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2013年4月 2日 (火)

ヘトヘト状態でカトマンドゥへ(再掲)

4月6日(月)
(夜行バス)カトマンドゥ

 結局一睡もできぬまま朝となり、胃と腸が強烈に痛む。耐えること数時間、「もう少しでカトマンドゥだ」と思ったら、突然ストライキ。カトマンドゥへ入るすべてのバスがカトマンドゥ市内直前でストップ。バスだけでなくタクシーもリクシャもすべてスト。乗客は皆ここで下ろされ、歩いて行くしかない。この体調ではとても辛いのだが、歩くしか術はない。歩を進める一歩一歩がお腹に響く。本当に苦しい。

途中、アヌの知り合い宅があり、しばらく休ませていただく。まだ下痢をしていて、今回の旅(日本出国以来)3度目の抗生物質を飲む。少しは楽になり、さらに1時間ほど歩く。気がつくと、ダルバール(旧王宮)広場だ。このままマナスル・ゲストハウスへと戻りたかったが、ゴビンダが「家へ来てください」と、どうしてもきかない。彼らの世話好きや人懐こさは、とてもありがたいのだが、時としてこのように有難迷惑になることもある。

ゴビンダの家にて6~7時間体を休め、ゲストハウスへ。しかしすでに今日は満室。もう午後4時である。スタッフが何とか策を練り、この夜はアンジュさんのマッサージルームを借りて眠ることとなった。

それにしても、この日のストライキは一体何が原因だったのだ?パタン市内で18人、ニューロードで7人が殺されたという。学生や労働者たちのデモなのだろうか?ダージリンへ行くときも、バスパーク付近で学生たちとそれを鎮圧しようとする警察との闘争を目の当たりにしたし。そのようなデモによりストライキが起こったとしか考えられない。街中の店はほとんど閉めていた。1日だけのことならいいのだが・・・。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

4月7日(火)

 午前8時20分起床。まだ部屋は空かない。昨日はまともに食事をとっていない。ゴビンダの家で少しのドーナツとビスケット、夕食はベジタブルスープを飲んだだけ。もう少しちゃんと食べなければ。
朝食は近くのレストランでトースト、目玉焼き、ハッシュドポテトに紅茶。少しは食欲が出てきた。

その後部屋が空き、アンジュさんにマッサージをしていただく。1時間、全身を入念にしていただいて400ルピー(およそ1200円)。荷物を整理し、少し買い出しに行く。戻って来てシャワーを浴び、外を見ると、ゲストハウスの前の通りをデモ隊が練り歩いている。彼らが掲げているプラカードやビラには、「Tibet is Tibet. Not China !」とある。どうやらチベット独立に関するデモのようだ。カトマンドゥの街のいたるところにこのビラが貼ってあることは、俺自身も知っている。部屋のバルコニーからカメラを向けると、手を振って応えてくれる。なんかとても平和的なデモだなぁ。

Img529
たくさんの市民が「チベット独立」を願って、デモ行進(?)していました。(1992年当時)

このあと再び外出し、200ドル、ブラック(闇ドル)で両替($1=47.5ルピー)した後、ズボンを1本購入。明日はTシャツでも買うか。
夕食はマナスル・ゲストハウスでフライドライス(チャーハン)とオムレツ。ケチャップはかけてなかった。彼らが言うには、「おなかの調子が悪い時はケチャップは良くない」らしい。どうやら皆が俺の体調を気遣ってくれているようだ。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

*この旅日記は1992年のものです。

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