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2013年2月20日 (水)

疲労のピーク(再掲)

3月20日(金)晴れのち曇り、夕方雪
ロブチェ7:45(徒歩)10:40ペリチェ11:40(徒歩)15:40タンボチェ

 6時40分起床。相変わらず風邪と頭痛の症状。下痢も起こしており、左膝は痛みの治まる日がない。無理せずパンボチェ泊にしたかったのだが、ラジンがどうしても行くと言う。高山病を考えての配慮なのだろうが・・・。体調はもはや最悪!ルクラからフライトすることも考えねばならない。辛い1日だ。

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クンブー氷河をペリチェへと下って行きます。
*この氷河、20年以上経った今、どのように変わっているのでしょう・・・?急速に進んだ”地球温暖化”、それがこの地にも影響を及ぼしているのです。

ペリチェで休憩中、2人の日本人と出会った。彼らは単発物のドラマのロケのために、この地まで来たそうだ。「実際の俳優さんはここまで連れてこられないので」と言い、1人は実は俳優・奥田瑛二さんの代役を務める方であった。カトマンドゥには、奥田瑛二さんのほかに、小泉今日子さん、大ベテラン俳優の大滝秀治さんも来ていたそうである。
この年の秋に放送予定の2時間ドラマで、「ヒマラヤの赤い自転車」というタイトルだそうだ。どちらかと言えば、中・高校生向けのドラマとのことだが、ここで出会ったせっかくのご縁、ぜひとも見てみたいものだ。
*その年の秋、このドラマを見ました。もちろん録画することも忘れませんでした。奥田瑛二さんの役柄は、ヒマラヤを撮影しに来ている写真家、小泉今日子さんは海外青年協力隊員の看護師としてネパールに赴任している内容でした。大人でも十分に感動できるドラマでした。
この2年後ネパールを訪れた際、カトマンドゥのゲストハウスのスタッフで日本語学校へ通っていたゴビンダと再会し、このドラマのビデオが教材として使われていることを聞きました。

ペリチェからタンボチェに向かってどんどん下る。体力は、高山病のこともあり、かなり消耗している。タンボチェにずいぶん近づいたとき、ラジンが先行し宿を確保して、俺のもとへ戻り俺のザックを背負ってくれた。彼のこの行為はとてもありがたく、いいガイドなのかそうでないのか、わけわからないことがしばしばある。

タンボチェのロッジは、往路とは違うところであった。ここで同じ愛知県出身という紫藤君と出会った。彼は大学の友達とアイランド・ピーク(6160m)という山を目指していたそうだが、やはり高山病により断念し、下って来たのだという。

彼と二人で話していると、ある老人に声掛けられた。老人は我々に「ジャパン?」と訊いてきた。「イエス」と答えると彼は、「東京?大阪?犬山?」と尋ねた。東京・大阪は解かるが、なぜ犬山を知っているのだろう?犬山のすぐ近くの街に住んでいる紫藤君は驚いて、「僕は犬山から来ました」と答えると、その老人は「ちょっと待ってくれ」と言って、一冊のポケットアルバムを持ってきて、我々に見せてくれた。そのアルバムには、老人がかつて愛知県犬山市にある世界民俗博物館「リトルワールド」に、ネパール仏教寺院の仏画絵師として招かれた時の写真や犬山城、名古屋の「大須観音」などの写真が残されており、俺も紫藤君も大いに感嘆の声をあげ、ラジンを呼び彼にもその写真を見せ俺の街を紹介し、話は盛り上がった。
*リトルワールドでネパール仏教寺院がまだ完成していないときに、一度訪れたことがあるのですが、その時何人かの仏画絵師が寺院内の壁面や天井に仏画を描いていました。もしかしたら、その時にこの老人とお会いしていたかもしれません。

タンボチェ、モナステリー・ロッジにて

*この旅日記は1992年のものです。 

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