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2013年10月24日 (木)

ネパール再会の旅 39 『ビレタンティへ、純粋な少女と出会った』(再掲)

4月28日(木)晴れ
タダパニ7:15(徒歩)9:15ガンドルン9:50(徒歩)14:10ビレタンティ

 6時起床。ぐっすり眠れたという感じだ。今朝は天気も良く、アンナプルナ・サウスやマチャプチャレの展望が素晴らしい。

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タダパニより、アンナプルナS峰。

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『魚の尾』という意味のマチャプチャレ。頂上には『神様が棲む』と云われる神聖な山。ネパール政府は、この山への登山許可は出さないそうです。

 オートポリジとミルクコーヒーで朝食とし、支払いをすべて済ませスタートしようとすると、このロッジのオーナーがやって来て「紅茶でも飲んで、少し話をしないか」と言う。ディディから「ネパール語を話せる日本人がいる」と聞いたらしい。もちろん紅茶はサービスだ。彼らの関心は、どこでも同じだが、『どんな仕事をしているのか』『1ヵ月にどれぐらい稼ぐことができるのか』である。他には『結婚しているのか』である。この質問が一番困るのだが・・・。3~40分ほど話していただろうか、紅茶のお礼を言ってやがてスタートする。

ガンドルンまでは涼しい森の中を下っていく。アンナプルナやマチャプチャレを眺めながらの気持ちのいいトレッキングだ。ガンドルンに近づくころ、10才ぐらいの少女が村まで案内してくれた。ちょうど学校へ行くところで、学校は10時からだそうだ。子供がツーリストに何かをしてくれるときは、たいてい見返り(ネパールの子どもたちは、ふざけて(?)よくツーリストに「1ルピー」とねだってくることがある)を要求してきたりするものだが、この少女は何も要求しなかった。感心して、せめて1ルピーだけでもと思ったが、「いらない」と首を横に振った。こうなると、俺としてはますます上げたくなり、「お母さんには内緒にしておきなさい」と話して渡したら、コクッとうなずいて小さな手を出して、わずか1ルピーのコインを握りしめた。なんていじらしい子なんだろう。

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ガンドルン付近にて。マチャプチャレをバックに撮ったのですが・・・。

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ガンドルンの村が見えてきました。

 ガンドルンには意外に早く9時15分着。ティータイムをとり、ビレタンティへと向かう。キムチェまで1時間、さらにシャウリバザールまで40分、ここで昼食とする。エッグチョウミンを食べる。ほとんど下りとはいえ、石段になっているのでクッションが悪く、けっこうきつい。対岸の丘には、10年前に歩いたランドルンやビチュクの村が見える。もう一息下れば、川沿いの平坦な道になるだろう。今日は天気も良く、半袖でも暑いぐらいだ。やっと川沿いの道まで来たのだが、暑さと疲れでペースは鈍る。

2時10分、ビレタンティ、ラクシミ・ロッジに宿をとる。ここは山村のロッジというよりも、リゾートのコテージといった雰囲気だ。部屋には籐製の椅子、絵画が飾られてある。当然のことながら部屋代は、今までのところとは比較にならないほど高い。それでもここに泊まったわけは、今日中にポカラまで帰れるのを、最後にもう1泊山の中にいたかったことと、最後ぐらいはちょっと贅沢に泊まりたかったからだ。

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ラクシミロッジの庭にて。すっかり『リゾート』気分です!

 とりあえずシャワーを浴びTシャツを洗う。しばらく部屋で休息し、夕食を注文しようとすると、メニューが少なく、外へ食べに行くことにする。道から川べりに張り出したテラス風の店に入る。エッグ・ベジタブル・ヌードルスープとポテトチップス、ムスタンコーヒーで今回のトレッキング最後の晩餐とする。このトレッキング中、とうとう一晩たりとも、ムスタンコーヒーを欠かすことはなかった。

食事中、一人で来ている同い年の日本人男性と会い、お互いに日が暮れるまで時間をつぶした。彼はゴールデンウィークを利用しての旅だそうだが、ここまで来られるほど休めるなんて羨ましい。俺なんていつもフリーの身となって来るしか、ネパールまではとても来られない。そしてほろ酔い(どころか飲み過ぎ)でロッジに戻り、8時過ぎには眠る。

ビレタンティ、ラクシミロッジにて

*この旅日記は1994年のものです。

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コメント

たしかにここはリゾートの雰囲気がありますね。なんかお写真もすごくRich Manって感じにふんぞり返ってますよ。
この辺は緑もあるんですね。それだけで風景が和らぐから不思議です。


agewisdomさんへ

いやもうホントに「リゾート気分」でした。
それまで泊まったところとは全く違う雰囲気で、つい「Rich Man」のようにふんぞり返っています (笑)!
逆に言えば、この料金でこの後経営が成り立つのか、心配でもありました。
ちなみにこの日は私しか泊まっていませんでした。

投稿: agewisdom | 2013年10月24日 (木) 21時44分

マチャプチャレは、本当に素晴らしかったです。
ネパールの人は口をそろえてこの山を称えますね。
何度も「魚の尾」と言う言葉を聞きました。
英語で・・・

登山禁止であることは知らなかったです。
でも槍ヶ岳みたいですので容易には登れないと
思います。
部屋に写真を今も飾っています。


matsubaraさんへ

マチャプチャレは標高こそ7000m弱と、ヒマラヤの中に於いてはとりわけ高くはありませんが、ネパールの人々にとっては『神々がおわす山』として崇められています。
英語では”Fish Tail”ですよね。
信仰心が深く篤いネパールでは、この山は『神々が棲む山』として、今もなおこの山への登山は禁止されているようです。

投稿: matsubara | 2013年10月25日 (金) 08時26分

慕辺未行さんお早うございます
今日は台風の雨で何となく気分も浮かない・・・朝です
そんな時アンナプルナサウスやマチャプチャレの
雪を頂いた峰を見せて頂き
何となく気分もスッキリ・・・魚の尾の峰は本当に尾
其の儘に見えますね・・神の山なんですね(*^-^)
訳が有るのでしょうね・・・
可愛い少女との出会いお母さんに内緒にの一言で
1ルビーを子供心ですね・・・可愛い・・でも本当は
駄目なんですけどね・・・
お母さんの躾だと思います(*^-^)
ガンドルンは涼しいのでしょうか・・お家も沢山見えますね
そして最後の宿はロッジ風素敵ですね・・おまけに
オーナーとのお話も良かったですね
お話の中身は、どぅでもよいでしょう・・・
話し合う機会が出来て勉強で・・すo(*^▽^*)o
素敵な山々と可愛い少女のお話
有難うございました


咲子さんへ

このときは今一つの眺望でしたので、’92年に訪れた時の写真も掲載しました。
ヒマラヤの素晴らしい景色、ご堪能いただけましたでしょうか?
マチャプチャレ、英名『フィッシュテール』は『神々がおわす山』として崇められ、神々とともに暮らす信仰心篤いネパールの人々にとっては”神様”そのものの山でしょう。
もし、この山への『登山許可』が下りたならば、それはネパールがネパールでなくなるのでは?と思います。
案内してくれた小さな女の子・・・、あのときの1ルピー「お母さんに内緒に・・・」って渡したけど、今考えれば「本当に良かったのかな?」と疑問に思います。
彼女の立場からすれば『断れなかった』のかもしれません。
しかし、あまりの”健気さ”にどうしてもあげたくなってしまったのだと思います。

投稿: 咲子 | 2013年10月25日 (金) 09時30分

最下段写真からは暑そうな雰囲気・・・
半袖でも暑いのだからねえ。
最上段写真は逆光なんでしょうか、
山が白っぽく雪かぶりのように見えています。
ちょっと見ではマッターホルンに似てるかな。


Saas-Feeの風さんへ

1000mを超す村とはいえ緯度は日本より南ですから、その季節は暑かったのだと思います。
最初の写真はたしかに、やや逆光です。方角は北東方向になります。
いぜん、槍ヶ岳とマッターホルン、このマチャプチャレの写真を並べてブログを書いたことがあるような・・・!
それぞれ本当に形が似ている山です。

投稿: Saas-Feeの風 | 2013年10月25日 (金) 14時18分

またまた絵葉書のようなアンナプルナS峰です。本当に見られたら感動ですね。
よく元気にここまで歩かれたと想像して驚いたりしています。よくテレビで見ますから。
食べ物はお口にあっていたのですか?


tonaさんへ

麓の町・ポカラはネパール第二の都市で、そこからの眺めも素晴らしいですが、さすがに山中からの眺めはさらに素晴らしいものでした。
まだ30代前半の若い(?)ころであり、常日頃ジョギングや腹筋・背筋など鍛えていたころでもありました。
それだけに多少の体調良し悪しは別にして、歩き通す自信はありました。
食事はおおむね口に合いましたが、一部の洋食に関しては『口には合うもののお腹が受けつけなかった』ものもありました。

投稿: tona | 2013年10月25日 (金) 22時35分

こんばんわ
コメントをした積りだったのですが入っていませんでしたね
「送信」を忘れた見たいです 済みません
何時ものように地図を見ながら拝見していますが
細かいところは判りません しかしポカラへ向かって
進んでおられるのが想像できます
さて今回のシリーズでは2人の女性が印象的でした
ディディさんと純粋な女の子の2人でした
ディディさんはもうお母さんなのですね
そして純粋な女の子 家庭での躾けがしっかりしている
のでしょうね
時々日本人に合われますね
結構ネパールに行く人が多いのですね


古都人さんへ

私もしばしば[送信]忘れしています (^_^;;アセッ!
トレッキングもいよいよ大詰めです。
この日のうちにポカラまで行くことも可能だったのですが、最後にちょっと贅沢です。
”ディディ”は人の名前でなく、「お姉さん」という意味のネパール語なのです。
お店などで店員さんを呼ぶとき「ちょっとお姉さん!」と言ったりすることありませんか?それと同じ感覚の呼び方です。
写真をご覧いただいてもお分かりのように、本当に素敵な笑顔でしょう?!
笑顔で歌を歌いながら子供をあやしている姿、すごく微笑ましくて和まされたことを今もよく覚えています。
村まで案内してくれた少女のことも、覚えています。
カトマンドゥではツーリストに「1ルピー」と言って手を出してくる子供がいました。ふざけて言っている子もいれば、物乞いのように真剣な子供も。
それだけにあの少女のいじらしさ、親のしつけが素晴らしかったのでしょう。
海外旅行先としてはマイナーかもしれませんが、それでもずいぶん日本人も行かれますよ。

投稿: 古都人 | 2013年10月26日 (土) 20時04分

こんばんは
ダウラギリ、凄く綺麗ですね~
素晴らしい山並みは疲れも緩和させてくれる事でしょうね。
ラバ?です。目に浮かびません。
牛に似た様な動物かなぁと思っています。
ビレタンティ、ラクシミ・ロッジは素敵ですね。
お写真、本当にリゾート気分ですね。
旅日記に人との出会いを素敵に描かれていますが、
今回も素敵な出会いを愉しませて頂きました。
語学力の強さが引き合わせてくれるのでしょうね。


すみれさんへ

ダウラギリ、素晴らしい山でしょう?!
しかし登るのは大変な山のようです。つい最近も、ある日本人登山家がここで命を落とされたそうです。
8000m級の山は、私にとってはあくまで『眺める山』です (^_^)!見ているだけで、感動です。
ラバ、たしかに聞き慣れない動物ですよね。私もヒマラヤ・トレッキング中でしか見たことがありません。
たぶん、ロバとウマを交配してできた動物だと思います(確信はありません (^_^;; )。
この日のうちに麓の街・ポカラまで帰れたのですが、あえてもう一泊。料金もかなり高かったのですが、トレッキングの最後ぐらいは・・・ね。
旅は『人との出会い』でもありますし、それによって旅の印象も違いますから。
語学力よりもコミュニケーションしようとする姿勢が受け入れられたのだと思います。

投稿: すみれ | 2013年10月26日 (土) 22時26分

目の前に8000m級の山々が広がるなんて、もう羨ましすぎです~
ネパールに行ってみたい気持ちが募ります
のんびり長い時間をかけて、ゆっくり歩いてみたいなぁ
山に囲まれた暮らしに憧れてしまいます
実際にはとっても大変なんでしょうが・・・


きゃぶさんへ

国内、特に地元ではあちこちの山へトレッキングされているきゃぶさんですが、やはりヒマラヤの景色、憧れますでしょう?!
でも、私がもう10年いや20年若ければ、きゃぶさんのブログを参考にこの地方の山へ行ったことでしょう。
今回の記事に書いた日本人男性、GW休暇でトレッキングに来たそうですから、きゃぶさんもチャンスあると思いますヨ (^_^)!
『ヒマラヤ』という言葉で「大変そう」と思われるかもしれませんすが、実際には国内の北アルプス登山より楽かも・・・?!

投稿: きゃぶ | 2013年10月27日 (日) 00時07分

短い旅行で、しかも離れた場所から見ただけでも感動したのに、トレッキングをしながら間近でご覧になる山々はどんなに素晴らしかったことかと思います。

ネパール語も普通に会話ができるほどマスターされていて感心するばかりです。

機会があったらもう一度ゆっくりネパールに行きたくなりました。


みーこさんへ

他にもネパールを訪れたことがあるプロ友さんがいますが、その方もポカラからの眺めに感動したようです。
部屋にマチャプチャレのポスターが飾ってあるそうです。
しかしトレッキングに出てこの眺めを・・・ですと、やはり長期休暇が必要になりますから、日本の社会では難しいですよね。
ネパール語は、あくまで片言レベルです。フレーズそのまま丸暗記とか・・・。でもそれなりに何とかなりました (^_^;;
ぜひ機会ありましたら、もう一度訪れてください。

投稿: みーこ | 2013年10月27日 (日) 07時32分

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