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2013年1月 6日 (日)

「ヒマラヤの少女・ヤンジー」との出会い(再掲)

昼食ができるまで、ずいぶん待たされた。
理由は…、我々が注文してから水を汲みに行っていた、つまり…、そこで初めて米を炊き始める、からです。

我々も昼食には早過ぎる時間(10:40)に着いていたし、何事もビスタリ(ゆっくり)の国だし…。

1時間ほど待って、ダルバートができた。山間地とはいえ、おいしい!特にカレー味のポテト!ポテトそのものが日本のものよりもおいしい!無農薬だからかな?

ダルバートをお腹いっぱい食べ、休憩した後、出発する。
ドイツ人のトーァリンゲン夫妻は既に出発しているので、イングリッドさんとガイドのラジン、そして俺の3人でカリコーラの村へと向かう。

ジュビンから1時間ほど、”へいこら”と登り切るとカリコーラはもうすぐそこ。
緩やかな下り坂を行くと、いつもよりずいぶん早い時間に目的地に到着。

しかし…、トーァリンゲン夫妻の姿がない…?ラジンが案内したのは、ファイブ・スター・ホテルの別館だった。トーァリンゲン夫妻は、本館へ行ったのだろう。イングリッドさんはすぐにそちらへ向かった。

ラジンはここで泊るつもりのようだが、俺は彼に
「俺たちもそちらへ行こう!」と主張した。
だってトーァリンゲン夫妻は、俺たちが来ることを信じて待っているはずだから!それに、彼らと一緒のほうが楽しく過ごせるし…。

ラジンも俺の気持ちを汲んでか、「そちらへ行こう」ということになった。

ファイブ・スター・ホテルに着くと、エルマー氏は外でのんびり読書をしていた。
「アンジュラさんは?」と聞くと、体調が悪く部屋で休んでいるらしい。

部屋に案内され、ホットシャワーを浴びることにする。
ダイニングルームで皆でのんびりしていると、アンジュラさんもやって来た。

「大丈夫?」と声かける。
「何とかネ!」

この日はロッジの名前同様、宿泊客も我々5人だけ。
「確かに、ファイブスターだワ!」


ふと見ると、このロッジの経営者の娘さん、とても可愛らしい!まだ12~3才位だろうか?学校から帰って来てからずっとロッジのお手伝い。しかもニコニコ楽しそうに!

そして彼女は、軽めの食事を始めた。ツァンパ(麦こがし)だ。俺も少しだけいただいたのだが、味はあまりない。” 味気ないきび団子 ”のような感じだ。

それぞれのカメラで、5人そろって一緒に写真を撮った後、俺はロッジの娘へとカメラを向ける。しかし彼女は洗い物をしていて、なかなか振り向かない。だが、仲間たちの声とその場の雰囲気に気づいたのか、チラッと振り向いてくれた。

その瞬間を俺は逃さなかった。
彼女は俺の向けるカメラに、ニッコリと笑って答えてくれた。

Img185
この日は早々と目的地、カリ・コーラ村に到着。宿泊したロッジには、笑顔が素敵な可愛い少女、「アルプスの少女・ハイジ」ならぬ、「ヒマラヤの少女、ニマ・ヤンジー・シェルパちゃん」がいました。幼い弟の面倒を見ている母親に代わって、ロッジのお手伝いを一生懸命、しかもニコニコと楽しそうにしていました。その様子を見ているだけで、すがすがしい気分になりました。

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たくさんの荷物を背負ったポーターたちが通り過ぎていきます。一体何キロあるのでしょう?そしてどこまで行くのでしょう?

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カリ・コーラ村で泊まったロッジ、「ファイブ・スター・ホテル」です。この日の宿泊客も3日続けて一緒の5人、まさに「ファイブ・スター」ホテルでした。

Img188
子供たちが元気な声をあげて、遊んでいました。

*この旅日記は1992年のものです。

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コメント

慕辺未行さん、大変遅ればせながら
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
お正月は、お母様とお兄さんとご一緒に
楽しく穏やかな時間を過ごされたのですねhappy01
今年一年も、ご家族のご健康と幸せをお祈りしています。
それにしても、ヤンジーちゃんの笑顔、最高ですね!shine


hananoさんへ

明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

兄は年末2週間休みがなく、正月休みも元日だけでした。
しかし母のことがありましたので、貴重な休みに訪ねてきてくれました。
正月に兄と食事に行ったり初詣に行ったのは、たぶん初めてだと思います。
母にとっても私や兄にとっても、良いお正月になりました。

ヤンジー、素敵な笑顔でしょ?!この2年後の1994年にもネパールを訪れているのですが、その時もヤンジーに会いましたよ。相変わらず素敵な笑顔でした。

投稿: hanano | 2013年1月 6日 (日) 14時47分

慕辺未行さんへ
こんばんわ
相変わらず手元の地図では地理が判りませんが
ヒマラヤの山々が遠くに見える道を歩いておられるのですね
国際色豊かな「ファイブスター」の皆さん やはり水が合わない
為か体調にも多少の影響が出ているのですか
「ヒマラヤの少女」ニマ・ヤンジー・シェルバちゃん お手伝いも積極的で笑顔が可愛い女の子なのですね
癒されますね


古都人さんへ

この辺りは周りを低い山に囲まれて、7~8000m級のヒマラヤは見えたり見えなかったりでした。
私はトレッキングに出る前、カトマンドゥに3週間滞在し、ネパールの水や食事に身体を慣れさせたのですが、エルマー&アンジュラ夫妻は慣れる間もなくトレッキングに出てきていたようです。これも一つの”通過儀礼”ですし、体が慣れると大丈夫なのです。
まだ1~2才ぐらいの幼い子供がいて、母親はその子の世話で大変。代わりにヤンジーが一生懸命お手伝いしていました。しかも言われなくても自分からすすんでしていました。
笑顔も素敵ですし、見ていてとても気持ちが良かったです。

投稿: 古都人 | 2013年1月 6日 (日) 17時58分

明けましておめでとうございます、
元旦からアップですごいですね。 本年もよろしく~!
NHKのドキュメントで見るような世界を 見て読ませていただき
とても 心が温まります  今年も楽しみだニャン・・

お母様思いの慕辺未行さんに お兄様がいらして
ちょっぴり 心の中でホッとしました~


bellaさんへ

明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

『1年の計は元旦にあり』で、午前中の更新ではありませんが、元日にブログ更新できました。
NHKのドキュメンタリーや民放でもしばしばこのようなところを紹介する番組がありますよね。
私も何度か見たことがありますが、このエヴェレスト街道沿いの場合、この先のルクラ村から紹介されることが多いです。というのは、ほとんどのトレッカーはカトマンドゥからルクラまで飛行機で来るからです。

母に対しては今まで何度も”切れ”かかったことがあります。「面倒見るのを放棄して出て行こう」と、何度も思いました。
兄だけでなく姉も2人いるのですが、皆早くに結婚・独立し私が20才過ぎから両親の面倒を見ることになってしまったのです。

投稿: bella | 2013年1月 6日 (日) 20時37分

この少女今はどうしているでしょうね。素朴な優しさを失わずに美しく成長していてくれるといいですね。もうお母さんかな。


agewisdomさんへ

同じ記事、何度もお読み頂いてすみません (^_^;;
ヤンジーと連絡が途絶えてもう何年になるかなぁ・・・?
今ではもう30代になってるでしょうし、お母さんになってても不思議はないです。
看護師になり、さらにその後中国の、とある大学へ留学し薬学部(?)へ通っていたことまでは知っているのですが、その後音信不通になりました。
大人になってからのヤンジーの写真、1枚だけあるのですヨ。Tシャツにジーンズ姿でした。

投稿: agewisdom | 2013年1月 6日 (日) 23時48分

ネパールの少女はもう額にマークを
つけていますね。私も向こうに行った時
歓迎の意味もあったのでしょうか。
額に赤いマークを付けて貰いました。
これには名前がついているのですが
もう忘れてしまいました。
仏像の額と同じですから大切なもの
でしょう。仏像の場合は白毫と言うの
ですが・・・


matsubaraさんへ

額につけた赤い印、『ティカ』と言います。
詳しいことはよく知らないのですが、もともとは宗教的な意味合いでつけるものだと思います。シールになっているティカもあり、それはどちらかというと『おしゃれ』に使うようです。
ちなみにお祭りなどの儀式では、男もつけることがあるみたいです。私も一度だけつけていただいたことがあります。
お釈迦様の額に『第三の目』があると言われますから、それとも何か関連があるのかもしれません。

投稿: matsubara | 2013年1月 7日 (月) 08時26分

慕辺未行さん
今日はジュビンからカリコーラの村への
旅楽しそうですね・・気の合った五人の仲間で
ファイブスター旅先で嬉しい合流
お食事も美味しそうで何か私まで楽しく成って来ました
いいな・・こんな旅ロッジの娘さん美人で
可愛らしいですね、お手伝いも快くして感じのいい方
子供達も楽しそうな笑顔ですね
ポーターの方々の荷物重いと思います
テレビで見ましたが大変なお仕事らしいです
私では知る事のできない国のお話人達を
見せて頂き有難うございました


咲子さんへ

同じスケジュールで同じ目的地を目指す者同士、年齢もそれほど離れているわけでもなく、とても楽しかったです。
それにエルマー&アンジュラ夫妻は我々が来ることを待っているに違いありませんでしたからね。
ヤンジー、本当に可愛くて楽しそうにお手伝いしていました。その姿がとても印象的でした。
ただひたすら歩き宿に泊まる・・・、まるで『弥次喜多道中』のような江戸時代の東海道五十三次を行くような旅にも似ているかもしれません。
ポーターの荷物、5~60kgから7~80kgはあるかもしれません。たくさん運べばそれだけ収入も多いわけですから。
しかし華奢な体に足下はサンダル履きで、あれほどの荷物を背負って山道を行くのですから、現代の日本人には絶対にまねのできないことでしょう。

投稿: 咲子 | 2013年1月 9日 (水) 17時52分

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