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2013年2月13日 (水)

ゴラクシェプへ(再掲)

3月19日(木)晴れ
ロブチェ7:15~9:10ゴラクシェプ9:50~12:00カラ・パタール(5545m)

 6時30分ごろ起床。絶好の青空が広がっている。
パンケーキとチーズオムレツで朝食とする。

出発準備をしていると、昨夜は隣のロッジに泊まったイングリッドさんがやって来た。
さすが、「インターナショナル・エヴェレスト・トレッキング・ファミリー」だ。
ロッジが別々になっても心は一つ!

いよいよ、最終目的地であるカラ・パタール目指して出発する。
もちろん、5人一緒だ。

Img251
カラ・パタールを目指すべく、ロブチェをスタート。ヒマラヤを眺めながら歩いていきます。左端の山はプモリ、この山の尾根の先端がカラ・パタールです。

Img252
上の写真の右側に写っているところが、この写真につながります。ヌプツェが目の前に迫っています。


初めのうちは、平坦な道だが、やがてゴロゴロとした岩山のアップダウンとなる。
高山病のせいか、昨夜はよく眠れず、風邪もひいたみたいで、体調は今一つ。
なるべくゆっくり歩く。というか、そうならざるを得ない。
すでに標高は、5000m付近なのだから。

Img253
そろそろ標高5000mを超えたでしょうか?ヒマラヤがずいぶん近づいてきました。(↑最初の写真に比べ、かなり近くまで来ています。)


すると、少し先に小さなテントが見えた。
俺達5人は皆、気づいている。
「あれは、ディンボチェで会ったマウンテンバイクで来ている日本人だろう!」と。

テントの前に数人のトレッカーがいる。やがて彼らは大きな声で俺を呼んだ。
「dsching , come on , come here ! (ジン、来てくれ、こっちへ来てくれ!)」
「何事か?」と思った俺たちは、急いでテントがあるところへと向かった。

「Hallo ! What's happen ? (ヤァ!何かあったのか?)」と尋ねると、彼らは
「こんな時間になっても、寝ているなんておかしいだろ?だから声かけたんだ。だけど返事がないんだ。もしかしたら高山病で倒れているかもしれないし…。君なら同じ日本人だから、君が声かければ返事があるかもしれない。」
と話した。

「なるほど!」と思い、俺はテントの中に向って日本語で声かけてみた。
すると、男から返事が!
その声を聞いて、俺たちを含めそこにいた10人ほどのトレッカー皆、
「オォーッ!」と、少し安心!

やがて男がテントから出てきた。
俺は彼に、皆が心配していることを話すと、彼は
「すいません。声は聞こえていたんですが、体がだるいし、英語で話すのも面倒だったので・・・」
と苦笑いしながら答えた。

周りのトレッカーたちは、皆「大丈夫か?」「今日、カラ・パタールまで行けるのか?」と尋ねている。
俺は、一つ一つ通訳していた。
彼は、「大丈夫です。ありがとうございます。今日は無理かもしれませんが、明日なら行けると思います。」と日本語で答えた。
俺はそのことを皆に話すと、皆も
「そうか。頑張れヨ!成功を祈るヨ!」と、彼を励ましていた。
俺も彼に「ここまで来たんだから、絶対にあきらめるなヨ!」と、同じ日本人としてエールを贈った。
彼は日本語で、そこにいる人々に何度も頭を下げながら、
「すみません。ありがとうございました。」と繰り返した。
多くのトレッカーに励まされ、元気づけられ、彼もカラ・パタールを目指すだろう。

ロブチェから2時間ほどでゴラクシェプ到着。
標高は5000mを超えている。
ゴールのカラ・パタールへは、ここからまだ500m近く登らなければならない。

目の前の丘の頂上がカラ・パタールなのだが、近いようで遠い。
ドイツ人夫妻のアンジュラさんは、「もう私には、これ以上は無理!」と、
自らの体力の限界を感じたのか、ゴラクシェプに残ることにした。

Img254

ゴラクシェプ(約5100m)にて。なぜか砂浜のようになっています。これははるか昔の名残でしょう。インド亜大陸がユーラシア大陸のプレート下に潜り、ヒマラヤは隆起してこれほど高くなった、その証明でもあります。きっと大昔のこの辺りは、海辺だったのではないでしょうか?これから、背後にある丘を登って行きます。

*この旅日記は1992年のものです。

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