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2013年9月17日 (火)

ネパール再会の旅 22 『Oh!Masako Izumi!』(再掲)

やがて夕食の用意が整い、掘りごたつがあるダイニングルームへ。すると、先客が2人いた。

「Hallo ! How do you do ?」
「Hallo !」
「I came from Japan. My name is ○○. But my nickname is Jin. Please call me Jin.」
「We came from Denmark. My name is Susane and my son Ture.」
「Nice meet you !」

俺の方から「こんにちは!はじめまして」と、明るく挨拶して入って行ったので、彼らとはすぐに仲良くなれた。デンマークから来たという親子で、母親はテレビ局に勤めているというスサニさん、息子さんは将来、プロを目指すアマチュアカメラマンのツレ君で、まだ19才だそうだ。

スサニさんは「カグベニは2度目で、前はローマンタンにテレビの取材に行き、ムスタン・ラジャ(王)にも会ったのよ」と、羨ましい話を聞いた。その時に、ここニュー・アンナプルナロッジに泊まったそうだ。しかし、ポカラ~ジョモソム間は往復とも飛行機で、飛行機から見たヒマラヤに感激し、今回は休暇を取り、アマチュアカメラマンの息子さんと共に、ポカラまでのトレッキングを楽しむ予定だそうだ。
*ローマンタン・・・カグベニから北、中国・チベットとの国境付近にある街。ネパール国内ながらもムスタン・ラジャによる特別自治が認められており、半独立国家であった。かつてはカグベニから北へは外国人入域禁止であったが、1992年、外国人にも開放され行けるようになった。ただし、入域料や許可証の発行など、制限が厳しく、また宿泊施設や食料の調達が難しいため、一般旅行者にはなかなか行けるところではなかった。

俺は「ネパールは3度目で、3度ともカグベニへ来て、いつもここへ泊まってるのです。だからここの娘さんのジェンテンとは、すっかり友達で、何度も手紙を出し合っているのですよ!」と話すと、「インターナショナル・フレンドなのね。素晴らしいじゃないの!」と、微笑みながらうなずいていた。

ふと彼らの飲み物を見ると、「おや?、これは・・・ムスタンコーヒーですか?」と聞いてみると、やはりそうである。スサニさんもムスタンコーヒーが大好きだそうで、息子のツレ君も飲んでいたのだ。俺も「ムスタンコーヒーが大好きなんですよ!」と話し、あらためてもう1杯ずつ注文し3人で乾杯する。すっかり意気投合し、ジェンテンも一緒に4人で記念撮影。

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ヒマラヤの奥深い村、カグベニで親しくなった人々と。左からツレ君、ジェンテン、スサニさん、俺。『掘りごたつ』があるダイニングルームにて。

そしてスサニさんが、
「デンマークでテレビ局の仕事で、日本人の女性と会ったわよ。名前は確か・・・マコ、マコっていう名前だったと思うけど・・・」
「マコ?」
「そう、マコ。日本の有名な女優よ。」
「・・・・・・(誰だろう)?」
「ほら、北極点へ行った・・・」
「アッ!えぇーっと・・・、わかった!和泉雅子さん!」
「そうそう、マサコ イズミ!彼女には驚かされたわ。だって北極へ行く前はすごくほっそりしていたのに、帰ってきたらふっくらしているんだから。もっと痩せて帰ってくると思っていたのに!」
「そうそう、日本でもそのことが話題になりましたよ!」
と、会話がはずむ。お互いに笑い合いながら、こんなひと時が一番楽しい。

以前来た時は、ジョモソムから飛行機だったスサニさんは、「明日、マルファまで行くのだけど、いいロッジご存知かしら?」と尋ねるので、「エェ、もちろん知ってますよ!」と答える。「ぜひ紹介してほしい」と言うので、俺はメモ用紙を1枚取り、そこに英語で『Neeru Guest House』と書いた。彼女ら親子は「マルファでは必ずここへ泊まります。」と言うので、俺はそのゲストハウスの娘、ニール宛てにメッセージを彼らに託した。

電気が灯っていない夜、トレッキングの日々は朝が早いので、名残り惜しいが9時に就寝とする。

カグベニ、ニュー・アンナプルナロッジにて

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帰国後、スサニさんからの手紙に同封されていた写真です。右端がスサニさん、その隣がなんと!北極帰りの和泉雅子さんです。デンマーク・コペンハーゲンにある『レストラン・東京』で撮られたスナップ写真だそうです。
北極点到達という冒険・偉業を成し遂げた直後、日本帰国前の和泉雅子さんの姿、ある意味”お宝写真”と言えるかもしれません。
勝手に掲載して、”肖像権の侵害”と言われるかな~?

*この旅日記は1994年のものです。

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