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2013年11月14日 (木)

ネパール再会の旅 48 『帰郷(?!)して』(再掲)

5月6日(金)晴れのち曇り夕方より雨
カトマンドゥ

 8時ごろ起床。ピザ用の写真を撮るため、髪を洗い髭を剃り、シャワーを浴びる。9時ごろ、ネパール・カラー・ラボ(写真屋)へ行き、ピザ用の写真を撮ってもらい、これまでのフィルムのプリントを頼んでおく。

朝食はラクシミ・ナラヤン・レストランにて、コンチネンタル・ブレックファスト(60ルピー)にする。そして街をぶらぶらと散歩し、使い捨てライターのガスチャージ屋がいたので、ほとんどガスが無くなっていたライターにガスを充填してもらう。わずか2ルピーで100円ライターが甦る。そして銀行で100ドル両替しゲストハウスへ戻る。

ゲストハウスでは、昨日は会えなかったスタッフたちが、愛想よく「ナマステ!帰って来てたんだ」と笑顔でごあいさつ。そしてアンジュにマッサージを施してもらう。かなり疲れがたまっているようだ。もう1~2回受けた方がいいかな。

昼食はラッキー・チベッタン・レストランにてチキン・ヌードルスープとレモンソーダ。午後、頼んでおいた写真が出来上がり、アンジュやウマなどスタッフたちと写真を見ながらふざけ合う。皆、各々のソロの写真をもらって嬉しそうだ。アンジュはさっそく何枚か持って行ってしまった。そして、カグベニやマルファ、ポカラ、ソウラハへも写真を送るため、手紙を書く。

夕食は、今日はステーキにする。たまには『(肉の)かたまり』も食べたいし、栄養をつけないと。しかし、5本のフィルムを現像したが、フイルムが悪いのか、技術が悪いのか、一部ダメになってしまった。特に、タルーの人々と一緒に撮った写真が無くなったのは悔しい。時は2度と戻らないから・・・。他にも未現像のものもあるし・・・。写真を肴に、ククリラムを飲み、10時に眠る。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

*この旅日記は1994年のものです。

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コメント

こんばんは。
ご自分の家のようなところに帰ってきたのですね。
フィルム時代が懐かしくなる紀行文です。
いろいろマメなのですね。そしてその優しさが伝わってきました。
みなさんに喜びもを与えて、それこそが旅と感じました。


tonaさんへ

ネパールを旅する上でカトマンドゥは私にとってはいわばマイホームタウンのような街。
この街を拠点に準備したり、トレッキングの疲れをいやしたりしています。
フィルム時代は撮るときはどんどん撮りましたが、枚数を気にしながら写真を撮ったりもしました。
お世話になるゲストハウスのスタッフたちの写真を撮ってあげたことで、ずいぶん親しくなれますし、何かと便宜を図ってくれたりしました。

投稿: tona | 2013年11月14日 (木) 19時12分

やはり、後進国は写真の現像は難しかったのですね。
そんなに海外に長く滞在したことがないですので
経験はありません。
たくさんフィルムを持参して、アルミのケースに入れて
持ち帰ったことを思い出しました。


matsubaraさんへ

失敗したのは1本のうちのわずかな枚数で、たまたま何かアクシデントが発生したのだと思います。
カトマンドゥで何本か現像したことがありますが、その時一回だけです。
現地スタッフの人たちの写真、やはりそこで渡してあげたほうが喜ばれますし、かなり親しくなることができます。
今はデジカメの時代、もし撮ってあげたとしたら、どのようにしているでしょうね?ゲストハウスのパソコンを使わせてもらって、写真を取り込んであげたりするのかな?

投稿: matsubara | 2013年11月14日 (木) 20時17分

大切な写真がダメになってしまって、残念です
時は二度と戻らない・・・確かに、そうです
やっぱりまだまだ写真が貴重なところなんですねcamera
皆さんに喜んでいただけて、慕辺未行さんもさぞかし嬉しかったでしょう
思いもかけなかった、延泊も良い思い出になるものですね
ふふっアンジュさんとの成り行きが楽しみです~heart02


きゃぶさんへ

このような現像ミス、前回も含めて初めてだったのですが、やはり残念です。でも仕方がないですね。
今でこそカトマンドゥもパソコンやインターネットの時代になっているでしょうが、当時はカメラを持っている人があまりいなかったと思います。
それゆえ、写真を撮ってあげると本当に喜ばれました。
親しくもなれますし、何かと便宜を図ってくれました。
ポカラ、そしてチトワンでも1泊余分になりましたが、これも今では笑い話です。
アンジュとは・・・今後の記事をお楽しみに!

投稿: きゃぶ | 2013年11月14日 (木) 21時45分

アンジュさん懐かしいですねえ。日本に来たそうだったのにねえ。今はどうしているでしょう。なんか残念な気もしますね?!


agewisdomさんへ

ホント、今どこでどんな暮らしをしていることやら・・・?
しばらくは手紙で連絡を取り合っていた時期がありましたが、何かの規制か法律でネパールでは仕事ができないようになったとかで、イスラエルへ仕事に行くようなことが書かれていたような・・・。それっきりです。
単なる旅行者の立場では、日本へ連れてくることはとても無理でした。

投稿: agewisdom | 2013年11月14日 (木) 22時58分

お早うございます
カトマンドゥを目前に思わぬ足止めにあわれましたね
しかし再びタルーの人達との交流もあり良かったですね
交通ストライキ かつて昔の日本にもありましたが
最近は日本では時に航空会社で聞く程度です
実際には何とか回避されていますが・・・
長かったネパールの旅も最終章ですね
お疲れ様でした


古都人さんへ

一日動かなかったこともありますし、ある程度覚悟はしていました。カトマンドゥを前にしてパスがそれ以上進めなくなるのは2度目でしたし、落ち着いたものでした (^_^;;
ストライキのおかげで2泊3日の予定が1日多くタルーの人たちと触れ合うこともでき、今思えば「良かったかな」です。
当時のネパール、決して政情が安定していたとは言い難く、議会や毛派、学生などしばしば混乱が起こっていたようです。そんな理由でストライキが起こったり、カトマンドゥの街中へバスが入れなかったりするのです。

投稿: 古都人 | 2013年11月15日 (金) 06時11分

こんばんは
交通ストライキも旅慣れされているから
慌てずに対応お出来に成るのでしょうね。
拝見していて、現地に溶け込んで
違和感なく旅をお楽しみの様に感じます。
旅先のお食事も美味しいかとは思いますが、
日本食は恋しくならないのでしょうか?
芸は身を助けるでしょうか?
素敵な歌は、お得価格のTシャツに成りましたね。


すみれさんへ

ネパールではしばしばストライキがありましたから、「またか・・・仕方がないな」と、開き直るしかありません。
もしこれが原因で帰国予定の飛行機に間に合わなくなったとか言うと大変ですが、何しろフリーの身、慌てず騒がず・・・です。
ポカラで少し日本食をいただきましたし、カトマンドゥでも出しているところがありますので、それほど恋しくはなりませんでした。
でもやはり、お寿司は食べられませんので、それだけはちょっと残念でした。

投稿: すみれ | 2013年11月15日 (金) 23時59分

一番のガールフレンド、その後 進展するのかしら・・
フイルム写真は 確かに趣があって貴重ですが
デジカメなら バンバン撮れたのにと 一カ所につき2~3枚と
いう昔の旅が 今更口惜しく思うことがありますよ

でも慕辺未行さんのフィルム時代のお写真は どれも 本当に
貴重で雰囲気に溢れています!


bellaさんへ

当時のネパールは、夫婦ならともかくそうでない男女が一緒に歩いていたり、親しげにしているだけでいろいろ噂されるそうで、とにかく男女交際については『晩熟(おくて)』の国です。故に何の進展も・・・(。_。)
そうそう、昔はフィルムの枚数を気にしながら撮ったりしたものでした。決してネパールでフイルムが手に入らないわけではありませんが、何しろ日本やドイツからの輸入品。日本で買う以上に高かったです。
もしこの時すでにデジカメの時代だったら、どれほどたくさんの写真を撮っていたことか?!

投稿: bella | 2013年11月16日 (土) 22時08分

今日は珍しく記事に写真が一枚もないな~
・・・と思っていましたが、ダメになった写真、
本当にもったいなかったですねbearing
写真には、一枚の紙以上の、大切で
貴重な思い出が残っていますものね。
数日前の記事のタルー・スティック・ダンス、
とても珍しく、興味深く拝見しましたeye


hananoさんへ

長い旅になりますと、全く写真を撮らない日も何日かあります。特にカトマンドゥ滞在中は!
チトワンでのタルーの人々との写真が一部ダメになったのは本当に残念です。もう二度と行くことは叶わないでしょうから!
タルー・スティックダンスは、もともとはタライ平原に棲むベンガルタイガーなどの野生動物を遠ざけるものだったようです。それゆえ大きな音を立てたり勇壮な踊りになっています。

投稿: hanano | 2013年11月17日 (日) 14時32分

フィルムカメラを使っていたころを思い出しました。

海外には36枚撮りのフィルムを何本も持って出かけていました。
今ならデジカメで手当たり次第何でも撮影していますが、フィルムのときは無駄撮りをしないように気を付けていたことがなつかしいです。

それにしても二度と撮れない写真がだめになってしまったなんて・・・。
悔しいし、本当に残念ですね。


みーこさんへ

私も36枚撮りのフィルムをたくさん持って行きました (^_^)!
当時はビッグカメラなどの量販店がなく、栄の某有名店まで行って『1パック5本入り』のフィルムを4~5つ買って持って行ったんじゃなかったかなぁ?!
それでもやはり『無駄撮り』はできないし、シャッターチャンスを逃したこともあったかも・・・?
ダメになってしまった写真、本当に残念でした。
今ではそれがどんな写真だったか覚えていませんが、思い出の1シーンが失われたことは残念でなりません。

投稿: みーこ | 2013年11月18日 (月) 08時19分

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