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2013年5月15日 (水)

皆の気遣い(再掲)

まだ夜も明けぬ4時。ヘッドランプを点け、凍てつく寒さの中をスタート。標高差700mの登り、先頭を行くパサンはゆっくり進む。そして時々立ち止まっては、列が離れていないか確認している。俺のヘッドランプは冷たい外気にさらされ、バッテリーが弱くなってきた。ここでは、ヘッドランプより普通の懐中電灯の方が役に立つようだ。

やがて夜が明け、気温はやや低下。アイスバーンの道もあり、風もやや出てきた。完全武装していても、寒い。あまりの寒さに誰もが黙々と歩き続ける。立ったまま少しだけ休む時に、すぐ後ろを歩くおじさんとノルウェーの女の子たちと話をするぐらいだ。雪こそあまり積もっていないものの、映画『八甲田山』をふと思い出した。あの映画ほど、切羽詰まった深刻な状況ではないが。それでも俺たちは、先頭を歩くパサンに、ただひたすらついて歩くだけ。

7時40分、ついにトロンパスへ到達。高山病も完全にシャットアウトして、無事5416mの峠へ。皆、安堵の表情を浮かべ、互いの健闘を笑顔で喜びあった。

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トロンパス(5416m)にて。この時間でも、すでに風は強かったです。衣類が風で膨らんでいます。バックの山々は、ダウラギリ山群。

ここを下れば、かつて(1984年)の最終目的地、聖地・ムクチナートだ。7年半ぶりの聖地巡礼。わずか10分ほどで下り始める。ここまで俺を『仲間の一人』として引っ張って来てくれたガイドたちが、「ジン、もう自分のペースで行っていいよ。ここからは皆もそうするから」と言い、皆にいったん別れを告げ、俺は俺のペースで行くことにする。

初めは順調だったが、長くきつい下り坂に、左膝が痛みだす。何しろムクチナートまでは、標高差約1700m!さらに、激しい腹痛に襲われ、ペースが極端に落ちる。岩陰でしゃがみこんでもダメ。便秘?何とかフェディまで下る。薬を飲み3~40分休憩するも治まらず。ここで追いついたラジとアメリカ人の3人は、俺がもうとっくにムクチナートへ向かっただろうと思っていたようで、まだそこにいたことに驚き、そして心配してくれた。ムクチナートはもう見えている。あと1時間ほどの距離だ。俺は彼らに「大丈夫だから」と言って、彼らを見送り、そして再び歩き出した。

激痛に時々座り込みながらも、ゆっくり歩を進める。本当に苦しい。一歩一歩の足の動きが腹の痛みに振動し、ますますペースは鈍る。少し歩いては休み、また歩く。ノルウェーの女の子たちが俺に追いつき、やはり驚いていた。俺の苦しそうな様子を見て、「ムクチナートへ着いたら、誰か人を呼ぼうか?」と心配してくれた。しかし、あと30分もかかるかどうかのところまで来ている。「いや、大丈夫!もう少しだから一人で行けるよ」と答え、彼女たちにも先を促せた。が、少し行っては俺の方を心配そうな目で振り返る。「大丈夫、大丈夫!先に行っていいから」、そう話す。皆に迷惑かけたくなかった。

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ノルウェーの女の子たちを見送った場所から。ムクチナートの村はもう見えています。

とにかくあと少し、何とか1人で頑張る。山道を下りきり、もう平坦な道だけで、ムクチナートは、もうすぐそこだ。目前まで下りてきた。「ここまで来れば、もう大丈夫。まだ2時にもなってないし・・・」と安心したのか、岩にもたれかかって座り込んでしまった。腹を押さえながら、うずくまっていた。と、そのとき・・・、
「Hey Jin!What’s happen?」と言う声。インドネシアのおじさんだ。状態を説明すると、おじさんはガイドのパサンと相談し、おじさんの指示でポーターに持たせていた荷物を自分で背負い、ポーターにパサンの荷物を背負わせ、そしてパサンは残って俺に付き添ってくれた。彼はおじさんにこの日のロッジを教え先に行ってもらい、もうしばらく休んだ後、俺の荷物をパサンは背負い、肩を貸して歩いてくれた。
やっと、ムクチナートだ。フェディから2時間、トロンフェディからは10時間もかかった。普通の状態ならば、もっと速いはずなのだが。

ロッジに着いて、部屋はダイニングルーム前のツイン(シングルはない)に。そしてすぐにトイレへ。下痢だ。小便は黄色どころか橙色をしている。下腹部に力を入れ、気張るだけ気張り、その後もう一度薬を飲んで夕方まで体を横にする。

2~3時間休んでいると、痛みも治まり元気になった。ベッドルームを出てダイニングルームへ行くと、おじさんとパサンがいた。「ジン、大丈夫か?」というおじさんの声に、笑顔で応える。そしてお礼を言う。今日おじさんとパサンには、2度も助けられた。真っ暗闇の中の出発、そして激しい腹痛・・・、おじさんがいなかったら俺は無事に峠を越え、この地にたどりつくことができただろうか?

このムクチナートのロッジはツインが10ルピーと安い。電気もあるし、驚いたことに、なんと”掘りごたつ”がある。しばらくおじさんたちと談笑していると、アメリカ人グループのガイドのラジが「ジン!なぁんだ、ここにいたのか?!」と言って、やって来た。彼はあちこちのロッジで俺を捜していたらしい。「みんな、あなたのことを心配して捜しているんだよ。みんなに『ここにいる』って教えてくるよ」と言って出て行くと、他のロッジに泊まっているノルウェーの女の子たちやアメリカの3人グループがすぐに会いに来てくれた。彼らは、「もし、ジンがムクチナートの、どのロッジにもいなかったら、フェディまでの道を戻り捜しに行こう」と話していたそうだ。「ごめん、ごめん。ありがとう、もうこの通り、元気だよ」と応えた。みんな、本当に心配してくれたんだな!本当にありがとう!もう大丈夫だよ!!

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ムクチナートのロッジの掘りごたつの前で。左端がパサン、右端がインドネシアのおじさん。彼らには本当にお世話になりました。このトレッキングでは、感謝しきれないほど親切に接してくださいました。

夕食は、ガーリックスープにライス。胃腸の調子が悪い時は、こういうものが良いらしい。食後、パサンとムスタンコーヒーを飲み交わす。彼はおじさんのガイドであって、決して俺のガイドではないのに、俺が少々ネパール語を話し、チャンやムスタンコーヒーを好むせいか、すごく仲良くなれた。おじさんも同じ一人旅。顔つきからしても、お互い同じアジアの民族だからであろうか?

ムクチナート、ラリグラスロッジにて

*この旅日記は1992年のものです。   

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コメント

旅で優しくされたことは忘れないですよね
ステキな体験をなさった気がする…
と~まは、30年前に中国旅行したとき
ゲロゲロとピーで苦しんだんですが、
タイガーバームみたいな塗り薬をくれたオジサンや
暖かいお茶をくれたおばさんの優しさが身に沁みたもの


と~まの夢さんへ

この時の出来事も、私にとっては生涯忘れられません。
夜が明けぬ時間での出発。そこで声かけてもらい、無事に峠へと行くことができたこと。
その後、突然の腹痛に苦しみ、皆が心配してくれたこと。
旅の日々は『一期一会』。
この時の皆の気遣いは、今でも忘れません。本当に嬉しかった出来事です。

投稿: と~まの夢 | 2013年5月15日 (水) 19時40分

自然の中でみんな優しいですね。大都会では瀕死の人がいても振り返らない。きっと何かを見失って生きているのかもしれませんね。反省。


agewisdomさんへ

やっぱり皆『同じ時に同じ道を行く仲間同士』という意識があったのでしょう!
誰もが苦しんでいる私に、手を差し伸べようとしてくれました。その後も心配し、探してくれていましたし・・・。
本当にありがたいことです。

コメントを拝見し、私も最も身近な人である母に対してあまりに”そっけない”ような、「もう少し気配りせねば・・・!」という思いが募りました。

投稿: agewisdom | 2013年5月15日 (水) 22時19分

旅先で病にかかると心細いと思います。
私にはその体験がないのですが
友人が旅先で病院に行った時同行した
娘さんの英語で正しく治療を受けられました。

ジンさんはその点心強いですね。
周囲の優しさにも救われますね。


matsubaraさんへ

幸いゲストハウスで休んだら良くなりましたのでホッとしましたが、この地で重病にかかったら大変です。病院どころか医者さえいませんから!
それにしても皆が心配してくれて、本当に嬉しかったです。
同じ時に同じ場所・同じ道を歩いて旅するもの同士、仲間意識だけでなく、強い連帯感を感じました。

投稿: matsubara | 2013年5月16日 (木) 07時09分

お早うございます
左膝の痛みに加えてお腹の激痛
苦難のトレッキングでしたね
拝見していて凄い迫力を感じました
しかし周りの国際交流の方々の暖かい
応援・支援もあって痛みと戦いつつも
頑張られましたね
拝見して感動しました
地図を見ています ムクティナートありましたよ
周りはダウラギリやアンナプルナなど8千m以上の
山々ですね 五千mのトレッキングですね
現実的には想像を超えた場面ばかりですが
色んなこととの戦いですね


古都人さんへ

標高5400mから3700mへの下り、ゆっくり歩を進めていても膝に負担がかかります。
加えてあの腹痛。今でも当時の苦しさは覚えています。
峠からは皆それぞれマイペースでと歩いて行ったのですが、この有り様。アメリカ人グループもノルウェーの女の子たちも、私のペースダウンと体調不良に驚き、本当に心配していました。
だからこそムクチナートに着いてからも、私のことを気にしてくれたのでしょう。私が無事についていたことと元気になっていたこと、皆本当に喜んでくださいました。
それ以上に感謝すべきはインドネシアのおじさん。おじさんとガイドは、しゃがみこんでいた私を本当にビックリしていました。
とにかくこの日の出来事と光景は、今も私の脳裏に残っています。私自身にとっても感動的な一日でした。
ムクチナート、地図に載っていましたか?!ここはヒンズー教やラマ教の聖地です。ネパールだけでなくインドの人々にとっても憧れの聖地です。

投稿: 古都人 | 2013年5月16日 (木) 08時35分

こんばんは
激痛に耐えながらのトレッキングは
想像を超える過酷なものではと思います。
同じ目的、行動を共にする方達の気遣いは
その辛さが分かるだけに
ご心配も大きかった事でしょうね。
素晴らしいお仲間との出会いは
忘れられない思い出と成った事でしょうね。
トロン峠、10時に成ると強風は、自然が齎す
厳しさでしょうか?


すみれさんへ

この日のことは20年以上経った今でも忘れられません。
出発時に声をかけてもらったことも、皆が心配してくれたことも、一つ一つの光景が今も脳裏に焼き付いています。
そんなに急いでいるわけでもないのに、皆よりはペースが速かった私。それに出発時も峠でも何ともなかったので、皆の驚きと心配は当然のことだったかもしれません。
一人でトレッキングしている私を皆で心配してくれたこと、とてもありがたいことでした。
トロン峠の強風、詳しいことは分かりませんが、おそらく地形的に風が発生しやすいのだと思います。
この近くにあるジョモソム村まで飛行機が飛んでいますが、午前中しか飛んでいません。午後は乱気流が発生しやすいと聞いたことがあるような気がします。
*インターネットのニュースで、このジョモソム飛行場で今日、着陸した飛行機がオーバーランし、機体の一部が川に落ちたそうです。乗客に日本人が8名。2人が軽傷を負ったそうです。私も利用したことがある飛行場だけに、他人事とは思えない事故です。

投稿: すみれ | 2013年5月16日 (木) 18時59分

慕辺未行さん今晩は
朝から厳しい寒さの中、登りは厳しいですね
そしてトロンバスへ5416mへ到着ホッとしますね
しかし、その後膝の痛みや腹痛で厳しい状態に
それでも何とか自分で下山しよぅと頑張られる
慕辺未行さんに強さを感じ感動しました・・しかし山登りは
本当に厳しい・・でも皆さん優しかったですね・・
特にインドネシアの、おじさん本当に感謝ですね
やっとムクチナートに到着、本当によく頑張られましたね
皆様の思いやりと慕辺未行さんの人を惹く魅力かと
思います。何れにせよお元気に成られて
何より私も読みながら安堵いたしました
人は一人では生きて行けない事を
はっきり見せて頂いたような気が致しました
皆様に感謝・・ですね


咲子さんへ

数日前に、この峠越えは「3時起床4時出発」とガイドたちが教えてくれましたが、私一人でまっ暗闇の中を行けるはずもなく、彼らに声かけられ、一緒に峠まで行けたのは本当にラッキーでした。
もしかしたら彼らは、ガイドを雇っていない私を最初から一緒に峠まで行くつもりで、情報を教えてくれたのかもしれません。
しかしその後が本当に大変でした。あの腹痛は本当に辛かったです。極端にペースが落ちました。
皆にとても心配かけましたが、自分の足で歩かねば!あの山道で他の人々を頼ることはできませんし、とにかく時間は充分ありましたから、少しずつでも歩を進めました。
最後はインドネシアのおじさんに助けられ、そして皆がずっと気にかけてくれて、心より感謝です。

投稿: 咲子 | 2013年5月17日 (金) 22時09分

今週の2回分の記事も  本当にいい記事でした~
ジンさんと その関わるいろいろな人々との 経験と知恵と
人間性に裏打ちされた人間関係・・  ただただジ~ンと感心して
読ませていただきました

本当はとっても危ない状況だったのに いつものように何とか
切り抜けられたのは つまるところ ”ジン徳”ですね! 


bellaさんへ

ガイドもポーターも雇わぬトレッカーは、まだ夜が明けない4時の出発なんて、本来は『無謀』とも言うべき行動なのですが、親しくなったトレッカーやガイドたちのお蔭で安全に峠への道を登ることができました。
そして峠を越えてからの突然の腹痛。この日1日のことは今も光景が脳裏に残っていますが、本当に苦しかったです。
この日のスタートが早かったのが幸いで、「夕方までに着けばいい。時間はたっぷりある。」と自力でゆっくり歩を進めました。でも結局は、インドネシアのおじさんたちに助けられましたが・・・。
海外では予期せぬトラブル、体調不良、色々ありますが、言われてみればいつも周りの誰かに助けられているような気がします。

投稿: bella | 2013年5月18日 (土) 20時05分

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