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2013年10月 6日 (日)

世界の絵葉書 その44 PORTOから

 皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

10月になり30℃を超す日もありましたが、そろそろ涼しくなってきましたね。
しかしこの気温差のせいか、体調を崩されている方も多いようです。どうぞ、お気を付けください。

 さて、久しぶりに海外からの絵葉書を紹介します。
まずはご覧ください。

Img061
PORTOという街からです。

私自身、初めて聞く街でした。国は、ポルトガルです。
”D.Luis橋”という有名な橋のようで、19世紀にすでにこの橋があったそうです。

この絵葉書の送り主は、古い旅仲間のGさん。
手紙には「ポルトという街にやって来ました。この橋、夜景がとてもきれいだったのだけど絵ハガキはいまいちですネ。19世紀にすでにこのアーチが存在したそうだから、その頃のポルトガルはさすがにお金持だったのかもしれない。今はポルトガルはの~んびりとした良い国のようです」とありました。

かつて日本は貿易の相手国としてポルトガルと盛んに交易した時代がありました。
ヨーロッパの強国としても世界中にその名を馳せていた時代がありました。
しかし近年はその当時のイメージはありません。
この橋は、当時の繁栄ぶりを今に語り継ぐものなのでしょう。ふと、そう思いました。

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コメント

ポルトガルのお城を使ったホテルに泊まりたかったのですが何かの都合で行けませんでした。残念です。行きそこなってしまった国の一つです。


agewisdomさんへ

ポルトガルはヨーロッパ最果ての国であり、『ハポン(”日本”という意味)』と言う名字の方もいらっしゃるほど、かつては日本とも深い関わりがあった国ですよね。
『金平糖』や『てんぷら』の語源もポルトガル語だと聞いたことがあります。
私も行ってみたい国の一つですが、もう行けることはなさそうです。

投稿: agewisdom | 2013年10月 6日 (日) 22時39分

 お早うございます
ポルトガルはかって交易のあった国で
現在日本語的に使われている言葉の語源がポルトガル語だとは知っていましたが

の~んびりした国 日本からは程遠い国
生涯訪れる事の無い国ですが行ってみたい国の一つです
それにしても絵葉書の”D.Luis橋”立派な橋ですね
19世紀に既にこのような橋が有ったとは驚きです
絵葉書から学ぶことは多々ありますね


古都人さんへ

かつてはヨーロッパ屈指の強国であり繁栄を誇ったポルトガル。そして日本とも深いつながりがあった国ですよね。
ユーラシア大陸の西の果てに位置し、日本はその大陸の東の海上にある島国。とても遠いです。
こんなに離れているのに何百年も昔に交易があったことが不思議なぐらいです。言葉も違いますし、どのようにコミュニケーションを取っていたのか、それも不思議です。
今のポルトガルにかつての姿はイメージできませんが、この絵葉書の橋を見ると、かつての強国が偲ばれます。

投稿: 古都人 | 2013年10月 7日 (月) 07時08分

スペインには10年程前に行きましたのに
ポルトガルはまだ行っていません。
なかなかそのチャンスがないのです。


matsubaraさんへ

スペインまでは行ってもポルトガルまではなかなか足を運ばないかもしれませんね。
他の方も同様では?
ユーラシア大陸の西の果ての岬で、海に沈む夕日を見に行く・・・、というのも乙ではないでしょうか?
チャンスがあればぜひ訪れてみてください。

投稿: matsubara | 2013年10月 7日 (月) 15時51分

今 スペイン、ポルトガルにいます もう帰国ですが・・
ポルトの この橋は 前回時に見物、通行いたしました~
エッフェルの会社が 設計建設したもので 鉄とは言え 風情が
ありますよ
ハポンさんの街も 今回行きました 支倉常長さんの像にも挨拶
しました~  また記事にする時読んでください!
西の果て ロカ岬には 思いのほか感動しました!
スペインもポルトガルも 目が潰れるほどの日差しですが 
空気は涼しく 素晴らしい滞在です~


bellaさんへ

エッ?スペイン・ポルトガルに?
この間のブログはアメリカで今はヨーロッパ?!・・(・_・)イイナァ!
おぉーっ、さすが!bellaさん!この橋、ご存知の上通行もされていましたか?!やっぱ歴史を感じましたか?
ハポンさんの街、やはりハポンというファミリーネームの人が多く住む街があるのですね。
ブログが楽しみです。どんな顔した『日本』さんがいるだろ (^_^)!
ユーラシア大陸の西の果て、そうそうロカ岬というのでした。
以前読んだ本で東京からプサン、北朝鮮国内さえも通り延々ユーラシア大陸を西の果てポルトガルまで旅したものがありました。
終点はもちろんロカ岬です。
どんなところなのか、楽しみにしています。

投稿: bella | 2013年10月13日 (日) 18時06分

世界各地からの絵ハガキを戴くと、その地に思いが飛びますね。
Saas-Feeの風の場合には送り主が米国ばかりでしたが
最近は電子メールばかりになってしまい
思いを馳せるという意味からは程遠いことになってしまっています。
海外に出向くと絵ハガキを買うこともありましたが
それはその地から家族に出すためのものでした。
大量に買い込んだのはヨセミテに行く途中
休憩で立ち寄った雑貨屋で、ついつい美しい風景写真にほれ込んだときでした。
ファイリングしてありますが、その後はほとんど見開くことはありません。
断捨離の候補のひとつです。


Saas-Feeの風さんへ

今ほどインターネットが普及していなかった時代は、このように絵葉書をいただくことが多かったです。
しかし今では、皆無です。
私自身も10年近く海外へ出かけていませんが、その頃でさえ絵葉書を出すことがなかったように思います。
むしろ、自分自身のアルバムのために買った絵葉書ばかりです。
その際に買った絵葉書は、旅の写真とともにアルバムに!
そうすることによって次の機会の期待を膨らませています。

投稿: Saas-Feeの風 | 2013年11月 3日 (日) 09時46分

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