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2013年9月15日 (日)

ある同級生の話

 皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ

ひと頃涼しい日がありましたが再び暑さが・・・。季節の変わり目、体調崩されていませんでしょうか?

 今回は、ある同級生のことを思い出しながら書きます。

○川君とは高校3年の時に同じクラスになりました。しかしほんの2ヵ月ほどでした。理由は分かりませんが、彼は高校から姿を消しました。
翌年春、私は地元の大学に入学しそこで○川君と再び会いました。
彼は高校から姿を消した後も、大学進学を目指すべく勉強していたのでしょう。
「○川!」声をかけた時、「誰?」という顔をされました。2ヵ月ほどの同級生でしたから無理もありません。しかし「あ~、いたいた!」と思い出してくれました。

○川君とは大学内で顔を合わせれば挨拶やちょっとした会話をする程度で、それほど親しいというほどの仲ではありませんでした。
私自身サークル活動をしていたのでサークル内での付き合いが多く、彼とプライベートで飲みに行ったりすることはありませんでした。

2回生に進級したある日、大学でやはり高校の同級生だった◇村君に会い驚きました。
◇村君は私や○川君よりもずっと成績が良かったのですが、国公立大学の受験に失敗し「これ以上浪人できないから」と私が通う大学へ入学してきたそうです。
彼に「○川と会った?」と聞くと、とても驚いていたことを覚えています。高校から姿を消した○川君がまさか大学にいるとは思わなかったのでしょう。

その数日後、今度は○川君と会い「◇村と会った?」と訊くと彼は「エッ?◇村?」とやはり驚き、私が◇村君が1回生にいることを教えました。
○川君は当然◇村君に会いたがり、◇村君のクラスの時間割を確認し次の講義の教室へと向かいました。
およそ2年ぶりに会った○川君と◇村君、お互いに嬉しそうでした。

しかしその後、今度は私がある事情で大学を去り、彼とはそれっきりになりました。
が数年後、スーツ姿の○川君と名古屋駅地下街で偶然会いました。
社会人になったばかりの彼から『○○警備保障・営業部』と書かれた名刺をもらいました。
それが○川君と会った最後でした。

それからおよそ20年後のある日。
久しぶりに○川君の消息を聞きました。しかしそれは思いがけない訃報でした。

10年前の9月16日、名古屋で大事件が起こりました。
『名古屋立てこもり放火事件』です。

この事件の背景や犯人について書くつもりはありません。
私はこの事件の翌日の朝刊一面に報じられていた記事を見て「何っ?!・・・○川!」と叫んだ後、絶句しました。
この事件で犯人を説得しようと部下を避難させ、1対1で犯人と対峙した責任者。そして犯人の巻き添えとなり命を落とした男、それが○川君でした。

○川君とは上記のようにそれほど親しい付き合いがあったわけではありません。
しかし、この事件は衝撃的であり犠牲者が同級生であったことから、なおさら印象強く残りました。
あれから10年。一友人として○川君のご冥福をお祈りします。

*ウィキペディアにこの事件のことがありました。
10年前の事件ですから忘れている方が多いと思います。もしかしたら思い出されるでしょうか?
ウィキペディアを含めネット上でこの事件について彼の名前はほとんど見ませんでしたので、私もあえて名前を○川君と表示させていただきました。

名古屋立てこもり放火事件(なごやたてこもりほうかじけん)は、2003年愛知県名古屋市東区で起こった事件。]


『2003年9月16日、運送会社「軽急便」の賃金不払いに抗議した男性(当時52歳)が、愛知県名古屋市東区大曽根駅前の第一生命大曽根駅前ビルにある本社・名古屋支店に侵入。男性は店内にガソリンを撒き、支店長(当時41歳)を人質として支店内に立てこもり、3ヶ月分の賃金21万円を要求した。

これに対して、愛知県警察は犯人の説得にあたった。一方、警察庁では事件発生の第一報が入った直後から、応援部隊を派遣する準備を始め、大阪府警察の刑事部捜査第一課特殊犯捜査係(MAAT)に出動を準備するよう指示し、愛知県警察特殊部隊(SAT)に待機命令を出した[1]。 だが、現場の室内には揮発したガソリンが充満していたため、犯人の制圧に銃器や閃光弾を使用することができなかった。[2]

警察はさらに犯人の説得を続けたが、最終的に犯人はライターでガソリンに火をつけ自爆した[3]。この結果、犯人と人質の支店長が死亡し、犯人を制圧・逮捕するため現場で待機していた愛知県警察の機動捜査隊隊員(当時31歳、巡査長)が殉職した。また警察官3名が重傷を負い、警察官・消防隊員・マスコミ・通行人ら38名が爆発時に飛散したガラス片等で軽傷を負った。

この事件をNHKや民放各局は報道特別番組として生中継した。特にTBS系列フジテレビ系列は事件発生時、在名局発の番組(『キッズ・ウォー』、『貫太ですッ!』)放送中であったが、番組開始から数分で番組を中断、ニューススタジオに切り替え生中継を開始。このため爆発の瞬間が中継された。

事件の背景には、この会社を含む、宅配委託業界のよからぬ体質があると言われている[4]。事業主を募り、軽トラックを売って運送業を委託するが、実態は個人事業主扱いで、トラックを買わされた後「顧客開拓は自助努力」と突き放されるため、「軽貨物商法」と言われ、悪徳商法ではないかとの評もあった。3ヶ月分の賃金21万円という要求額からもその事は推察できる。

この事件以降、ガソリンスタンドのポリ容器等でのガソリン販売の禁止が徹底され、法規制が強化された。』

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コメント

お早うございます
余りにも重い思い出ですね
コメントの仕様がありません
亡くなられたお友達のご冥福を
お祈りするばかりです


古都人さんへ

ありがとうございます。
彼にとって高校時代も含め、波乱の人生で幕を閉じたのかもしれません。
事件翌日の朝刊一面に掲載されていた彼の顔写真と名前・・・、もう付き合いがなかったとはいえショックでした。

投稿: 古都人 | 2013年9月16日 (月) 09時05分

台風一過ですっかり涼しくなりました
激しい雨や風・・・今回の台風の被害、かなりのものでしたね

思いもかけない再会と別れ
「犯人を説得しようと部下を避難させ、1対1で犯人と対峙した責任者」
立派な方だったのですね
惜しむ思いはひとしおでしょう
ご冥福をお祈りいたします


きゃぶさんへ

ありがとうございます。
10年前、大曽根で起こった事件ですからきゃぶさんも記憶にある事件かもしれないですね。
事件そのものが大々的に報道され、その行方を心配していましたが、犠牲者がまさか同級生だったとは夢にも思いませんでした。
それほど親しい付き合いはなかったものの、今も覚えている思い出があるだけにショックでした。
台風一過で今夜は涼しくなりそうです。風邪ひかないように気をつけねば!

投稿: きゃぶ | 2013年9月16日 (月) 19時49分

こんばんは。
9月16日は慕辺未行 さんの
何とも悲しい思い出の日だったのですね。

勇気ある同級生の方のご冥福を
心よりお祈りいたします。


はなのいろさんへ

ありがとうございます。
事件の日にちをずっと覚えていたわけではないのですが、いつだったか思い出したように調べてみたのです。
ウィキペディアにありますように、人質として取られていたようで、死ななくてもいい命を落としてしまい、本当に残念です。

投稿: はなのいろ | 2013年9月16日 (月) 20時25分

お知り合いがそんな亡くなり方をされてきっと
ショックだったでしょう。運が悪い人生でしたね。
ご冥福を祈ります。

◇村さんは知っているのでしょうか。


matsubaraさんへ

ありがとうございます。
彼にとって波乱な人生だったと思います。そして最後も波乱で終わりました。
最後に会ったとき「おぉー、久しぶり!」と笑顔であいさつを交わし話をしていたことを覚えています。
それ以来だけに、ショックでした。
◇村君は私以上に彼と親しい間柄だったでしょうから、きっと知っていると思います。

投稿: matsubara | 2013年9月16日 (月) 20時59分

まあ、なんという出会いと別れでしょう。
慕辺未行さんにはいろいろな思いがけないことが起こるのですね。
知っている方が報道されて、しかも亡くなられたというのは、ことのほかショックですね。
もう10年も過ぎてしまったということですが、悲惨な殉職という形で命を落とされた由、ご冥福をお祈りします。


tonaさんへ

ありがとうございます。
お互いわずかな期間だけの同級生でした。
しかし地下街で偶然会った時は「おぉー、久しぶり!」と笑顔であいさつを交わし再会を喜んだものです。
事件の日、ニュースでその映像を何度も見ましたが、犯人の人質がまさか彼だったとは夢にも思わず、翌朝の新聞で顔写真と名前を見て絶句してしまいました。
あれから10年、今一度彼の冥福を祈り、この記事を書きました。

投稿: tona | 2013年9月17日 (火) 08時43分

この事件で日本にもSATのような特殊部隊があることを知ったと思います。お若いのに殉職なさった方、本当にお気の毒ですね。優秀な日本の警察こういう方に支えられているんですね。


agewisdomさんへ

ありがとうございます。
事件当日、出先のTV中継でニュースを知りました。
しかしウィキペディアにも書いてありますように、あのような状況下、特殊部隊は武器も使えず突入もできなかったようです。
そして犯人は人質を道連れに自爆。
翌日、その人質が同級生である○川君だったと知り、本当に驚きました。

投稿: agewisdom | 2013年9月17日 (火) 20時09分

広い道路に面している建物で
ガラスが割れたあとの窓から外に揺れるブラインドを
記憶していますが、もしかして其の事件のことなのかなって思いました。
ガソリンをポリタンクに詰めて買えなくなったのが
その事件が契機になったことは知りませんでした。

殉職されたかたたちがお気の毒です。
昨今は凶悪犯罪が増えていますから
警察や警備のかたたちは以前にも増して危険と隣り合わせです。


Saas-Feeの風さんへ

ありがとうございます。
そうです。風さんが覚えておられるそのシーンの事件です。
犯人はガソリンに火をつけるつもりだったのかもしれませんが、すでに揮発していて爆発!
支店長として人質になっていたのが同級生と知った時は、本当に驚きました。
人質となっている間、彼の恐怖心を思うと言葉がありません。犯人の要求額がそれほど多くなかったので、会社側は支払ったのですが、それでも結果は最悪でした。
さぞ無念であったと思います。

投稿: Saas-Feeの風 | 2013年9月18日 (水) 10時38分

こんばんは
学生の頃の出会いと別れも
不思議な繋がりを感じましたが、
社会人に成ってからの出会い
そしてあまりにも酷いお別れの知らせでしたね。
殉職された同級生の勇気ある立派な態度が
悲しい結果となるとは
ご冥福をお祈りいたします。


すみれさんへ

ありがとうございます。
高校時代、ほんの2ヵ月だけのクラスメイト、そして次は大学で!
お互いが中途半端な学生時代でしたが、彼が社会人になったばかりの時に会った時のこと、笑顔で「おぉ、久しぶり!」と言ったことを覚えています。
彼と会ったのはそれが最後でしたが、私が出会った人々の中では、本当にインパクトある同級生でした。
それだけに無念な最期でした。

投稿: すみれ | 2013年9月18日 (水) 22時47分

その事件のことは
かすかに覚えていました。
十年前といえば
○川氏も働き盛り。
妻子もおられたのでしょうか?
お気の毒に。
悪人の狂気の前には、人はなす術がありませんね…


zooeyさんへ

ありがとうございます。
全国的にはどうだったか分かりませんが、この地方ではニュース内や通常番組を中止して生中継されたほどの事件でした。
それほどインパクトある事件でしたから、記憶にあるのでしょうね。
妻子はたぶんいたであろうと思います。ご家族のショックは計り知れないですね。

投稿: zooey | 2013年9月19日 (木) 00時44分

最新の記事のコメントでなくてごめんなさい。
この事件のこと、よく覚えていたのでついつい。

まさか、お友だちがこのときに命を落とされていたなんて・・・。
ショックが大きいですよね。

現場(もちろん今はおもかげもありませんが)の横を通るたび、
ひどい事件だったことを思い出します。
亡くなった方はさぞかし無念だったと思います。


みーこさんへ

ありがとうございます。
この事件、TVでは番組を変更してまで生中継されるほどでしたから、この地方の方は覚えていらっしゃると思いました。
今でも爆破された瞬間、ガラスの破片が飛び散る光景を覚えています。
しかしその日のニュースでは巻き添えになった支店長の名前は公表されず、翌朝の新聞でそれが同級生だったと知り、本当に驚きました。
犯人を説得している間の彼の心中を思うと、本当に無念だったでしょう。

投稿: みーこ | 2013年9月21日 (土) 07時25分

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