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2012年3月22日 (木)

(再掲)ムクチナート ~聖地への道~ その3

11月12日 ”ジャングルでの迷い”

キムロン7:30(徒歩)10:30タダパニ11:00(徒歩)12:00バンタンティ12:15(徒歩)13:15デオラリ13:30(徒歩)14:45ゴラパニ

 毎朝のように6:30起床。ポリジ(粥)を食べてみたけど、あまりおいしくなかった shock 。米を粥にして、何かの薬味と砂糖を入れただけのよう。でも、もったいないから全部食べて、7:30出発。

ミラジェの村までは、きつーい登り coldsweats02 。しかもこの辺りは、山が低いので8時ごろには陽が射す。燦々(さんさん)と照りつける朝日 sun に、半袖1枚 t-shirt になって歩いた。やがて、ジャングル(と言うと大げさかもしれないが、どことなく鬱蒼(うっそう)とした感じの森)に入る。時折、鳥 chick の鳴き声が聞こえる ear

「ジャングルを2時間行けば、タダパニだ」と聞いていたのだが、人の足跡 foot を追っていたにもかかわらず、落ち葉や幾本もある枝道に、完全に迷ってしまった wobbly 。どれを行けばいいのか think ?すれ違う人も、道標もない weep 。「太陽 sun を背に、方角を判断するしかない think 」!とにかく「西だ annoy 」と思う方向へと進む。

2時間歩いたが、まだジャングルは続く。その間、誰一人として会っていない despair ng 。不安がつのる weep 。孤独感と悲壮感が、俺を襲ってくる sad

「全くあらぬ方向へ行っているのでは・・・weep despair sign02 もしこのまま行方不明になったら・・・weepweepweep sign02 誰でもいい sign01 、ここを通ってくれ crying sign03

こう叫びたくなるような、祈る思いだった weep 。歩くしかない、何も考えず、西だと思う方向へ sign01 そして、竹で囲われた畑を発見 shine sign03 ということは、誰かがここへ、必ずやって来ているはずだ flair happy02 。ふと、広い道に気がついた impact sign02 。この辺りなら、タダパニからに違いない happy01 sign03 これを行くしかない dash sign01

1時間後、ジャングルを抜けた happy01 sign03 タダパニにたどり着いた。3時間かかって、やっと着いた happy01 scissors 。今までの疲れ(肉体的にも精神的にも)がドッと出て、パッティ(茶店)にへたり込んだ wobbly down 。パッティの人の話によると、俺が歩いてきた道は、正規のルートとは全く反対側の、遠回りの道だったらしい shock 。チベッタン・ブレッド bread (チベット風揚げパン)とコーヒー cafe で食事をとり、11:00出発。

どうしても、この日のうちにゴラパニまで行きたくて think 、少々飛ばした run  。1時間ほど、アップダウン upwardrightdownwardright の道を行くとバンタンティ。そこでもヌードルスープ noodle を食べ、非常用にビスケットも買っておく coldsweats01 。川沿いを登って行き sweat01 、デオラリまで1時間。ここは、標高3000mで、キムロンよりはるかに高い。

シンガポールに住んでいるという日本人カップルに出会った。彼らもこの日、ゴラパニまで行くそうだ happy02 。それぞれペース shoe が違うので、「ではまた、ゴラパニで wink 」と言って別れ、もう少し登った後は、一気に下り downwardright だ。

14:45、予想をはるかに上回るペースでゴラパニ着 happy01 。ロッジは、評判の高い「マウンティン・ビュー・ホテル hotel 」。設備も、まぁ、しっかりしていて、暖炉も大きい coldsweats02 。やがて、先ほどの日本人カップルも到着 happy02 。彼らはデオラリから1時間40分、俺は同じ道程を1時間15分で歩いた。

夕食まで、火に暖まりながら彼らと話をする good 。久々の日本語での会話に、安心感 confident が漂う bleah 。夕食 restaurant は、エッグ・ベジタブル・フライドライス(卵と野菜入りの炒飯)とポテトチップス。これが、またウマイ delicious sign01 値段もまあまあhappy02  だし。ミルクコーヒー cafe も他に比べて安い。すごく良心的なロッジだった happy01

ゴラパニ、マウンティン・ビュー・ロッジにて

*この旅日記は、1984年のものです。

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コメント

慕辺未行さん
ナマステ!(^^)!
ムクチナート ~聖地への道~ その1
若き日の慕辺未行さんの行動力・精神力
そして現地の人達への優しい目線、心。
それらすべてが眩しいです。
若いと言うことは、肉体的だけでは有りませんね。

 その2
登山は登りより下りが足を痛めやすいですが
大丈夫だったのですね?
 下界では食べ物に贅沢になりますが
山で戴いた食べ物は何でも、シンプルなほど美味しいですね。
お腹いっぱいの幸せ、解りますヽ(^。^)ノ
 ガンドルン村からご覧になられたマャプチャとアンナブルナ絵葉書とは言え、その素晴らしさ、感動の様子が解ります。
 彼らの言葉>日本人も韓国人も中国人もモンゴル人もグルンも同じ顔だ。だから俺たちは兄弟だ<
解ります。京都の西陣織会館へもアジアの人達が大勢来られていますが、黙っておられたら日本人と思います。
異国で仲間意識を持ってくれたことは何より嬉しいことですね。


コスモスさんへ

現地の人々はもっと豊かな暮らしや発展を願っているのに、旅行者の考えは勝手なもので、いつまでもこのままで・・・、と思うものです。
しかしさすがに、この険しい山奥まで道路を作ることは容易ではないようです。
ポーターの仕事、生活のためとはいえ、想像を絶するほどの重労働です。
その頃はまだ山登りのことは何一つ知りませんでしたから、若さにまかせて歩いていただけでした。
トレッキング中は、ただひたすら歩くのでお腹もすくのですが、チョムロンで食べたカリーの量はすさまじかったという印象が今も残っています。
グルンの人に限らずネパールの人々は日本人に対して、親しみと尊敬の気持ちを持っているように思います。
それにしても、遠いグルンの人々からこのように思われるのに、もっと近い国の人々からは今だに嫌われたりと・・・近年の歴史上仕方がないのかもしれませんが、悲しいことです。

投稿: コスモス | 2012年3月22日 (木) 07時12分

灼熱のジャングルを彷徨う
不安感と孤独感、祈る思い・・・よく解ります。
いいえ、解るつもりです。
私も比良山で一度経験したことが有ります。
その時は友人と二人でしたから
少しはマシでしたが、日が暮れてやっと里へ下りる道が見えた時は涙が零れました。
 畑が有って好かったですね。
それでもめげないでひたすら登って下って
予想をはるかに上回るペースでゴラバニ着。
 立派なホテルで身体を温めて、暖かい夕食、日本人との会話
本当に好かったヽ(^。^)ノホッとしました。
慕辺未行さん、これも”若さ”ならこそですね


コスモスさんへ

灼熱というほどではなかったのですが、それでもあの時のことは今も覚えています。
山で道を失うこと=遭難ですから、場合によっては命にかかわることもあります。’92年にネパールへ出発する直前、新聞にてヒマラヤトレッキング中に遭難し水とチョコレート(だったと思います)だけで、1カ月近く彷徨い生き延びた外国人のニュースが載っていたことを覚えています。
そのことを思えば、まだマシでした。
ゴラパニでのホテル、と言っても普通のロッジですヨ (^_^;;
ただそれまでに泊まったところに比べれば、ずいぶん立派というだけです。ごく普通の山小屋です。

ブログへのコメントです (^o^)/
『京都西陣織会館で着物ショーを見ました』
華やかなデザイン、シックなデザイン・・・、やはり着物はいいですネェ (^o^)!
あらためて日本の着物文化の素晴らしさが分かります。
しかし、着付けができないとなかなか着ることができないのでしょうね。帯を見ますと、1人で着るのは本当に難しそうです。

『宮川町で見かけた舞妓さん』
舞妓さん、何度拝見しましてもいいですね。いかにも京都らしさがあります。
これまで何度も京都へ出かけているのに、上七軒や宮川町などの花街は、訪れるどころか、その名も知らなかったほどです。
先日、ある旅番組で旅人役の女優さんが上七軒で1人の舞妓さんに会いました。その舞妓さん、名前は忘れましたが、コスモスさんのブログで見たことがあるようなお顔の舞妓さんでした。
♪朧月夜♪を聞きますと、映画『ビルマの竪琴』を思い出します。

『2012「春の京」センチュリーホテル』
和食のような洋食のような、和洋折衷の創作京料理!ですね。オードブルもメインも色鮮やかで、目でも楽しめますネ。
あの料理の中に、15種類もの京野菜が?!少しずつ、たくさん・・・なのですね。
どれも美味しそうです・・・(・_・)イイナァ!

投稿: コスモス | 2012年3月22日 (木) 07時14分

日本でも単独行をしたことがありません。
すごく勇気がありますね。
外国で単独行とは・・・まず地図が日本語で
ないですのに・・・それとも
日本語版を持って行かれたのですか。
もう過去だからいいのですが、
お母さんがこれを読まれたらびっくり
仰天されたのではないでしょうか。
ともかく無事帰還されてよかったです。


matsubaraさんへ

日本国内の山では、たまに友人と行くこともありましたが、たいていは1人でした。
ネパールトレッキングは、いつも一人で出かけていますから、ガイドを雇ったエヴェレスト街道(’92年)以外、すべて単独です。
トレッキング用の地図は、カトマンドゥやポカラの街の本屋で毎回買い求めました。
この当時の地図は青刷り印刷のもので、とても見にくかったです。紙もあまり質が良いものではなく、折り目が十字に重なる部分は、ほとんど破れてしまったと思います。
インド・カルカッタで盗難に遭ってかなり心配かけましたから、さすがにこれは言えなかったです。

投稿: matsubara | 2012年3月22日 (木) 08時27分

ムクチナート ~聖地への道、その道のりは大変で、
若さだけでは到底たどり着けない様に思います。
海外での単独行動は、街中でも不安が
付きまとい決して出来ない私です。
それを険しい道のりでの行動は素晴らしい勇気と
精神力がお有だと思います。
日本人との出会いは、双方に忘れられない
思い出と成った事でしょうね。
毎回拝見していて、行動時間を細かく記録されて
いるのに感心しています。


すみれさんへ

ムクチナートはヒンズー教とラマ教どちらの聖地でもあり、信心深いこの国やインドの人々にとっては、憧れの場所でもあります。
また、このコースはエヴェレスト街道と並び人気のトレッキングコースなのですが、道のりや標高など比べますと、エヴェレスト街道よりずっと楽です。
勇気と精神力・・・(-_-)ウーン...ただ単に当時22才の若造の無謀なチャレンジです (^_^;;
それに”一人旅”ですから!
行動時間は、予め買い求めたトレッキング地図に日付と到着・出発時間を書き残しておきました。

投稿: すみれ | 2012年3月22日 (木) 09時18分

慕辺未行さんへ
こんにちわ
若さ故に出来る勇気ある行動と言えますね
慕辺未行さんとは比べるのがおこがましいのですが
私も同じ様な経験を何度かしています
もう10年以上も前のことですが
仕事も止め一人で東海自然歩道を西の端箕面から
中部の加納までの間を十回以上も分けて歩いていた時
のことです 環境省(だったと思う)管理の自然歩道でも
道標の不備が時々あって何度か不安な思いで歩いた
ことがありました 殆ど人には出会わず全くの一人歩行
でした もし道に迷ったら前の道標まで戻れと言われて
いましたので何度か戻ったことがありました
前の道標に戻ってその道標を見付けた時の安堵感
何とも言えませんでした
それでもまた道標の表示を確認して歩きました
そして次の道標を見た時のこれも安心感は感無量でした
何故こんなにして歩くのか 自分で可笑しくもありました
慕辺未行さんの様に見知らぬ初めての地での体験は
計り知れない悲壮感と孤独感は容易に想像出来ます
若かったからこそ出来たことですね


古都人さんへ

若さゆえの『無謀な行動』と言いましょうか、ほとんど『暴走』です (^_^;;
とても『勇気ある行動』なんて言えるものではありません。
東海自然歩道を何度も歩かれたのですか?!だからこそ今でも健脚でいらっしゃるのですね。
>もし道に迷ったら前の道標まで戻れ
戻ることも”勇気”が要りますよね。しかし、その”戻る勇気”がなく、かえって大変な目に遭うことがどれほどあることか?!と思います。
この時のトレッキングからもう30年近く経つのですが、今でも記憶の片隅に残っている一瞬の一コマがあります。
このように日記に残しているからこそ、忘れえぬ光景があるのかもしれません。

投稿: 古都人 | 2012年3月22日 (木) 10時59分

きつい上りにジャングルのような森・・・
聞くからにハードそうな道のりですねsweat01
おまけに、途中誰とも会わず、道に迷ってしまって、
さぞかし孤独で不安だったことでしょう!
私までハラハラしてしまいましたが、それでもなんとか
無事たどり着くことができて良かったですhappy01
その日の夕食は、ひときわおいしく感じられたことでしょうねheart04


hananoさんへ

初めての海外一人旅、登山経験もないにもかかわらず、1人でヒマラヤトレッキング。そしてこのあり様・・・、ホント無謀にもほどがありますよね。
天気が良かったから方角を判断できたものの、そうでなかったら・・・?!今思えば、ぞっとします。
カルカッタでの出来事でも皆様、ハラハラしながらお読みくださり、そしてここでもまたハラハラ・・・(^_^;;
当の本人は・・・今は笑って話せる”死に物狂い”の旅でした(笑)

投稿: hanano | 2012年3月22日 (木) 19時35分

慕辺未行さんってば。かっこいいですぅhappy01
でも、道が分からなくなった時の不安ってたとえようもなかったですよね~と~まにはとっても耐えられなくて泣いてたかも~
でもでも、素敵な経験をなさったってことですねhappy02


と~まの夢さんへ

いやいや、かっこ悪いですヨ (^_^;;
初めての海外、しかも一人旅、登山経験もないに等しいにもかかわらず、1人でヒマラヤトレッキング・・・。
結果は、このザマです(笑)
今の私が当時の私に何か言うとすれば、「お前、バカか?」ですヨ (^_^;;ヘヘッ
天気のお蔭で方角を判断できましたから良かったものの、そうでなければ、どうなっていたことやら?!
精神的には、かなり疲れました。
素敵な経験、ではなく無謀な経験です (^_^)!

投稿: と~まの夢 | 2012年3月22日 (木) 20時19分

今回は観点を変えて。sexの話ばかりしている若者が出てきますね。あそこで思いました江戸時代までの若者結構解放的に性を話題としているのは多分彼らにはほかに娯楽がなかったからなのではないでしょうか。そしてそこが人間の原点なんでしょうね。
若かったとはいえすごいエネルギーでしたね。よくまあご無事で。でもこんな孤独感こそ都会の若者が求めていたもので、互いに人間はないものねだりをするものですね。それがまた若さでしょうか。


agewisdomさんへ

なるほど!確かに仰る通りかもしれません。
ネパール関連の著書で、『”夜這い”の風習が残っている』という内容の文章があったような気がします。
何しろ電気もガスも水道もない村。日が暮れると特に娯楽はなかったでしょうから、そのようになるのも”必然”だったのかもしれませんね。
精神的にはかなり疲れたのですが、自業自得です。何しろ山登りはおろか、トレッキングという言葉さえネパールへ来るまで知らなかったのに、1人でヒマラヤトレッキングしてしまうのですから、”無謀”と言うほかありません。
都会の若者が求める孤独感・・・、(-_-)ウーン...それでいいのかナァ・・・?
こんな孤独感、求めて欲しくはないです。

投稿: agewisdom | 2012年3月22日 (木) 21時03分

ポリッジはイギリスでも食べました。
お米をミルクとたっぷりの砂糖でドロドロに煮込んで…
私の口にはとても合いませんでした。
外国で道に迷うと途方もなく心細いもの。
それがジャングルだったら生きた心地がしなかったでしょうね。
ところで、こちらの地方ではバター茶は飲まないのですか?


zooeyさんへ

ネパールで食べたポリジも、そんな感じでした。この頃はまだ慣れないせいか、とても美味しいとは感じませんでした。しかし、2度目3度目のネパールの旅でのトレッキング中では、むしろ「美味しい」と思うほど何度か食べた記憶があります。
あのジャングルの中でのことは、今思い出しても”悲壮感”を感じます。何も知らない若造の無謀な行動で、自業自得なのです。
バター茶、この地域でも飲んでますヨ!しかしバター茶は、ツーリスト向けではありません。ロッジの食事メニューにも書いてなかったと思います。

投稿: zooey | 2012年3月22日 (木) 22時47分

わ~ちゃんとたどり着けて良かったですね~shine
見知らぬ国の見知らぬ山での遭難・・・考えただけでも怖いのです
私はかなり方向音痴なので、とても1人で山には入れません
(地図を見ながらでも迷っちゃいますsweat01
整備された日本の山ですらそうなのですから、海外なんて~
さすが若さは強~いbud
すっかり山登りにもなじんで、ハイペースですねrun


きゃぶさんへ

ヒマラヤトレッキングでは、単独で出かけ道に迷い遭難した・・・という例も決して無くはありません。
’92年にネパールへ行く数日前の新聞で、トレッキング中に道に迷い、およそ1ヵ月ほど水(雪)と板チョコだけで生き延び助かったトレッカーの記事が載っていたこと、今も覚えています。
トレッキング用の地図は範囲が広いため、日本の登山用の地図とは縮尺も比べ物になりません。
また当時の地図は、どこまで信用できるものか・・・、というレベルのものでした(笑)
その後ネパールを訪れた時、ルート上に道案内の標識が出来ているところもあり、ずいぶん変わりました。
連日のように歩き続けると、足も慣れてくるのでしょうね。ハイペースで歩きました。が、今後これが響くのです・・・(^_^;;

投稿: きゃぶ | 2012年3月22日 (木) 22時57分

こんにちは~ いきなり話がそれますが、オランダの
スケベニンゲンという保養地はご存じですか~
そいつら、いえ坊やちゃん達 スケベニンゲンですね!

お母様はその後いかがですか 大怪我でなくてよかった!
あのね、救急車呼ぶと、隊員さんの義務として 殺人とか
喧嘩などの可能性を 調査されるのですが、
お宅は何か聞かれましたか~
慕辺未行さんが善人なのは誰でもわかることですが
相手は仕事ですから・・・

今日のお話のように 道に迷うような行軍は 今なら
とうてい出来ないのでは・・  若いってすごいことですね
ハラハラしました!


bellaさんへ

(゚o゚)ホェッ?スケベニンゲン・・・?!そんな地名の街がオランダに?
早速ウィキで調べてみました。
”Scheveningen”と書き、「スヘフェニンゲン」とありました。
『日本人の間では時にスケベニンゲンとも読まれ、珍地名とされることもある。』だそうですね。(笑)
しかし娯楽がほとんどない村の若者たち、↑ のagewisdom様のコメントにもありますように、これが普通なのかもしれないです。
母は現在、擦り剝いた右前腕部の皮膚の治療を形成外科で継続中です。後頭部の打撲は、その後も異常は見られず、ホッとしています。
救急車の隊員の方たちから、そのような物騒な(?)質問はされませんでした。怪我をした時点から119番通報するまでの時間を聞かれたことは覚えています。
『若気の至り』、『何も知らない若造の暴走』、今の私から見れば、そのようにしか思えないです (^_^;;
とにかく無謀なことをしたものです。(笑)

投稿: bella | 2012年3月23日 (金) 15時25分

いやあ、大作ですね。
10数年前あたりの海外旅行を思い出しながら
ときどきブログに写真とともにアップしていますが
記憶力減退もあって思い出せませんよ~~(^^ゞ

インフルエンザのあとの咳がなかなかおさまらないのですが
ようやくブログを再開することになりました。
(これまではダマシダマシの運転(?)だったあ~)

あ、今日のブログにネパール・インド料理店
“ナマステ”のランチを紹介していますので、
ちょいと覗いてみてください。
いつか機会があったら“ナマステ”をご一緒して、
そしてその前か後で湯の山の片岡温泉に行きましょう(^^♪


Saas-Feeの風さんへ

この時は、インド・ネパールの旅でしたが、インドでクーデターが勃発したこともあり、インド情勢が落ち着くまではネパールから動けませんでした。
故にカトマンドゥで時間をもてあまし、道中のメモを参考に詳細に記録を残していたのです。
体長の方、ずいぶん良くなってきたようですね。もうすぐ4月というのに、まだ寒い日があるとのことで、お気を付け下さい。
最近の休日は、家のことで目いっぱいです。痴呆症が進んだ母に代わって洗濯や買い物、料理を作ったりしています。
出かけることも、ままなりません。
まあそのうち落ち着くでしょうから、機会あればご一緒しましょう。

投稿: Saas-Feeの風 | 2012年3月24日 (土) 15時23分

慕辺未行さん
 ナマステ!(^^)!
何時頃、コメントを書いて戴いたのか?
多分、私は夢の中でしょうね
申し訳ないと思いながら丁寧なコメント嬉しく拝見しました。
 
 着物は特に所謂”よそ行き”の着物は、着なれていないと駄目ですね。
母は普段も着物でしたから鏡を見なくても上品に着ていましたが、
私は駄目です。
最近の京都の観光地やコンサートは着物の方は無料です。
やはり着物は好いなあと思います。
 
上七軒は今日から春の踊りです
昨日、前夜祭が行われていて、テレビで見ましたが、知っている方が多くて嬉しいでした
五花街の春の踊りは今日から順番に四月いっぱい行われますが、他府県から大勢の方が来られます。
華やぎの春ですね。
 
 お料理はやはり見た目も大切ですね
「目で味わって心で感じて」だそうです
勿論、基本は美味しいですが・・
京野菜しか使えないので”儲け”は殆ど無いとの事ですが、
これも年に3回のサービスらしいです。
どれも上品な薄味で美味しかったですよ(*^。^*)
 読み捨てになさって下さいね


コスモスさんへ

ハイ、ありがとうございます。
昨夜の10時ごろに書きました。
では、失礼させていただきます。

投稿: コスモス | 2012年3月25日 (日) 07時31分

あらぁ、正規の道ではなかったんですね。
よくご無事で到着されました。
ハラハラドキドキでしたよ。
日本人カップルと日本語で会話、嬉しいですね。
さぞ楽しくて美味しい夕食だったことでしょう。


のこのこさんへ

これも!と言っては何ですが、やはり何も知らない若造の無謀な一人トレッキングの顛末です。
日本で登山経験もないのに、ヒマラヤをガイドなしで1人でトレッキングするなんて、今思えば無茶苦茶です (^_^;;
日本語での会話、当時はやはりホッとしました。ホテルと言っても、普通のロッジですが、それまでのところよりははるかにましな建物でした。食事も美味しかったです。

投稿: のこのこ | 2012年3月28日 (水) 12時51分

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