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2013年8月17日 (土)

モノクロでも絢爛豪華!さすが皇居です。

皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

連日の熱帯夜・酷暑日にイライラうんざり・・・の私ですが、いかがお過ごしでしょうか?

この季節は”お盆”ということもあり、母方の祖母の死後我が家が受け継いだ亡き祖父のアルバムをやはり一度は開いてしまいます。
そのアルバムには、『近衛兵だからこそ手に入れることができた写真(と私自身は思います)』が、多数残されています。
例えば、天皇・皇后両陛下はもちろん各宮家の殿下・妃、内親王様など当時の時勢さえ偲ばせる写真があります。

そのアルバムの中に『宮城』、つまり『皇居』内部の写真もありました。
皇居内は予約すれば見学可能のようですが、私は祖父が残してくれた写真から少しでも中の様子を知ることができました。
残されている写真すべてではありませんが、元・近衛兵だった祖父のアルバムから皇居内の写真、紹介します。
* もしかしたら、宮内庁から苦情が来るかな・・・(^_^;;アセッ?

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『御車寄』。さすがに立派です。

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歴史上にも名高い桜田門。ここでかつて歴史的な事件が起こったのですね。
他に、半蔵門の写真も残されていました。

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『玉座』。天皇・皇后両陛下だけが着席を許されるところでしょうか。

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『豊明殿』。モノクロなのが残念なほど、見てみたいお部屋です。

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『千種の間』。シャンデリアを始め天井や右手上部に描かれた絵など、実際に見てみたいものです。

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こちらの部屋もやはり『豪華絢爛』ですね。
ドイツで見たお城の内部とも共通点があるように感じました。

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襖に描かれた『松』。それだけでなく欄間や欄干、それらも素晴らしい!です。

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『虎の間』。どのような機会にこの部屋を使うのでしょうね?

父の死から半年後、母にとって初めての『東京見物』へと連れて行きました。
その際、真っ先に訪れたのが『宮城・二重橋』でした。中を見ることはできませんでしたが、それでもきっと感慨深いものがあったに違いありません。
今思えば、島倉千代子さんの♪東京だよ、おっかさん♪の歌そのものの『東京見物』でした。
戦死した亡き祖父も少しは喜んでくれているでしょうか・・・(;_;)ジイチャン...?    

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コメント

長く東京にいると皇居はそこにあるもので周辺はよく歩いても行ったことありませんでした。宇都宮に住んでから、一般参賀に行きたいという方を案内しましたが、案内しただけで参賀はしませんでした。皇居の警察勤めの方も知っていて一度案内すると言われましたが、その時は全く興味なし。今ちょっとおしいことしたかなって思います。


agewisdomさんへ

きっと誰もが同じ思いなのだと思います。
ごく普通に見る光景だからこそ興味や関心が薄れるのでしょう。
私は中学の修学旅行と、記事にも書きました『母の東京見物』の2回しか皇居へは訪れていません。
当然二重橋付近から見ただけです。

>皇居の警察勤めの方も知っていて一度案内する・・・

「おしい」どころかホント、もったいなかったと思います。
色褪せたモノクロ写真からも、いかに絢爛豪華だったか窺い知れるほどですから!

投稿: agewisdom | 2013年8月17日 (土) 22時14分

皇居には、10歳の頃家族で…
11際の頃、母方の祖父とお正月のご照覧?に…
社会科見学で…
10年ほど前に家族で…
と、たぶん4回ほど行ったことがありますが、
もちろん内覧はできようはずもなくなく…
素晴らしいですね~
貧しかった明治の日本が諸外国に引けをとるまいと
頑張った結果なんですねぇ


と~まの夢さんへ

「皇居へ行ったことがあります。が、中へ入ったことはありません。」が、日本国民ほぼすべてに近い声でしょうね。
ほとんどの人は二重橋から見ただけなのでは?と思います。
鎖国政策を解き、欧米からいかに遅れているかを悟った当時の日本の、国力揚げての最大の努力の結晶かもしれませんね。
それにしても、「やはりさすが!」ですよネェ!

投稿: と~まの夢 | 2013年8月17日 (土) 23時09分

お早うございます
貴重なお写真ばかりですね
やはり近衛兵の御祖父様の立場故に入手出来たのかも
知れませんね
私も皇居は本当に外からしか見たことがありません
所謂二重橋前からですね
江戸城~皇居へ 内部はどう変化したのでしょうね
江戸時代のままの部分とその後に作り替えられた部分
とがあるのでしょうね


古都人さんへ

祖母が亡くなった時、これらのアルバムを我が家で保管するようになり、その時初めて中を見て本当に驚いたものでした。
亡き祖父がいかに立派な軍人であったか、アルバムに残された写真から十分に分かりました。
皇居の中の写真、現代も同じかどうか知らないのですが、7~80年前はこのような様子だったのでしょう。
江戸から明治、文明開化とともに、変わったのでしょうね。
『松の間』や『虎の間』は江戸城の時代のもののようにも感じられますが、『豊明殿』は明らかに近代造られたものでしょうね。

投稿: 古都人 | 2013年8月18日 (日) 06時20分

20年前の東京にいたころ皇居近くにはよく行きました。
特に三の丸収蔵館には何度も入りました。行列しなければ
ならない時もありましたが・・・展示替えがあると行きました。
無料で入れますのでおおすめです。

江戸城天守閣跡とか北の丸公園とかいろいろ行きました。

でも、この写真は大変貴重です。今は改築されて
別の模様になっていて、テレビででも見られない
ですので、価値があると思います。
どうぞお大切に保存して下さい。


matsubaraさんへ

東京にもお住まいだったころがお有りなのですね。
皇居は修学旅行と母を連れて行った時の2回しか訪れていません。当然のことながら、二重橋の前から眺めただけです。
祖父のアルバムに残っていたものですから、少なくとも7~80年前の写真でしょう。
今もこれらの部屋がそのまま残っているかどうか知る由もありませんが、そうであろうとなかろうと、貴重な写真であることは私にも分かります。
本当に素晴らしいものを祖父は残してくれました。

投稿: matsubara | 2013年8月18日 (日) 07時37分

慕辺未行さん今日は
皇居内部の写真、よく残っていましたね・・
やっぱり近衛兵であられた御祖父の影響でこんな
立派な皇居内の様子がお写真で撮れたのでしょう
御車寄せ、玉座凄いですね
私は何時の間にか昭和の天皇様と皇后様を
頭に浮かべて見ていますが・・その方が合いそうですね・・・
豪華絢爛なお部屋では何が話し合われたのでしょう
又この時代にシャンデリアも凄い
過ぎし遠い日の皇室の思い出ですね
貴重なお写真見せて頂き有難うございました


咲子さんへ

写真そのものは祖父が撮ったものではなく、おそらくプロのカメラマンが撮り、皇軍である近衛兵に立派なアルバムとともに下賜されたか、もしくは購入したのかだと思います。
これらの写真だけでなくもちろん、昭和天皇・皇后両陛下のお写真、各宮家の方々、たくさん残されていて、初めて見た時は本当に驚きました。
もちろん当時の祖父の軍の中のスナップ写真、同じ近衛兵の方たち、たくさんの写真が残っています。
なかなか見ることができない皇居の中。色褪せたモノクロ写真ですが、それでも豪華さは伝わると思い、紹介しました。

投稿: 咲子 | 2013年8月18日 (日) 11時32分

貴重なお写真を形見として大切に保管なさってるんですね
さすが日本の最高峰ってお部屋ばかりshine
上を見ても、横を見ても、下を見ても・・・
モノクロでこんな風情でしたら、カラーなら眩くて目がくらみそうwobbly
ベルサイユ宮殿みたいに普通に公開してもらえたりすると、庶民としては嬉しいですが、なかなかそれも叶わないものでしょうね


きゃぶさんへ

近衛兵だった祖父が残していった貴重な写真。
祖母が亡くなるまでは見たこともありませんでしたが、母が痴呆症になった今、私がしっかりと大切にしなければ、と思っています。
色褪せたモノクロ写真からでも、豪華さが窺い知れるのですから、実際に見たら感動ものでしょうね。
今もこれらの部屋が現存するのかどうか分かりませんが、差し障りのない程度で一般公開されると嬉しいですよね。

投稿: きゃぶ | 2013年8月18日 (日) 11時53分

この写真の所は今は見られないですよね。
すごく貴重な写真ですね。
知り合いにも近衛兵だった人はいません。テレビでも見たことがありませんで興味深く見せていただきました。
言われてみますと欧州の城の中のように豪華ですね。ただ色彩は抑えられているのでしょうね。
日光では大正天皇の別荘を見ました。


tonaさんへ

今もこれらの部屋が当時のまま残されているのか、それさえ知らないのですが、とにかく一般の人々にとって目にする機会がない場所ということだけは分かります。
近衛兵、つまりは皇軍でしたので、『近衛歩兵第四連隊 我らの思ひ出』と書かれた革表紙の立派なアルバムの中には、天皇・皇后両陛下をはじめ各宮家、時の満州国皇帝陛下、東郷元帥や乃木大将らの写真。さらにバロン西さんの馬術の写真もありました。
ドイツでノイシュヴァンシュタイン城を見たことがありますが、これらの写真もモノクロとはいえ、負けず劣らず豪華絢爛さが窺えますよね。

投稿: tona | 2013年8月18日 (日) 20時09分

こんばんは
皇居は修学旅行で訪れただけです。
素晴らしく貴重なお写真ですね。
皇居の内部を見る機会はなく、興味深く拝見しました。
モノクロでも絢爛豪華さが想像出来ますが、
これがカラーだともっともっと素晴らしく感動でしょうね。
シャンデリア、天井、床、壁などなどの豪華な造りの中で
厳かで華やかな会合も行われたのでしょうね。
現在の皇居内は? 拝見してみたいですね。
大切で貴重なお形見ですね。ご紹介ありがとうございました。


すみれさんへ

私が亡き祖父のこれらのアルバムを初めて見たのは、祖母が亡くなったあとですから、15年ほど前です。
とにかく驚くばかりでした。
これらの皇居内の写真も、「絶対に訪れることもない場所」と思いながら感慨深く見ていました。
これらの部屋の中で、どのような食事が提供され、どのような会合が為されたのか?そしてそこにはどんな人々がいたのか?想像すると楽しいですね。
今の皇居内にこれらの写真の部屋があるのかどうかさえ分かりませんが、いずれにしても貴重な写真、いつもお世話になっているプロ友様たちにお礼かたがた紹介させていただきました。

投稿: すみれ | 2013年8月18日 (日) 22時25分

貴重な写真でびっくりしました。
私も皇居は外から見たことがあるだけ。

モノクロ写真ですが、豪華絢爛というのがよくわかります。
シャンデリアもすごくて日本ではないみたい。

皇居の内部って一般の人には非公開ですよね。
テレビでも見られないような写真を拝見できてうれしいです。


みーこさんへ

少なくとも7~80年ほど昔の写真でしょうが、当時の皇居内の様子が少しでも窺い知ることができる写真だと、私は思います。
今もこのまま残っているのかどうか分かりませんが、『豊明殿』は当時としては最高級の部屋だったでしょうね。
ドイツで見学したお城内部を思い出すほどでした。
ご覧いただき、コメントくださった皆様が「貴重な写真」と本当に喜ばれたこと、私も天国にいる祖父も嬉しく思っていることでしょう。

投稿: みーこ | 2013年8月21日 (水) 16時00分

素晴らしい写真ですね。

私の義母が、無防備に壁に貼っていて
30年以上前の、色褪せて全体が薄茶のようになってしまった写真を
最近、写真屋で修復して貰ったといって見せてくれました。
見違えるように美しいカラー写真が出来上がっていました。
この写真も、もしかしたらそういうことができるかもしれませんよ?
モノクロのままでも独特の味があるとは思いますが…


zooeyさんへ

皇居内の写真を勝手にブログに載せてもよいのか、ちょっと考えましたが、皆様にとても珍しがられ喜んでいただき、良かったと思います。
30年以上前の写真と言っても、もともとカラー写真だからこそ綺麗に修復できたのだと思います。
これらの写真はもともとモノクロですから、とてもカラーにはできないと思います。
これらの写真をプリンターのスキャナで読み取り、褪色補正することは可能ですが・・・。

投稿: zooey | 2013年8月22日 (木) 10時56分

戦争で焼けてしまった明治宮殿の写真ですね。大変貴重なもので明治宮殿の内部資料はあまりないので大切なものですね。
私も古い写真の管理をしています。今はネガ・写真本体をデジタル化して次の世代に残す作業を頼まれてしています。

保存をする後継者に指名されたので頑張らないと行けないのですが病気がちで現在も休職中。体が良くないと私の次の後継者探しができない!!

でも明治宮殿は美しいですね。


朝比奈ひなたさんへ

ようこそ、ご訪問いただきありがとうございます。
↑ の方々へのコメやレスを見てもお分かりのように、私自身これらの写真の部屋が今どうなっているのか知りませんでした。
江戸から明治へと時代が移り、文明開化とともに完成した宮殿なのでしょうね。戦争で焼失したとは残念です。
それだけに、より貴重な写真と言えるかもしれませんね。
こんな貴重な写真を残してくれた祖父に、感謝です。
”つぶやき”も見ました。アクセス解析からすると『「平和」の「はと」が「富士」に「こだま」です』をご覧いただいたようですね。これらの写真は高校生当時、鉄道雑誌を見て購入した写真だと思います。
お身体あまり良くないようですね。どうぞご無理せずご自愛ください。

投稿: 朝比奈ひなた | 2013年8月25日 (日) 11時34分

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