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2012年4月 5日 (木)

(再掲)ムクチナート ~聖地への道~ その9

(11月17日のつづき)

この日はここで宿をとり、ムクチナートへは、片道30分だ。ヒマリーホテルに荷物を置き、昼食を終えて、12:40出発。少しの登り坂を歩いて、30分でムクチナートへ到着。アンナプルナ内院に続き、二つ目の目標も達成 happy01 sign03

痛々しくなった足を引きずって、ここまでやってきた angryガンバ。そして先に出発していた金井さんと岩田さんにも、とうとう追いついた happy02 。2日の差を、最終目的地にて、追いつくことができた。とはいえ、彼らは36才と30才、俺は若干22才。当たり前と言えば、当たり前か sign01 彼らは、俺の足首の状態を見て eye

「それは、もう医者 hospital へ行かなきゃダメだよ pout sign01 バイ菌が入っているかもしれないし、手首もそんなに化膿してちゃ、ほっといたら危ないよ coldsweats02 へたに破傷風が入ったら治らないし・・・ gawk 」と、

皆の勧めもあって、帰路はジョモソムからポカラまで、飛行機 airplane で帰ることを余儀なくされた。このまま歩いて shoe ポカラまで帰っても、普通で1週間。しかし、この状態では10日以上かかるかも・・・?1フライト610ルピー(≒$35≒9000円)は、痛い出費 dollar だが、怪我がこれ以上ひどくなったり wobbly 、何かの菌が体中に回った後では sad 、手遅れになることも・・・ shock 。体には代えられない。飛行機で帰ることを決意する think 。これによって、俺のトレッキングは、この日を含め、あと1日半となってしまった weep

彼らとの雑談のあと、高台に登りムクチナートの村を眺め、聖地へと向かった。聖地には3つの寺院がある。ここは、ラマ教、ヒンズー教両方の聖地であり、とても神聖なるところだ。一応仏教徒の俺も、お参りをしてきた。金井さんに教えられたように、お線香とマッチを持って、線香を焚き、お布施を喜捨して、皆の無事を祈った confident 。つき合っている彼女 virgo のこと、親父、おふくろ、兄貴、姉貴、そして多くの旅仲間たち、皆が健康で幸せでいられますように・・・。

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ムクチナートの丘、聖地。ラマ教やヒンズー教徒の人々は、一生に一度はここへ巡礼に来ることが夢 heart01 だそうです。

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’ダラ’と呼ばれるものです。水が流れ落ちています。全部で108つ、あるそうです。

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三重塔。聖地にある寺院の一つです。いつの時代のものか知らないのですが、やはり歴史を感じます think

聖地を下り、チェック・ポスト、そして再び村へ。ここの物売りのおばちゃんたちは、しつこいうえに、かなり高く売りつけてくる angry 。他の人が「40ルピーで買った」というマフラーを、初めは「80ルピーだ」と言ってくる。「高すぎる pout sign01 」と言って交渉しても、なかなか40ルピーまで下がらない。そっぽを向いて歩きだすと、追いかけて来て、いきなりマフラーを俺の首に巻いて「45ルピー」と言う。この強引な売り方に腹が立ってきて angry 、そのまま突っ返した。この付近では、アンモナイトの化石が採れるそうなので、それだけは記念に大、中、小と3つ45ルピーで買った。この辺りの人々は、アンモナイトも”神様” confident と崇めているそうだ。

ずいぶん涼しくなった16時ごろ、ムクチナートから20分でジャルコットのロッジに戻った。夕食 restaurant に、エッグ・ベジタブル・フライドライスとエッグ・ガーリックスープを注文。6時にはできると言っていたのに、他のトレッカーのは次々運ばれ、俺のだけなかなかできない sad 。彼らの食事が終わるころ、聞きに行くと、再度俺の注文を聞きにくる始末 wobbly 。金井さんらも言っていたが(彼らも、この日は同じロッジだった)、このロッジは「日本人は人がいいから、後でもいいと思っているみたいだよ」と angry

夜、右手首、右足首、左手親指がうずく wobbly 。とくに左手親指の水疱は、だんだん大きくなってきて、10時ごろ一度つぶしてみた。すると、血を含んだ水が流れ出てきた shock 。軟膏を塗ってテーピングする。まさか、破傷風?なんてことはないだろうな・・・ shock sign02 いずれにしても、1日も早くポカラへ戻り、医者 hospital へ行こう。そこでダメなら、急いでカトマンドゥへ戻るしかない。この晩も、良くない予感が頭をよぎり、よく眠れない despair 長~い夜 night だった。

ジャルコット、ヒマリーホテルにて

*この旅日記は、1984年のものです。

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コメント

手や足首、大丈夫でしょうか・・・
とても心配です~coldsweats02
エキサイティングな一人旅は、
やっぱりハラハラすることも多いですね。
ラマ教やヒンズー教徒の人々の聖地というムクチナートの丘は、
歴史と、どこか厳かさを感じるような場所ですね。
私も、一生に一度でも行ってみたいですnote


hananoさんへ

良くも悪くも初めての海外一人旅は、波乱万丈です。
今だからこそ笑って振り返ることができますし、自分自身のことながら、読んでいて面白いと感じることがあります。
インドやネパールに住む人々にとって”聖地”であるムクチナート、私はこの時を含め3回も訪れています (^_^;;
霊場のような雰囲気も漂っていました。

投稿: hanano | 2012年4月 5日 (木) 00時53分

慕辺未行さんへ
こんにちわ
ムクチナート~聖地への道 その7・8・9と改めて拝見させて頂きました 頑張られましたね 外国 それも医療が徹底していないところでの病気や怪我は物凄い不安でしょうね
この先どの様な展開があるのか興味津々です
異邦人の実感 心底肌で感じられることでしょう
日本人や日本語が話せるアメリカ人など地獄に仏の感じですね
何とか傷の手当が出来て良かったですね
傷から入る破傷風は怖いです
地図を片手に記事を拝見していますがアジア東部の地図ですので細かいところは判りません ムクチナートはネパールの西部の地域ですね ネパールのみの大きな地図が必要のようです

私事ですが3月28日から5日間にわたって受けた浄土宗の修行の様子は秘事もあって記事にし難い部分が多いです
外観だけでも記事化出来ないか考えているところです


古都人さんへ

詳しい原因は分からないのですが、あちこちに痛みを伴う水疱が出来ていました。
他のトレッカーはそんなことはなかったので、一体何が原因でそうなったのか未だに謎のままです。
その後の展開は・・・続きを楽しみにしていてください。
カグベニ村で出会ったアメリカ人、日本語で声かけてくださり、その上日本のバンドエイドなどを持参していて、本当に助かりました。
カグベニ村からムクチナートへ向かう道、その辺りの荒涼とした風景、時々すれ違う巡礼者たち・・・まさに私は”異邦人”でした。
そしてこの道を私は’92年’94年にも訪れてしまいました。
ムクチナート、ネパールの中ではやや西部になります。
一度手許の本や写真集など調べて、分かりやすい地図がありましたら、取り込んでブログで紹介します。

投稿: 古都人 | 2012年4月 5日 (木) 14時36分

手、足首は相当な痛さだったと思います。
それでもお続けになる旅は、想像しただけでも
痛々しく感じます。
お若いから我慢出来るものでは有りませんね。
旅先での優しい出合いは、凄く嬉しいですね。
病院での診察結果が心配です。
マルファ、カクベニ村は徒歩で出かけるのは
自信がありませんが、出かけて見たいです。


すみれさんへ

両手足のあちこちに水疱ができていて、すでに潰れてしまったのもありました。潰れたところは化膿してきたり、とにかく誰の目にも「ひどい」状態だったと記憶しています。
特に足に出来ていたものは、痛みも伴い歩くペースがガタッと落ちていました。
カグベニ村で出会ったアメリカ人は、日本で仕事をしていて、日本から直接旅に出てきていたようで、彼らが持参していたファーストエイドキットはすべて日本のものばかり。本当に嬉しかったことを覚えています。
マルファ村とカグベニ村、その間にジョモソムという大きな村があり、麓の街・ポカラから飛行機が運航しています。
ジョモソムから馬に乗っていくこともできますヨ (^_^)!

投稿: すみれ | 2012年4月 5日 (木) 14時43分

慕辺未行さんへ
追伸 訂正です
ムクチナートはネパールの西部と書きましたが
違いますね 内院から見て北西ですね


古都人さんへ

アンナプルナ内院から見ると、北西の位置になります。
ネパール全体から見ると、中央よりやや北西部になるでしょうか?!

投稿: 古都人 | 2012年4月 5日 (木) 14時47分

無事だったからよかったものの心細い思いをなさいましたね。私まだ旅先で医者にかかったことはありません。娘はアメリカで学校へ入るための予防接種一度に3本もされてびっくりしたり、英国で熱が出て扁桃腺が腫れているのにうがい薬しかくれなくてびっくりしたりしています。ところ変われば…でも生きているもんですねえ。


agewisdomさんへ

原因不明の水疱があちこちに、潰れたところは化膿し始め・・・とひどい有様でした。
痛みを伴い、靴で擦れるところもあって歩くペースも落ちました。
海外で医者へ行った経験、私はいずれもネパールです。そのうちの2回はトレッキング中の大きな村で立ち寄りました。
ところ変われば予防接種や治療方法・・・、違ってくるのでしょうね。お国柄がでるのかな?

投稿: agewisdom | 2012年4月 5日 (木) 22時02分

傷が化膿、しかも病院は遥か遠く・・・なんてhospital
本当に無茶をされたのですねsweat01
日本と違って、衛生的にも悪い状況なのに~
とっても心配してしまいますdespair
飛行機を決断されて、一安心しました
まぁ若い頃は、病気ってなに?くらいの気分ですもんねsign02


きゃぶさんへ

あちこちに水疱ができ、中には血が混ざっているのもあったりと、けっこう悲惨な状況でした。潰れてしまったところは化膿し出していましたし・・・。
ただ私の場合、若いころ怪我するたびに化膿していましたので、化膿していた傷を見てもそんなに気にしていませんでした。
ふと思い出しました。高校時代、足の怪我を化膿しているにもかかわらず医者へ行かずに、学校の保健室で自分で治療したことがあります。(笑)
こんな経験もあって、周りほど本人は気にしていなかったかもしれません (^_^;;

投稿: きゃぶ | 2012年4月 5日 (木) 22時26分

再掲の場合は、コメント欄はあったりなかったりですね。
この日は気づきませんでした。

外国での怪我とかアクシデントはありませんので
想像が出来ません。破傷風は今も後進国ではあると
思いますので、危なかったですね。
無事で何よりでした。

私は外国では犬に近寄らないよう言われていますので
気をつけています。獣医の友人から日本のように
狂犬病予防注射をしている国は少ないので注意するよう
忠告されています。


matsubaraさんへ

再掲載記事は、木曜日0:00更新記事のみコメント欄開けています。ご了承くださいませ。
トレッキング中は身の周りの環境が全然違いますし、毎日何時間も歩き続けますので、怪我や体調不良には注意を要します。が、それでも防ぎきれないこともあります。
破傷風、今の日本では全く聞かなくなりました。これも環境の変化でしょうね。
インドやネパールで見た野良犬は、とても痩せていて元気がなかった印象です。しかし、もし噛まれでもしたらとても危ないでしょうね。動物好きな私も、近づくことはしませんでした。

投稿: matsubara | 2012年4月 6日 (金) 06時11分

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