« 砂埃にまみれて(再掲) | トップページ | 2013 戸田川緑地の春 その3 »

2013年4月18日 (木)

初日のロングウェイ(再掲)

4月17日(金)晴れ
ベシサハール7:30(徒歩)11:20ブルブレ12:10(徒歩)13:30ナディ13:40(徒歩)15:45バフンダンダ

 6時20分起床。洗濯したものはすべて乾いてザックに整頓。これが意外に時間がかかった。ザックを背負っての徒歩旅行(トレッキング)は、荷物の詰め方一つで、ずいぶん負担が違うからだ。朝食は、ミルク・ハニー・ポリジ(はちみつ入りミルク粥)にレモンティー。
*「軽いものは下へ、重いものは上へ」が基本的な荷物の収納です。頻繁に使うものは、たとえ軽いものでも出し入れしやすい上の方、またはポケットなどに入れます。

7時半、さぁいよいよ出発。ベシサハールの街は南北に長い。商店街のようなところを30分ほど歩くと山間の道となり、トレッキングルートとなる。マルシャンディ峡谷を行く。比較的平坦な道で、荷物を背負っている背中以外は汗をかかない。

Img392
ベシサハール~クディーで。マルシャンディ川沿いを歩きます。

クディー付近にて、小学校の建設基金の寄付を募っている人がいた。そこで俺も100ルピー寄付。どこまで本当か分からないが、多くの人々が協力しているようだし、まぁいいか。
マルシャンディ峡谷へは、多くの滝が流れ落ちている。やがてマルシャンディ川にかかる吊橋が見えてきた。橋を渡るとブルブレの村だ。

Img394
このような滝が、あちらこちらで見られます。ヒマラヤからの雪解け水でしょうか?

Img393
吊橋を渡ると、ブルブレの村です。

ブルブレにて昼食、エッグ・フライドライスにファンタ。50分ほど休憩し先へ進む。ナディまで1時間半弱。ここからバフンダンダまでは、まだ2時間はかかるという。ゆっくりゆっくり進む。時々、さほどきつくはないが、登りがある。バフンダンダへあと30分というところでティータイム。そして最後の登りを登りきって、バフンダンダへ。休憩を含め8時間15分である。初日にしては、長い道程だ。

この日の宿泊客は俺一人かと思ったら、やがてガイドを伴った1人の男性。お互い「ハロー」とあいさつし、国を訊ねあった。彼の国を聞いて内心「あー、英語で話してよかった」と思った。実は、ガイドを伴った1人旅のこの男性、インドネシアから来ているそうで年齢は50才。しかし、その顔は「まるで日本人」と思うほど!もし日本語で声掛けていたら「???」となるところだった。
俺が「あなたは日本人に見えますよ」と言うと、彼は笑いながら、「カトマンドゥでは日本語で”こんにちは”とか”トモダチ”などと、よく声掛けられたよ」と話していた。初めは全く意味が解からなかったらしいが、慣れるにつれ”こんにちは=Hallo””トモダチ=Friend”と、理解できたそうだ。彼の顔つきから、ネパールの人たちも、彼を”日本人”と勘違いしたのだろう。日本人の俺でさえ、そう思ったぐらいだから。

夕方はのんびり過ごし、夜7時ごろ、夕食はダルバートとムスタンコーヒー(ロキシーのコーヒー割り、ロキシー=ネパールの焼酎)。エヴェレスト街道・トレッキング同様、相変わらずムスタンコーヒーを飲もうとしている。そして8時過ぎには体を休めた。

バフンダンダ、ラクシミ・トレカッカーズホテルにて

*この旅日記は1992年のものです。

|

« 砂埃にまみれて(再掲) | トップページ | 2013 戸田川緑地の春 その3 »

コメント

20年前の慕辺未行さんのお姿に、(ノ゚ο゚)ノ オオォォォ-
となり、雪解けのヒマラヤに(ノ゚ο゚)ノ オオォォォ-
となり…
多分、生涯縁のない景色を堪能いたしやした
でも慕辺さんは、再来訪なさりたくなりますよね?


と~まの夢さんへ

20年前、ずいぶん髪も長くて薄くもない・・・若かったなぁ(笑)
こちらのトレッキングコースは、エヴェレスト街道に比べれば訪れる人は少ないのですが、それでも8000m級のアンナプルナ山群が眺められるコースです。
この先のヒマラヤの景色もぜひ、楽しみにしてください。
そうですねぇ、もしまた行けるチャンスがあれば、『世界一美しい谷』と言われるランタンへトレッキングに行きたいです。

投稿: と~まの夢 | 2013年4月18日 (木) 14時37分

こんばんわ
まだ頑張られるのですね
地図を見ていますと「ベシサハール」はありました
西に向かわれるのですか
タフですね 若さだけでは達し得ないガッツですね
日本人の顔は世界中で結構間違われ易い部分が
ある様ですね


古都人さんへ

このときのネパールの旅の目的は、エヴェレスト街道と、このアンナプルナ周遊のトレッキングでした。
ベシサハールは、わりと大きな街だったと記憶していますので、地図にも載っているのでしょう。
マルシャンディ川に沿って上流へと歩いていきます。
当時まだ30才。常々ジョギングや腕立て伏せなどでそれなりに鍛えていました。とはいえ、ヒマラヤ・トレッキングは道のりが長く、鍛えているという自信も吹っ飛んでしまいました。
私自身はまず日本人に見られますが、このインドネシアの方は中国系なのでしょうが、ホント日本人に見えました。

投稿: 古都人 | 2013年4月18日 (木) 19時45分

懐かしい雄姿。
我が娘はアメリカで中国人と間違われてばかりいたので、私は楊貴妃の生まれ変わりと思うことのしたって、豪語していました。叔母も中国人によく間違われて「シャウリン・メナツ」と自分のこと読んでいました。母は典型的日本。私はなんでしょうねえ。


agewisdomさんへ

懐かしい・・・ですか?(^_^;;
一度お読みいただいた記事ですもんね。何度もすみません(笑)
アメリカですと、日本人より中国人のほうが圧倒的に多いでしょうから、そう思われたのかもしれないですね。
私はドイツで一度だけ中国人に間違われました。ちょっと憤慨する出来事だったのですが、私が日本人と分かった途端、態度を変えました。
私も、私自身どう見ても日本人にしか見えないと思うのですけどねぇ!

投稿: agewisdom | 2013年4月18日 (木) 21時57分

私達も帰国した後からずっとネパールに
寄付を続けています。なかなか訪問しませんが
友人が届けてくれます。グループで援助しています。

インドでは物乞いにあげたりもしました。

前から聞こうと思っていたのですが、
ジンと言う呼び名の由来は何でしょうか。
本名とも似ていないですし・・・


matsubaraさんへ

経済的にまだまだ苦しいネパールの人々。貧しい寒村では、学校へ通うこともできない子供たちがまだまだたくさんいるでしょう。
そうした中でのご援助、頭が下がります。寄付という援助だけでなく、何か雇用を生み出すような援助も今のネパールには必要だと思います。

ジンというニックネーム、若いころ北海道にある宿でつけられました。鄙びた宿で何泊もし、ふと宿の看板を作り始めたのです。文字を浮き彫りにさせる形で彫刻刀で彫り続けました。
そんな姿を見ていたある旅人が「昔、左甚五郎って言う彫師がいたよなぁ」と言い、それから「ジン」に呼ばれるようになりました。
私自身もこのニックネーム気に入って、以来「ジン」で通しています。漢字で書くときは甚五郎さんの『甚』を使っては申し訳ないので、『仁』を使うようにしました。

投稿: matsubara | 2013年4月20日 (土) 08時17分

慕辺未行さん こんばんは
バスの旅、過酷ですね。交通手段と
しては止むを経ずで、誰もが同じ条件だと思いますが
拝見しているだけで相当の疲れを感じ
慕辺未行さんのタフさも知りました。
お写真、気のせいかお痩せに
成られたのでは?と思いました。
インドネシアの方、日本人のお顔立ちは
出会ったら何だか親しみを感じそうです。


すみれさんへ

ネパールは地形が険しく、鉄道は通っていないし、道路を造ること自体も大変です。
首都カトマンドゥとネパール第二の街ポカラを結ぶ国道でさえ、舗装してあるものの、ところどころ穴があいていたり、決して快適な道ではありません。
ましてバスは、当時は本当にオンボロバスがほとんどでした。とはいえ、交通手段としてはそれしかないので、仕方がありません。
体調を崩したこともありましたし、その当時はもともと痩せていましたから!
インドネシアのおじさん、この旅日記の中で今後も出てきます。一緒に撮った写真もどこかで紹介します。ホント日本人みたいですよ。

投稿: すみれ | 2013年4月20日 (土) 19時20分

私は重いザックを担いでの旅行は経験したことないので
何も分からないのですが…

>「軽いものは下へ、重いものは上へ」が基本的な荷物の収納

は、不思議な気がします。
普通に考えたらその反対になりませんか?
クダラナイことでスミマセン。


zooeyさんへ

ザックへの荷物の収納方法ですが、どのようにパッキングしようとも全重量は同じでしょう。しかしバランスが違います。
重いものが下になるとザックも下へと負荷がかかります。
しかし軽いものを下に詰め、その上に重いものですと軽いものが緩衝材の役目となり、負荷の掛かり方も違ってきます。
うまく説明できませんが、これは『山』をやる人の間では常識(だと思うこと)なのです。

投稿: zooey | 2013年4月20日 (土) 23時35分

今日まで 一度も「ミッシング」にならずに 一人旅をなされて よかったですね!
国内ならまだしも ヒマラヤ付近だったら 雪男に連れて行かれたかも・・
ローテンブルク犯罪博物館も行きました 紙面の都合上 割愛
しましたが、女性のほうを罰する器具が多かったカモ
英国は 姪がキューガーデンズの学芸員をしていて 行くチャンスがあります   滞英経験もありますが フィルムカメラ時代
大昔です~~
明治村、週末だというのに 結構空いていました ハイキング
にはいいですが 子供などには ディズニーランドのようなもの
には負けるでしょうか    外人さんご案内なさってよかったですね


bellaさんへ

アハッ!(^_^;;アセアセッ!
初めての海外でトレッキング中に迷子になりかけましたし、もしかしたら『MISSING』されたかも(笑)
雪男ならまだしも、今だ『マオイスト(毛派)』と呼ばれる過激な人々がいますし、そちらのほうが怖いかも?!
犯罪博物館、やはり訪れているのですね。言われてみれば確かに、女性の刑罰の道具が多かったような気が・・・。
キューガーデンって、世界的な植物園なのですよね。姪御さんがそこの学芸員なのですか?!(゚o゚)スゲェ!
さすが、bellaさんのご家族。スゴイです。
近年はレジャーも多様化していますし、明治村も今は訪れる人もずいぶん少なくなったでしょう。
案内したイタリア人、日本建築に興味があったそうで、それで明治村を案内することになりました。

投稿: bella | 2013年4月22日 (月) 20時51分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 砂埃にまみれて(再掲) | トップページ | 2013 戸田川緑地の春 その3 »