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2013年8月29日 (木)

ネパール再会の旅 15 『日本通のアグニさん』(再掲)

荷物を下ろし、日当たりの良い庭でくつろぐ。暇そうにしているスタッフたちが、当然のことながら愛想よく話しかけてくる。俺はいつものごとく、ネパール語で自己紹介した。
「ナマステ!マ ジャパン バーター アーエン。メロ ナム ○○ ホ。(こんにちは!私は日本から来ました。私の名前は○○です。)」
たったそれだけのことで、スタッフたちは「オォッ!」と驚き、「タパイィ ネパリー ボルヌ ツゥ?(ネパール語が話せるの?)」とネパール語で訊いてくる。その問いにも「アリアリ(少しだけ)」とネパール語で返したら、ここからはほとんどネパール語だけで話を続ける。

やがて一人のスタッフが、「『レッソム・フィリリ』を知っているか?」と尋ねてきた。俺は、「ここぞ!」とばかりに、カトマンドゥで教えてもらった成果を披露した。

♪レッソム フィリリ レッソム フィリリ
ウンダル ジャンキ ダンダマ バッサム レッソム フィリリ
エクナリ バンドゥ ドゥイナリ バンドゥ ミルガライ タケコ
ミルガラ マイレ タケコ ワイナ マヤライ ダケコ
レッソム フィリリ・・・・・・♪

「スゴイ!」「上手だ」「メロディもあってる」等々、彼らは驚きと共に俺に対して、称賛の声を上げた。偶然門のところで聞いていた学校帰りの子供たちも、ビックリして騒いでいた。オーナー夫人のミラさんには「日本人のあなたが、ネパールの女の子の前でこの歌を歌ったら、どの娘もあなたのことを好きになってしまうわよ」と言われた。「エッ!本当?」と思わず顔がにやけてしまうのは、男の性か。彼らが言うには、「今まで ”レッソム・フィリリ”を、こんなに上手に歌った旅行者はいない!」そうだ。カトマンドゥのマナスル・ゲストハウスで、きれいなスタッフのウマたちに教えてもらったことが、さっそく生かされた。

Img027
オーナー夫人のミラさん 。

しかし、上には上がいるもので、このゲストハウスのマネージャーのアグニさん。彼はカトマンドゥで2年ほど日本語を学び、会話はおろか読み書きもできる。さらに、短波放送でNHKのラジオ番組も良く聴いているそうで、日本情勢にもかなり詳しい。たまたま俺が日本を出発する前日に、細川首相が辞意を表明したのだが、彼はそのことも知っていて「次の首相は誰になるのだろうか」と心配している。もっと驚いたことは、彼がここ最近の歴代の首相の名前を、非常によく知っていることだった。日本人でさえも忘れてしまいそうな「鈴木善幸、宇野・・・、・・・」といった首相の名前までも覚えているほどの『日本通!』。このようなスタッフがいれば、何かの時にも言葉の心配はないし、日本語でも話が弾むし、退屈しないですむ。

Img026
日本通のアグニさん。

夕方、散歩に出かけると10分ほどで湖に出た。ふと見ると、2年前にダムサイトの方から40分もかけて歩いてきた銀行がある。「けっこう奥の方へ来ていたんだ」。レイクサイドをぶらぶらし、茶店でラッシー(ヨーグルトドリンク)を飲む。出されたラッシーは、普通のコップの3~4倍もありそうな器に入っていた。あまりにダイナミックで、ブッたまげたが、値段を聞いて完全にぶっ飛んでしまった。そりゃ、初めに値段を聞かなかったのは俺だよ。だからって、140ルピーはないでしょ?!カトマンドゥからポカラまで200km、7時間半もバスに乗ったって150ルピーなのに!とはいえ、飲んでしまっては後の祭り。お腹もふくれたことだし、これが夕食だったと思うことにして、開き直る。

ゲストハウスに戻り、8時過ぎからシャワーと洗濯。向かいにある店でククリラム(ラム酒)を買い、ストレートのまま、ちびちび飲んで、10時に就寝。

ポカラ、ホテル・マウントエヴェレストにて

*この旅日記は1994年のものです。

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コメント

こんにちわ
凄いですね ネパール語の会話と言い
「レッソム・フィリリ」の歌と言い
そして「アグニ」さんと
日・ネ交流 ばっちりですね
「ラム酒」をストレートとは驚きです
強いのですね


古都人さんへ

この2年前に3ヵ月ほど旅した国で、言葉も実践することで学びましたから、『旅行者』としてはかなり話せるほうだったと思います。
ここポカラへ来る直前に教えてもらった歌が、さっそく生かされました。あの時はホント「待ってました!」とばかりに歌ったことを今も覚えています。
しかしアグニさんには敵いません。彼の日本語と日本についての知識は素晴らしかったです。
ラム酒、カトマンドゥではコーラ割りで飲んでいました。
ストレートだと、さすがにきついので「ちびちび」と飲んでいました(笑)!

投稿: 古都人 | 2013年8月29日 (木) 17時00分

長く滞在する時には少しは現地の言葉を覚えた方がいいと言われますが、本当にそうですね。
慕辺未行さまはちゃんと勉強されみなさんに喜ばれて良かったです。
でもどこの国にも日本語を勉強している方がいらして感動すら覚えます。だって日本語は確かに難しいですもの。
アグニさん、日本通とは素晴らしい!

どこに行っても美味しそうに飲まれ、召し上がっておられますね。


tonaさんへ

’82年、’92年に続き今回は2年ぶり3度目ですから、さすがに少しではありますが覚えました。
いつも現地のゲストハウスのスタッフに教えてもらって実践し、身に付いた言葉ばかりです。
ただやはり、あくまで『旅行者』ですから、仕事で来ている人々(例えば”JICA”や”海外青年協力隊”など)に比べれば、大したことはありません。
ネパールはアジアの中でも有数の親日国ですから、日本語を学んでいる人も随分いました。
しかし、アグニさんの日本通にはホント驚きました。

投稿: tona | 2013年8月29日 (木) 21時18分

こんばんは
語学力の強さは旅を数倍も楽しめる事でしょうね。
沢山のお友達との再会が有りましたね。
ネパール語がお出来に成り、歌も歌えたら
モテモテだったでしょうね。
アグニさん凄いですね。
日本でなくカトマンドゥで2年間のお勉強だけなのですね。
きっと日本、大好きなのでしょうね。


すみれさんへ

その国の言葉を覚えようとする姿勢、それだけでもかなり親近感を持って接してくれました。
さらに少しでも話せるようになると、『よそ者扱い』ではなくなるのです。
カトマンドゥでほんの数日の滞在中、2年前に出会った人々とたくさん再会できました。しかも皆、覚えてくれていたのが嬉しかったです。
以前は少ししか歌えなかった”レッソム・フィリリ”ですが、ポカラへ来る前カトマンドゥで教えてもらった成果がさっそく発揮できました。
アグニさんには驚かされました。
日本語の語学力だけでなく日本情勢にも精通していました。

投稿: すみれ | 2013年8月29日 (木) 22時49分

今でこそ日本にいる外国人が日本語を話せても当たり前と受け止めます。アメリカなんかアメリカに入れば当然英語話せるって思ってます。でも、ネパールの言葉じゃ今だってマイナーですよね。だからすごく喜ばれたと思いますよ。
それでも日本語をそこまで理解している人がいるということもうれしいですね。


agewisdomさんへ

以前に比べれば、ずいぶん外国の方を見るようになりましたし、中にはとても流暢な日本語を話す人もいらっしゃいますよね。
英語は世界共通語と認識されていますから、アメリカへ行けばそう思われるのかなぁ・・・?
ネパールの旅も3度目となれば、片言でもレベルアップするもので、少しでも話せるとゲストハウスのスタッフはみな好意的に接してくれました。
しかし、それ以上にアグニさんの日本通には本当にビックリさせられました。

投稿: agewisdom | 2013年8月29日 (木) 22時51分

私は旅行先が欧米が多かったこともあって
何処へ行っても英語で通してしまいます。
それでもある程度、意思の疎通はできるのですが
本当はその国の言葉を使った方が喜ばれるでしょうね。
それにしてもお得意のネパール語、
今も何処かで活かせるといいですね。


zooeyさんへ

私の海外旅日記を読んでくださる皆様、私のことを「英語が堪能」と思われているようなのですが、本当はポケット辞書片手に何とか会話しているような状態でした。
しかし、山のほうへトレッキングに行くと、英語教育を全く受けていない人々も多いので、ネパール語を実践して覚える必要もありました。
ずいぶん前ですが、当時新しくできたネパール料理店でネパール語を実践しましたよ。
シェフもウェイターもビックリしていました。それからは、行く度にサービスの良いこと!料理も美味しかったです。

投稿: zooey | 2013年8月29日 (木) 23時46分

ネパール語が話せるだけでなく
歌まで歌えるとは素晴らしいです。
私はナマステとダンニャバード
くらいしか分かりません。
あのややこしい文字は説明を
聞いても頭が痛くなります。
こんなの規則があるから簡単よ
と、あちらの人は笑いますが・・・


matsubaraさんへ

逆に言えば『いかに暇な旅行者』だったか・・・(笑)
レッソム・フィリリはラジオからもよく流れていましたし、カトマンドゥのゲストハウスで歌詞と発音を書いておきましたので、歌えるようになりました。
ちなみに今でも歌えますヨ (^_^)!
文字は確かに難しいですね。母音も子音も日本より多いですから。
子音で日本語の『ア段』『イ段』『ウ段』・・に相当する記号は覚えました。
ा、ि、ु、े、ो です。『かきくけこ』は「का、कि、कु、के、को」だと思います。
自分の名前をネパール語で書けるようにもなりました。

投稿: matsubara | 2013年8月30日 (金) 08時54分

アメリカは何人の顔をしてようとアメリカ人ですから。もともと単一人種の国じゃありませんから顔の色や形にかかわりなくアメリカ人だと思って話しかけてくるのです。ゆっくり喋ってわからないからって言えばそうしてくれますけれどね。自分たちの言葉が今や世界共通語になりつつあることさえ知らない人がいっぱいいますからそこまで思い上がってもいないんですが…。もっとも今はスペイン語しか話せないアメリカ人がいっぱいいて教育現場では困っているようですよ。


agewisdomさんへ

あっ!なるほど!そういう理由だったのですね。
英語=世界共通語だからではなく、アメリカにいればすべてアメリカ人と思われてしまう訳なんだぁ!
アメリカ在住の日本人だってたくさんいるし、日系○世という人もいるでしょうしね。
>スペイン語しか話せないアメリカ人・・・
教育現場はもとより、彼ら自身も不便を感じないのかなぁ?

投稿: agewisdom | 2013年8月30日 (金) 21時13分

キリマンジャロが 結構背が高いのに驚きました!
エルマー君 かっこいいですね~  
ところでネパール語って もちろんアルファベではないですよね
文字も読めるって すごいことです!
(アラビア文字のようなのが 上にでてますが・・・ 私なら
覚えようという気も起きません  難しそう!!)
「レッソム・フィリリ」歌って 女の子キャッチしましたか~~


bellaさんへ

キリマンジャロ周辺がジャングルや草原のようで、距離感がつかめないことと、頂上付近が平べったいので、高く見えないのかもしれません。
エルマー、このころで40才ぐらいだったと思います。
ネパール語、ヒンディーと同じデヴァナガリ文字です。
↑の方のコメレスにも書きましたが、あのような文字です。
「自分の名前をネパール語で・・・」と思ったのがきっかけで、少し覚えました。
レッソム・フィリリ歌って、ネパール美人をキャッチでき・・・ませんでしたが、トレッキング中にバッティー(茶店)で歌うと、紅茶を何杯もサービスしてくれました。

投稿: bella | 2013年8月31日 (土) 20時33分

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