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2013年4月 3日 (水)

フランス人とルームシェア(再掲)

4月8日(水)

 8時30分ごろ起床。朝食後、ゲストハウスのオーナーに「今日だけフランス人の男性と一緒にツインに入ってくれないか?」と頼まれる。理由はこうだ。1組のカップルと1人の男が宿泊に来たのだが、今空いている部屋はツイン1室のみ。1人旅のフランス人は、前にもここで泊まっていて、また戻ってくる約束で余分な荷物を預けておいてトレッキングに出かけ、今日帰ってきたそうだ。だから彼を泊めないわけにはいかないのだ。そこで、俺のシングル(とはいえ、ベッドの広さはダブル並み)にカップルを入れ、俺と1人旅のフランス人男性がツインで相部屋することによって「すべてが丸く収まる」というわけだ。
他にもシングル利用者はいるのだが、オーナーは「あなたにしか頼めない」と言うので、ここは長くお世話になっていることもあるし、数日後にはトレッキングに出かけるつもりなので、OKした。

アンナプルナ周遊のトレッキング・パーミット申請のため、イミグレーション・オフィスへ行くが、相変わらずの混みよう。おまけに暑い。体調がまだ万全ではないのか、並んで待っている途中、ややめまいを感じた。この日の申請はあきらめ、並ぶのをやめた。

スーパーで日用品の買い出しをし、12時ごろ、日本料理店「古都」にて昼食。カツ丼は、味がご飯までしみずに今一つ。しかし、久しぶりの味噌汁はうまかった。

イミグレーション内の銀行で100ドル両替し、午後はブラブラする。現像依頼しておいた写真を受け取り、レストランでミックスフルーツラッシーを飲む。ゲストハウスへ戻ると、アヌも来ていて写真を見せてあげる。

夕方、Tシャツを3枚、長袖Tシャツ1枚買う。夕食は、ビーフ・ストロガノフを食べてみる。なかなかいける味だ。ライスにかけながらも美味しい。50ルピーならゲストハウスのダルバートよりいいのではないか?
6時半ごろ、ゲストハウスへ戻る途中、まだこの時間なのにほとんどの店が閉店。「これは当分危ないか?」と思いながらゲストハウスへ到着すると、パブラムが「明日も早朝よりストライキが行われる」と言う。彼と予定している(時間と俺の体調次第だが)タンセン(ネパール中西部に位置する街で、彼の生まれ故郷)行きが1日遅れそうだ。

夜、エヴェレスト・トレッキングの写真を整理していると、相部屋となったフランス人が帰って来た。彼に「もし良ければ、見ますか?」と、彼に写真を見せながら、トレッキングの話をした。彼は俺と同い年で、2人の子供がいるらしい。今回は、パリで開いている自分の店(アジアの民芸品などを扱っているそうだ)の商品の買い付けの傍ら、アンナプルナ周遊のトレッキングにも出かけ、今朝帰って来たところだそうだ。ちょうどアンナプルナ周遊を計画している俺にとって、渡りに船!彼からアンナプルナ周遊についての最新情報を得ることができる。
彼の話によると、トロンパス(トロン峠;標高5416m、アンナプルナ周遊トレッキング最大の難所)付近は、それほど寒くなく、雪は多少ある程度のようだ。トロンフェディ(標高約4700m)にて、高山病で10人ほどが下の村へと下山したという。ほとんどの村のロッジにホットシャワーがあり、電気は所々ないそうだ。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

*この日会ったフランス人の男性、名前も住所も聞くことなく「一期一会」の出会いだと思っていましたが、彼と夜交わした会話、ほんの少しの時間の記憶が、この2年後に奇跡を呼びます。

*この旅日記は1992年のものです。

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