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2012年6月 7日 (木)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~サキャさんの招待~

俺がネパールを離れる日が近づき、お世話になったサキャさんに、そのことを告げた。すると彼は「明日、ぜひ私の家に来てください。一緒に食事をしましょう」と、招待された happy01

サキャさんは、ストーンハウス・ロッジの近くで小さな雑貨屋を営んでいるが、普段は’橋’の設計デザイナーで、5年前に技術研修のため、日本の清水建設に1年間、研修生として来ていたそうだ coldsweats02エェーッ!。だから日本語も上手で、サキャさんのお店の前を通ると、必ず彼がいるかどうか確かめて eye 、もしいれば、いつも話をしていた happy01 。するとサキャさんはいつも、奥さんにコーヒー cafe を出すように言ってくれた。もちろん、ときには買い物もしたし、ストーンハウス・ロッジの他の仲間にも、彼のことを教えたものだ。

12月15日、10時に彼の店へ行き、部屋へと案内され、まずコーヒー cafe を頂きながら、彼の日本での写真 camera を見せていただいた。ホームステイ先や研修風景、ときには観光にも出かけていたようだ。日光や東京、奈良、立山へも行っている。

日本から持ち帰ったというオーディオセットとレコード。彼は「私はこの人、”さっちゃん”が好きです。」と言って、”小林幸子”のレコードを何枚か見せてくれた。さらに”五木ひろし”のレコードも。どうやら、サキャさんは’演歌 notes ’が好きなようだ。

やがて昼になり、お待ちかねのネパール家庭料理 restaurant だ。もちろん、”ダルバート”。マトンカリーとタルカリ(野菜)はほうれん草、フライドポテトにダル(レンズ豆)スープ。このダルスープが、とても美味しかった delicious 。やっぱり家庭料理は違うナァ、と思った。お腹がいっぱいになるまで、何杯でもお代りを頂いた。それほどおいしかった smile sign03

食後、しばらく休憩していると、ニューロードで、お祭りのような音がしている。見に行くと、すごいパレードだ coldsweats02オォーッ !。たくさんの人々がパレードに参加していた。

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ニューロードのパレード。 いったい何のパレードだったのだろう?わからないままでした。

彼の家へ戻ると、午後はサキャさんの友人がやって来て、トランプでゲームを始めた。どんなゲームなのか全く分からず wobbly 、俺はしばらく見ていた。しかし、最後まで何が何だかわからなかった。

ロッジに帰る前、レモンティーを頂き、そして彼はお土産(餞別)に”ラム酒”を1本、プレゼントしてくれた。帰国後すぐに手紙 mail を書くこと、そしていつか再会し、一緒にネパールを旅する約束をして別れた。

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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コメント

慕辺未行さんへ
こんにちわ
今朝早くからココログはトラブルが発生してブログが開けなかったのですよ 止むを得ず出掛けましたが帰宅して開けて見たらOKでしたのでほっとしました 先日もパソコンのトラブルがあったのでやや心配していたのです
さてサキャさん宅でのネパールの家庭料理 美味しかったようですね サキャさんとの会話は日本語だったのですか
サキャさんは1年間日本に住んでおられたとのこと
どうやら演歌がお好きのよう 面白いですね
日本でのお付き合いされた皆さんの影響でしょうか
いよいよネパールともお別れですか


古都人さんへ

ココログ広場に『ココログが利用できない状況が発生しています』と出ていました。
ニフティのトップページにも『大規模障害発生について』とか出ていましたから、そのことなのでしょうね。でももう全面復旧したのかな?
サキャさんとの会話は、いつも日本語でした。サキャさんと初めてお会いした時、サキャさんから日本語で声をかけてくださり、驚いたことを今でも覚えています。
「あなたがここへ来るときは、日本語で話してください」と仰ってくれたのを今でも覚えています。日本人の私と会話することによって、日本語を思い出そう・忘れないようにしようとしていました。
ネパールを出る前に、本格的なネパール家庭料理を戴くことができ本当に良い思い出になりました。
しかし、まさかネパールで小林幸子さんや五木ひろしさんのレコードを見るとは、ビックリでした。

投稿: 古都人 | 2012年6月 7日 (木) 17時06分

ネパールで日本の演歌が聞かれているとは
思わなかったです。韓国では演歌が好まれる
と聞いていたのですが・・・

ドイツのケルン大聖堂の前でもデモ行進をして
いました。ガイドの人に何のデモか聞いたの
ですが、忘れてしまいました。


matsubaraさんへ

サキャさんとは、いつも彼の店先で話をしていただけで、初めて家の中まで招待されました。
日本から持ち帰ったというステレオ、当時のネパールでステレオを持っている人は稀だったと思います。
しかしまさか、小林幸子さんや五木ひろしさんのレコードを持っているとは、驚きました。
この写真は、デモ行進ではないようですが、その後訪れた時に、チベット独立を支援するデモ行進が行われていたのを見たことがあります。

投稿: matsubara | 2012年6月 7日 (木) 19時23分

海外で演歌好きの人に会えるって、なんだか面白いですね。
そうやって日本の文化を好きな人がいるって言うのは
うれしいです。
ネパールの家庭料理にパレードと、またひとつ
いい思い出ができましたね。


Junjiroさんへ

日本に一年間研修生として滞在し、私と話すことで日本語を思い出そう、忘れないようにしようとしていたサキャさん。
しかしまさか、演歌が好きだったとは驚きました。
こうして日記に残していたこともあり、今でもその時の光景が目に浮かびます。サキャさんが楽しそうにレコードを私に見せながら「私この人、”さっちゃん”が好きでぇす!」と言ったことを!
ネパールを離れる直前、とても素晴らしい思い出が出来ました。

投稿: Junjiro | 2012年6月 7日 (木) 21時49分

慕辺未行さん  こんばんは
自炊生活は帰国後の生活にも役立っている事でしょうね。
旅先での毎日の献立を細かく記録されて
いるのに感心しています。
好き嫌いが治った事は素敵な事ですね。
ネパールで聞く演歌も良いものでしょうね。
お持ち帰りに成られるぐらいお好きなのは
なんだか嬉しいですね。


すみれさんへ

帰国してからは、母が料理を作っていましたからそれほどではないのですが、ただ以前はあまり食べなかったものを口にするようになったのは事実です。
当時はまだ好き嫌いがあったほうですが、その後どんどん克服しました。
買い出ししたものや献立をメモしてあったのは、それだけ”暇”だったのです(笑)!何日も何日もいれば、時間を持て余しますから (^_^;;!
サキャさんとはいつも日本語で会話していたのですが、まさか日本の演歌のレコードを持っていたとは、ビックリしました。

投稿: すみれ | 2012年6月 7日 (木) 22時21分

家庭料理をご馳走していただけるなんて、かなり親しみを感じる仲になられたんですね~notes
これまた、さすが!なのです
本場の家庭料理を味わうなんて、貴重な体験でしたね
イマドキの日本の歌よりも、演歌が好きと言っていただくほうが何だか嬉しく感じます~wink
やっぱり“日本の心”だからでしょうか


きゃぶさんへ

サキャさんは、私と初めて会ったときに「あなたはここに来た時は日本語で話してください」と仰ってくださり、以来彼と会うたびにいつも日本語で会話していました。
この時の旅で唯一親しくなったネパール人です。
日本への帰国が迫り、お別れの挨拶に行ったつもりが、思いがけぬ招待を受けることになったのです。
お店で食べるネパール料理より、家庭料理のほうがやっぱり美味しいです。
そしてまさかの日本のレコード!ホント、驚きました。
最後の最後で、素敵な思い出が出来ました。

投稿: きゃぶ | 2012年6月 7日 (木) 22時30分

日本語を勉強している方って多いのですね。それに日本の文化も。
台湾なんか日本人より日本の演歌知っている方が多かったのにはびっくりです。
そして何よりご家庭でいただく料理こそ、本当に本場の味ですものね。


agewisdomさんへ

サキャさんの場合、日本で一年間暮らしていたのですから、生きた日本語が身についていたと思います。多少忘れてしまった言葉もあったでしょうが、私と話すことで、思い出していました。
中国は反日的な人が多いようですが、台湾は親日の人の方が多いと聞きました。だからでしょうか、日本の文化に敏感なのかもしれないですね。
カルカッタで盗難直後に手助けしてくれたボビーのご自宅で、インドの家庭のカリーを戴きましたが、ネパールでも家庭料理を戴くことができ、良い経験になりました。

投稿: agewisdom | 2012年6月 7日 (木) 23時51分

前記事の
>「食生活は、楽しくおいしく満足できるものでなければならない」
というのは、本当にそう思います。
料理はできないよりはできた方がいいし、
そうすることによって生活する喜びも増えると思うのです。
だからできたらウチの息子たちにも最低限の料理くらいはできるようにしたかったのですが
中学・高校と部活や勉強が忙しすぎたり
父親(私の夫)が料理は一切しないのを見てるものですから
駄目ですね、
何もできません。
しかも、日本はコンビニや弁当屋などあって便利すぎますしね。


zooeyさんへ

料理と言っても私の場合、本格的なものや手の込んだ料理は作れません。
この自炊生活の場合、半分は”自己満足”で、大したものは作っていなかったのです。
今、私が主に作るものと言えば、具だくさんの味噌汁と具だくさんのサラダ、これで野菜だけでも10種類ほど摂れます。あとは適当です (^_^;;
学生時代、友人が夜遊びに来て、インスタントラーメンを作ってあげたら、えらく驚かれたことがあります。彼は、カップ麺しか作ったことがないらしく、袋に入ったインスタントラーメンさえ作れないと、私はそのことにむしろ驚きました。
今の時代、たとえ料理が出来なくても、コンビニやスーパー、弁当屋でいつでも美味しい者が食べられますから、やらない人も全然困らないでしょうね。

投稿: zooey | 2012年6月 8日 (金) 00時50分

慕辺未行さん、こんばんはnight
小林幸子や五木ひろしのレコードまで持っておられるとは、
そして、「さっちゃんが好きです」とは、サキャさんは、
かなりの演歌好きで、親日家でいらっしゃるようですねhappy01
家庭料理の味は、最高においしかったことでしょうね。
慕辺未行さんの旅のお話を読み進むたびに、
ますますネパールへ行きたくなってきますnote


hananoさんへ

サキャさんと初めて出会った時のことは、30年近く経った今も覚えています。
流暢な日本語で声かけられ、会話をしていくうちに最後は「あなたがここへ来るときは、日本語で話してください。」と仰ってくれました。
自炊生活中の記事にもある通り、ゲストハウスでもコーヒーを嗜んでいた私ですが、サキャさんの店先で話するたび彼はいつもコーヒーを出してくれました。そしてサキャさんに招待された日のこと、「さっちゃんが好きです」と話した笑顔、今も覚えています。
一時ネパールも国政そのものが不安定でしたが、ずいぶん落ち着いてきたのでは?と思います。
リンクしているブログ仲間の方々にも、ネパールを訪れたことがある方がいらっしゃいます。皆様良い印象を持って帰られたようです。
hananoさんも、もし機会ありましたら、長期のトレッキングとまではいかないにしろ、少しでもネパールの魅力を感じていただけたら?!と思います。

投稿: hanano | 2012年6月 9日 (土) 00時12分

サキャさんは一年間の研修でよく勉強されたんですね。
息子と同じ会社なので余計親近感を持ちました。
良い方たちとたくさんの出会いがあって
いよいよお別れなんですね。

☆バラ園のお礼が遅れました、楽しんできました。ありがとう!
今日はまた可児のバラフェスタにも行ってきました。
稲沢の紫陽花寺も行って来ようと思ってます。


のこのこさんへ

たった一年間の滞在とはいえ、周りは日本語だけの世界だったでしょうから、日本語の上達も早かったのだと思います。
御子息様、清水建設にお勤めなのですか?でしたらこの話、より関心持たれたのでしょうね。ありがとうございます。
王子製紙のバラ園、さらに可児の花フェスタへも行かれたのですか?!どちらも訪れたというブログ仲間の方、これで3人目です。
稲沢のアジサイ寺(性海寺)も見事ですので、ぜひ訪れてみてください。

投稿: のこのこ | 2012年6月 9日 (土) 20時35分

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