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2013年11月26日 (火)

ネパール再会の旅 52 『バブラム宅へ』

5月9日(月)曇りのち晴れ
カトマンドゥ

 明け方まで激しい雷雨。良く眠れぬまま朝を迎え、8時に起床。10分後に早や来客。バブラムだ。こんなに早く来るとは思っていなかったので、慌てて準備する。彼の奥さんも自宅で待っているそうで、彼のバイクに2人乗りして向かう。

現在の彼の自宅は、空港へ向かうちょうど中間あたりにある。2年前のあの狭い部屋に比べ、ずいぶん大きな家の3階に彼らは住んでいた。キッチンにベッドルーム、ちょっとしたオフィスも構え、さながら『青年実業家』だ。ランチョンマットのセットやエプロンなどのハンディクラフト商品を作り、ニューヨークや東京、インドあたりにも輸出しているそうだ。なかなかおしゃれなものもあって、両親や姉、兄夫婦のところへのお土産に少し注文した。そして朝食のダルバートをいただき、皆で写真を撮る。

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92年、当時は狭いアパートで暮らしていたバブラム夫妻。

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バブラムの自宅前で。奥さんがずいぶん垢ぬけた感じがします。

9時半過ぎにゲストハウスへ送ってもらうと、アルジュンが我々の帰りを待っていた。昨日アルジュンに今朝の予定のことを話したら、「久しぶりにバブラムとも会いたいから」と言っていた通り、再びゲストハウスを訪ねてくれたのだ。バブラムはアルジュンが来ているとは思ってもいなかったようで、しばらく3人で楽しく話をしていた。

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再び訪れてくれたアルジュンと。

11時過ぎにシャワーを浴びヒゲを剃り、1時ごろアンジュに「今から日本大使館へ行く」と言って、この日はとりあえず1人で行く。が、午後は2時30分からになっており、近くのレストランへ行き昼食にして時間をつぶす。チキンカツレツとコーラを注文する。このチキンカツレツがまたとなく美味しい。

再び大使館へ行き、日本ビザ取得のために必要な情報を得る。しかし、いずれにしても招待状がいる。『友人だから招きたい』などと言う簡単な理由では、100%間違いなく断られる。何らかの大義名分がないとダメなのだが、果たしてそれが俺に可能なのか?ゲストハウスに戻りアンジュにそのことを話す。アンジュは初めての海外だし、もし可能であれば、俺の帰国時に一緒に行きたいようだ。1ヵ月以内に事がうまく運べばいいのだが・・・。

7時過ぎ、再びバブラムがやって来て「どうしたのか?」と聞くと、「夕食もうちで一緒に食べよう。妻が『今朝は時間があまりなくて、話ができなかったから』と言っているんだ」というわけで、夕食をご馳走になりに行く。

バブラムの家に着くと、まだ支度中だったが、ご飯が炊きあがるまで彼の奥さんも一緒に3人で話をしていた。彼女は嬉しそうな顔でアルバムを1冊持ってきた。その中の1ページを開くと、2年前彼らの小さなアパートに招かれた時に撮った写真があり、彼女は「2年前のことは良く覚えています。昨日主人から話を聞いて、すぐに思い出しました。」と話した。「本当かい?」と聞くとバブラムが、「あぁ、あなたのことを話したら、このアルバムを持ってきて『この人でしょ?』って言ったんだ。そしたら『ぜひ食事に招待して!』って言っていたんだ」。その時の彼女の表情がすごく印象的だった。

そしてダルバートをいただく。すっかり馴染んだネパールの一般家庭の料理。とても美味しい。ダル(豆)スープは、それぞれの家庭で使う豆が違ったりするのだが、どれもこれも美味しい。

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夜もバブラム宅で。バブラムと彼の子供。

バブラムにバイクで送ってもらい、9時30分にゲストハウスに戻る。そしてククリラムを飲み、眠る。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

*この旅日記は1994年のものです。

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