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2012年3月 8日 (木)

(再掲)アンナプルナ内院に挑んで その3

11月7日 ”ムネさんとの再会”

ランドルン7:30(徒歩)13:30チョムロン

 6:30起床。オムレツ、と言っても単なる薄っぺらい玉子焼きを食べ、7:30出発。ロッジにトイレがなかったので、見えないところで・・・。青空眺めながらは開放的でいいナァー happy01 sign01 でも寒い!

アップダウンを繰り返し、林を抜け、登りになる。一度川沿いへ下ると、右手に橋があったことに気づかず、まっすぐ行ってしまった。10分ほど行って「おかしいな sign02 」と思ったら、後方の川の向こうを、人が歩いている wobbly 。そちらへ戻るために、近道をしようと川を石や岩伝いに渡ろうとしたのだが、突然、ツルッ sign01 ドボーン wobbly sign03 足元とお尻のまわりがベタベタ shock 。しばらく乾かしていた coldsweats01 。が、元のコースへ戻って歩き出すのに30分以上のロス weep 。そのうえ、橋を渡った後は急な登り crying 。踏んだり蹴ったりだ bearing sign01 喉も渇いた。買い置きして持っていた、たった一つのミカンを食べた。「ウマイ sign03 」、生き返った happy02

何とか頑張って登り sweat01 、パッティ(茶店)にたどり着く。「リムカ(瓶入りのレモンジュース)」と言ってジュースを、さらにティー cafe を飲む。さすが山の中だけあって、リムカは6ルピー、麓の倍以上の値段だ sad 。再度登り shoe 、ヘトヘト wobbly になって峠へ sweat02 。峠のバッティに着いて、バタッ down と横になって wobbly ティー cafe を飲む。そこから20分下ったところがチョムロン。13:30着だ。

4
峠から見たチョムロンの村。この付近では、かなり大きい村です。

カタカナで”ホテル・ヒウンチュリ”と書かれたロッジへ行き、部屋へ案内される途中、一人の日本人 fuji がいた。「こんにちは happy01 」と、お互いに挨拶する。彼を見て俺は、カルカッタで会った浦本氏(通称;おいら)の話と、ポカラで雨具をレンタルした時を思い出した。そして部屋に荷物を置いて、すぐに彼のところへ行って話しかけてみる。

「もしかして…、ムネさんですか happy01 sign02

「エッ sign02 ええ、そうです・・・」

「僕、2年前に北海道の釧路の・・・」まで言いかけると、

「アッ sign02 coldsweats02  ○○ユース(ホステル)のジンさん coldsweats01  sign02

驚いたものです sign03 約2年半ぶりの再会 happy01 sign01 彼は、俺が釧路にあるユースホステルのヘルパー時代、開所記念日まで3連泊してくれたホステラーだった。お互いに覚えていて、こんなヒマラヤの山奥の村での再会にビックリ happy02 sign03 巡り巡る人との縁、大切にしたいネ!

彼とは懐かしい思い出話や、カルカッタで会った浦本さんの話などで、盛り上がった happy01 。彼は2年前、釧路で3連泊した後、知床へ行き、お土産屋でアルバイトをしていた。浦本さんもそのころ、知床でアルバイトをしていたので、お互い知っていたようなのだ。また、彼は、たまたま立ち寄った女の子のグループから、その日は「釧路の○○ユースへ行く」と聞き、「ヘルパーで”ジンさん”っていう人がいるから、”よろしく”と伝えて wink sign01 」と、伝言をくれたこともあった happy01

このロッジはずいぶん混んでいて、ざわついていたが、ムネさんと楽しい時間を過ごすことができた happy01 。夕食ももちろん、彼と一緒だ。ベジタブルカレースープ、とても美味しかった。

チョムロン、ホテル・ヒウンチュリにて

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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コメント

慕辺未行さん
 ナマステ!(^^)!
「アンナプルナ内院に挑んで その1」
 ヒマラヤは余りにも遠くて、高くて私には縁の無い山ですが
山を愛する者には憧れは有りますね。
ハードなハイキングと言っても強靭な精神力と体力が居る事は想像できます。
それでも若き日の慕辺未行さんはチャレンジされたのですね
拝見していて疲れました
ボロジープに揺られてだけでも厳しいのに・・・・
 私も日本の低い山ですが毎日曜日登っていました。
数々の苦しいことも辛いことも経験していますが
それでも頂上に登った時の喜び・感動は
他では味わえないと思っていました。
 可愛い子供たちとの出会いは疲れた身体にも元気と優しさを貰いますね
しかも子供たちから日本語が聞くことが出来る
こんなに嬉しいことは有りませんね。

 「その2」
マチャプチャレ画面いっぱいにして拝見しました。
確かに頂上は魚の尾のように見えますね
日本をお気に入りのマハル君と一時の同行、好かったですね
 異国で戴く料理は清潔であれば食べた事の無い物が
戴けてそれも旅の愉しみなのでしょうね
 正露丸は歯痛にも効きますね。
子供の頃母に詰めてもらった経験か有ります
 不便と素朴は紙一重ですね
それをどう感じるか・・・!(^^)!


コスモスさんへ

その頃まだ22才だというのに、常日頃いかに身体を動かしていなかったか痛感させられました。
確かにダンプス村までの登りは高低差があり、長いトレッキングの初日のウォーミングアップにしては、かなりきついものでした。
子供達のことは、今でも思い出せます。
村の中を散歩し、学校を見つけた途端のことでした。突然、何人かの子供たちが人懐こい笑顔で「こんにちは」と言いながら走ってきたのです。
一通り仲良くなった後、校舎の中まで案内してくれました。
初日の疲れも吹っ飛ぶような出会いでした。
マハル君のこともよく覚えています。片言の日本語でしたが、彼の日本に対する憧れは十分伝わって来ました。
そして彼が話した「自分の自転車を買うことが夢」という言葉、今も忘れられない一言です。
この村で戴いたサトイモ、私が今までに食べたサトイモの中で、最もおいしいサトイモでした。
そして月明かりがあんなに明るいものだと知ったのも、人生初めてのことでした。
私にとってとても印象的な村でした。

投稿: コスモス | 2012年3月 8日 (木) 07時14分

 全然山の高さや厳しさは違いますが、しかも国内の山ですが
私も慕辺未行さんと同じような経験を幾度かしています。
まるで私の登山日記のように懐かしく拝見しました
峠からご覧のチョムロンの村
この付近では大きいとの事ですが家も数える程ですね

奇遇ですね感動ですね(#^.^#)
二年前にしかも北海道の釧路で会われた方とヒマラヤの山奥で再会
さぞかし盛り上がったことと思います。
 素晴らしい時間を持たれましたねヽ(^。^)ノ


コスモスさんへ

この日の出来事も、やはりトレッキングという特殊な日々なだけに、よく覚えています。
ツルッ、ドボーンで濡れてしまいましたが、ジャージでしたので比較的乾くのも早かったです。
確か、ジャージを大きな石の上に置いて乾かしたような記憶です。
しかしこの日もきつかったです。ホント、ヘトヘトでした (^_^;;
ムネさんとの再会、「もしかしたらどこかで・・・」という思いがあっただけに、本当に会えたときは驚き以上に嬉しかったです。盛り上がったなんてものじゃありません。お互いに興奮していました。再会した場所が場所だけに、感動もひとしおでした。

ブログへのコメントです (^o^)/
『西陣・通称「糸屋通」を歩く』
今もこのような街並みが残っているのか、京都の京都たるゆえんなのかナァ?とふと思いました。
このような街並みで、伝統的工芸品の工房があるのは納得ですね。
『藍染め』を『愛染』としているところが、粋ですね。
向かい側の家の窓、虫籠窓だったのを改築されたのでしょうかね。何かもったいない気がしますが、それも時代の流れか、住んでいる方の都合か・・・?
このような町家、街並み、いつまでも残してもらいたいですね。

『3月6日の天神さんの梅です!(^^)!』
天神さんには梅の花が似合いますね。やはりあの『飛梅』のイメージがあるからでしょうか?!
梅の花だけを撮るもよし、天神さんの鳥居や灯篭、本殿とともに撮るもよし、いかにも『道真公』の愛した梅と天神さんという光景ですね。
今年はまだ一度ものんびりと梅の花を見ていません。こちらで素敵な梅を拝見でき、満足してしまいそうです。
ありがとうございました。

投稿: コスモス | 2012年3月 8日 (木) 07時16分

前の記事の返事ですがやはり私はミスしていました。
確かにエベレストはカトマンドゥから乗りましたことを
思い出しました。私の方が後に出かけたのに忘れて
いますね。
これからも教えて下さい。ポカラはアンナプルナでした。

こけてしまわれて服が濡れて大変でしたが後から
考えるとどれも楽しい思い出になりますね。

マチャプチャレの写真はあまりうまく撮れなかったのですが、
アンナプルナは引き延ばしています。


matsubaraさんへ

ネパールへは3度訪れ、通算の滞在日数は半年を超えるほどですので、最後に訪れた時から年月は過ぎましたが、今でもたいていのことは覚えています。
ポカラからはアンナプルナやダウラギリ方面へのマウンテンフライトがあります。
川で滑って転んでしまいましたが、幸いジャージでしたので、日が当たっている大きな石の上に干しておくだけで、すぐに乾きました。
カメラは、一眼レフは荷物とともに失ってしまいましたが、おもちゃのようなカメラを戴いていましたので、何とか数枚は撮ることができました。
しかしいくらか無理がありますので、絵葉書をずいぶん買って帰って来ました。

*Saas-Feeの風様からの伝言です。
今週初めからB型インフルエンザに罹り、しばし療養中とのことです。詳しくは ↓ のSaas-Feeの風様からのコメントをご覧くださいませ。

投稿: matsubara | 2012年3月 8日 (木) 08時20分

慕辺未行さんへ
こんにちわ
アンナプルナ内院の「内院」とはなんでしょう
山の形状から来るある形の地域の名前の様に思いましたが・・・
急がば回れでしたね しかし良い思い出でとなりましたね
私にも昔良く似た体験をしています 場所は国内ですが
やはり同じ志を持つ人は同じ様な場所で出会んですね
まさに奇遇でしょうが・・・
日本人だと心強かったことでしょうね
これからも楽しみにしております


古都人さんへ

ここで言う『内院』とは、ベースキャンプがある辺りのことになるのですが、なぜ『内院』と呼ぶのかは詳しくは知らないのです (^_^;;
ただ地形的には、周りをアンナプルナ山群の山々に囲まれた中心的な場所であるように思います。
滑って転んで、大きな石の上で乾かして・・・、今も覚えています。峠の茶店でパタッと横になったシーンも!
ムネさんとの再会は、カルカッタで噂を聞いていましたので「もしかしたら・・・」の感はありましたが、しかし実際にこのようなところで再会すると、喜びも一段と大きいです。
しかし私以上に彼のほうが、もっと驚いたでしょうね。私が来ていることなんて、全く耳にしていなかったでしょうから!

投稿: 古都人 | 2012年3月 8日 (木) 10時25分

コメントを戴きながらなしのつぶて、失礼しています。
今週のアタマからインフルエンザのB型にかかり療養の身になっています。
ようやく高熱から解放され快方に向かいつつあります(笑)
あ、通じましたかあ〜。
月曜日からはパソコンを開ける気力無く、ようやく今朝になって携帯電話が使えるようになりましたので、ケータイからこれを書き込んでいます。
完治までにまだ暫くかかるかもわかりませんので、消息だけでもお知らせしておこうと思った次第です。
agewisdomさんとmatsubaraさんにこの旨をお話して戴ければ幸甚です。
しかしケータイに文章を打ち込むのはパソコンに打ち込む場合の何倍の時間がかかるのだろうか(T_T)


Saas-Feeの風さんへ

ありゃぁ~!インフルエンザに罹ってしまいましたか?!
それでもこうしてコメントを冗談交じりで残されていますから、ずいぶん良くなってきているのでしょうね。
しかし、決してご無理なさらず、万全な状態で復活して下さい。
今夜はコメレスだけで精一杯ですので、明日にでもagewisdom様、matsubara様にお伝えいたします。
どうぞ、お大事になさってください。

投稿: Saas-Feeの風 | 2012年3月 8日 (木) 12時12分

慕辺未行さん、すごい!!
まず、と~まは高所恐怖症ですので、高いところは超苦手…
山登りとスキーで泣いたことがあります…怖くてweep
なので、こんなところに登ったという事実が感動
それから、人との縁の深さです。嗜好性が似ているからと言ってしまえば、ロマンがなくなっちゃうけど、皆さん、一人旅や未踏の場所がお好きな方が多いのかも…ですね。
あと、因みにうちの旦那は、学生時代知床でバイトしてたみたいです。25年以上前の話ですが…。どこかでお会いしてたのかもしれないなぁと、それにも奇縁を感じてしまいました…happy02


と~まの夢さんへ

ここ最近、と~まさんのブログへなかなかお邪魔できないのに、コメントいただき恐縮です (^_^;;
ホント、すみません m(u_u)mゴメンナサイ!
それはそうと・・・、高所恐怖症の人って、山登りとかもダメなのですか?
確かに下界の景色を見れば高度を感じるのでしょうが・・・、なんか不思議です。
確かに考え方や旅の仕方など、似てくる部分はあると思います。詳しく書くと長くなるのですが、結果として性格や嗜好性の問題は大いにあると思います。
オォーッ?!と~まさんのご主人様も知床でバイト経験が?!きっかけによっては私やムネさんなどと”同類”のお仲間かも?!(笑)

投稿: と~まの夢 | 2012年3月 8日 (木) 20時27分

世界は狭いんでしょうか?広いんでしょうか?なんか不思議な感じがします。こんなところで再会なんてね。
食べた物のこともいつもよく記録してありますね。私はさっぱりです。漠然と北欧のビーフパテが最高だったとか、ベトナムはおいしかったとか、大雑把には覚えているんですが、もっとよく覚えておけばよかったなあ。


agewisdomさんへ

地球上での世界は広いのですが、人それぞれ”個人の世界”は狭いのかもしれません。
趣味や思考(嗜好?)などによっては、このようなことが起こるのも、必然かもしれません。
現に私は、お互いに連絡先を聞かずに分かれたフランス人と再会した経験がありますから!
トレッキング中は、常に日記をつけていました。写真があればベスト!なのでしょうが・・・。
この当時はまだずいぶん”好き嫌い”がありましたが、それでもネパールの食事は、口に合うものが多かったです。

*↑ Saas-Feeの風様からの伝言です。
今週初めからインフルエンザに罹ったそうです。
詳しくは、コメントをご覧ください。

投稿: agewisdom | 2012年3月 8日 (木) 22時59分

素敵な旅には素敵な出会いが有るのでしょうか?
国内での出会いも叶わぬ事が多いのに
ヒマラヤの山奥の村での再会はドラマのようですね。
慕辺未行さん以上にお相手の方も
ビックリだったでしょうね。
旅日記拝見していて、相当過酷なトレッキング
の様に感じますが、
精神的にも肉体的にも強靭な物がなければ
行動出来ないような気もします。


すみれさんへ

私が20才前後の頃、ユースホステルをメインに利用して旅していたのですが、同じ人はいくらでもいまして、国内でもずいぶん多くの人と偶然の再会をしたことが何度もあります。
しかし、ムネさんとの再会はさすがに場所が場所なだけに、特異なものでした。
私は事前に噂で聞いていましたし、雨具をレンタルした店のノートで彼の名前を見ていましたから、「もしかしたら・・・?」と思っていましたが、彼は全く知らなかったので、私以上に驚いたことと思います。
過酷なトレッキングのように思われるかもしれませんが、決してそうではないのです。
その人それぞれのペースで、のんびり景色を楽しみながら、ゆっくり歩いて行けばいいのです。
この時は私自身若かったもので、ちょっと無駄に飛ばしていたのだと思います。

投稿: すみれ | 2012年3月 8日 (木) 23時38分

こんにちは  やっとコメが入れられます~
お母様の病院のお雛様、見慣れた目にも豪華さが
わかります  「赤」はやっぱ元気が出ますね!

トレッキングの様子は まるでNHKのドキュメントを
見ているようで、わくわくします
お釜の縁を歩いただけで・・・ ^&^

彼らには 日本とのビジネスチャンスはそれ程ないのに
どうして日本語なんでしょうね・・  トレッカーだって
商売になるほどは 日本から来ないでしょうし・・
でも 何故か嬉しいですね


bellaさんへ

再掲載で毎週火・水・木曜0:00の予約更新で、毎回コメレスはできないと思い、木曜日のみ開けています (^_^;;ヘヘッ
あのお雛様、特につるし雛が凄かったです。本当に素晴らしいものを拝見したと思います。
トレッキングの様子、もっと写真があれば良かったのですが、カルカッタで失っていますから・・・。
その代わり’92年と’94年に訪れた時は、しっかり撮って来ました。
彼らにとって日本は『憧れの国』で、「いつか日本へ行って・・・」という夢を持っているのでしょう。
日本行きのビザの取得はネパールの人にとってなかなか難しいようですが、それでも私がネパールで出会ったネパール人友達3人がその後、来日を果たしています。うち一人は、日本人女性と結婚し今も日本で暮らしています。

投稿: bella | 2012年3月 9日 (金) 16時29分

いよいよトレッキング出発ですね。
楽しく読ませていただいてます♪
私は健脚を持ち合わせてないので山登りは苦手です。
人生で悔やむことがあるとしたら、山登りとスキーが出来なかったことです。
せいぜい、伊吹山(これも息切れ状態)乗鞍岳はバスで行ってちょこっと登るそんな程度なんです。
だから、トレッキング=軽い山登りをされる人でも羨ましくて仕方ありません。
慕辺末行さんはユースホステルでお仕事されてんですね。
遠路はるばる釧路ですか、思い出がいっぱいおありでしょう。
お仕事上各地にお友達がおられるでしょう、その方たちとの再会もうれしいですね。
それにしても遠いヒマラヤでの再会はそんな奇跡が起こるのかとびっくりですね。
良い旅の続き待ってますが、、来週ですね。


のこのこさんへ

この時点での私は、山登りとはほとんど縁がありませんでした。だからこそ「ヒマラヤ・トレッキングなんて、私にできるのか?」と思っていたほどです。
このトレッキングの数年後、日本で山へと誘われ、再び体力不足を痛感。それからジョギングなどをはじめ、運動不足を解消し、山へも行くようになりました。
釧路には半年ほどいました。少なくとも1年はいるつもりでしたが、父が脳梗塞で倒れたとの知らせを受け、止むなく帰って来ました。
ヘルパー時代の思い出もたくさんあります。高校の同級生が偶然泊まった時は、お互いに驚きました。
ムネさんとの再会、私は事前に彼がネパールを旅していること、そしてトレッキングの前雨具をレンタルした際に、彼が今ちょうどトレッキングに出かけていることを知っていたので、「もしかしたら・・・?」と思っていました。
が、彼は私が来ていることなど、全く知らなかったでしょうから、私以上に驚いたと思います。
こんなことが起こるのも、旅の醍醐味です。

投稿: のこのこ | 2012年3月 9日 (金) 22時08分

わ~うらやましいなぁconfident
高くそびえ立つ山々に囲まれてのトレッキング
・・・ん~私じゃ、もっと登りが少ないところじゃないと無理ですsweat01
ケガなどされなくて、楽しく歩くことができて良かったですね~shine

そして、またまた偶然の再会
志を同じくされる方々、ならではなんでしょうか
なんだか人との絆の深さを感じて、出会いを大切にしたくなりますねnotes


きゃぶさんへ

このアンナプルナ内院へのコースは、わりときついところもありますが、この後のコースはそれほどきつい登りもなく、トレッキング初心者の私でも、充分に歩けるコースでした。
きゃぶさん、昨年恵那山や御嶽山に登ってるじゃないですか?!全然大丈夫ですヨ。
私はまだ事前の情報で「もしかしたら・・・」と思っていましたが、彼は全く知らなかったのですから、私以上に驚いたと思います。
私もこのインド・ネパールの旅は、北海道で知り合った方からの薦めでしたので、どこへ旅するか志向も似てくるのかもしれません。

投稿: きゃぶ | 2012年3月 9日 (金) 23時48分

チベットやブータンは仏教なのに
ネパールはヒンズー教が多いのですってね。
ということは、カースト制もあるのでしょうか?
アンナプルナ内院がどんなものなのか
旅行記を楽しみにしています。


zooeyさんへ

ネパール国民の80%ほどがヒンズー教徒だったと思います。しかし街には、ヒンズー教の神様も仏教の神様も混在しており、どちらもの神様も同じように崇拝しているのがネパールの人々の特徴です。
インドほどはっきりしているわけではありませんが、カーストはあるそうです。ネパールは実は”多民族国家”で、民族によるカーストもあると聞いたことがあります。
次週、内院の様子、紹介します。お楽しみに (^o^)/

投稿: zooey | 2012年3月10日 (土) 00時44分

慕辺未行さん 
 戴きましたコメントのお返事です 
何時も同じような事を言っていますが
丁寧にご覧戴いて優しいコメント嬉しく拝見しています。
 
 糸屋通は今は、ひっそりしていますが、
西陣が活気づいていたことを感じさせる通りです
同じような通りは西陣の路地を歩くと見かけます。
虫籠窓を普通のガラス窓に改修されたお宅は沢山有ります。
部屋として使うのにはガラス窓の方が明るくて
使い勝手が良いのだと思います。
 いつも思います。
旅人は昔の面影を求めて、住む者は便利さを。

梅はお花単独でも可愛くて絵になりますが
私は神社の鳥居や灯篭と、
そして朱色の拝殿に白梅なども好きです
今年は開花が遅れていて
中々思うような写真が撮れません。
それにお日さまも必要ですね
 朱色の拝殿に白梅を撮りたいと思っているのですが
中々タイミングが合いません(^_^;)
 読み捨てになさって下さいね。


コスモスさんへ

ハイ、ありがとうございます。
では、失礼させていただきます。

投稿: コスモス | 2012年3月10日 (土) 07時27分

いよいよ、ヒマラヤ・トレッキングですね!
高い山には一種の神々しさのようなものを感じますが、
やはり、実際に自分の足で登るとなると、
相当の気力と体力が必要でしょうね。
峠から下の村を見渡した景色からも、その高さと
雄大さが伝わってくるような気がします。
ヒマラヤの山奥の村での再会、本当に驚きですね!
きっと、お二人には、よほどの縁があったのでしょうねconfident


hananoさんへ

初めてのヒマラヤ・トレッキングです。
さすがにこの時は、トレッキングするなんて考えてもいなかっただけに、日ごろの運動不足を痛感しました。
はじめは”若さ”という名の体力で、しかしそれが尽きると”気力”だけでした。
その後、’92年、’94年に訪れた際は、常日頃ジョギングなどしていた効果があり、この時ほどバテることはありませんでした。
この高さでもネパールでは『低い』ほうです。何しろ、富士山の標高を教えたら、「その高さはネパールでは”山”とは言いません。”丘”です。」と言われたこともありました。
ムネさんとの再会は、私は多少なりとも予測できていたのですが、彼は・・・?!
彼が、私以上に驚いたのは、言うまでもありません。

投稿: hanano | 2012年3月11日 (日) 00時01分

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