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2012年4月19日 (木)

(再掲)カトマンドゥへ戻る

11月23日7:00発のスイスバス bus で、カトマンドゥへ戻る。ストーンハウス・ロッジ hotel へ行くと、シングルは空いてなかったが、つい数週間前まで泊まっていた俺をオーナーは覚えていて happy01 、ツインをシングルと同じ料金(11ルピー≒160円)で貸してくれた。何とも嬉しいご好意だ lovely

そして、相変わらずサキャさんのお店に顔を出し wink 、彼といつも話をしていた happy01 。また、トレッキング中に偶然再会したムネさんとも再び会い happy02 、宿も同じストーンハウス・ロッジだった。彼とは当然ながら、一緒によく夕食 restaurant へと出かけていた。

そのころ俺は、電気店で’エレクトリック・コイル・ヒーター(湯を沸かすためだけのコイル式ヒーター)’を買い、スーパーでインスタントコーヒーを買って、朝食はコーヒー cafe とパン bread 、フルーツ banana apple 、ゆで卵 fullmoon を作って”自炊”していた coldsweats01

ある日の夜 night 、ロッジの近所の店で俺が卵を買っている moneybag と突然「ジン sign02 」と、大きな声がした。俺は「誰だ?ここで俺のことを”ジン(ニックネーム)”と呼ぶ奴は think sign02 」と思って、辺りをきょろきょろすると、克ちゃん(高畑君)が「オホホー sign01 ジン sign03 久しぶりー happy01 sign03 」と駆け寄って来た run 。俺も思わず「オォー sign01 克ちゃーん happy02 sign03 」と叫び、お互いに手を握り抱擁し合った scissors

彼もやはり、俺が北海道を旅していたときの仲間 good で、室蘭にあるユースホステルでヘルパーをしていた’かっちゃん’。克ちゃんは実は、初めは俺と一緒に旅立つ予定で連絡を取り合っていた telephone のだが、克ちゃんのアルバイトの都合で俺だけ先に出発していたのだ bearing 。そして彼もインドへ向かう予定だったのだが、カルカッタまでのチケットを予約した途端、あのクーデターが勃発し wobbly 、インド入国が不可能となり bearing 、トラベル・エージェントの素早い対応もあって confident 、チケット ticket を即ネパール・カトマンドゥへと変更し、ここへやって来ていたのだ happy01 。克ちゃんは、俺がインドで盗難に遭ったことを知っていた。なぜなら彼も俺と同じ旅行代理店を利用していたからだ。そして克ちゃんも、ストーンハウス・ロッジに泊まっていたのだ happy02

さらに、カルカッタで盗難直後にお世話になった scissors 上田さんとも、ここで再会した happy01 。しかも、部屋が隣同士 good 。金井さんと岩田さん、辻さんもポカラから戻って来ていた catface 。俺はかつての仲間、そしてこちらで知り合った新たな仲間と共に、このカトマンドゥでの暮らしを楽しむ smile

*この旅日記は、1984年のものです。

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コメント

慕辺未行さんへ
こんにちわ
私が一番のコメントですか?
何時もと違って変な感じですが
それはさておくとして
多くの知己の方達との再会 嬉しいものでしょうね
心強くもあるでしょうね
宿の方の気の効いた計らいも嬉しいものでしょう
暫くはこの地に滞在ですか


古都人さんへ

今まで古都人様がコメント一番乗りということはありませんでしたか?!
それだけ多くの方からコメントいただけるようになりました。
ムネさんとの再会は、カルカッタで聞いた話で「もしかしたら・・・」と思っていました。そして克ちゃんもインド・ネパールを旅することは知っていましたが、まさか偶然会うとは驚きました。
記事の中にもありますが、インドで当時のインディラ・ガンジー首相が暗殺された直後で、インド情勢はまだ混乱していました。
それ故、インドを旅するのは危険で、しばらくカトマンドゥに滞在せざるを得ない状況でした。

投稿: 古都人 | 2012年4月19日 (木) 15時43分

慕辺未行さん  こんにちは
今までの傷の痛みが凄く気になっていましたが、
名医に診察受けられたようですね。
慕辺未行さんが健康体なのか
治りも早くてホッとしました。
遠い旅先での、知人との出会いは特別感動でしょうね。
日を追うごとに旅慣れされていて
凄く楽しんでおられる様な気がします。
だんだん現地の人に似ておいでに成られたのでは?


すみれさんへ

早く治ったのは、やはり薬のお蔭だと思います。紫色の液体で、日本で言うところの”赤チン”のようなものだと思っていたのですが、驚くほど効き目十分でした。
化膿した傷が治っただけでなく、痛みもなくなっていたのですから、本当に驚いたものです。
当時、インドでインディラ・ガンジー首相暗殺という事件から間もないこともあり、ネパール滞在を余儀なくされましたが、北海道で知り合った仲間や、こちらへ出てきてから親しくなった方など、日々時間を持て余しながらも、楽しく過ごすことができました。
どんな日々だったかは・・・来週からの続きを楽しみにしていてください。

投稿: すみれ | 2012年4月19日 (木) 16時15分

日本から遠く離れたカトマンドゥで、かつての旅仲間と
再び巡り合って、一緒に時を過ごすことができるなんて、
本当に素晴らしいですね!shine
慕辺未行さんの旅は、北海道やネパール、インドなど
場所を問わず、きっといつもどこかで繋がっているのでしょうねconfident
カルカッタで盗難に遭われた頃はハラハラものでしたが、
さまざまな体験を経て、旅にも慣れてきて、順調に
カトマンドゥ暮らしを楽しんでおられる様子、なんだかいいですね~happy01


hananoさんへ

若いころ北海道を旅する際に利用したのがユースホステルと、若者向けの”知る人のみぞ知る宿”(決して”民宿ではない”)のですが、そこで知り合った人たちは私と何かしら似たような傾向の旅を好んでいました。
だからでしょうか、このようなことも起こるのでしょう (^o^)!
カルカッタで盗難に遭い、その直後インドで世界的大事件が起こり、日本にいる両親は『すぐに帰って来い』と手紙を送って来ました(カトマンドゥの中央郵便局気付で、手紙を受け取ることが可能でした)。
若かった私は大いに反発し、この後もカトマンドゥで色々な経験を積みました。
続きも楽しみにしていてください。

投稿: hanano | 2012年4月19日 (木) 19時19分

親しい人と打ち合わせもしていないのに旅先で会えたらうれしいやら驚くやらですね。
傷も大したことなく済んだし、ここでの何日間は最高に楽しかったでしょうね。


agewisdomさんへ

ムネさんが来ていたことはカルカッタで知り、克ちゃんは当初は一緒に出発しようとしていたものの、一緒に出発できなくなり現地で会うことも難しいと思っていました。
それだけに本当に楽しい日々でした。
当時、インド情勢が依然として混乱していましたから、ここカトマンドゥに滞在せざるを得ず、ずいぶん時間を持て余す日々でした。
だからこそ、このような詳細な旅日記を残すことができたのでしょう (^_^;;ヘヘッ!

投稿: agewisdom | 2012年4月19日 (木) 19時32分

あ~良かったぁhappy01
傷の治りが早くて、安心しました~
やっぱり若さは一番の薬ですねっ
たくさんの知人との再会も果たされて、もうこれで安心して拝見できますclover


きゃぶさんへ

若さというより、あの薬、本当にスゴイ薬だと今も思っています。化膿した傷がたった3日で治るのですヨ (゚o゚)ナニッ!
若いころ怪我をするとよく化膿して、その度に医者へ行きましたが、日本の医者でたった3日で治していただいたことはありません。
あの薬、余ったので日本へ持ち帰ったのですが、両親のどちらかが怪我をしたときに使ったことがあります。その時も効き目抜群で両親もずいぶん驚いたことをかすかに覚えています。
この後は・・・、当時まだインド情勢が危険だったため、カトマンドゥで何とも贅沢な日々を送ることになりました。
どんな風に過ごしていたか、続きの旅日記をお楽しみに (^o^)!

投稿: きゃぶ | 2012年4月19日 (木) 21時25分

旅先での楽しいハプニングがあってよかったですね。
前の記事ですが現地の医師が優秀でよかったですね。
私の友人はタイへ行った時目がひどく腫れて現地の
医者に診察受けたららさらに悪くなったと嘆いていました。
友人は英語の出来る娘さんと一緒で何とか診察は
して貰えたそうです。
病院では英語を話せないとだめみたいですね。
出かけていましたコメント遅れました。


matsubaraさんへ

克ちゃんは私より1ヵ月遅れでインドを旅する予定で、まさかカトマンドゥでの再会に驚きました。
しかし出発前は、お互い初めての海外ということもあり「一緒に行こう!」と連絡を取り合っていたのです。それだけにここでの再会は、本当に嬉しかったです。
医者も優秀でしたし、何しろ薬の効き目が抜群でした。
体質なのか、私はちょっとの怪我でもすぐに化膿し、その度に医者通い。高校時代には保健室の薬を使って自分で治療したこともあるほど、化膿することには慣れていました。
しかし、わずか3日で治るとは?!さらに痛みまでなくなっていたのです。もうこれは”魔法の薬”と言ってもいいかもしれません。
海外で医者へ行ったのは、ネパールだけです。
その後も’92年、トレッキング中にナムチェバザールとマナン村で医者へ行きました。下手な英語ながらも何とか通じました。

投稿: matsubara | 2012年4月19日 (木) 21時25分

こんばんは~☆
病院のお薬がよく効いて早い回復で良かった!
名医さんですね。
ずっと痛々しい状態でしたのでホッと致しました。
お友達や旅のお仲間との再会で慕辺末行さんの近辺が賑やかで楽しそうです。
若者の自由な旅っていいですね。


のこのこさんへ

若いころ、怪我をしては化膿し医者へ。しかしわずか3日で治してくれた医者は、日本にはいませんでした。
それだけに驚きました。医者も名医でしょうし、薬も効果抜群でした。
若いころ、北海道を自由気ままに旅したり、ヘルパーやアルバイトをしていた仲間との再会。さらにカルカッタで盗難直後、お世話になった方等々、楽しい仲間がたくさんいました。
当時インドで、インディラ・ガンジー首相が暗殺された直後とあり、インド情勢が危険だったため、カトマンドゥで”何もすることがない”旅の日々を送っていました。
それでも貴重な体験もいくつかありました。この後の続き、楽しみにしていてください。

投稿: のこのこ | 2012年4月19日 (木) 21時36分

海外で病院に行くのは
運試しみたいなところありますよね。
そう思って私も旅行するときは
最低限の薬は持って行きますが
これだけ長く滞在して、しかも足で歩く旅行では
何が起きても不思議はないでしょう。
名医に出会えて本当によかった!


zooeyさんへ

病院というより、街の小さな医院でした。でもさすが、ロッジの方が紹介するほどですから、腕は確かでした。というか、あの薬の効き目が凄かったです。
’92年に再びネパールでトレッキングをした時、マナンという村の診療所にはアメリカ人の女医がいました。その時処方していただいた薬も、効き目抜群でした。
現地で罹った病気や怪我は現地の薬のほうが効くと思い、日本から薬を持って行くことはほとんどしませんでした。

投稿: zooey | 2012年4月20日 (金) 08時01分

わははは~今はちょうど「深夜特急」の3冊目を読んでいるのです。
まさにカルカッタのところが出ています。

当時の様子等の話が同じです~なかなか面白いので、どちらも興味津々の内容~


青龍○段さんへ

深夜特急の第3巻ですと、ネパールからインド辺りでしょうか?沢木耕太郎氏がネパールからインドへと移動するルート、この時の私の旅と同じなのですよネェ!
ずいぶん前、この深夜特急が3夜連続でTVで放映され、それを見た時、この時の旅を思い出さずにはいられませんでした。

投稿: 青龍〇段 | 2012年4月20日 (金) 16時33分

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