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2012年5月 9日 (水)

(再掲)赤褐色の街にてⅡ ~インド人女中さんの日本料理~ その2

さて、次々に彼女の手料理 restaurant が運ばれてくる。なんと、”ほうれん草のおひたし”だ sign01。”おかか”までかかっている coldsweats02ビックリ !。そして日本のしょう油 coldsweats02オォーッ !。実においしい delicious sign01 日本の味 sign03 ビール beer は2本目となり、ウイスキーも出していただいた。洋風の”人参サラダ”(これは、もう一人の女中さんが作ったそうだ)に、まさに酒の肴 ”するめ”まで出てきて感激 weepウルウルsign01 ウイスキーも1本目のスコッチから、”CAMUS NAPOLEON” と最高のぜいたく sign03 さらには、”白菜のお漬物”、本当に日本料理だ happy01 sign03

我々の会話も、森氏は30代半ば、上田さんは26才、そのせいか22才の俺にとってはちょっと難しい「大人の会話」だ coldsweats01 。例えば、日本の社会、就職内容、大企業と中小企業の力関係、自営業や社長の立場としての仕事、そして役所関係・公務員 think 。帰国後、日本で就職するつもりの俺にとって、とても為になる話ばかりだ confident 。さらに、ネパールの国の事情、日本からの援助、協力隊の活躍などなど coldsweats02ヘェーッ !。これほどこみいった内容の「大人の会話」は、生まれて初めてではなかろうか coldsweats01

日本からの援助について、俺が

「初めてカトマンドゥに着いてすぐに気がついたのですが、”1981 NEPAL-JAPAN COOPERETION”と書かれたパス bus がありますよね。あれを見た時、”日本はこの国に援助してるんだぁ confident ”と思ったら、嬉しくて安心しました happy01 」と話すと、森氏も

「そうでしょう wink sign02 日本はもっと援助・協力していることをアピールした方がいい think 」と話していた。

現在、協力隊の隊員は、この国に61名いるそうだ。理科や算数の教師、水道建設、交通関係など、様々だそうだ coldsweats02ヘェーッ !。皆それぞれの分野で活躍し angryガンバ、この国でスターダムにのし上がった隊員もいるそうだ coldsweats02スゴイ !。

しかし、これらすべての会話は、俺にとってまだ見ぬ世界の複雑さ、困難、決していい加減な、ただ「金 yen が欲しい」では済まされない世界がそこにある、ということを知らされたようだ despair 。また、フリーで生きていくこと(俺が一番望む形)の難しさ、世間一般からの風当たりと圧力。フリーで生きていくならば、それなりに少しずつでも力をつけ、実績を築き、それが第三者からも明らかに「あいつには、それをやれるだけの力がある think 」と思わせなければ、決して認めてはもらえないのだweep 。自分自身だけが早合点しては、世間は決して認めてはくれない think

この日の会話の中で、俺がもっとも”恥ずべき行為”だったと思ったことがある。それは、”選挙権”があるにもかかわらず、これまで一度も投票に行ったことがなかったことだ coldsweats01 。日本の政治・経済に関わることなのに。政治に参加するというチャンスを、自らあっさりと”棄権”していた無責任さは、大いに反省しなければならない think

*この時以来、私はほぼすべての選挙に投票しに行くようになりました。

*この旅日記は、1984年のものです。

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