・・・
たった2年ですのに変化が多いのに驚きます。
ネパールは人も国も何年も変わらないと思っていました。


matsubaraさんへ

わずか2年でゲストハウスのスタッフ全員が変わっていたのは驚きましたが、それでもかつてのスタッフたちがふと訪れ、再び会うことができたことはとても嬉しかったです。彼らも本当に喜んでくれました。
近年ネパールも王制が廃止され、インターネットも利用者が増えているとの話を聞きました。
カトマンドゥの街の電線は、それらのケーブルがひしめき合っているそうです。
ネパールも私が訪れたころとはずいぶん変わってしまったかもしれません。

投稿: matsubara | 2013年11月22日 (金) 12時49分

こんにちわ
慕辺未行さんの現地の方との交流の深さに
驚いています
あなたのお人柄にもよるところが大きいのだろうと
思ったりします
やはり現地の言葉を覚え使えるのも大きいですね
アンジュさんとは良い雰囲気の様に感じましたが
ご本人はどうだったのですか


古都人さんへ

前回の’92年に3ヵ月滞在した時の交流の賜物でしょうか、スタッフは皆変わっていたものの、旧スタッフも偶然に訪れ再会を喜んでくれました。
言葉を覚えたことも親しくなる一因ですが、何といっても『写真』です。
当時まだカメラは高級品で、写真を撮る機会がほとんどなかった彼らです。
私が撮った写真、きっと貴重な思い出になったと思うのです。
アンジュとは、ちょっと良い雰囲気でしたが、日本へ連れてくるにはビザのハードルが高くて・・・(。_。)

投稿: 古都人 | 2013年11月22日 (金) 15時06分

ご家族とも交流を深めて・・・
バッチリ、アンジュさんの心をつかんでいらっしゃいますね~wink
確かに秘密の共有は、二人の距離を縮めます
なんだか学生みたいな可愛いエピソードがたくさんで、ワクワクしちゃいます
きっと素敵な想い出がいっぱいなんでしょうねっheart04


きゃぶさんへ

アンジュのお姉さんのご主人がカナダ人だと聞いて、誘われるまま訪れました (^_^)!
でも一緒に出かけるときは本当に神経使いました。ゲストハウスを出る時でさえ、他のスタッフに悟られないようにしていたし・・・。
でも仰るように、ちょっとワクワク!するような体験でした。乗りこんだオートリクシャの運転手は、「エッ?」というような顔をしていたような記憶があります。
私はもちろんアンジュや彼女のお姉さん夫婦にとっても、良い思い出になったのでは?と思います。

投稿: きゃぶ | 2013年11月22日 (金) 20時26分

どんどん懐かしい顔に出会いますね。もちろん人の数は少ないのでしょうがそれにしても不思議に集まってくる。
それにしてもアンジュさん、絶対日本についてきたかったんですよねえ。


agewisdomさんへ

このゲストハウスの一室を借りているマッサージャーのアンジュさん以外、スタッフは皆変わっていましたが、たまたまバプラムもアルジュンもやって来て再会できました。
そうですねぇ・・・、アンジュにとっては『千載一遇のチャンス』だったのかもしれません。もちろん私にとってもそうだった(?)かも・・・。
帰国後、今は亡き父が本気か冗談か「アンジュさん連れてこい」って言っていたことがありました。何しろ”マッサージャー”ですから!

投稿: agewisdom | 2013年11月22日 (金) 21時14分

慕辺未行さまのお人柄でしょうが、それにしてもネパールの方々は皆さん必ず覚えていてくださって、親切なのですね。
慕辺未行さまもとても親切で心が行き届いていらっしゃいます。
お人柄は文章からも伝わってくるものですが、この紀行文ではその行動を知ることが出来、このように感じました。
西川一三氏はネパールにちょっと潜行しただけですので、ネパール人についてはあまり語られていませんでした。
しかし西川氏の時代から半世紀以上も経っていますから、ずいぶん変わったのでしょうね。


tonaさんへ

この2年前に訪れた時、ゲストハウスがオープンしてまだほんの数ヵ月で、私が長期滞在した初めての日本人だったそうです。
それに彼らとずいぶん一緒に写真を撮ったりしていましたから、2年経っても彼らの覚えめでたかったのでしょう。
西川一三氏の著書、お読みいただき本当にありがたく思いました。
彼が帰国したのは終戦から5年後だったことに驚きました。
当時の東条首相からの命令が「・・・永住せよ」でしたから、帰国することは命令に背くことと考えていたのでしょうね。

投稿: tona | 2013年11月23日 (土) 08時44分

慕辺未行さん  こんばんは
素晴らしい再会の旅ですね。
皆さんの記憶に残っているのは慕辺未行さんの
お人柄と現地の方との触れ合いの大きさだとも思います。
語学力が無ければ、これだけの交流は
出来なかった事でしょうね。
アンジュさんとのお出かけ、気遣いの中にも
何だか楽しそうな気がします。
お写真も素敵な笑顔で、家族のようですね。


すみれさんへ

2年ぶり、と言っても前回かなり宿泊しましたし、彼らとはずいぶん一緒に写真を撮ったりしていましたから、覚えてくれていたのだと思います。
語学力は二の次で、まず『コミュニケーションしよう』という気持ちでいました。
アンジュと彼女のお姉さん宅の訪問、ちょっとワクワクドキドキ感もあって、楽しかったこと今も覚えています。
お姉さんご夫婦とも初対面ですっかり打ち解け、とても楽しい訪問でした。

投稿: すみれ | 2013年11月23日 (土) 20時55分

アンジュのお姉さん宅でのお写真は みんなが溢れるような笑顔
で 幸せが伝わります 大ホテルの隣の地区ということですが
一軒家なのですか~  マンションみたいな住まい方はあるの?
ネパール語の勉強は お金以上に 人生に何を賭けるか決め
ないと踏み出せないことですね
もうコミュニケーションには それで十分でしたでしょうしもう教える
側でしょうし!
上のお兄さん、てっきり慕辺未行さんかと思いました! ^。^


bellaさんへ

アンジュにとってもお姉さん夫婦にとっても、私の訪問は意外なことで嬉しかったことと思います。
一軒家でした。さすが、ご主人がカナダ人。きっと彼のカナディアンマネーで建てられたのかも?
マンションというより陳腐なアパートのような建物はありました。今はどうかな?
帰国後、日本語教師の勉強をし認定をいただき、ネパールで日本語教師になろうとしたのですが、その矢先に父が肺癌と分かり『余命数カ月』との診断で諦めざるを得ませんでした。

投稿: bella | 2013年11月24日 (日) 16時08分

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