« 断念(再掲) | トップページ | 旅の終わり(再掲) »

2013年2月28日 (木)

20代最後の日(再掲)

3月24日(火)晴れ
パクディン8:10(徒歩)10:40ルクラ

 とうとう20代最後の日。そして、トレッキング最後の日でもある。背後にクンビラやヌンブルが、我々を見送るかのように聳え立つ。ルクラは、この街道沿いをややそれた丘の上にある村だ。分岐まで来た。左へ行けばルクラ、まっすぐ行けば、カリ・コーラを経てジリへ。できることなら、まっすぐ行きたかった。しかし、今の俺では左へ針路を取るしかなかった。さほどきついところもなく、2時間でルクラ到着。

Img297
パクディンのロッジを出てすぐ、この吊橋を渡ります。とても名残り惜しい・・・。

Img298
パクディンから見たヌンブル(6957m)

ルクラは、カトマンドゥから直行便がやってくる、いわば、エヴェレスト街道の「空の玄関口」。ロッジや日用雑貨店、登山用品のレンタルetc...。大きな村だ。この時もちょうど、日本から中高年のトレッキンググループがやって来た。

そして、異様な日本人の姿も見た。彼らは俺以上に疲れ果てている様子で、まだ若いのに杖をつきながらフラフラと、やっとここまで戻ってこられた、といったように見えた。
そう、彼らは途中で出会った3人の学生で、ジリからナムチェまで我々が8日かけて行く行程を、わずか5日で行くと言い、昼食時に日本語で「ご飯、ラーメン」と言って、仲間たちのひんしゅくを買った男たち。
彼らの歩く姿はあまりにも痛々しいが、しかし、自業自得と言えばそれまでだ。ラジンは彼らと最初に会った後、彼らのスケジュールを「クレイジーだ」と言っていたし、あのペースで行けば当然の結果だ。
彼らは俺たちに気づいたようだが、この時はお互いに声をかけることはなかった。声をかけるのがはばかれるほど、彼らの歩く姿は痛々しかった。

それにしても、カトマンドゥへはいつ帰れるのだろうか?明日のバースデーフライトに間に合うだろうか?ラジンは何度もチケットの予約に奔走している。そして午後3時。どうやら明日のフライトの予約がとれたようだ。30代のスタートは、ルクラ~カトマンドゥのフライトで始まるわけだ。

Img299
20代最後の日。エヴェレスト街道トレッキング最後の日と重なりました。ルクラ、サウスコル・ガーデンロッジにて。ラリグラスがあちこちに飾られています。

Img300

ルクラより、東にそびえる山々。3枚つなげてパノラマにしてみました。

短いようで長い、けど長いようで短い旅だった。200Km以上は歩いただろうか?左膝の痛みは、最後まで治らなかった。風邪も治らない。カトマンドゥでしばらく休養し、次の予定へと向かおう。

ルクラ、サウスコル・ガーデンロッジにて

*この旅日記は1992年のものです。

|

« 断念(再掲) | トップページ | 旅の終わり(再掲) »

コメント

200km超・・・気が遠くなるくらい、たくさん山道を歩かれてshoe
20代最後の日、思い出深い日になっていらっしゃるんですね
私は20代を名残惜しんで、騒いでたことしか覚えていませんsweat01
こんな壮大な旅をされて、きっと一回りも二回りも大きくなられたことでしょうupup
貴重なご経験ですよねっconfident


きゃぶさんへ

実際の距離は決して定かではありませんが、あくまで『おおよそ』の距離です。
しかし、一日10Kmとしても200Kmですから、これより多いのか少ないのか・・・(-_-)ウーン...?
20代最後の日、これは”たまたま”そうなったのですが、こんな日だったからこそ、より印象深くなったのでしょう。
とりわけ、エルマー&アンジュラと今も交流があること、最大の財産です。

投稿: きゃぶ | 2013年2月28日 (木) 22時11分

こんばんは。
20代最後の日、思い出に残る日だったのですね。

自分はいったいどうしていたかなと考えてみました
けれど、まったく思いだせないです。
それだけ何もなく、あまり意識することもなく
過ぎたんだと思いますsweat02


Junjiroさんへ

『旅先』という”非日常”だったからこそ、の思い出です。
私自身、他の”節目”の誕生日は、何も覚えていません (>_<)!
バブル経済がはじけ、そして出掛けた旅でしたが、とにかく「行って良かった」と思います。
意識していなくても、覚えていなくても、日1日と人は年を重ねます。
そんな日々の中で、『一生の思い出』になる1日、たくさん作れると良いですネ!

投稿: Junjiro | 2013年2月28日 (木) 22時31分

宇都宮から東京往復で約200キロ。ヤダ、平らだって歩きたくないって思いました。すごいですねえ。
でもいい思い出にはなりましたね。


agewisdomさんへ

我が家から名古屋の街の中心部まで、およそ10Km弱。
信号が多い道路では私も歩きたくないです。
この旅に出発する前、実際に中心部から歩いて帰って来ましたが、数ある信号と車に『辟易』していました。
大自然溢れるところだからこそ、歩き続けられたのでしょう。

投稿: agewisdom | 2013年2月28日 (木) 23時26分

最近のSaas-Feeの風は歩かなくなっているから足腰が弱ってきているはず。
もともと歩くことを苦にしない・・・といっても200kmなんて歩いていたわけがない。

↑写真の標高はどれくらいなのかわかりませんが
高地でしょうから歩く速度を気にしながら・・?


Saas-Feeの風さんへ

ネパールでのトレッキングの場合、それほど精密な地図があるわけではなく、アップダウンもかなりありますので、正確な距離は分かりませんが、およそそれぐらいだろうとのことです。
トレッキング中は「あと何Km?」ではなく「あと何時間(分)?」で尋ねます。
この日の出発地のパクディンで2500mぐらいでしょうか?ルクラが2800mぐらいだと思います。

投稿: Saas-Feeの風 | 2013年3月 1日 (金) 16時36分

慕辺未行さんへ
こんばんわ
涙を呑んでの決断でしたね
吊り橋の写真を見ても左の膝痛を庇って
おられる姿が見て取れました
今日の記事では私の地図も役立ちました
そうですね 大分無理をされて来られたので
しっかりと休養が必要ですね
次の予定とありましたがまた山道ですか


古都人さんへ

往復歩き通したかったのですが、あの時の状態では「無理」と判断しました。トレッキング・パーミットもそのつもりで申請していたのですが、止むをえませんでした。
毎々、地図をご覧になりながらお読みいただき、大変嬉しく思います。
私の手持ちの本から地図をスキャンできればよいのですが、プリンターのスキャナー機能が半ば故障中で、スキャンできないのです。
次の予定も、別のコースを歩きます。それまでしばし休養です。

*もし大きな図書館へ行く機会がありましたら、『山と渓谷社』発行で内田良平氏著の写真集『エベレスト街道』『アンナプルナ周遊』『カトマンズ百景』の3冊、よろしければご覧ください。
詳しい地図も掲載されています。

投稿: 古都人 | 2013年3月 1日 (金) 19時11分

こんばんは~  体調が悪く、トレッキングを終りにして
二十歳台の最後を迎え、 そしてヤクの断末を見る・・
切ないことばかりが 重なりましたね
読んでいるだけでも 胸に”ジン”と来ます!
でも それが青春・人生・旅なのでしょう・・
”今”の礎になっているのですね  
そして次の旅の始まりにもなったのでしょう・・

春一番も吹いて 早くも3月ですね  
お母様もお元気にお過ごしになられるといいですね


bellaさんへ

往路でのいくつもの峠越えを考えますと、この決断も仕方がありませんでした。
残念ではありましたが、次の目的を考えるとこれ以上膝に負担はかけられませんでした。
倒れていたヤクの姿は今も思い出すことができます。必死にもがいている姿、本当に強烈でした。
こんな旅の終わりも”青春”であり”人生”の一部ですからね。20代の終わりと30代の始まりはとても印象深いものになりました。
母は今通っているデーサービスにもずいぶん慣れ、友達も少しずつ出来ているようです。
自分から「デーサービス行くのが楽しみ」になってくれると一番良いのですが、もう少し時間がかかりそうです。

投稿: bella | 2013年3月 1日 (金) 21時39分

慕辺未行さん  こんばんは
20代最後の誕生日、思い出深いものに成りましたね。
素晴らしい旅先でのお誕生日は
誰でも経験できる事でなく、それだけでも
意義深いものに成ったのではと思います。
雄大な景色ですね~
素晴らしい山々を見ていると気持ちの持ちようも変わりそうです。
無理を重ねて頑張りのトレッキング
苦渋の断念だと思いますが、沢山の宝物が
増えたのではと思います。


すみれさんへ

えぇ~っと・・・(^_^;;アセアセ、20代最後の誕生日ではなく、20代最後の日。つまり、この次の日が30才の誕生日なのです (^_^)ニコッ!
でも旅先での誕生日、特に海外ですから思い出深いです。来週すでに予約投稿してありますので、そちらをご覧くださいね。
名残惜しいですが、これらのヒマラヤの山々、見納めです。
しかし歩き始めて3日ほどで膝を痛め、それでもここまで歩きましたし、軽い高山病にもかかりましたから、この決断も仕方がありませんでした。
でも仰る通り、たくさんの宝物、出来ました。

投稿: すみれ | 2013年3月 1日 (金) 22時48分

200kmを歩くって本当にすごいことですね。
しかも高地で・・・。

ここまで来たら、とついつい欲が出そうなものですがしっかり決断され、思い出深い誕生日になりましたね。
こういう貴重な体験を20代でされたというのがすばらしいです。


みーこさんへ

当時、距離的に正確な地図があったわけではありませんが、おおよそそれぐらいの距離だろうとのことです。
アップダウンがかなりありますから、もっと短いかも・・・?
最期まで歩き通す体調ではなく、苦渋の決断でした。
世間的には働き盛りの年齢ですから、あまり得意になってはいけないのですが、バブル経済が破たんした直後の、人生の転機でもあり、この機会に思い切って行って来ました。
5545mまで行ってエヴェレストを眺めた上、今でも付き合いがある海外の友までできたのですから、本当に貴重な体験でした。

投稿: みーこ | 2013年3月 2日 (土) 05時00分

慕辺未行さんの歩行距離、と~まの50年分に相当するかですね~。いや、じぇったい、と~まならしない頑張りっすぅ
それにしても、三十路をそんな風に迎えるとは想像もしなかったでしょ?素敵な思い出ですね~(´∀`*)


と~まの夢さんへ

それは・・・大袈裟ですヨォ(笑)!
50年で200Kmじゃ、1年4Kmしか歩いていないですヨォ!
バブル経済が破たんしたおかげ(?)で、夢の実現に向けて旅立ったのですから、頑張るしかなかったです。
でも確かに、こんな風に20代を終え30代を迎えるとは、当時は思いもしなかったでしょう。

投稿: と~まの夢 | 2013年3月 2日 (土) 21時02分

あちこち旅をされた慕辺未行さんの20代を象徴するかのように、
20代最後の日は、思い出深い時間を過ごされたのですねconfident
前回記事のヤクの話、胸が痛みました。
自然界には、どうしようもないことがたくさんありますね。
日本人学生の3人組、やっぱりsad・・・という感じです。
はやる気持ちがあっても無理をしないこと、断念する勇気を
持つことは、とても大事なことなのですね。


hananoさんへ

最後まで歩き通したくても、体の調子や膝の状態を考えると、断念せざるを得なく、ちょっと悔しい20代最後の日でした。
上り坂で尻尾がちぎれたまま倒れ断末魔の叫び声をあげていたヤク、本当に痛々しい姿でした。しかし、何もできない、してあげられない・・・(;_;)
そしてやはり、痛々しい姿で歩いてきた学生3人組。往路で見た時の元気さはどこにもなく、杖がなければ歩けないのでは?と思うほどふらふらでした。
私自身も悔しい決断をする中で見たこの二つの痛々しい姿、その時の様子は今も頭に残っています。

投稿: hanano | 2013年3月 3日 (日) 13時46分

こんばんは。すっかりご無沙汰してしまって…。
Iポットではいつもキラポチありがとうございます^^

20代最後の日が一連のトレッキング最終日に重なったのですね。感慨もひとしおだったことと…。私はその日何をしていたのかさっぱり思い出せません^^ゞ
誰にもおいそれとは真似できない、厳しくも素晴らしい体験をお持ちの慕辺未行さんを羨ましく思います。


はづ希さんへ

その後御母様の具合、いかがですか?
”キラリ”や”ポチッ”は、はづ希さんとはづ希さんの御母様への『応援』の気持ちです。
でも「重く」感じられるようでしたら、どうぞ仰ってくださいね。

本当は往復歩き通す予定でしたが、体調の問題など有り断念。偶然にも結果的に20代最後の日がトレッキング最後の日でもありました。
他の皆さまからも『素晴らしい体験』とコメント頂いていますが、本来であればバリバリ働いていなければならない年齢だと思います。
しかしバブル経済が破綻したこともあり、このような旅に出ることが出来ました。
しばらく”ココログ活動”お休みされていましたが、それでもこうして立ち寄ってくださりとても嬉しく思います。
エヴェレストをはじめとする雄大なヒマラヤの写真も見ていただけたようで、本当にありがたく思います。
これからも、ぼちぼちで良いですから、お付き合いください。

投稿: はづ希 | 2013年3月 3日 (日) 23時52分

インドは正解でした。
誰も当らなかったのに・・・
さすがー
コメントで無意識にほのめかして
いたのですね。

20代の最期のよい思い出ですね。
私のその日は3人の育児にふりまわされ
自分の誕生日は忘れていました。


matsubaraさんへ

タンドリーチキンについてお答えした時、『インドへ行くかも』と書いてあったような記憶です。
それに『当ててみてください』と仰るほどですから、きっと意外な国では?と思いましたので!
20代から30代。若者から中年へ(?)のときです。
このような形でしたので、より記憶に残ります。他の節目の誕生日は、私も全く覚えていません。

投稿: matsubara | 2013年3月 5日 (火) 08時05分

慕辺未行さん今日は
20代最後の日そしてトレッキングも最後の日
お疲れ様です・・クンビラやヌングルが後ろから
又お会い出来ると良いですね・・と言っている様な
そんな気がします。そしてルクラへそこで見た学生の
日本人可哀想にお疲れの様子、やっぱり無理な
行程は若さでは乗り切れない無謀なトレッキングに成り
自分に返って来ましたね・・
慕辺未行さんは三十代スタートをカトマンズで
今見て来ましたら嬉しいスタートでハッピーでしたね
皆さんにお誕生日をお祝いして頂き
カードやプレゼントも下さって素敵なお友達にも
再会できて楽しい思い出が一杯出来ましたね
さあ・・之からどうなる、まだカトマンズです日本は
未だ遠い・・・楽しみで・・す


咲子さんへ

奇しくも20代最後の日とトレッキング最後の日が重なりました。本当はスタートしたジリ村まで歩き通したかったですが、これ以上の無理は・・・と飛行機でカトマンドゥに戻ることにしました。
ふらふらで歩いていた学生3人の姿、今も脳裏に残っています。それでもポーターを雇わず自分の荷物を背負っていたのは、彼らの意地だったのかもしれません。
このままトレッキングを続け、どこかの村で誕生日を迎えるのも良かったでしょうが、やはりバースデーフライト。そしてゲストハウスのスタッフ達からのプレゼント。思い出の品が出来ました。
この時頂いたバースデーカードは今も残してあります。ガイドから頂いたペーパーナイフは今も使っています。
やっと一つの目的を遂げ、次の目的までしばしカトマンドゥで休憩です。

投稿: 咲子 | 2013年3月 6日 (水) 15時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 断念(再掲) | トップページ | 旅の終わり(再掲) »