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2013年1月30日 (水)

タンボチェへ(再掲)

3月15日(日)曇り
ナムチェ10:35~14:50タンボチェ

腕時計のアラームが鳴らず、7:40起床。おかげでぐっすり眠れた。
仲間たちも、そろって寝坊。とはいっても、どうしても早く出発、という理由はないので、誰も気にしてない。

朝食にパンケーキを食べ、その後、丘の上にある博物館へラジンとイングリッドさんと3人で行く。
ヒマラヤのパネル写真や生活用品、ヒラリー氏と共に世界で初めてエヴェレストに登頂したシェルパのテンジンの登山姿の人形もある。なかなか興味深く、面白い。
ラジンは「いつか、エヴェレストへ登ってみたい」と言っていた。

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博物館にて。エドモンド・ヒラリー卿と共に世界で初めてエヴェレストに登頂したシェルパのテンジン氏の登山姿の人形です。ちなみに「シェルパ」とは、ヒマラヤ登山の山岳ガイドとして、その名を世界に馳せていますが、本来はこの地域で暮らすチベット系少数民族のことで、チベット語で「東の人」という意味だそうです。

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曼荼羅(マンダラ)。仏の世界が描かれています。

10時ごろ、害虫に喰われてできた足の傷を診てもらうために、小さな診療所へ行った。
塗り薬を処方していただき、計70ルピー。高いのか安いのか、自分でもよく分からないが、日本へ帰って保険請求するほどの額(約210円)ではないことだけは確かだ。

ロッジへ戻りチェックアウト。
他の仲間たちも絵葉書を出すため、郵便局が開くまで待っていたようで、結局、皆一緒にスタートする。

ナムチェを出る最初の登りがきつい。が、やがて平坦な道に。

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ナムチェ~タンボチェにて。このような道を歩いて行きます。
10時過ぎ、絵葉書を出すため郵便局が開くのを待っていた仲間たちと共にタンボチェ村へ向かいます。初めは平坦な道でしたが、やがて谷を一気に下り、そして2時間ほど登りが続きました。

そして一気に川の方へと下っていく。下りきると、一軒のバッティ(茶店)があり、しばらく皆で休憩する。そして、橋を渡ると何やら小屋がある。中を覗いて見ると・・・、水力・マニ車だった。

*マニ車とは・・・、チベット仏教の経文が円柱の筒の中に入っていて、それを1回まわすと、お経を読んだのと同じ功徳が得られる、と言われています。

水力によって常に回っているこの大きなマニ車。この地域に住む人々と旅人の安全を祈願してくれているのでしょう。とてもありがたいものです。

そこから先は、再びきつい登り道。下った分、登らなければならないのだ。仲間同士、声かけ合いながら、一歩一歩着実に登って行く。

そして・・・とうとうタンボチェへ!標高3867m。富士山よりも高所に位置する村だ。

タシデレク・ロッジにチェックインする。

荷物をおろし、ラジンの案内で仲間たちとともに、この村にあるチベット仏教寺院と博物館を訪れた。

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タンボチェ村(3867m)で。ヤクが出迎えてくれました。

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宿泊したロッジ。宿泊者数は今までのところに比べ、かなり多かったです。

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マニ車を備えたチョルテン(仏塔)がありました。

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背後にはタムセルクが間近に迫っています。

*この旅日記は1992年のものです。

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