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2013年9月26日 (木)

ネパール再会の旅 27 「ありがとう!ジェンテン』(再掲)

4月19日(火)晴れのち曇り一時雨
カグベニ7:05(徒歩)9:25ジョモソム9:50(徒歩)11:15マルファ

 午前5時45分起床。別れの朝がやって来てしまった。今日はマルファ、ニール・ゲストハウスへと向かう。幸い、天気は良さそう。出発の準備を整え、朝食の用意をしてもらう。いつも通りのオートポリジとミルクコーヒーだ。

そして台帳を見て精算しようとすると、ジェンテンが台帳を持ったままキッチンへ。後をついて行くと、ジェンテンは台帳を後ろに隠して、首を横に振る。「お金はいらない」といった素振りだ。
「キナ(どうして)?」とネパール語で尋ねると、
「タパイィ デレィ ラムロー サーティー(あなたは大切な友達だから)」
「でも、たくさん食べたし、たくさん飲んだよ」
それでもいっこうにお金を受け取ろうとしない。姉のラクパも、
「あなたは私たちの親友なんだから、お金はいいのよ」と言う。
とうとう彼女らの好意を受けることにして、3泊無料でお世話になってしまった。おまけに、チベット風のマフラーまでお土産にいただいた。
*この時頂いたマフラーは、今でも冬になると大切に愛用しています。

出発してしまうのが名残り惜しいのか、コーヒーを何杯も出してくれる。俺も別れるのは辛いが、出会いがあれば別れはつきもの。いよいよ出発というとき、ジェンテンが白いカタを首にそっと掛けてくれた。初めていただいたカタに、俺は大感激し「ありがとう、本当にありがとう。すごく嬉しいよ」と、何度も口にした。「今度はいつごろ来られますか?」と聞かれた時には、何とも答えようがない自分が歯痒くて、かといって「もう来られない」とは決して言えない。とてもつらい。「2年か3年のうちにまた来ますよ」と答え、皆で写真を撮り、後ろ髪引かれる思いでニュー・アンナプルナロッジを出発する。
*皆で撮った写真、あるトレッカーに頼んで撮ってもらったのですが、思い切りピンボケしていました。
*カタ(Katag)…チベット及びチベット文化圏では、寺の参拝、ダライ・ラマ法王や高僧の謁見、宗教の儀式、知人・友人の送迎、子供の誕生日、結婚式、葬式など様々なシチュエーションで、カターと呼ばれる白いスカーフを挨拶しながら相手に渡す習慣がある。カターの「カ」は口で、「ター」は布あるいは印(しるし)、誠心誠意、心からの敬意を表している。つまり、カターを相手に渡すことにより、自分の心からの敬意を表すという挨拶の印なのである。一般にカターは白色が使われる。白には純粋な気持ちを表す。←ネットで調べそのまま引用しましたが、他にも『旅の安全』『幸運』を祈る思いが込められているそうです。

ジェンテンもラクパも玄関先で見送ってくれた。「ペリ・ベトゥラ!(また会いましょう!)」と、手を振って別れた。俺はこの村、このロッジに3度も来られたこと、そしてこの3日間、ともに話し歌い過ごしたこと、決して忘れない!一生、忘れない。

*この旅日記は1994年のものです。

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コメント

いつもいつも 心がキュンとするような 素晴らしいお話です
ボヘミアンさんは 男女を問わず、こんなにモテモテですごいですね
また会いに行けないのは 本当に残念なことです
あの2階のリビングは 木のサッシや 光の具合とか とても素敵で
あんなところで寛いでみたいです~
少女が赤ちゃんをおんぶしたり 昔の日本も ああだったのかしらと
思いましたよ 


bellaさんへ

彼女たちからすれば、わずか2年のうちにはるばる日本から再び訪れるとは思ってもいなかったからでしょう。
この3日間の彼女たちのもてなしは、本当に嬉しいものばかりでした。
宿泊料も食事代も当然払うつもりでいたからこそ、たくさん食べもしたし、飲んだりもしたのですが、かえって申し訳なかったような気も・・・。
2階のあの部屋は本当に暖かいですよ。つい昼寝したくなります。
あんな小さな女の子が赤ちゃんおぶって・・・、確かに昔の日本もあんな風だったでしょうね。
私が幼少のころはまだそのような時代だったと思います。

投稿: bella | 2013年9月26日 (木) 14時10分

なんとなく昔の農村の女性みたいな感じがして懐かしいような。
きっと今は彼女たちの暮らしも大きく変わっているんでしょうねえ。


agewisdomさんへ

チベット風の民族衣装のような感じですが、確かに日本の農村にいる女性に似た雰囲気がありますね。
電気はこの数年前にやっと通ったのですが、上下水道やガスはたぶん今もないのでは・・・?と思います。
個人個人は結婚して子供ができたりと、大きく変わったと思いますが、人々の暮らしぶりは今も昔も変わっていないような気がします。

投稿: agewisdom | 2013年9月26日 (木) 20時49分

もう一度20年後に訪問されたらどんなに
喜ばれることでしょう。
多分何も変わっていないような気がします。
ネパールとはそういう国ですね~


matsubaraさんへ

この数年後、ジェンテンは結婚したそうです。しかし、カグベニの村で暮らしているとありました。
お互い連絡が途絶えかなり経ちましたが、もしまたこの村へ行けば、きっとすぐに見つかるような気がします。
カトマンドゥやポカラは別にして、この山奥の村では私もほとんど何も変わっていないような気がします。

投稿: matsubara | 2013年9月26日 (木) 21時01分

こんばんは
毎回素敵なお話が楽しみです。
旅での出会いで、これだけ素晴らしいお友達に
出会えるのは、やはり慕辺未行さんの
お人柄の素晴らしさでしょうね。
個人旅行ならではの素晴らしさ、時の流れ
行程を心のままに贅沢に過ごされている様にも思います。
ラクバさん美人ですね~
皆さん、近い再会を楽しみにされてのお別れだったのでしょうね。


すみれさんへ

前回ここへ泊った時の印象がとても好く、ジェンテンとは彼女の写真を送ったことをきっかけにこの2年間、何通か手紙が届きました。
それだけに突然の訪問、本当に驚いたでしょうし、嬉しかったのだと思います。
普段は見せないネパリーダンス、あれほど食べて飲んだのに「お金はいらない」と!
彼女たちの私に対する気持ちが本当に嬉しくありがたかったです。
ラクパとは初めて会ったのですが、本当に美人さんで滞在中、彼女に好意を持っていると思われる男が顔を出していたこともありました。
あれからもう20年近く。今も元気であの村で暮らしていることと思います。

投稿: すみれ | 2013年9月26日 (木) 22時37分

お早うございます
楽しい出会いは辛い別れにもなるのですね
一生の思い出になるのは当然のことでしょう
慕辺未行さんのお人柄も多いに影響していると
思いますがジェンテンさん姉妹さんとの心の琴線に
触れる3日間は彼女達にも深く心に残る3日間に
なったことでしょう
友達以上の彼女の想いがあったのではないでしょうか
慕辺未行さんの第2の故郷・ネパール 感動の旅日記の
1ページ 私も感動して拝読しました
有難うございます


古都人さんへ

出会いがあるからこそ別れがあります。避けようがないことです。それが人生であり、この3日間は人生の中の祭りだと思います。
ネパールの人々にとって友達は日本で言えば親友レベル、親友と呼べるレベルになると『兄弟』のように思う風潮があります。
ですから古都人様が仰る「友達以上の彼女の想い」は当たっていて、彼女にとって私は『日本人の兄』という存在なのだと思います。
ネパールを3度訪れ、3回ともこのカグベニを訪れました。
朽ち果てた廃墟のような村ですが、何故か印象強く残る村でした。
そして素晴らしい出会いがありました。
感動してお読みいただき、こちらこそありがとうございました。

投稿: 古都人 | 2013年9月27日 (金) 06時12分

ブログを読ませていただくたびに感じていることですが、
旅先で地元の方たちとこんなにも親しくなれるというのは
慕辺未行さんのお人柄なんですね。

なんてすばらしい旅を経験されているのでしょう!
子供たちも素朴でかわいいですね。


みーこさんへ

ネパールでのトレッキングという特殊な環境に身を置いていることも、このような出会いを生む要因になっていると思います。
それに図々しさもあります(笑)!
ふつう、キッチンや厨房に入れないでしょ?写真をご覧いただきお気づきと思いますが、堂々とキッチンにお邪魔し写真を撮っています。
でもこれも親しさの表れかな?
彼女たちや子供たちの表情や衣装などを見ても、本当に垢抜けない素朴な暮らしをしているのが分かります。

投稿: みーこ | 2013年9月27日 (金) 07時24分

屋上のダイニングルームの写真、
これはサンルームのようになっているのでしょうか。
キッチンの少女たちの写真といい、
素朴さと温かみが感じられるいい写真ですね。
この村は多分、今もきっとこのままでしょうね…


zooeyさんへ

はい、日当たり抜群のサンルームになっています。
ここカグベニは標高3000m近い村で、谷間に位置し風が良く吹きますので結構寒いのです。
それだけにあの部屋は、暖かくて良いですヨォ!
旅行者がキッチンに入るなんて普通はできませんが、私の場合なぜか自然な流れでそこにいつもいました。
普段の彼女たちの姿、本当に素朴です。
そして今もこのころと変わらぬ暮らしをしていると思います。

投稿: zooey | 2013年9月27日 (金) 09時21分

なんて素敵なかけがえないお友達
心づくしのおもてなしに、さぞかしくつろいで楽しく過ごされたことでしょうjapanesetea
旅先で時間は短くても、濃密なものであったからこそ、心が通じて兄妹のような関係が築けたんですね
ぜひ、もう一度会えると良いですねっconfident


きゃぶさんへ

ネパールの奥地、もう数日歩けばチベットとの国境というところですが、本当に素敵な人々と出会い親しくなることができました。
2年前に1泊だけ泊まった時もジェンテンと少し話をしました。また片言のネパール語でキッチンへお邪魔し、ご家族の方々ともずいぶん会話していましたので、印象強く残ったのだと思います。
普通お客は立ち入り禁止のキッチンへ堂々とお邪魔する図々しさ(笑)が、このような関係を築けたのかもしれません。
現状では、もう2度と行けないでしょうがいつまでも元気でいてほしいと願うばかりです。

投稿: きゃぶ | 2013年9月28日 (土) 11時32分

旅行記を拝見していて、たびたび感じることですけれど、
慕辺未行さんの旅と、そして、そこで出会う人々との交流は、
本当に素晴らしいですね。shine
これぞ、旅の本質、理想の旅!・・・といった感じで、心に響きます。
それもこれも、やはり、慕辺未行さんの人間性のなせるわざ
なのでしょう。
いつかまた再会できればとても素敵でしょうけれど、
たとえ二度と会えなくても、心の中の宝物は
ずっと変わりませんよね。


hananoさんへ

どの旅先でも…、という訳ではありませんが、ネパールのトレッキングという特殊な旅がこのような交流をもたらしてくれるのだと思います。
私の場合、一人ということもありますから、ロッジの人たちとの交流機会も増えます。
今回は再会だっただけに、より親しみをもって接してくれました。
あれから20年弱。もうあの地へ行くことはかないそうもありませんが、思い出は永遠です。
ジェンテンも今はお母さんになってるでしょうが、いつまでも元気でいてくれたら、と願います。

投稿: hanano | 2013年9月29日 (日) 14時18分

慕辺未行さん今日は
涼しく成りましたね・・でも今年の秋バラは今一の状態です
ネパール再会の旅そして別れの時・・ジェンテンさんが
見せられた台帳隠し、私には心にジン・・と来て
胸が詰まる様な・・そんな思いをしました
優しい方ですね心から慕辺未行さんを大切な人、親友なんだ
お金ではなく心から三日間大切な人として
お持て成しをして下さったのですね・・・嬉しい事ですね
そしてカタまで頂けて・・きっと又お会いできる日を
心から期待されていた事と思います
之も慕辺未行さんのお人柄
大切な・・・・いい思い出に成りましたね
私も一緒に感動させて頂きました


咲子さんへ

この2年前は一介のトレッカーでしたが、それでも多少ネパール語が話せたせいか親しくなり、その時は部屋代をサービスしてくれました。
”部屋代”と聞くと驚かれるかもしれませんが、食事代よりはるかに安いのです。
そのお礼にと写真を撮ってあげて、以来文通していました。
それゆえ彼女にとっては今回の訪問は、宿泊客ではなく遠来訪れた友達として迎えてくれたのでしょう。
私はもちろんお金を払うつもりでしたので、少しでも売り上げに協力しようとたくさん食べ、飲んだりしたので、逆に申し訳ないことをしたような気もします。
しかし彼女たちにとっては『お金の問題じゃない』のでしょうね。
本当に心のこもったおもてなしでした。

投稿: 咲子 | 2013年9月30日 (月) 11時38分

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