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2012年11月14日 (水)

出発、そして出国(再掲)

2月18日(火)

名古屋23:00(高速バス:ドリームなごや2号)

 午後9時25分、すべての準備を完了し、家を出た。しばらく帰らないし、「禁欲の世界」を思うと複雑な面持ちである。しかし、すでに矢は放たれた。行かねばなるまい。午後9時40分、名鉄バスセンター(名古屋駅)行きに乗り、名古屋駅で、夜行高速バスに乗り換える。

午後11時、「ドリームなごや2号」は、満員の乗客を乗せ、暁の東京へと走り出した。乗り心地は俺にとっては、評判ほど良くはなく、何度か目が覚め車窓に目をやり、仕事で走り慣れた夜の東名高速を追っていた。

夜行高速バス・車中泊

2月19日(水)

5:40東京(山手線)上野7:03(京成特急)8:15ごろ成田空港16:00(エジプト航空MS865)23:05バンコク(日本との時差-2h)

 午前5時40分、東京駅着。そのまま上野へと向かい、京成の駅構内で朝食とする。洗面も済ませ、午前7時3分発の特急で成田空港へ。空港へは午前8時15分ごろ到着。飛行機の時間を考えれば、この時間に自宅を出発してもいいぐらいなのだが、長い旅になるので、少しでも節約したく、夜行バスを利用した。いささか早すぎるのだが、ここで時間をつぶそう。

思えば海外へ出るのは5年ぶりである。その間にもチャンスはあったのだが、なぜか行こうとしなかった。チェックインまで時間がありすぎて、いろんなことを考えてしまう。裏切ってきた友人たちのことだ。自ら結成したサークルを見捨て、そして、いたたまれないやるせなさ。「ウラギリモノ!ムセキニンオトコ!」そんな罵声が頭の中でこだまする。そんな声から逃げたくて、誰にも旅の予定を告げず、俺はしばらく日本を離れる。「裏切り者の旅だな!」とふと声を漏らし、深いため息をついた。

やや早めに昼食をとり、午後2時よりチェックイン。禁煙席20-A。窓側である。出国手続きを終え、午後3時15分、搭乗開始。午後4時、エジプト航空MS865便、定刻通りに滑走路を疾走し、最初の降機地、マニラ(フィリピン)へと向かった。

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エジプト航空機でタイ・バンコクへと向かいます。

「とうとう行くんだなぁ、いつ帰ってくるのだろうか・・・?」。これから始まる旅への期待や不安よりも何故か淋しさが俺を包む。なんだかよく分からないが、楽しみよりも寂しさを感じる。友達の誰ひとりにさえ話さなかったことへの後悔なのかもしれない。

しばらくして最初の機内食。魚料理か肉料理のどちらかを選べるメニューである。肉のほうを頂き、とりあえず満腹になった後はウトウト眠ってしまった。スチュワーデスに肩を叩かれ、気がつくと、どうやら間もなくマニラらしい。午後7時30分(日本時間午後8時30分)、マニラ到着。

およそ1時間後離陸し、完全満席状態で次のバンコクへと向かう。俺のフライトの最初の降機地であり、毎回降り立ってきた都市である。東京-バンコク間(1年オープンチケット)は俺が知る限りでは、このエジプト航空が一番安く79000円(往復)。次いでパキスタン航空の84000円ってところか。2度目の機内食が運ばれてきた。が、さすがに今度はほとんどパス。食っちゃ寝では、食欲もない。再びウトウトし、午後11時5分(日本時間翌日午前1時5分)バンコク着。

ムッ!とする暑さが体中をとり巻く。入国手続きを済ませ、空港ロビーへ出る。1ドル≒25バーツで20ドル両替。わずか1日の滞在なのでこれだけで足りると思うが・・・?それにしても、5年ぶりのバンコク・ドンムアン空港、なんときれいで立派になったこと!昔は到着ロビーに出るやいなや、数人のタクシーの運転手が客引きに俺の体をとりまいたものだが・・・その姿さえもない。セルフサービスのレストランまである。ウ~ン、思わず苦笑い。ずいぶんとイメージチェンジしたものだ。まぁ、こんな深夜に高いタクシー代払って、どこのホテルへ連れて行かれるか分からないまま外へ出るより、ビールでも飲んで早朝の列車で街へ出よう。そして出発ロビーの空いているベンチで、ザックを枕に仮眠をとる。

バンコク国際空港内にて泊

*この旅日記は1992年のものです。

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