イングリッドとも再会!(再掲)
4月9日(木)
午前8時20分起床。9時ごろ、アヌが来宿。ダージリンの旅の写真とネガの一部(アヌとゴビンダだけで撮ってあげたもの)を分けてあげた。ネガは半分以下になり、バラバラに。ネガの整理が大変だなぁ。トレッキング後に撮った写真も、自分が写っていないものは焼き増しせずにいたら、48枚も減っていた。それだけたくさん皆の写真を撮ってあげてたわけだ。
その後、イミグレーション・オフィスへ行き一番で並ぶ。パーミット(許可証)が24日で1704ルピー(滞在2カ月目のため)+200ルピー(アンナプルナ入域料)、ビザ延長14日で10ドルはイタイ!受け取りは夕方だ。
申請後、街をぶらつく。ネパール・フラッグ40ルピー、絞り模様のハデなズボンを150ルピーで買う。欲求不満がやたら散財につながっている。これじゃ1日5ドルなんて無理。写真代などを含めると1日20ドル以上は使っていないかなぁ。やはりガイド代が高かった。あれで300ドルぐらいは出費しているはず。これだけ余分にあれば・・・。60ドル分のスリもイタイ!他人のために400ドル(約52000円)以上は使ったことになるのか・・・。ウ~ン、反省点だな。
1時ごろ、街で突然「Jin(=dsching、ジン)」と声掛けられる。イングリッドだ。彼女はカラ・パタールまでエルマー・アンジュラと共にずっと同行した後、さらにゴーキョ・ピークへ行き、再びジリの村まで歩いたという。かなわないナ!のべ38日だもん。スゴイワ!後ほど会う約束をして、ゲストハウスへ戻りシャワーを浴びる。
ロードハウスカフェという喫茶店でイングリッドと待ち合わせ、ティータイム。「シェルパシチュー・ファミリー」、「ムスタンコーヒー・ブラザース」などと、思い出に笑い転げながら、楽しいひと時を過ごした。トレッキング中に撮った写真をプレゼントしたら、コーヒー代はご馳走してくれた。エルマーとアンジュラは今頃ドイツへ帰って過ごしているんだろうね。英語力の乏しい俺でも、少しは会話ができるんだ。
そしてカフェを出て、一緒にイミグレーションへ行く。パーミットを受け取り、イングリッドとはそこで別れた。
ゲストハウスへ戻り、黙って出てきた俺の日本の仲間たちへ、初めて手紙を書く。裏切り者の俺、でも結局、冷徹にも卑屈にもなれない。「どうしようもないな」と思いつつ、所在を知らせることにした。
夕食はヤク・レストランにて、ポーク・フライドライス(豚肉入りチャーハン)とエッグサラダ。サラダがとてもフレッシュでドレッシングがいい。明日は、ロイヤルネパール航空へ帰国便の予約でもしておこうか。アンナプルナ周遊へ出かけた後では、ビザの日数が限られているから(ネパールの滞在ビザは年間3ヵ月まで)、トレッキング前にしておかねば。
新情報として、3月よりムスタン王国(ネパール国内でありながら、特別に半独立自治が認められている;カグベニ以北、ローマンタン方面。ツーリストは入域禁止)が、入域可能になったらしい。多くの個人旅行者が、この情報に色めきたった。が、まだ旅行者の受け入れ態勢が整っておらず、ロッジもなければ食事を提供できるところもないという。そのため、行くのであればテントや食料すべて持参しなければならない。許可証も高く、カトマンドゥよりガイドと数人のポーターを雇って1週間で500ドル(ガイドらの雇用料は別)。これにさらに交通費・食費・テント、調理に必要なもののレンタル料などの実費が加わる。この国の物価を考えたら・・・、他のツーリストたちも言っていたが、グループならともかく、個人レベルの旅行者では、ちょっと行けそうにないなぁ。
カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて
*この旅日記は1992年のものです。
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コメント
ルームシェアしたフランス人と どんな再会になるのカナ・・
今日の分の文も 最高に名文ですね お金はやはり
ある程度締めないと 先進国でないとしてもどんどん出て行く
のですね やりくりしている感じが愛おしいデス
ニュルンベルクのしろくま君のニュース、
よく覚えていらっしゃいましたね~~!
サッカー占いのタコの名前も忘れました・・・
今日は円空仏展を見てきましたが、素朴さの底力は半端なかった!!
少し なめて!!行きましたが 心に響きました!
bellaさんへ
2年後・・・、ホント、ビックリしました。
1994年のネパールの旅のブログ記事の中で紹介していますので、あえてここでは詳しく書きませんが、まさかお互い旅人同士、異国の旅先で再び会うとは?!
ビザの延長にバンクレシートが必要で、かなりのドルをネパール・ルピーに替えねばならず、思っていた以上に出費していました。
いくら物価が安い国とはいえ、ちょっと散在し過ぎたかナァ・・・?!
ニュルンベルクのフロッケ、新聞やネットのニュースでもずいぶん見ましたし、愛媛県のとべ動物園のシロクマのピースの話もひと頃感動を呼んでいましたから、それで何となく今でも覚えていました。
サッカー占いのタコ、確かバウル君という名前だったかな?
円空と言えば岐阜ですヨ!淡墨桜は今5分咲きだそうです。
投稿: bella | 2013年4月 4日 (木) 22時21分
世界中のお友達とコミュニケーション図れるんだから語学の才能ばっちりですよ。なんかもったいないみたい。どこかに生かせないかしら?
それにしてもすくないお金で上手に旅するのって大変だけどスリルもあって楽しいですね。
agewisdomさんへ
たしかにコミュニケーション出来てはいましたが、語学力は本当に怪しいものです。決して謙遜して言っているのではなく、本当に片言です。ポケットには常に手の平サイズの辞書を忍ばせていました。”英和・和英”のほか旅行会話例文も載っていて、海外旅行には欠かせないものです。
これがあるからこそ、コミュニケーション出来たようなものです (^_^;;アセッ!
個人旅行ですから、いかに切り詰めて1日でも長く旅することができるか・・・というのも隠れたテーマでもあります。
しかし、なかなか思うがままにならないものです (。_。)!
投稿: agewiddom | 2013年4月 4日 (木) 23時23分
お早うございます
今回のシリーズはいろいろと変化があって
興味深く拝見させて戴きました
そしてこんな奇跡もあるのですね
広い世界の一角で知人に再び
出会うなんて不思議な縁ですね
それにしても慕辺未行さんの国際感覚
素晴らしいです 行動力にも感服します
若さだけでは片付けられません
積極的な生き方にはとても真似が出来ません
古都人さんへ
カトマンドゥから一度インド・ダージリンへと旅し、再びカトマンドゥでのんびりしています。
のんびりというより、そうせざるを得ない体調だったと記憶しています。
イングリッドはトレッキング中に知り合ったので、いずれはカトマンドゥへ戻って来るはずです。カトマンドゥでも私が滞在していたタメル地区は、特に外国人ツーリストが多く集まるエリアなので、再会できたことはそれほど不思議ではありません。
それでもやはり、エルマー&アンジュラ夫妻同様、およそ2週間一緒に歩いた仲間ですから、再会は本当に嬉しかったです。
海外へ一人旅、しかもやや長期に渡ってとなりますと、日本人よりも他の国の人と話すことのほうが多くなりますし、このような行動もごく当たり前のように、自然に出来るようになります。
でなければ、話し相手もなく寂しいばかりです。
投稿: 古都人 | 2013年4月 5日 (金) 06時26分
旅行するということは
働かずにお金を消費するということですから
どんなに節約しても
長期になれば大変なことになりますよね。
後進国だから物価は安いだろうと思っていると
一般的には確かに安いけれども
外国人にだけ高かったりする。
それでも旅行好きな人間にはやめられないのですよねえ…
zooeyさんへ
往復の航空運賃を含め、ある程度の予算は決めていますが、それでも状況によりますからねぇ。
ネパールではビザの延長やトレッキングパーミットの取得が、予想以上に高かったことに驚きました。
ネパールの場合、外国人だからと、それほどボラれる事はありません。お土産品は多少あるでしょうが、他の国のように5倍も10倍もふっかけられることはありません。
少しでもネパール語が話せたからかもしれませんが・・・。
たとえボラれていたとしても、それだけの価値があると思えば買うでしょうし、旅好きなものとしては、ボラれても決してその国が嫌いにはならないのですよね。
投稿: zooey | 2013年4月 5日 (金) 09時36分
この前日の記事ですが、フランス人と隣り合って眠るとは・・・
私ならすごく勇気がいります。でも英語を話すのでよかった
ですね。
フランス人は英語を馬鹿にして話さないのかと思っていたら
そういうことはないのですね。以前パリでエステをしてもらった時
英語で話しかけても何の反応もなくて、無言のままでとても
気づまりでした。
英語を話せるフランス人と一緒で私もほっとしました。
matsubaraさんへ
たしかにフランス人は英語を使うことに抵抗があるようですが、それは自国にいる時のことではないでしょうか?アジアへ旅に来てそこでもフランス語に固執することはないと思います。
トレッキング中にもフランス人夫婦と知り合いましたが、彼らとも英語でコミュニケーションしていました。
でもやはりフランス人って、どこかとっつきにくい気がします。私が今まで出会ったフランス人は、自分から進んでコミュニケーションしようという雰囲気があまり感じられませんでした。
投稿: matsubara | 2013年4月 5日 (金) 17時14分
こんにちは~♪
旅日記、経験出来ない素敵な旅を
素晴らしい文章で綴られており
その展開に思わず引き込まれ楽しく拝見させて頂いています。
ご紹介も多くの方の参考に成りそうですね。
旅先の様子が身近に感じられるお食事やお買い物、
お友達との会話やお宅のご紹介は興味津々です。
旅先での体調不良は凄く不安で
お困りだったのではと思います。
沢山の出会いが有りますね。語学力が有ればこその
出会いが有ったのではと思います。
写真のプレゼントはお喜びに成った事でしょうね。
フランス人との2年後の奇跡、楽しみです。
すみれさんへ
たしかにこのような経験、なかなか出来ないと思います。
30才という働き盛りの年齢に、こんなのんきな旅をしているのですから、どちらかと言えば『けしからん』ことです (^_^;;
世の中にはこんな種類の人間もいるとご理解いただければ・・・(笑)
もう20年の昔の話ですから参考になるかどうか・・・?
旅先での体調不良、確かにきついですが、ゲストハウスのスタッフたちとはずいぶん親しくなっていましたので、ずいぶん助けられました。
語学力、ホントお恥ずかしいことにあくまで『カタコト』レベルです。この旅日記を読むと、いかにも英語がペラペラのように思われるかもしれませんが、本当に大したことはありません。
2年後の奇跡、1994年のネパールの旅もまた再掲載する予定でいますので、楽しみにしていてください。
投稿: すみれ | 2013年4月 5日 (金) 18時10分
毎回、これこそ本当の「旅」だなぁ~・・・なんて思いながら、
とても楽しんで読ませていただいています
ファミリーのように共に時間を過ごした仲間との再会も、
旅の中のドラマティックな出来事のひとつですよね。
前回記事のルームシェアしたフランス人男性とのお話、
〝2年後〟がとても気になります!
hananoさんへ
本当の「旅」・・・と感じて頂けて、光栄です (^o^)!
私自身、この旅の中でカトマンドゥ滞在の日々は、旅先というよりもネパール国内の次のトレッキング先へのペースとなる街であり、トレッキング後の疲れを癒す街でありました。
そんな日々の中、トレッキング仲間と今度は街の中で会うことができ、カフェで待ち合わせしたことは、楽しい思い出として残っています。
フランス人との話、この2年後の旅日記もいつか再掲載するでしょうから、お楽しみに!
投稿: hanano | 2013年4月 6日 (土) 18時32分
特にまだ若い頃の出費は、どうしても辛いですよね~
でもでも決して代えがたい、素敵な経験をされたのですもん
今から思えば、全然、惜しくないんじゃないですか
貯めるのも大切ですけど、貯めるのに一生懸命になって、大事なことに遣うことを恐れて忘れてしまわないように・・・
(って、遣いすぎて、迷惑をかける人になっちゃってたら、それこそダメダメですけど~)
人との出会いと別れって辛いですが、ほんと思いもかけない再会を果たしたり、つながりがあったりしますよね~
でも・・・こんなにも広い世界であるなんて、不思議なものです
きゃぶさんへ
貯金が何千万とあるわけもなく、帰国後のことなどを考えると、そんなにムチャクチャ出費もできませんし、1日でも長く旅を・・・と考えると、少しは節約もしなければ!
それでも私自身の人生の中で、この旅の日々はとても貴重な体験であり、この旅に投資したお金は決して『無駄遣い』ではありませんしね。
長い人生を考えれば『貯めること』も必要ですが、そればかりではつまらないですよね。使うべきところでは有意義に使うことが大切だと思います。
トレッキングを終えてしばらく経ちましたが、イングリッドは私の倍近い日々をトレッキングしてきたのですから、スゴイです。カトマンドゥで再び会えて本当に嬉しかったです。
投稿: きゃぶ | 2013年4月 6日 (土) 19時30分