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2012年7月

2012年7月26日 (木)

(再掲)素顔のバンコク見聞録 最終回

気がかり

それぞれ自由行動するとき、俺はカトマンドゥまでのチケット airplane ticket の情報を仕入れるため、あちこちの旅行代理店を回った。我々が泊まっているプライバシー・ホテル hotel 近辺は、安宿が多いせいか、バックパッカーも多く、格安チケットを扱う店も多数ある。そんな中で、カトマンドゥまで片道$160(≒25000円)という店を見つけた happy01

しかし、予約はしなかった。日本を出る前の父の体のことが気になっていたからだ think 。ここバンコクからなら、電話連絡も取りやすいが、ネパールへ入るとなると、通信事情は悪くなるし、すぐには帰ることができないからだ。

バンコク2日目(3/2)の午後、自宅へ電話 telephone してみたが、留守だった wobbly 。夕方再度してみたが、同じ。その翌日(3/3)も、旅行代理店を回り、街の中をぶらぶらしながら、電話局へ行き、自宅へ電話する。午後4時と言えば、日本なら午後6時。「いくらなんでもいるだろう」と思ったのだが、またしても留守 gawk 。いやな予感がする coldsweats02

帰国を決意

4日目(3/4)は、高田さんらと共に貸し切りボート ship で運河巡り。その後、今度こそは think ?と思いながら、自宅へ電話 telephone する。日本時間なら午後6~7時。夕食時の頃だ。しかし・・・、またしても・・・ wobbly sign03 「何かあったに違いない think 。父が入院したのでは・・・?3日も続けて連絡 telephone 取れないなんて、あまりにもおかしい coldsweats02 sign03 」。父が入院しているような時に、好き勝手に海外を放浪しているとなると、姉や兄はもちろん、親戚に何を言われるか、想像するに難しくない sad 。俺は帰国を決意した shock

5日目(3/5)、パキスタン航空 airplane のオフィスへ行く。日本へは週2便だけ。次の便は3月7日午前1:55、つまり明日の深夜過ぎである。予約を取ろうとするが、キャンセル待ちである shock 。この時期の日本は、学生の休みと重なることもあり、チケットが安いパキスタン航空は、アジアはもちろん南回りでヨーロッパ方面へ行く学生たちにも、よく利用される。

6日目(3/6)、再度パキスタン航空へ。「父が入院したから、どうしても帰らなければならない」と嘘(?本当かも?) coldsweats01 を言って、緊急事態であることを伝えると、RQ(キャンセル待ち)のサインを頂き、「空港でトライしてみなさい」とのことだ angryガンバ 。

帰国へ

到着時に知り合った高池君と瀬戸口君は、すでに次の目的地へ旅立っていた。高田さんに「乗れるかどうか分からないけど、とにかく行きます。もし乗れなかったら、明日の朝ここへ戻ってきます」と、一応別れを告げた weep

少しだけ買い物をし夕方、トクトクに乗ってフォアランポン(バンコク中央)駅へ。17:15の列車 train に乗る。迎えに座った小さな子供連れの女性がふいに「日本人ですか?」と、たどたどしい日本語で話しかけてきた coldsweats02オォーッ 。驚いて話をすると、その方のおばあさんが日本人だそうで、今も大阪に住んでいるそうだ。日本へも行ったことがあるそうだが、もうずいぶん前のことらしい。それでも少しは日本語を覚えているのが、素晴らしい happy02

その女性が「日本にマンゴーはありますか?」と訊ねるので、「いえ、日本にはほとんどないです。(*今でこそ沖縄どころか九州でも栽培していますが、その頃はマンゴーが市場に出回ることはなかった。)」と答えると、買い物袋からマンゴーを取り出し「どうぞ happy01 sign01」とプレゼントしてくれた happy01 。しかし、「どうやって食べようか?」と考えていると、「そのまま食べればいいですよ」と言う。「エッ?」と思いつつも、マンゴーをそのまま丸かじりした。ジューシーで甘く、とてもおいしいマンゴーだった delicious

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トクトクの中から。道は車でいっぱいです wobbly

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バンコク中央駅

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列車から見た風景 camera お寺かな・・・?

ドンムアン駅(空港駅)で降り、空港内へ。チェックインまで、まだかなりの時間がある。コーヒー cafe を飲みながら休んでいると、2人の日本人男性(山崎さん、高岡さん)と出会った。彼らはバンコクからシンガポールまで、マレー半島を自転車 bicycle で旅したそうだ。彼らに事情を話しキャンセル待ちだということを説明すると、「3人で一緒にチェックインしてみれば?自分たちは予約取れてるから、まさか一人だけキャンセル待ちとは思わないだろうし bleah 」と、提案してくれた confident 。そして、俺のチケットを下にして3人まとめてチェックイン。彼らの言う通り、搭乗券が発行され、大成功 happy01 sign03 彼らに感謝 confident しながら、最後に一緒にビール beer で乾杯した。

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バンコクよ、サヨナラー weep ありがとう!楽しかったヨー happy02 sign03

最後に

3月7日昼ごろ、1週間ぶりの日本。誰がこんなに早く帰ってくることを予想しただろうか?ネパール、チベットは当分お預けになってしまった。

ほんのわずかの滞在だったバンコク。でも本当に面白かった happy02 。屋台のおっちゃん、おばちゃん、英語が全く通じないトクトクの兄ちゃん。汽車の中でマンゴーをくれた子連れのお母さん。そして’天使’。皆それぞれ一人の異邦人の旅の演出をしてくれた。そしてバンコクの街で、力強く生きてゆくのでしょう!再びバンコクの街を訪れることができるのなら、あの界隈をもう一度歩いてみたいものだ。

3月7日帰国。日本は雪国 snow であった。

*後日談ですが、連絡 telephone がとれなかったのは、「病院 hospital の帰りに映画 movie を見てきた」ことと、私の旅に合わせ、「親戚と一緒に旅行していた」ためで、父の体調に関しては、何の問題もありませんでした pout

カテゴリー 「1987 バンコク」 完

*この旅日記は、1987年の時のものです。

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2012年7月25日 (水)

(再掲)素顔のバンコク見聞録 その4

夜の天使

バンコクと言えば、今や東南アジア随一の夜 night の歓楽街 heart04 。夜、外で飲んでいると、必ずや若き娼婦 virgo たちが出没する。が、あえて彼女たちを娼婦だとか売春婦と呼びたくない bleah 。素顔は、心優しく、かつ、たくましい女性なのである confident

バンコク初日の夜 night 、空港で知り合った旅人同士4人で、ホテル近くのパブで飲んでいた beer 。そこに現れたのが、ポルという名の女の子 virgo 。彼女は我々にビールをついでくれたり、つかの間ホステスのようになっていた。

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バンコク初日の夜。右がポルさんです。つい浮かれて、こんな写真・・・!

我々、時には一人で飲みに行ったこともあったが、彼女 virgo とは、飲みに出るたびに、店を変えてもなぜか顔を合わせていた coldsweats02 。どうやら彼女は、この辺りの店へは、自由に出入りすることができ coldsweats01ナァーンダ!、そして夜の相手を探しているようだ。

我々も彼女とはすっかり話がしやすくなって、ある夜、かなり突っ込んだ話をしてみた coldsweats01 。そして我々は、アッ sign02 と驚く彼女らの意外な一面を知った coldsweats02ナニーッ 。

A:君、毎晩(男と)寝てるの heart01

P:うん、だいたい… wink 。でも最近はちょっと… gawk 。エイズの影響かな despair

B:君、エイズなの?

P:まさか!違うわヨ coldsweats02

A:一晩、いくら稼ぐの dollar

P:4時間で500バーツ。

A:500パーツか。3000円ぐらい。

C:でも、ここの物価だと、かなりの大金 dollar だよ。

D:日本の2~3万円に値するなー。で、お金貯めてどうするの?

P:家族に仕送りするの。

皆:エーッ sign02

D:仕送りって?故郷はどこ?バンコクじゃないの?

P:ラオスに近い所。お母さんや妹たちに仕送りしないとね bleah

C:今いくつなの?

P:25才。

D:俺と同じだ。もっと若く見えたけどなー!

B:稼いだお金は、ほとんど送っちゃうの?

P:ううん、私の生活費と、いつかスイスに行きたいから、少しずつ貯金してる。

A:日本は fuji

P:日本は寒いわ snow 。それに物価も高いし・・・wobbly 。そろそろ帰るワ!それじゃ、お休み!

と、こんな会話をしながら、彼女は再び夜 night の街へ出て、別の店へ男を探し求めに行ったのだろう。それにしても、故郷に残る家族のために、都会へ一人で出て来て、まさに体を張って夜の街をさまよう彼女たち。悲しいことなのだが、彼女らのポリシーは、こちらの国の現状を考えると、当然のことなのかもしれない think

決してすべてがそうだとは思わないが、彼女たちの生き様を知って、こちらの方の国々に生まれ住む人々の現実を知る think 。そして、優しさ、たくましさを知った。彼女たちは「夜の天使 virgo 」だ sign03

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相変わらず・・・です。どうにも困った「呑んべい」です。

*この旅日記は、1987年の時のものです。

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2012年7月24日 (火)

(再掲)素顔のバンコク見聞録 その3

高田さんとバス bus に乗って王宮方面へと出かける。黄金に輝く寺院。天気 sun が良ければ、キラキラ shine 輝いて、さぞかし綺麗だろう。

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黄金の屋根の寺院。バンコクの象徴。

高田さんが昨日知り合ったというデビッドとマイケルに会う。バンコクには多くの運河が流れている。そこで4人で運河をボート ship を貸し切りで周って見た。

大きなチャオプラヤ(メナム)川より、小さな運河へ入って行く。すると、タイの普通の人々の生活が、目に飛び込んできた eye 。運河の上に家 house が建ち並び、運河へは階段で降りられる。ここに住む人々の生活の足は、ボート ship なのだ。そして運河自体、ここでは道路なのである。

運河の脇では、洗濯をする婦人、食器を洗うおばあさん。水浴びする子供たち、見守っているお父さん、のんびり談笑する男たち。ボートに日用品や野菜、フルーツ、おやつを乗せて行商するおじさん。手をふると皆、屈託のない笑顔で答えてくれる happy01 。子供たちは、なんて可愛いのだろう happy02 sign03

今や400万人都市となったバンコクの庶民の素顔を見た。そんな気がした think

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ボート乗り場を出発。たくさんのボートが観光客を待っている。

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チャオプラヤ川、広いです。日本ではメナム川と呼んでいます。

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庶民の生活が垣間見えます。いつも歩いているところとは違う・・・

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洗濯しているのでしょうか?「何見てんだよ」とでも言いたげ・・・

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何をしているのかな?でも、なんか微笑ましい!

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お姉ちゃんと幼い子供 happy01!手を振ったら、応えてくれました。カワイイ!

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彼らにとって、運河は道路、ボートは車、なのでしょう。

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ボートで行商するおじさん。おやつを売っていました。

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古タイヤが浮き袋。川が庭の、元気な子供たちです happy02

*この旅日記は、1987年の時のものです。

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2012年7月19日 (木)

(再掲)素顔のバンコク見聞録 その2

拠点はプライバシー・ホテル

3月1日の朝を迎える。昨夜 night 遅かったので、のんびりと起きる。俺は現在地の確認のため、地図を持ってホテル hotel の近くを歩いてみた。そして、通りの名前が分かり、現在地を特定 scissors 。皆で相談し think 、ガイドブックに載っている他の安宿へと向かうことにする。

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朝、ホテルから外を眺める eye 。その後、現在地を確認

4人で歩く shoe こと、約30分、プライバシー・ホテル hotel に到着。2組に分かれツインをシェアすることにし、1人210バーツ。昨夜のホテルに比べ、4割安い happy01 。安宿と言っても、エアコンもあるしバス・トイレ付の部屋だ coldsweats01 。これなら文句はない confident 。皆も納得していた wink

この日は、皆からの提案 confident もあり、一応2度目の海外、バンコクも先回立ち寄っている俺がリーダーとなり、皆と共にバンコクの街を歩いた shoe 。ラマ4世通りを歩き、駅周辺や、チャオプラヤ川あたり、道端のフルーツ屋などにも目を向けたりしていた eye

夕食は、ホテル近くの店へ行く。子豚 pig の丸焼きがある。4人でなら食べられそうなので、食べてみると、何とも美味しい delicious 。上質のハムという感じだ。そして、その後は飲み屋 beer へ。水割りなどで乾杯する。明日からは、プライバシー・ホテル hotel を拠点に、それぞれが自由に楽しむことにする。

街の様子

バンコクの街、一言で言うと、メチャクチャ wobbly!道路はバス bus 、自動車 car 、トラック、バイク、トクトクというオート三輪タクシーが、ところ狭しと騒音けたたましく走っている dash 。バスもタクシーも、クラクションをぶーぶー鳴らし、ぶっ飛ばしている。急ブレーキ踏まれて怒っていたら、キリがない wobbly

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街を走るトクトク。料金交渉制のタクシーです。

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大判焼き(王将焼き、今川焼とも言う)屋。まさかバンコクにこんなものがあるとは・・・coldsweats02

歩道もまた、露店や屋台であふれている。フルーツや揚げ物、串焼き、大判焼きの屋台まである delicious 。昼になると、そこら中の店は、昼食の人々でごった返す。タイ料理はたいていのものは辛い。バーミーナム(ラーメンに似ている)とかミーパット(焼き飯)は、我々にもなじめる味で、10~15バーツ。1パーツが約6円程度なので、1食当たり100円ぐらいですむ。これは大変大きな魅力だ happy01

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美味しそうなフルーツがいっぱい。もう、たまりません happy02 sign03

それにしても、これだけ屋台が氾濫していると、どちらかと言えば間食の方が多くなってしまう。特に串焼き(豚だと思う)は、お気に入り delicious だ。でも、今の日本では、お祭り以外ではなかなか味わえない楽しみだ。

*この旅日記は、1987年の時のものです。

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2012年7月18日 (水)

(再掲)素顔のバンコク見聞録 その1

はじめに

1987年3月、2年半ぶりに海外へ旅立った happy01 。目標はネパール・エヴェレストトレッキングとチベットだったのだが、事情によりわずか1週間でバンコクより緊急帰国 bearing 。でも、それなりに面白かったバンコクの街 catface 、ほんの少し垣間見たバンコクの素顔を紹介してみたい。

バンコク到着まで

俺がネパール・チベットへの旅を決断してから、父の体調がおかしくなった wobbly 。キャンセル料も覚悟の上で、延期するか中止しようかとも考えたが think 、父の「心配せんでもいい」の言葉で、気がかりではあるものの、出発することにした。

2月27日、横浜の旅仲間宅にて1泊お世話になる。彼は2年前にインドからネパール、チベットを経て中国を旅している。そこで彼に話を聞いたり、何かアドバイスをしてもらいたかったからだ。

2月28日、横浜から成田へと向かう。成田へは午後1時に到着。チェックインまでは、まだ1時間ほどあった。今回も前回同様、パキスタン航空 airplane 利用だ。ただし、チケットはバンコクまでしか買っていない。そこから先は、バンコクで手配するつもりだ。その方が日本で買うより安くすむし、前回あまり周れなかったバンコクの街を、のんびり歩いてみたかった。

チェックインを済ませ、待合ロビーで同じ便に乗る人と話をする。彼(高田さん)は、初めての海外で 、同じ飛行機でバンコクまで。そしてホテル hotel は決めていないと言う。俺もホテルは決めていなかったので、彼に「バンコクへ着いたら街までタクシー car を相乗りしましょう」と提案すると、彼も賛成してくれた。

パキスタン航空763便は定刻の16:00、成田を飛び立った。途中マニラ経由だが、バンコクへは2時間遅れの現地時間の夜中の12:00 night に到着した。

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飛行機から見る雲海。一度は撮りたくなるものです 。

入国手続きを済ませ、成田で会った高田さんと合流。彼はもう一人瀬戸口君という男性を連れて来た。彼も泊まるところは決めていないらしい。すると、瀬戸口君は、「もう一人、同じような人がいましたよ」と言って、その男、高池君を探し連れて来た。

泊まるところを決めていない4人でタクシーを相乗りして街まで行くことにする。1人で行くよりは安心だし、タクシー代も割り勘すれば安くなる happy02 。訊いてみると、俺以外は皆、初めての海外旅行らしい。

タクシーの運転手は、空港での交渉時「300バーツ」と言っていたのだが、途中で「高速道路に乗るから、もう100パーツ出せ」と言ってきた。俺はすかさず「サムロイ(300)パーツって言っただろ angry sign02 」と、タイ語を交えて猛抗議!すると、運転手は料金の釣り上げをあきらめた。ただひとつ心配だったのは、「安いホテルへ」と運転手任せにしていたので、「どこへ連れて行かれるのか?妙な所へは連れて行かないだろうな?」ということだ。しかし、こちらも4人いる。”いざ”となれば「4人いるから、何とかなるだろう」と、皆で話していた。

到着したホテルは、マイアミホテルというところだった。夜中なので、バンコクのどのあたりなのかもわからないが、料金を訊くと1人350バーツ。俺は「やや高い」と思ったのだが、もうすでに2時近い。日本時間で午前4時だ。皆で「一人でタクシーに乗ったと思えば、その分安く済んだわけだし、今日はここで我慢しよう」ということにした。

*この旅日記は、1987年の時のものです。

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2012年7月16日 (月)

世界の絵葉書 その34 イエメン

 皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ

この3連休、天気予報は外れ、よい天気に恵まれましたね。しかし、かなり蒸し暑く、熱中症で搬送された人々も多かったそうです。
熱中症にはくれぐれも、お気を付け下さい。

世界の絵葉書、今回は中東の国、イエメン共和国からです。
まずは、ご覧ください。

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建物の色、デザイン、いかにも中東の雰囲気です。

この絵葉書、送り主はかつてネパール・カグベニ村で出会いましたデンマークのスサニさん。
知り合った翌年の正月、私が送ったグリーティングカードの返事として、封筒に入っていました。裏面には、文章がぎっしり!

イエメンへは5週間ほど行っていたようで、とにかく素敵な国で素晴らしい人々ばかりだったとありました。
そしてカグベニでご一緒だった息子のツレ君がその時、再びネパールを訪れていることも知らせてくれました。

彼女はTV局に勤めていて、かつて和泉雅子さんが北極点到達した際、コペンハーゲンのレストランでご一緒したこともあります。その時の写真、送ってくださったのですヨ!

そして最後に赤いペンで、”REMENBER,YOU ARE ALLWAYS WELCOME IN OUR HOUSE”と書いてありました。
残念ながら、音信がお互い途絶えて10年以上経ちます。再会は叶わぬ夢になりそうです。

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2012年7月14日 (土)

近所で花めぐり

 皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ

いやぁ~!何という蒸し暑さ・・・(-_-;;
少し動くだけで汗が・・・

先週、ハスの花を見に行った帰り、近所の公園へ立ち寄り、我が家の近所もぶらついてみました。
身近なところにも、色んな花が咲いているものです。

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ダリア。

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アルストロメリア。

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カンナ。

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ハツユキソウ。

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アメリカフヨウ。

我が団地の中にも、ふと目をやると・・・、

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ヒマワリ。

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ヘメロカリス。

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ボタンクサギ。

名前は、以前から当たり前のように知っている花もあれば、図鑑で調べたものもあります。もし、間違っているものがありましたら、何卒ご指摘、ご教示願います。

来週、再来週と2週間にわたり平日、『1987 バンコク』(全5回)の旅日記を再掲載いたします。
前回掲載したのは3年前。その頃お付き合いがあったブログ仲間の方は、ほんのわずか。最近は訪問者数も少しは増えましたので、再び掲載しようと思います。
なお、コメントは2回目と最終回のみ”受け付ける”設定とさせていただきました。

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2012年7月10日 (火)

可憐過ぎる (*^o^*)!ミセススローカム!

 皆様、おはこんにちばんは (*゚▽゚)ノ!

先日の日曜日、天気予報はまたしても大きく外れ絶好の天気 o(*^▽^*)o!
朝起きて、「ここぞ!」とばかりに洗濯、そして朝食。気がつけば10時をとっくに回っていた・・・(^_^;;アセッ!
「今からでは、もう遅いかナァ・・・?」と思いつつも、一昨年から訪れている愛西市(愛知県)の”森川ハス田”へ出かけてみました。

おりしもこの日、ちょうど”蓮見の会”が行われていて、昼近い時間でもたくさんの人で賑わっていました。すぐ隣にある”道の駅・立田ふれあいの里”の駐車場は満車でした。

では、この日見たタイトル通りの”可憐過ぎるミセススローカム”、ご覧ください。

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優しい色のハスの花、ミセススローカム!本当に綺麗で可愛いでしょ o(*^▽^*)o!

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横向きに開いている子がいました (*゚▽゚)ノ!でもちょっと、恥ずかしそう・・・!

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しゃがんで、青空を背景に撮ってみました (*^m^)!

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蕾から開ききった花まで、色々咲いていました (゚ー゚)!

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この子も”別嬪さん”でしょ?!もう”ひとめぼれ”してしまいます
;:゙;`(゚∀゚)`;:゙!

いかがでしたか?優しい色で可憐で可愛い”ミセススローカム”という名のハスの花!
「ワァーッ!カワイィ~!」と歓声を上げていただけたら、この子たちも喜んでいることでしょう。
この日私が見た感想は、「開ききった花よりも、その直前の花のほうがずっと”キレイ”で”カワイイ”!」です。完全に開ききって咲いてしまうと、花弁が落ち言葉は悪いのですが「見苦しくなってくる」のです。
ピンクとクリーム色と白の装いのハスの花、毎年でも、見ずにはいられません (≧∇≦)!

*おまけ
我が家では、今年は例年以上にツートンカラーのおしろい花が咲くようになりました。
先日もこんなツートンカラーのおしろい花、咲いていました。これは初めてです。

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黄色に赤が混ざっていることは、よくあります。
しかし、この子は・・・?!ナ・ナント?!赤が2ヵ所に分かれています (゚o゚)オォーッ!
こんな色の咲き方、初めてです (*^o^*)!

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2012年7月 7日 (土)

旧・国鉄時代の西日本の名特急

 皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

久々に懐かしい鉄道写真を紹介します。
今回は、関西と山陽・九州方面を結んでいた、かつての”名特急”を紹介します。
撮影したのは、私ではなく、鉄ちゃんだった同級生です。

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特急『しおじ』。新大阪~広島・下関間を走っていました。東海道新幹線開通の際、乗り継ぎ特急として登場したそうです。

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特急『なは』。新大阪~西鹿児島間を走っていました。廃止前は京都~熊本間を走る夜行寝台特急だったようです。

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特急『明星』。新大阪~熊本間の夜行寝台特急。

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特急『日向』。大阪~宮崎間を走っていました。

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特急『きりしま』。京都~西鹿児島間を走る夜行寝台特急。

*それぞれの列車の運行区間については、ダイヤ改正などにより、しばしば変更がありました。ここでは、ウィキペディアを参照し運行区間を紹介させていただきました。

すべて関西始発の列車ばかりですから、「懐かしい」と思われる方もいらっしゃれば、まったく「???」という方もいらっしゃるでしょう。
『日向』と『きりしま』は現在、JR九州で復活しています。

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こちらは”合体”バージョン。横文字で『KIRISHIMA & HYUGA』とあります。『日向』『きりしま』としても、それぞれ走っているようです。(写真は、ウィキペディアより)

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2012年7月 1日 (日)

世界の絵葉書 その33 KARIBU Safari

 皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ

せっかくの日曜日、雨の1日でした。夕方になって晴れてきました。
明日は、真夏日になるとか・・・?!
皆様、熱中症にはくれぐれもお気を付け下さい。

 久しぶりに『世界の絵葉書』を紹介します。
今回は、アフリカ・ケニアからです。となると当然、デザインはある程度は想像できますよね。

では、ご覧ください。

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KARIBU とあります。調べてみると、タンザニア南部のようですが、絵葉書はケニアから送られてきました。

キリマンジャロが壮大ですね。シマウマがゆっくり歩いています。いかにもアフリカらしい景色です。
右上の鳥、鶴のようですが、何と言う名前の鶴か分かりません。
そして、チーターです。

送り主は、またしてもエルマー&アンジュラ夫妻です。
手紙には「・・・。明日、マサイ・マラへ3日間のサファリに行きます。今回は big five を見てみたい。なぜなら2年前、南アフリカでライオンを見ることができなかったからね。
今日は国立公園内でダイビングを楽しむことが出来たよ。・・・」

という内容が書いてありました。もちろん英語です。この絵葉書が送られてきたのは、1995年10月。その頃私はまだ、ドイツ語は全く分からなかったので、文章は英語でした。

それにしても、ときにはリゾートでのんびりバカンス、ときにはワイルドにサファリを楽しんでみたり、こういった休暇の過ごし方、憧れます。

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