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2012年8月15日 (水)

祖父が遺した貴重な写真

 皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ

今日、8月15日は言わずと知れた『終戦記念日』。
毎年思うのは、敗戦した日本であるのになぜ『記念日』なのだろう?ということ。
それでも最近は、戦争は2度としてはならない、という意味での『終戦記念日』という考え方をするようになりました。

それはさておき、お盆に終戦記念日、と言えばやはり亡き祖父のことを思わずにはいられません。
祖父は近衛兵として出兵し、マレー沖の海で船もろとも沈んだそうです。ですから遺骨はありません。しかし祖父は、貴重な写真が貼られたアルバムを4冊残してくれました。
祖父の入隊中の様子はもちろん、歴史的人物まで!

ほんのごくわずかですが、祖父のアルバムに残されていた写真、紹介いたします。

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右から2人目、近衛兵として入隊した祖父です。

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軍旗祭だそうです。軍旗祭の様子は、他にもたくさん写真があり、とても楽しそうでした。

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天皇・皇后両陛下。

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東郷(平八郎)元帥。

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乃木(希典)大将。

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満州国皇帝陛下(愛新覚羅溥儀)。

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バロン西こと、西大尉(階級は、この写真撮影当時のものと思われます)。
1932年ロサンゼルスオリンピック馬術競技の金メダリスト。最終階級は陸軍大佐。

天皇・皇后両陛下の写真は、他にも何枚もありました。観兵式の様子の写真など、その時代は天皇陛下も”軍人”だったのですね。
東郷元帥は当時、すでに故人でありましたが、それでもこのような写真が残されていました。
乃木大将の写真は、ウィキペディアにも同じ写真で紹介されています。
そしてラストエンペラーこと、満州国皇帝陛下。
最後の写真は、映画『硫黄島からの手紙』でも有名なバロン西こと、西大尉。

そうそうたる人物の写真が多数残されていました。また、私たちは決して入ることができない皇居内部の写真もあります。
私にとってはまさに”お宝”級の写真です。

毎年この時期は、こうして亡き祖父が遺した写真を見ながら一度も会ったことがない祖父を偲んでいます。と同時に、祖父の命を奪った戦争は2度としてはいけないのだと、強く感じるようになりました。

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コメント

貴重なお写真を拝見出来てよかったですhappy01
ありがとうございます
近衛兵でいらしのですね~
だから、普通の兵隊さんがお持ちではないようなお写真もあるのですね…

慕辺未行さんも、終戦という言葉にはひっかかりがありましたか…確かにそれも解釈のひとつだなぁと思いつつ、どう解釈するか、悩ましいです。何となく「都合」という背景があるようで…
いずれにしろ、考えることは悪いことではないですよね


と~まの夢さんへ

祖母が亡くなった時、これらのアルバムを祖母の長女である母が預かることになりました。でも、すっかりボケが進んだ今は、私が大切に保管しています。
幼いころ母が「じぃ様は天皇陛下の下に就いていた」という言葉を、実は信じていませんでした。大げさに言っているのだとばかり思っていました。
しかしこれらのアルバムの写真を見て、祖父が『スゴイ人』だったのだと思うようになりました。
特に、映画『硫黄島からの手紙』で一躍、現代の人々にも知られるようになった”バロン西”氏の写真を見た時は、本当に興奮しました。
『終戦記念日』という言葉に関しては、と~まさんのブログのコメントにも少し書かせていただきました。

投稿: と~まの夢 | 2012年8月15日 (水) 21時14分

私は「終戦」といういい方に違和感を感じますが、無益な戦争で多くの命を失ったことを忘れないという意味では大切な記念日であると思っています。多くの人は大義の前に戦うことがただしいと思っていたのですね。そういう戦に巻き込まれない英知を持つためには過去の歴史に学ぶことは大切なことです。「終戦記念日」はそういう日であってほしいと願っています。


agewisdomさんへ

戦後十数年生まれの私でさえ、『終戦記念日』という呼び方に違和感を感じます。
しかし今後、「二度と戦争はしない」という区切りの宣言であるならば、『終戦記念日』という呼び方も「あり」なのかもと考えるようになりました。
戦時中は日本国民誰もが「お国のために」と思っていたことでしょう。その結果多くの尊い命が奪われ、終戦後もシベリア抑留などでさらに多くの尊い命が奪われました。
このような過去の事実を学んだ上で、我々は全世界に”無意味な殺し合い”である戦争を止めるべき、起こさないよう訴えるべきですね。

投稿: agewisdom | 2012年8月15日 (水) 21時24分

立派なお祖父様でいらしたのですね。
バロン西のことは、「硫黄島からの手紙」を観る前から知っていました。
昔の日本にも、こんなにもスマートな人物がいたのだと驚いた覚えがあります。
その人の写真を個人的に持っておられたとは凄いですね。
戦争が終わってからシベリア抑留で失われた多くの命、そしてそれに対して何も言えないことを思うと
今日の韓国の従軍慰安婦問題は、非常に腹正しいものがあります。
こじつけ・恐喝にしか思えませんね…

zooeyさんへ

祖母が亡くなり、このアルバムを預かるようになって初めて祖父が近衛兵だったことを知りました。
バロン西氏の写真は、以前は何気なく見ていただけでしたが、映画からその名を知り、ふとこの写真を見たときに「もしかして・・・?!」と思い、念のため調べてみました。
バロン西氏所有の馬の1頭と同じ馬でした。それが分かった時は、ちょっぴり興奮しました。
それにしても、ここ最近の韓国や中国の領土問題、竹島はまだしても、尖閣諸島は明らかに日本の領土と分かっているだけに、中国の態度にますます腹が立ちます。
中国に遠慮して弱腰外交していたら、尖閣諸島はおろか他の島々だって同じことを言われかねないです。

投稿: zooey | 2012年8月16日 (木) 07時18分

慕辺未行さんへ
お早うございます
本当に貴重な写真ばかりですね
私も何時か何処かで一度は見ています
ご祖父さまが近衛兵だつたことは以前
お聞きしていましたが優秀な方だったのですね
近衛兵は天皇を直接お守りする部隊ですからね
確か階級章などが違ったと思います
お宝写真 どうぞお大切に保存してくださいね
終戦とは言い方を変えた言葉ですね
明らかに敗戦ですから
昨夜もNHKスペシャルで遣っていましたが
何故もっと早くそれこそ終戦出来なかったのか
当時の指導者達の決断力の無さが良く判りました
今の時代にも言えることですね
物事の先送り 中々決められない政治など


古都人さんへ

毎年この季節、この話題をブログに書いていますから、思い出していただけたのでしょうね。
幼いころ母が「うちのじぃ様は、天皇陛下のすぐ下(すぐそば)におったんだ」と、よく話していたのですが、私は「まさか?!天皇陛下のすぐそばにいられるわけないじゃん」と思い、全く信用していませんでした。
ところが、祖母が亡くなった後、これらのアルバムを我が家で預かることになり、祖父が近衛兵であり、母の話していたことが事実だったのだと初めて知りました。
祖父は戦死していますから、一度も会ったことはないのですが、アルバムに残された写真を見る度に「スゴイじいちゃんだったんだ」という思いが強くなりました。
若かりし頃の祖母と二人並んで写っている写真を褪色補正し、小さいですが遺影として飾り、しばしば花やお供え物を上げるようにしています。

投稿: 古都人 | 2012年8月16日 (木) 10時03分

以前にもブログで拝見したことがありまして、
近衛兵とは凄いエリートね、と思ったことがあります。
どうぞ大切に保存してあげて下さい。
立派なアルバムの表紙も見たことがあるような・・・
別の写真も見せて下さい。


matsubaraさんへ

近衛兵、他の兵隊さんよりはエリートだったのでしょうか?
私はその辺りのことは、あまり良く解かりませんが、『近衛歩兵第四連隊 我らの思ひ出』と書かれた黒い革表紙の立派なアルバムや写真を見ると、すべての兵隊さんが同じようなものを賜れたとは思えず、やはり兵隊の中でもエリートだったのかなと感じています。
わりとプライベート的に撮られた写真もいくらかありましたし、当時の兵隊さんの軍隊での暮らしぶりが分かるでしょうから、いつかまた紹介してみたいと思います。

投稿: matsubara | 2012年8月16日 (木) 20時38分

大変貴重な歴史的な写真を見せていただきました。
どうもありがとうございます。
以前、慕辺未行さんから少しお話を伺ったことのあった
お祖父様は、近衛兵でいらっしゃったのですね。
残されたアルバムやお祖父様の写真を、お祖母様は
いろいろな思いを胸に眺めてこられたことでしょう。
そのアルバムを、今、慕辺未行さんが受け継いで、
こうして大切にされていること、きっとお祖父様も
天国で喜んでおられることと思います。
終戦記念日を迎えたこの時期、隣国の中国や韓国との問題も生じ、
国と国が仲良くすること、理解し合い平和を保つことの難しさを
感じるばかりですが、自分にできること、自分の頭で
考えることは、
たとえ微力であっても、常に意識して、行動したいと思っています。


hananoさんへ

これらのアルバム、祖母が亡くなった後に初めて目にしました。祖父の顔を見たのも初めてでしたし、若かりし頃の祖母や幼少時代の母の姿も初めて見ました。
しかし、それ以上に教科書でしか見たことがないような”東郷元帥”や”乃木大将”の写真を見て本当にびっくりしたものです。
祖母の孫は私含めて5人しかいないのですが、私と私と同い年の従妹は特に可愛がられました。だからこそこれらのアルバム、しっかりと受け継いでいきたいものです。
中国や韓国との領土問題、北方領土問題もありますし・・・。
韓国との竹島問題はともかく、尖閣諸島は明らかに我が国の領土だとハッキリしているのに、中国の態度は許せないものを感じます。

投稿: hanano | 2012年8月17日 (金) 00時43分

普通なら 新聞で見るような写真を 個人的に持っていらしたのは
驚くべきことです。  写真とかカメラそのものが珍しい時代だったでしょう   おじい様個人のお写真も もっと拝見したかったです・・

記念日というのは 祝う、という意味ではないので 私は違和感がありません・・・
たとえば 仏語のアニヴェルセールは 誕生日や結婚記念日の他、死者の命日や大戦の停戦記念日にも使います

Jungのアドバイスありがと! 助かりました~!
ドイツ語 また教えてネ


bellaさんへ

アルバムの表紙を見ますと、『近衛歩兵第四連隊 我らの思ひ出』とあり、天皇・皇后両陛下はもちろん、各皇族・宮家の方々の写真、宮城内の写真など数多ありました。
近衛兵ということで頂戴した写真もあるかもしれません。
どのような理由でこれらの貴重な写真、手に入れたのか知る由もありませんが、いずれにしても大変貴重な写真ばかりだと思います。
なるほど・・・、『記念日=何かを祝う日』ではないですね。そう考えれば、また違う考え方が出来るかもしれないですね。
ユングフラウのJung、ちょっと気づいたもので・・・(^_^;;ヘヘッ
間違ったままでは?!、と思い、殊勝にもアドバイスさせていただきました。

投稿: bella | 2012年8月17日 (金) 10時59分

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