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2012年6月

2012年6月30日 (土)

おしろい花、今年も咲きました

 皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/

梅雨というのに、梅雨らしくない天気が続いていますね。それはそれで嬉しいのですが、ちょっと蒸し暑い・・・(-_-;;
明日からは梅雨らしい天気になる、とのことですが、最近の天気予報外れてばかりだからなぁ!

 さて、今年もおしろい花が咲き始めました。3年目です。
しかし元々あったものでもなく、いつの間にか咲くようになったのです。たぶん、スズメたちが運んで来たのかも・・・?
我が家には、どこからどのようにして来たのか分からない花が、今までもたくさん咲きました。ハコベ、ツユクサ、ノゲシ、ノボロギク、アメリカフウロ・・・ほとんど”雑草”のような類の花ばかりですが、そんな中にあっておしろい花だけは、ひと際目立ちます。

まだ数は少ないですが、ご覧ください。

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黄色のおしろい花。いきなり”ツートンカラー”が咲きました (゚▽゚*)
どちらも赤いメッシュが入っています。

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赤いおしろい花。もうしばらくすると、一面真っ赤になりそうです。

おしろい花は、夕方咲いて朝には萎れてしまいます。ですから昼間のベランダは、ベゴニアがわずかに咲いているだけで、今の季節とても寂しくなっています。
夕方から夜はおしろい花で少しは賑やかです。

ところで先週紹介しましたルナリアの乾燥果。本日最後の莢を収穫し、作りました。

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乾燥したルナリアの莢、最後の一本。

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果実の外皮を剥いでいきます。これだけ乾燥していると、簡単に剥がれます。
外皮を剥ぐと銀白色の膜が表れ、種も収穫できます。

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およそ20分後には、この通り。

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今年はこんなにたくさん作ることが出来ました。
”鈴なり”状態です。 

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2012年6月23日 (土)

ルナリア、もうひとつの楽しみ方

 皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ

梅雨ですね。しかし今日は貴重な晴れの日。とはいえ、何だか出かける気力もなく・・・。
家事の合間にゴロゴロ、ぐーたら・・・(^_^;;

ルナリアの花、覚えておいででしょうか?昨年秋、開花期でもないのに再び咲き始め、ずっと頑張って咲き続けた花・・・、そしてこの春、2年目のルナリアが一斉に咲きました。

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満開に咲いたルナリア(4/21撮影)

すべての花が咲き終えると、ルナリアは小判状の扁平な果実をならせます。
(上の写真右下の方に少しだけ生っています)
成熟した果実の外皮を剥ぐと、中に絹状光沢のある隔膜があり、これが大変美しく、乾燥させたものが装飾によく使われるそうです。

そこで私も、満開からおよそ2ヵ月、莢にはたくさんの果実が生り、すっかり乾燥しましたので、刈り取って一つ一つ外皮を丁寧に剥ぎ、種を取っていきました。
そして、できたのがこちらです。

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こんな感じに活けてみました (*^-^)

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たくさんあったので、マイルーム用に!ちょっと雑な活け方ですね (^_^;;

光が当たると、キラキラ銀色に輝いて見えます。なるほど、これは確かにキレイです。
乾燥していますから、ドライフラワーと同じで、水やりの必要もなく、これ以上は何の世話も必要有りません。
ただ、見て楽しむだけで良いのです (^_^)!

春に満開の花を咲かせ楽しませてくれたルナリア、これからは乾燥果を楽しみます。

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2012年6月16日 (土)

雨の記憶

 皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ

梅雨ですね。ジメジメとした憂鬱な季節です。
この地方も昨夜から降り始め、今日一日降っていました。先週、梅雨入りしたのですが何かいつも「梅雨の中休み」って・・・(゚_。)(。_゚)?
そんな季節ですが、若かりし学生時代...まだ10代だった頃ですが、今も覚えている素敵な夜がありました。
この夜の出来事は、かつて所属していた同人誌にも紹介しました。その同人誌を本棚の奥から見つけ出し、紹介します。

               雨の記憶

毎年、梅雨のころになると思い出すことがある。
小雨降る中、辛い重荷を心に背負って、家路についた夜のことを。

 あれは大学1年の時。とある文化サークルに所属し毎日楽しい日々を送りながらも、時として色々な問題にぶつかり、悩み、落ち込んでいたりもした。

そんなある日、いつも通りサークルの仲間たちと一緒に帰るのだが、私のあまりの落ち込み様に、誰もが声をかけることすらできない。ただ時折、心配そうにこちらをうかがっているだけ。というより、その時の私が誰一人として、人を寄せつけない、そんな雰囲気だったらしい。

仲間たちとはターミナル駅で別れ、私は一人、乗り換え駅でバスに乗る。やがてバスは、私の街までやって来た。

何人かの乗客がバスを降りる。降りた途端皆、傘を広げる。私も傘を持っていたが、濡れて帰りたい気分で、雨の中をトボトボと歩きだした。その時のこと・・・。

「同じ方向なら、入って行かない?」

と突然、声をかけられた。私は一瞬驚いた。

「アッ、いえ・・・、傘は持ってるんですけど、何となく出すのが面倒で・・・」

声をかけてくれたのは、見知らぬ女性、若いOL風の人だった。彼女は私の答えに

「なんて怠慢な・・・」と言って、笑った。

彼女は私を傘に入れて、こう続けた。

「バスの中でさぁ、すごく深刻な顔してたでしょ?ものすごく気になってたんだヨ~!
 そしたら同じバス停で降りて、同じ方向へ歩いて行くんだもん。それも傘もささずに・・・!学生さん?」

私は本当に驚いた。見ず知らずの女性が傘をさしのべてくれたことにではなく、まるで私の心の内を見すかされたことに、私は驚いた。

「えぇ、そうです。サークルで色々とあって、何となく濡れたい気分だったんです」

「ふ~ん、そうかぁ!若いうちは色々なことがあるし、そんな気分の時もあるよネ!」

彼女は明るく笑いながら、話をしていた。
別れ際、彼女は、

「私は、もうすぐそこだから・・・。ここから先は、ちゃんと自分の傘をさしなさいよ、ネ!もし面倒なら、私の傘を持って行っていいワヨ!」

私はさすがに自分の傘を出した。

「アリガトウ!お休みなさい」と言うと、

「お休みぃ~!元気出してネ!」と、答えてくれた。

私の心は晴れ晴れとしてきた。同じ仲間たちが、どうすることもできないほど落ち込んでいた私を、たまたま同じバスに乗り合わせ、たまたま同じ住宅内に住んでいる見ず知らずの女性が、私を気遣い勇気づけてくれた。

「こんなこともあるんだな!悩んでるのがバカらしくなってきたな!」

私は翌日、落ち込んでいたのがウソのように元気に大学へ行った。

 あれからもう30年以上の歳月が流れました。当時、若干18才。青春の真っただ中。
けれど、この雨の夜、落ち込みきって、雨に濡れて帰ろうとした夜のほんの4~5分の出来事、たかが4~5分だからこそ、映画の1シーンのように今でもはっきり覚えています。
 そう、話の内容、彼女に言われたことさえも、今も脳裏にこびりついています。
それほど印象的な『雨の夜』でした。

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2012年6月14日 (木)

(再掲)帰国 その3

12月22日、カルカッタを出発した。もう日本へ帰るのみだ weep

12/22 カルカッタ12:10(バングラデシュ航空)13:20ダッカ15:40(バングラデシュ航空)19:40バンコク 

*日本との時差は、カルカッタ(インド)は-3.5時間、ダッカ(バングラデシュ)は-3時間、バンコク(タイ)は-2時間です。

12/23 バンコク1日滞在

12/24 バンコク17:20(列車)17:58バンコク国際空港

12/25 バンコク1:45(パキスタン航空)12:00東京国際空港13:45(京成スカイライナー)14:45上野、東京18:00(ひかり31号)20:01名古屋

 バンコクでは、”ニュー・エンパイア・ホテル hotel ”(シングル275バーツ)というビジネスホテルに泊まった。そこで、帰国前に、すっかり伸びきった髭を剃った。街では、’食べ歩き’を楽しみ、また、フルーツ cherry banana apple を買ってホテルで食べたりもしていた。帰国前の最後のひとときを楽しんでいた happy01

そして、日本 fuji へ帰ってきた。名古屋へ戻る前に、東京でしなければならないことがあった。盗難に遭ったトラベラーズ・チェックの再発行手続きなどだ。それらのことをすべて済ませ、夕方の新幹線 bullettrain で名古屋へと帰る。初めての海外への旅が、終わった。

(カテゴリー 「1984 初めての海外へ」 完)

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年6月13日 (水)

(再掲)帰国 その2

翌日、ラクソウルよりローカル線の列車 train で、ムザファルプールへ。列車から眺める風景は eye  、日本では見られない、亜熱帯の平原が延々と続いている。列車は、各駅停車ではなく、快速列車のようだった。ムザファルプールまでは、6時間ちょっとかかった wobbly 。そして、ここからカルカッタへ向け、長距離列車に乗り込む。夜行の寝台列車だ。20時間ほどかかって、無事、カルカッタ近郊のハウラ駅へ着いた。

カルカッタでは、今回は”モダンロッジ”ではなく、その隣の”ホテル・パラゴン hotel ”に部屋をとった。なぜなら、この2つのロッジは、カルカッタでは’日本人御用達’とも言える、代表的な宿だからだ。2泊のみではあるが、こちらにもぜひ、泊まっておきたかった bleah 。そして、やはり、ここ”ホテル・パラゴン”にも、学生の冬休みと重なって、多くの日本人旅行者がいた。

と、ある日、ここで知り合った日本人の学生と、街を一緒に歩いていると shoe 、例によって’こじきさん’達が、まとわりついてくる。が、俺も一緒にいるにもかかわらず、どの’こじきさん’も、俺には何も言ってこない。誰もが、学生さんだけに「バクシーシ(お布施を)」と言っている。彼は「なんで、僕にしか来ないんですか pout sign02 」と、憤慨 angry していたが、それもそのはず。彼はまだ来たばかりで、身なりもこざっぱりとしていた。一方で俺は、髭は伸び放題、サンダル履きなどなど、誰がどう見ても、俺の方がみすぼらしい’貧乏人(ヒッピー)’に見えるはず coldsweats01 。でも、それはそれで、何か淋しいものがあった weep 。うっとおしいのだけど、こう、あからさまに比べられてはネェ wobbly sign01

モダンロッジ hotel へも遊びに行ってみた。朝食 restaurant を約束していた人がいたので、朝、彼の部屋を訪ねた。そこで、’唖然coldsweats02 ’とする光景を目 eye にした。彼の部屋はドミトリーで、男も女の人もいた。こういう安宿なので、宿泊客は若い人ばかりだ。ちょうど起きたばかりの金髪の可愛い女の子 virgo (オランダ人だそうだ)が、上半身はTシャツ t-shirt のみ(明らかにブラジャーをつけていないのが分かるほど)で、下半身は、何と、たったパンティー1枚で「Good morning wink sign01 」と言い、顔を洗いに行こうとしていた。薄紫色の小さなパンティーが、’丸見え eye ’なのだ sign01 彼の話によると、「毎朝こうなんですヨ wobbly sign01 初めは嬉しい happy02 と言えば嬉しかったけど、こう毎日ではネェ think sign02 目のやり場に困りますヨ wobbly sign01 」と、困惑していた。

また、ここカルカッタへインドの民族楽器”シタール”を習いに来ている日本人がいて、夜 night になって彼の部屋へも訪ねてみた。彼は、俺が盗難に遭ったときもここにいたので、お互いに顔は知っていたのだ。彼を訪ねてあいさつ happy01 を交わした後、俺が最も訊きたかったことを彼に尋ねた。「クーデターの時、どうでした?」と。

彼は、「いやー coldsweats01 、怖かったですヨ wobbly sign01 ここは2階だから大丈夫だ confident と、思っていたけど、あれだけ銃声が聞こえると・・・shock 。もう、いつ、窓ガラスが割られるかと、ヒヤヒヤ coldsweats02 していましたヨ wobbly sign03 」と、生々しく語ってくれた think

そして、「申し訳ない despair 」と思いつつ、彼に一つだけ俺のわがままを聞いてもらった。それは、「シタールを聞かせてほしい confident 」ということだった。しかし彼は、「いいですヨ wink sign01 」と快く引き受け、演奏してくれた notes 。その演奏は、まだ習っている最中とはいえ、とても素敵だった happy01 。”シタール”という楽器そのものが、俺にとって初めて知ったものだったから。彼の手によって奏でられる音色、メロディ・・・ notes 、今までに聞いたことがない音楽だった。彼にお礼を言い confident 、そして別れた。いよいよ、旅も終りになってきた。

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年6月12日 (火)

(再掲)帰国 その1

12月18日早朝、前日にすべての支払い dollar を済ませた俺は、ここカトマンドゥを出発した。チケット ticket は、カトマンドゥの旅行代理店で、カルカッタまで手配してもらった。ルートはこうである。

12/18 カトマンドゥ6:45(バス)15:30ビルガンジ(サイクルリクシャで国境を越える)16:30頃ラクソウル

12/19 ラクソウル6:45(列車)13:00ムザファルプール14:15(夜行列車)

12/20 10:00頃ハウラ

 カトマンドゥから長い時間をバス bus に揺られ、国境の街・ビルガンジへ。正直に言うと「とても寂しい weep 」。ネパールがすごく良かっただけに、帰国までわずかとはいえ、あの悲惨な盗難事件に遭ったインド・カルカッタへ入るのが、少し辛かった weep 。しかし、あのような事件に遭いながらも、ここまで旅を続けられたからこそ、図太くもなっていた bleah

ビルガンジから国境を越え、インド・ラクソウルへ。この日は、ここで宿 hotel をとる。食事は、ラクソウル駅の近くでカリーを食べた。周りに観光客らしき人は、誰もいなかった。そのせいか、皆、やたらに俺の方を注目 eye していた。国境の街だから、観光客はそれほど珍しくないと思うのだが・・・。それにしても、このカリー、とても辛かった wobbly sign03  しかも、スプーンがなく、手で食べなければならない wobbly 。カルカッタへ着いたころ以来、久々の本格的”インドカリー”だった。

*この時のルート、カトマンドゥ~ムザファルプールまでは、「深夜特急」の著者、沢木耕太郎氏が、ネパールからインドへ行く際に辿ったルートと同じです。「深夜特急」がTVドラマ化され、それを見た時は、懐かしい風景に、思わず感激しました weepウルウル 。

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年6月 9日 (土)

クジャクサボテン、咲きました

 昨年、小さな鉢に一輪だけ咲いたクジャクサボテン。
昨年の株は今年は花を咲かせないようですが、昨年咲かなかった大きな株に、今年はいくつも蕾を付け、次々と開花し始めました。

月下美人にも似たクジャクサボテンの花、ご覧ください。

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昨日は一輪だけしか咲いていませんでした。今日になって二つ目が開花し、さらに二つ開き始めました。
花が大きいので、どうしても俯いてしまいます。

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近くで見てみましょう。ゴージャスなイメージです。

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中を覗いてみました。

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色は違いますが、月下美人の花によく似ていますよね?!

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まだまだ蕾がたくさんあります。

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こんなところからも蕾が!

この春、ルナリアが咲き次にノースポール、ベゴニア、そしてクジャクサボテン。一つの花が終わると次の花、それが終わると・・・、の繰り返し。
ベランダには数は少ないですが、常に何かの花が咲いています。これらの花を見ていると、ホッと心和み、自然に笑顔になります。

*6/10、昨日開きかけだったクジャクサボテンの一つが、あまりにも大きく誇らしげに花開きましたので、アップします。

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お花が「どう、キレイでしょ?」と、言っているようです。

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2012年6月 7日 (木)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~サキャさんの招待~

俺がネパールを離れる日が近づき、お世話になったサキャさんに、そのことを告げた。すると彼は「明日、ぜひ私の家に来てください。一緒に食事をしましょう」と、招待された happy01

サキャさんは、ストーンハウス・ロッジの近くで小さな雑貨屋を営んでいるが、普段は’橋’の設計デザイナーで、5年前に技術研修のため、日本の清水建設に1年間、研修生として来ていたそうだ coldsweats02エェーッ!。だから日本語も上手で、サキャさんのお店の前を通ると、必ず彼がいるかどうか確かめて eye 、もしいれば、いつも話をしていた happy01 。するとサキャさんはいつも、奥さんにコーヒー cafe を出すように言ってくれた。もちろん、ときには買い物もしたし、ストーンハウス・ロッジの他の仲間にも、彼のことを教えたものだ。

12月15日、10時に彼の店へ行き、部屋へと案内され、まずコーヒー cafe を頂きながら、彼の日本での写真 camera を見せていただいた。ホームステイ先や研修風景、ときには観光にも出かけていたようだ。日光や東京、奈良、立山へも行っている。

日本から持ち帰ったというオーディオセットとレコード。彼は「私はこの人、”さっちゃん”が好きです。」と言って、”小林幸子”のレコードを何枚か見せてくれた。さらに”五木ひろし”のレコードも。どうやら、サキャさんは’演歌 notes ’が好きなようだ。

やがて昼になり、お待ちかねのネパール家庭料理 restaurant だ。もちろん、”ダルバート”。マトンカリーとタルカリ(野菜)はほうれん草、フライドポテトにダル(レンズ豆)スープ。このダルスープが、とても美味しかった delicious 。やっぱり家庭料理は違うナァ、と思った。お腹がいっぱいになるまで、何杯でもお代りを頂いた。それほどおいしかった smile sign03

食後、しばらく休憩していると、ニューロードで、お祭りのような音がしている。見に行くと、すごいパレードだ coldsweats02オォーッ !。たくさんの人々がパレードに参加していた。

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ニューロードのパレード。 いったい何のパレードだったのだろう?わからないままでした。

彼の家へ戻ると、午後はサキャさんの友人がやって来て、トランプでゲームを始めた。どんなゲームなのか全く分からず wobbly 、俺はしばらく見ていた。しかし、最後まで何が何だかわからなかった。

ロッジに帰る前、レモンティーを頂き、そして彼はお土産(餞別)に”ラム酒”を1本、プレゼントしてくれた。帰国後すぐに手紙 mail を書くこと、そしていつか再会し、一緒にネパールを旅する約束をして別れた。

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年6月 6日 (水)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~自炊生活~ その8

12/14 バナナ12本3.5Rs、パン2.35Rs、

昼食・・・粉吹きいもとキャベツ(塩で味付け)、ゆで卵、味噌汁(キャベツ)、バナナ

 これでほぼ、だいたいの食材は使い切った good 。残っているのは、チーズとバナナ、コーヒーぐらいだ。翌15日、16日の朝食は自炊した。しかし18日の朝、カトマンドゥを離れなければならない weep 。俺は食器類を売り払った。例えば、ラーメン用の器は20Rsが5Rs、ポリタンクと味噌汁用の器、皿が全部で20Rsだったのを7Rsで売ることができた happy01 。そして残っていた調味料(塩、味の素など)は、他の日本人旅行者に分け与えた confident

自炊して思ったことは、はじめは節約するつもりだったけど、お金 dollar のことより、”より楽しく happy01 、よりおいしく delicious ”作るかが重点的だった。メニューは確かに’タンパク質’が多かったけど、お腹いっぱい食べられたし、作る楽しみもあった wink 。時間もつぶれるし・・・。

金井さんが’カジノ’へ誘いに来た時に、初めて皆に自炊した料理を試食してもらったのだが、その時たくさんの賛辞を頂いた confident

「いやー、君がここまでやるとは思わなかった!」と金井さん。

「尊敬しますヨ!電気コイルヒーター1本で、これだけ作れるなんて!」と日浦さん。

「カルカッタで会った時(盗難直後)を考えると、スッゴイネー、これは!よくここまで”立ち直った”ヨ!」と上田さん。

安全性と健康を考えても、自炊のほうがいい。できれば、他の自炊者の人たちのように、ケロシンを使っていたら、”肉料理”も作れたのだが・・・ bearing 。また、自炊するということは、当然’買い出し’にも行かねばならない。それによって、バザールや野菜市場へも必然的に足が向く shoe 。そこでは当然のごとく、ネパールの一般庶民の人々が働いている。知らず知らずのうちに、ネパールの人々とコミュニケーションしていた happy02

カトマンドゥを離れる前の日、ケロシンを使って自炊している人から、「(調味料を)分けてくれたお礼に、今’もつ’を煮込んでいるから一緒に食べよう」と誘われ、’もつ’をご馳走になった happy01 。ニンニクと唐辛子を入れ、味噌で煮込んだそうだ。本当においしい’もつ’だった delicious

あらためて思ったこと、それは「食生活は、楽しくおいしく満足できるものでなければならない」、ということだった confident

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年6月 5日 (火)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~自炊生活~ その7

12/6 パン2.5Rs、バナナ16本5Rs、チーズ7.8Rs、卵4個4Rs

夕食・・・アンちゃん送別会で、皆で外食 restaurant

12/7 菜っ葉0.5Re

夕食・・・サラダ(ポテト、玉ねぎ、キャベツ、サラダクリーム)、味噌汁(菜っ葉)、卵入りラーメン

12/8 パン2.5Rs、サモサ2個2Rs

夕食・・・雑炊(米、ポテト、菜っ葉、味噌、塩、味の素、卵)、おひたし(菜っ葉)、サモサ

12/9 バター6.5Rs、ポテト1kg3Rs、なす1本0.5Re、ほうれん草0.5Re、豆腐1丁3Rs、パン2.35Rs、卵4個4.8Rs

夕食・・・雑炊(米、ポテト、ほうれん草、味噌、塩、味の素、卵)、湯豆腐

12/10 キャベツ7Rs、カリフラワー1Re、にんじん1Re

夕食・・・サラダ(ポテト、カリフラワー、玉ねぎ、にんじん、キャベツ、バター、塩)、味噌スープ(なす、にんじん、豆腐、卵)、おひたし(ほうれん草)

’好き嫌い wobbly ’が多く、日本ではまず食べない despair カリフラワーやにんじん、ナスまでも、ここでは食べていた delicious 。何故かは自分でもわからない。アンちゃんと一緒に自炊した効果なのかもしれない bleah

(*現在では、これらの野菜も平気で食べられます wink 。というより’好き嫌い’そのものがほとんどなくなりました。あちこち”旅”しているうちに、必然的にそうなりました happy02 。)

12/11 パン2.35Rs、卵3個3.6Rs

夕食・・・雑炊(米、ポテト、にんじん、カリフラワー、キャベツ、玉ねぎ、卵、味噌、塩、味の素)、味噌汁(キャベツ、にんじん、ポテト、カリフラワー、玉ねぎ)

12/12 買い出しなし

夕食・・・サラダ(ポテト、玉ねぎ、カリフラワー、にんじん、キャベツ、卵、バター)、味噌汁

12/13 パン2Rs、卵4個4.2Rs

夕食・・・雑炊(米、ポテト、にんじん、キャベツ、玉ねぎ、卵、味噌、塩、味の素)、サラダ(ポテト、玉ねぎ、カリフラワー、にんじん、キャベツ、バター、塩)

アンちゃん帰国後も、一人で毎晩、自炊を続けていた angryガンバ!。しかし俺にも帰国が迫ってきた weep 。これ以上の買い出しは、朝食以外は不要だ。朝食のみでいい。野菜市場へ行くことは、もうなかった sad

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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2012年6月 3日 (日)

世界の絵葉書 その32 チロルから

 皆様、おはこんにちばんは o(*^▽^*)o!

久々に海外から届いた絵葉書を紹介します。
実は今、ブログ仲間の bella さんがチロル地方を旅しているそうです。
← の頂いたコメントにそのように書いてありました。
♪チロルの若者は~歌が好き~♪なんていう歌、ありましたよネェ~ (^o^)!

で・・・、グッドタイミングだったのですが、ちょうどこの『世界の絵葉書』シリーズ、今回紹介する絵葉書が、その”チロル地方”からのものだったのです。

まずは・・・、その絵葉書、ご覧ください。

Img045toskana

アルプスの山々を眺めながら、ハイキングできそうですね。

絵葉書の裏面には、ドイツ語で ”Unser schönes Südtirol” とあります。直訳すると『私たちの美しい南チロル』。
南チロルは、イタリアに属するのですが、何故かドイツ語なのですね。ちなみに北チロルと東チロルはオーストリアです。

この絵葉書の送り主は、やはりドイツの友人エルマー&アンジュラ夫妻。一年に1~2回、彼らはバカンスを楽しんでいるようです。

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