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2012年3月 6日 (火)

(再掲)アンナプルナ内院に挑んで その1

”ヒマラヤ” と言えば、多くの登山家の憧れであり、ぜひともその頂上に立ってみたいと思う高峰、難峰がいくつもある。例えば、エヴェレスト、マカルー、マナスル、アンナプルナ、ダウラギリ等々・・・、8000mを超える山が幾重にもそびえている good lovely

日本でとりわけ登山歴があるわけでもないこの俺 coldsweats02 が(過去、1981年夏、北海道を旅した際、大雪山系の黒岳に登りお鉢平一周しただけ coldsweats01 )、頂上とは言わないが、高度約4000mのアンナプルナ内院まで行って来た scissors のだから、旅とはわからないものだ think

もっとも、このトレッキングコースは、登山というよりちょっとハードなハイキング shoe のようなもの happy02 だから、誰にでも行けるのだが・・・ happy01 。それでもやはり、体力がないとかなりきつい bearing 。しかし、俺はいよいよ、ヒマラヤの懐へ向って歩き出すことにする shoe

11月5日 ”出発”

ポカラ7:00(シティバス)8:00ごろシャイニング・ホスピタル8:20(乗り合いジープ)10:00スィケット10:15(徒歩)12:30ダンプス

 出発地は、ネパール第二の街、ポカラ。ロッジは ”ヒマラヤの花嫁” の著書 book で知られる平尾和雄氏が経営するスルジェハウス。

スルジェハウスに、トレッキング中は不必要な荷物を預け、デイバッグとシュラフだけの ”軽装” (と言っても、防寒用の手袋、ウールのセーター、雨具は当然持参。”最低限必要なもの” だけという意味での ”軽装”)で、7:00出発。シティバス bus で、街外れのシャイニング・ホスピタル hospital 前まで行き、そこからは乗り合いジープで未舗装のガタガタ道や浅い川の中を、1時間半ほど走り、スィケットへ。しかし、このジープは辛い wobbly sign01 揺れがひどいのは仕方がないが、何度エンストしたことか wobbly sign02 pout

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ポカラの街から、乗り合いジープでガタゴト揺られ、お腹もおかしくなりながらスィケットにたどり着きましたhappy02 。ここからトレッキングが始まります。

10:00に到着し、ここから ”徒歩 shoe ” の旅が始まる。腹ごしらえにチャイ cafe (ミルクティー)を飲み、ビスケットを食べ、いよいよ出発だ。時に10:15。15分ほど川原を歩くと、早くもきつーい登りだ coldsweats02 。階段のようになっている山道、直射日光 sun も強く、半袖 t-shirt でも暑い sweat01 。40分ほど登って休憩 coldsweats01 。田んぼや畑の畔道、民家の横を通って、再びきつい登りだ sad 。見たとたんに、それまでの疲れが出てくる shock 。しかし、”前進あるのみ” で歩き出す gawk

が、初めのペースはどこへ行ったのか despair sign02 、10分登って休憩、そして5分、3分、1分 watch と登らず休んだり・・・wobbly 。我ながら、体力のなさ despair 、日ごろの運動不足を痛感 shock 。途中で30分もの長い休憩を取って coldsweats01 sweat01 、ダンプスに着いたのが12:30。初日から飛ばすと、後々響く bleah ので、この日はここまでにする smile 。スルジェハウスで、トレッキングから帰って来た人からも、そのようにアドバイスされてたし・・・。

この日の宿を決め、昼食をとり、その後、村の小学校 school へ行ってみると、なぜか子供たちが「ワァーッ happy01 happy01 sign03 」と駆け寄って来て、片言の日本語で「こんにちはsign01 」だって happy01!カワイイ lovely !彼らは早くから英語も習っていて sign02 、簡単な会話はできる。日本では中学からなのに・・・ wobbly 。また、「空手を教えて sign01 」と皆に言われ、俺が高校時代、体育祭でやっていたリーダー(応援団)の空手の型を披露した coldsweats01 bleah 。その日は、それが子供たちの間でずっと流行っていた happy01

子供たちが、校舎の中を案内してくれた。石でできた校舎の教室には、電気 flair などもちろんなく、机すらない shock 。生徒たちは3~4人掛けの長椅子(間違っても、背もたれなどない)に座って、授業を受けているらしい。一応、黒板はあった。先生と話をしたかったが、あいにく、もういなかった bearing

夕方、ある子供が地面に何やら書いているのを見てみると、ナント、漢字の ”一、二、三・・・八、九、十” だったことには、驚いた good 。いったい誰に教えてもらったのだろう?でも、よく考えてみたら、彼らは最初に俺と会ったとき「こんにちは happy01 sign03 」と日本語であいさつしてきたし、教室内には日本のカレンダーがあったし・・・think 、もしかしたら、日本人の先生がいるのかな think ?海外青年協力隊の confident

夕食は、”ダルバート” という、こちらでは一般によく食べられる家庭料理を食べた。が、ここのは今一つおいしくなかった wobbly shock 。そして陽sun も沈み night 、何もすることがなく wobbly 、午後7時過ぎには、お休み sleepy

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ダルバートです。これは”高級”!「カトマンズ百景:内田良平著」より引用

ダンプス、カルパナロッジにて

*この旅日記は、1984年の時のものです。

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