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2012年3月21日 (水)

(再掲)ムクチナート ~聖地への道~ その2

11月11日 ”グルンの若者と”

ドバン7:30(徒歩)9:30クルディガハル9:45(徒歩)12:10チョムロン13:20(徒歩)15:00キムロン

 6:45起床。竹を編んだだけのベッドは、背中が痛い wobbly 。せめてマットがあったら・・・ weep と思った。朝食を終えて、7:30に出発。このところ天気が悪かった rain せいか、泥道になっている。急な登りもある。ふと振り向くと、マチャプチャレ。昨日は南東の方向に見えたのに、もう北東の方角だ。

9:30にクルディガハル、一休みする。徐々に暖かくなってきた sweat01 ので、ヤッケとウールの靴下を脱いだ。ドバンを出た時は、とても寒かったのだが・・・。チョムロコーラ(チョムロ川)の吊り橋までどんどん下り、チョムロンへの急坂。きつかったけど、休まずに angryガンバ sign01 上の方のロッジまで登り、昼食にする。この登りを休まずに登ったということは、脚が慣れてきた証拠か happy02 sign02 丸2日かけて登った道程を、1日で下ったのだから。来る時に偶然再会したムネさん、もうポカラまで戻っただろうか?

食事 restaurant はライスとポテトカリー。しかし、このカリー、マサラ(香辛料)だけで味付けしただけのようなもの。ルーはもちろん、スープでもないカリーだった。量もとても多い。しかし、これが最高においしい delicious sign03 たった7ルピー moneybag でお腹いっぱいで、しばらく動けない wobbly

1時間以上休憩して、13:20出発。キムロンへと向かう。ここからは、ポカラからの道と別れる。地図上には、このルートは載っていない。1時間ほど平坦な道だが、途中、砂場の崖もあって少々危険だった wobbly 。キムロンの村が見下ろせるところまで来た。後は下るのみだ。

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ガンドルン村から見たマチャプチャレとアンナプルナ(絵葉書)。

15:00にキムロンに着いたのだが、ほとんどのロッジがなぜか閉まっている。ガンガプルナロッジというところだけが開いていて、その日は俺一人だけが客だった。昼食を食べすぎたせいか、お腹が減ってなくて、夕食はヌードルスープ(ラーメン noodle )だけにした。日本のインスタントラーメンと、味はたいして変わらない。でも、このほかにも野菜炒めや豆(この豆が、実に香ばしくておいしい)、ロキシー(ネパールの焼酎 bottle )をいただいた。さらに、ミルクのようなダヒ(ヨーグルト)のような、どちらとも言えないものも頂いて飲んだ。

夜、グルン族(ネパールに住む少数民族のひとつ;イギリス軍の傭兵”グルカ兵”は、元々はこのグルン族の勇敢さに、イギリスが目をつけ雇い入れた)の人々が、ロッジに集まってきた。高校生ぐらいの年の若者4~5人は、セックスの話しかしない。これには参った think shock sign03 「あなたは”あれ”は好きかい?結婚しているの?」「日本語で”あれ”は何て言うんだい?」などと、ジェスチャーも加えて露骨に聞いてくる gawk 。俺は「日本では、君たちのことを”スケベ”と言うんだ」と、逆襲し coldsweats01 笑っていた。本当に、この話題だけで終始した。

ただ、彼らグルン族の人々は、日本人にとても好意的で、理由は「日本人も韓国人も中国人もモンゴル人もグルンも同じ顔だ。だから俺たちは兄弟だ」「アメリカ人やヨーロッパ人たちは、俺たちとは違う。彼らは鼻が高いし、髪の毛の色も違う」などなど。同じアジアの民族として、仲間意識を持っているようだ happy01 。そういえば、ランドルンで俺一人だけだったときも、ロキシーを飲みながら、大歓迎してくれたっけ sign02 日本もかつては、大陸の一部だったのだろう think 。彼らが持ち寄ったビスケットを食べながら、ティーを飲み、21時ごろまで話していた。

キムロン、ガンガプルナロッジにて

*この旅日記は、1984年のものです。

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