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2012年2月16日 (木)

(再掲)印・ネ国境を越えて その2

3.国境へ

 パトナからラクソールへは、バス bus で5~6時間かかる。車窓からは亜熱帯の風景が広がる lovely 。バスの乗り心地は、決して快適とは言えないが sad 、それでも俺は「いよいよヒマラヤだ、ネパールだ heart02 」という気持ちで高まっていた。

ラクソールの街に着くと、さっそくリクシャマンたちが待っていた。バス・スタンドから国境までは、まだ2kmほどある。さらにその向こう、ネパール・ビルガンジの街へも2kmほど。ためらうことなく、俺はサイクルリクシャ(人力車の自転車 bicycle 版)に乗った。

リクシャマンたちは、もう何人もの旅人たちを乗せたのだろう、慣れたもので、こちらから言わなくても、イミグレーションオフィス(出入国管理事務所)、税関へと俺を案内してくれる confident 。出国審査も終わり、間もなくネパールだ。

しばらく行くと、大きなゲートが見えてきた。「あ~、あそこが”国境”なんだ confident 」。空は、いつの間にか夕日 sun に輝いていた。今、リクシャマンが俺を乗せて走っているこの道が、やがてインドの国のものでなくなるのだ。

4.国境を越えて

 俺を乗せたサイクルリクシャは、とうとう国境のゲートの前まで来た。そしてついに、ゲートを越えた sign01 俺は、その瞬間、後ろを振り返った。インドの道を sign03 そして向き直り、ネパールの道を見た sign01 不思議なことに、何の変化もない同じ一本の道だった。なのに、あのゲートを境に、支配する国が違うのだ wobbly 。人々の顔つきも、道路を走る車の種類さえ違う(インドは、インド国産の”アンバサダー”という車がほとんど。ネパールは、日本では”廃車同然”の中古車が多い)。

イミグレーションで入国審査を受け、7日間の観光ビザを取る(ネパールは、入国時に1週間のビザ取得可能。最高3ヵ月まで延長可)。そして税関を通り、ネパール通貨(ルピー、1ルピー≒11円。インドルピーとの比率、1:1.45)への両替を済ませて、この日の宿、サガルロッジへと、サイクルリクシャは走った。

5.エピローグ

 俺の初めての陸路での国境越えは、サイクルリクシャと共に体験した。両国の国境の街の人々は、お互いに自由に行き来できるそうだ。陸続きの国境というと、どうしても重々しく考えがちであったが、この国境は、俺にとって非常に平和的に感じられた confident 。銃を持った兵士がいるとか、あちこちボディチェックされるとか、細々といろんなことを訊かれると思っていたのだが、そんなことは全くなかった wink

しかし、異国なんです。見るもののほとんどがインドとは違っていました。ネパール人って、顔つきが日本人に本当によく似ているのです。インド人と全く違うのです。なんとなく親近感を覚えました。そしてふと、安心感が漂いました confident happy01

明日は、このネパールの首都、カトマンドゥに向かいます。何かいいことがありそうな、そんな予感がしました catface

6.そして・・・

 ネパールの旅の後、再びこの国境を超えました。もちろん、サイクルリクシャで。インドへ戻り、日本へ帰るだけだったので、あのゲートを越えた時、無性に寂しくて、切なくてやりきれなかった weep 。「あぁ、これが国境というものなのか shock sign03 」と。

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コメント

慕辺未行さん
 ナマステ!(^^)!
国境を越えられる寸前の気持ち
国境を越えて・・・
そこには何が有る?
何が有ったのか?ときめきますよね
 有ったのはインドとネパールを繋ぐ一本の道だけ

小さな川を渡ったらそこは他府県(規模が小さすぎる(ー_ー)!!
)が有りますが私はその川を飛び越えるのが好きで
ロマンを感じます(益々小さすぎますね)
国境の言葉に憧れるのは私だけではないと思いますが
 
 話を戻しましょう、
支配する国が違う、人々の顔つきも違う
これが「国境を越える」ことなのですね
 サイクルリクシャと共に体験された陸続きの国境は
慕辺未行さんにとっては平和そのもの
好かったですね
ネパール人の顔つきが日本人に似ているとは
親しみを感じて嬉しくなりますね。
 そして、国境にはやはりロマンが有りましたね。
一抹の寂しさと共に
 

コスモスさんへ

『トンネルを抜けると、そこは雪国だった。』ではありませんが、『ゲートをくぐると、そこはネパールだった。』のです (^_^;;ヘヘッ!
旅仲間でもあり、大学の同窓でもあった友達が、ヨーロッパで列車でスイスへ入国する際、列車内でパスポートチェックを受けたそうですが、それが非常に物々しいものだったと聞いたことがあり、それ故とても気になっていたのです。
ネパール側の国境の街でその日は泊まったのですが、インドにはなかった”ペプシコーラ”や”ファンタ”があったり、日本車が走っていたり、ゲートの北と南で本当に全然違っていました。
ちなみにこの国境は、沢木耕太郎氏も『深夜特急』の中でここを越えられています。数年前、単発のTVドラマ化されました(もちろんビデオに録画してあります)。ドラマの中でもこの国境が映し出され、とても懐かしく感じました。

遅ればせながら・・・
ブログへのコメントです (^o^)/
『コンサートと植物園の2種類の蝋梅』
素心蝋梅は、不思議な感じがします。枝が真横に伸びていますし、お花も蝋燭細工のよう・・・。
あっ、だから蝋梅と言うのかな (^_^;;
例年でしたら、梅の花が開花していてもおかしくない時期ですが、今年は寒さ厳しいのか、遅れ気味のようですね。

『節分祭を終えて「お疲れ様」上七軒の芸妓さんと舞妓さん』
一仕事終え、ホッとしたのでしょうか?!リラックスムードが漂っていますネ。
いつ拝見しましても艶やかですね。可愛らしい舞妓さんたちも、いつか芸妓さんになるわけで、少しずつ色香漂う大人の女性に成長していくのでしょうね。

投稿: コスモス | 2012年2月16日 (木) 07時24分

私は香港で飛行機を乗り換えてネパールに
行きましたので、インドからとは感覚的に
違いますね。
まるで別の国というイメージでした。
高山病が最も心配でしたが、友人も私も
クリヤーしました。目的はボランティアと
人的交流でした。学識のある人は英語が
分かりますので親しくなりました。

リキシャに一度も乗らず心残りがします。
ネパール人のハイクラスと思われる人の
車に乗せて貰いました。
ボランティアで寄付してきたので歓迎された
のです。


matsubaraさんへ

日本からダイレクトではないものの、実質そのようなものですから、私が感じた感覚とは微妙に異なるかもしれないですね。
もう20年近く訪れていないので分かりませんが、近年は英語を話せる大人の方も増えたと思います。以前は貧しさゆえ、教育を受けられなかった人がずいぶん多かったそうですから。
個人旅行と違いボランティアで行かれたのですから、VIP待遇でしたでしょうね。
サイクルリクシャはネパールを代表する最も庶民的な乗り物ですから、乗っておけばよかったですね。少し違う目線で、街を楽しむことができますヨ。

投稿: matsubara | 2012年2月16日 (木) 09時05分

インド系カナダ人の彼女がルーツたるインドへ行ってきた感想は「Just weird」つまり「ただ不気味だった。」でした。インド人に見えるからなおさらそうだったのかも知れませんね。でも、インドにはまる人って徹底的にはまるらしい。私はアーバン派を自認していますから、とても駄目だと思います。
ただ今インドはどんどん発展していますから都会は少なくとも変わっているでしょうね。
アメリカとカナダの国境は2度陸路で越えましたが、バスに係がのってきてちょこちょこっとチェックするとペタンとスタンプ押して終わりみたいなものでした。


agewisdomさんへ

インド人って、とにかく好奇心旺盛ですし、奇人変人の宝庫だと思うのですよネェ (-_-)ウンウン!
確かに”ハマる”人は徹底的にハマります。アフリカや南米も同様です。対照的に「2度と行きたくない」という人もたくさんいます。両極端ですね。
近年のインドは、かつてのインドでは考えられないほど IT産業が発達していますよね。この当時では絶対に想像できなかったと思います。
ドイツからスイスへ列車で移動した際、列車内でパスポートチェックされたことがあります。その時もさほど厳しいものではなかったような記憶です。

投稿: agewisdom | 2012年2月16日 (木) 09時52分

旅日記拝見していて、慕辺未行さんの行動力と
勇気にますます敬服しています。
そしてカルカッタへの旅は、絶対に私には
無理だと思っています。
カリーは強烈なお味のようですね。
カルカッタに20日間も滞在されたのですね。
いよいよネパールへ・・・
陸路での国境越えは映画やテレビでしか見たことが
ありませんが、簡単に終わり良かったですね。
ネパールの方のお顔は日本人と似通っているのですね。
いよいよネパール…  帰りの国境越えの
「無性に寂しくて、切なくてやりきれなかった 」の
お言葉は素晴らしい旅をされたのだと思い
これからの旅日記が楽しみです。


すみれさんへ

本来の私の性格は、どちらかと言えば『気が小さくて臆病もの』なのですが、開き直った時はかなり大胆に行動したりします。
この時の旅は、あのような事件に遭ったりでずいぶん開き直っていたと思います (^_^;;ヘヘッ!
地元の人々しか来ないような店のカリーは、それはもう”強烈”でした。この国境の街ラクソールでも帰路に食べたのですが、そこのカリーも激辛でした (>o<)!
『深夜特急』の著者、沢木耕太郎氏もこの国境をネパールからインドへと超えています。数年前、その『深夜特急』が三夜連続のTVドラマ化され、この国境も出てきました。
荷物をすべて失い、写真を撮ることができなかった私には、その映像はとても懐かしいものでした。
いよいよネパールの旅の始まりです。どうぞ、楽しみにしてください (^_^)!

投稿: すみれ | 2012年2月16日 (木) 10時19分

慕辺未行さんへ
こんにちわ
世界地図を片手に拝見させて頂いております
いよいよ国境を越えられましたね
慕辺未行さんは かなり国境越えには感慨を持って望まれた
様ですが 何だかあっけない感じの国境越えの様でしたね
私は数少ない海外行きで陸続きの国境越えは経験していませんので全く想像も出来ませんが 私ももし陸続きの国境越えをするとしたならば慕辺未行さんと同じ感慨を持って望むだろうと思いますね 飛行機に乗ってでは体験出来ない貴重な体験をされた訳ですね


古都人さんへ

世界地図を見ながら・・・ですか (゚o゚)オォーッ?!恐縮です、本当に (^_^;;!
この国境は、インドとネパールの国境ラインの真ん中あたりにあります。
国境といいますと、例えば紛争地帯や隣接国でありながら敵対している国同士・・・では、本当に物々しいようですから、ここはやや”拍子抜け”するほど穏やかでした。
インドとパキスタン、イランとイラク・・・今なお『越えたくても簡単には越えさせてくれない』国境が存在しています。
それだけにこの国境越え、私自身も貴重な体験だったと思っています。

投稿: 古都人 | 2012年2月16日 (木) 11時51分

慕辺未行さんへ
追記です
申し忘れていましたので
この海外旅の日記 記事がupされている時は
必ず忘れずに拝見しています
どんな展開になるのやら不安?と楽しみを込めて
そして慕辺未行さんの文章力にも感心しつつ
拝見させて頂いております
これからの旅の行方に期待して・・・


古都人さんへ

本当にありがとうございます m(u_u)mアリガト!
私のこのブログ全体のタイトルが『慕辺未行 古い旅日記』で、旅日記ごとそれぞれカテゴリーを分けたのですが、私自身この時の初めての旅が、「一番面白い w(^o^)w!」と思いますし、お読みいただく皆様にとっても「面白い」と感じて下さるのでは?と思いながら、再掲載しているのです (^_^;;ヘヘッ!
何しろ初めての海外一人旅でしたし、あのような予期せぬ事件にも遭遇しましたし、さらにこの先も・・・?
自分で言うのもなんですが・・・、とにかく”ドラマチック”な旅でした。
古都人様からこのように楽しみにして頂けると、本当に嬉しいです (^O^)!でも、お叱りを受けるようなこともしているかも・・・です。

投稿: 古都人 | 2012年2月16日 (木) 13時20分

激辛のカレー、絵文字の乱舞で、一層 激しさが
伝わりました~ こういう時は 絵文字に感謝デスネ!

国境ですが、この時は 慕辺未行さん自身も若かったこと
それから ヨーロッパでなくネパールだったことが
重なり、その感動、よくわかります
最近は、世界が狭くなったこと、私自身が年取って?
経験豊かとなり 国境の感動が薄れました

慕辺未行さんもそう思いますか~


bellaさんへ

ノートに書き記した旅日記には、このような絵文字はもちろんありませんが、ブログで紹介するにあたり、文字だけではなく絵文字を使えばより一層伝わるかなと・・・(^_^)!
国境越え・・・、これも初めてのことであり、ましてやあのような悲惨(?)な事件の後ですから、ネパール入国後は「ホッ!」と一安心しました。
ヨーロッパは近年”フリーパス”の国境が増えていますから、なおさらでしょうね。
私もかつて、ドイツの友人・エルマーとともに、ドイツ→オランダ→ベルギー→ルクセンブルク→ドイツへとドライブしたことがあります。
国境には”立て看板”があるだけで、国境の感動はほぼ『無いに等しい』でした。

投稿: bella | 2012年2月16日 (木) 14時04分

国境を持たない日本人は
陸地での国境越えには思わず感慨を持ちますが
今は、ヨーロッパの国境越えは拍子抜けするほどです。
まだ若くて多感な頃にインド・ネパール越えを
経験なさってよかったですね!


zooeyさんへ

ハイ、ヨーロッパでの陸路での国境越え、EU連盟国は「国境を越えた!」という感慨に浸るほどのことは、全くないですよネ!
’04にドイツを訪れた際、ドイツからオランダ、ベルギー、ルクセンブルグへとドライブしましたが、いずれも”フリーパス”!
それだけにこの時の”国境越え”は、今の私にとっても”意義ある”ものでした。

投稿: zooey | 2012年2月16日 (木) 18時39分

旅って感じがぷんぷんするお話ですぅheart04
と~まは結婚前に何とか自分のお金で行かれたのは、2か所で中国と韓国だけです。どちらも、慕辺未行さんのような冒険あり夢ありな旅って感じのしない旅行でしたけど、忘れられないものですよね~happy02
それにしても、すごいなぁ、と~ま尊敬しちゃいますよぉlovely


と~まの夢さんへ

コメレスが一日遅れて、申し訳ありません。昨夜は睡魔に負けました (^_^;;
旅って感じがしますかぁ (^_^)!実はこの国境、沢木耕太郎氏の『深夜特急』にも出てくるのですヨ。以前TVドラマ化されましたが、彼はネパール側からインド・ラクソールへ、翌朝ラクソールから列車でムザファルプールという街へと移動しています。そして私も偶然、帰路は同じ行程でムザファルプールへ。そのシーンを見た時は、自分の旅と重なり、とても懐かしかったです。
海外旅行って、たとえどのような形であれ、いつまでも忘れられないものですよね。

投稿: と~まの夢 | 2012年2月16日 (木) 20時08分

日本って食べ物が美味しい国だなぁと思いますheart01
日本食だけじゃなくて、いろんな国の料理があるのもスゴイし~
海外でケーキやお菓子を食べても・・・ん~?sweat01
家で作られたような素朴なものの方が全然いけてました
歯が溶けそうに甘いの、ありますよねぇ
甘いもの好きの私でも、さすがにギブアップしたことあります~bearing

島国に暮らす身にとっては国境の感覚、確かに不思議ですよね~
とにもかくにも、ネパールでは良いことがありますようにっshine


きゃぶさんへ

コメレスが一日遅れまして、申し訳ありません。無理せず寝ることにしましたもので・・・(^_^;;
日本人ですからやはり日本で食べるものが一番口に合いますよネェ!海外で日本食といっても、現地の人々の好みに合うようにアレンジされているものが多いですからね。逆に日本国内では、それぞれの国の料理も日本人好みにアレンジされていますよね。
日本には”目に見える国境”というものがありませんから、陸路での国境は何となくワクワクします。
しかしヨーロッパ、とくにEU加盟国同士は、国境フリーパスですから、面倒な手続きは無くなったものの、国境を越えるという感覚は薄れました。

投稿: きゃぶ | 2012年2月16日 (木) 21時23分

陸路での国境越えはサイクルリクシャと共に体験した・・・
ネパールの入国どきの状況がひしひしと伝わってきます
そこが武器もなく平和であることにホッとしながら・・
切なくてやりきれない気持ちを抱きながら
またインドに戻られるんですね。
続きを楽しみにしています。
毎日寒いですね、明日もかなり冷えるようです。
お気を付け下さい。


のこのこさんへ

本当に拍子抜けするほど平和的な国境でした。ゲートといいましても、扉などあるものではなく、仏塔門のようなゲートでした。分かりやすく言えば、神社の鳥居の大きいもの、あんな感じのゲートがあるだけでした。
しかしそれを境に何もかも違ってくるのですから、不思議です。
その夜、ネパール側の国境の街で泊まりましたが、インドでは売っていないペプシコーラやファンタがあったことに、思わず感激したことを今も覚えています。

投稿: のこのこ | 2012年2月17日 (金) 22時50分

陸路の国境越えは、島国に暮らす日本人にとっては、
「大陸」を感じられる一瞬ですよね。
特に、自転車での国境越えとなると、
インド・ネパール間ならでは・・・といった感じですhappy01
ユーロ間のようにもはや異国を感じさせない国境越えや、
超えるのにも命がけの国境線など、国境というものは、
それなりに、さまざまな国の状況を反映していますよね。
国境といえば・・・
もし生まれ変わったら、医学を専門にして、
「Médecins Sans Frontières(国境なき医師団)」で
活動したいなぁ・・なんて、思う私です。
関係ないですけどね・・・・coldsweats01


hananoさんへ

島国・日本では体験できない国境越えですよね。初めてのことでしたので、感慨深いものがありました。
ドイツを訪れた際、エルマーと2人でオランダ、ベルギー、ルクセンブルクへとドライブしたことがありますが、国境は当然フリーパス。案内板が道路脇に立っているだけでした。
そうかと思えば、銃を持った兵士が物々しく警備しているような国境もありますよね。TVでしか見たことはないのですが、本当に様々ですね。
『国境なき医師団』素敵な仕事ですよね。もちろん危険とも隣り合わせの国もあるでしょう。
私が若いころ、『青年海外協力隊』に憧れましたが、応募できるほどの特技や専門分野がありませんでした (。_。)

投稿: hanano | 2012年2月18日 (土) 16時15分

慕辺未行さん
ナマステ!(^^)! 寒いですね(;ω;)
京都は今日が寒さの底と予報されています

 戴きましたコメントのお返事です
お疲れのところ優しいコメント嬉しく拝見しています。
 素心蝋梅は初めて見ました
まるで蝋細工のように薄くて感動したのですが
京都では少ないようですが、地方では見かける花なのですね。
 節分祭でお疲れの芸妓さんや舞妓さんも
ホッとしておられる表情に”仕事人”を思いました。
芸妓さんと舞妓さんの違いは歴然ですね
後ろ姿にもそれが感じられて
厳しい修行が解ります。
 舞妓さんのままで歳を重ねて辞められる方も、多いと聞いています。
 見習いさんのままで舞妓になれなくて
そのまま下働きをして結局辞めてゆかれる方も。
そういう意味ではOLの方が楽かも?
 読み捨てになさって下さいね


コスモスさんへ

ハイ、ありがとうございます。
今日のブログへのコメントです (^o^)/
『内田信子コレクション展を拝見しました(その1)』
古都人様のブログで、素晴らしい龍の作品を拝見しました。ちょっと寝ぼけ眼のお茶目な龍もいましたが、こちらのお地蔵さんたちも「ホッ!」と癒される作品ですね。
子供を抱いているお地蔵さん、そして背景の海・・・、あの震災・津波で命を失った多くの人々のご冥福を祈らずにはいられません。
そして今なお行方不明の人々もいます。
あらためて、心が痛む思いです。

投稿: コスモス | 2012年2月19日 (日) 07時05分

国境を越えるという経験は島国に住む私たちには一大事です。でも、大陸に住む人々はしばしば国境を越えて出かけますね。私たちはパスポートってめったに持ち歩くものではありません。でも、私の教え子はフランスに住んで、スイスの研究所に通っていましたから、毎日パスポートが必要だったんですって。なんか不思議です。
昔香港が英領だったころ中国の国境へ近付いたら銃を向けられて身がすくみました。今だってそんな厳しい国境もあるのでしょうが。


agewisdomさんへ

私たち日本人と大陸の人々とでは、『国境』というものに対する考え方はずいぶん違うでしょうね。
アジアの国々の場合、物々しいところもあれば、平和的なところ、国境の街の住民たちはお互いに自由に行き来できるところもあるそうです。
ヨーロッパは今やほとんどフリーパス。永世中立国でありEUに加盟していないスイスは、別格ですね。
韓国と北朝鮮、北朝鮮と中国・・・北朝鮮という国柄、信じられないほど厳重な国境が存在するのでしょうね。

投稿: agewisdom | 2012年2月19日 (日) 22時14分

慕辺未行さん 
 追加のコメントありがとうございますヽ(^。^)ノ
私へのコメントはお気遣いなくなさって下さいね
元々コメント欄を閉じているのは私の我儘です。
 そして慕辺未行さんのブログにお邪魔するのは
古都人さんや、他の方達も同じだと思いますが
愉しいからです(#^.^#)
 
内田信子さんのコレクションはどれも素晴らしいでした
写真を撮るのは拒否?されていたのですが
お願いして100点以上の作品の中で私の心に触れた
お地蔵さまを撮らせて戴きました

もうすぐ1年が経ちます
京都にも大勢の被災者が来られていて
直接お話をさせて戴いたりもしますが
他人事では無いと改めて心が痛みます。

 読み捨てになさって下さいね


コスモスさんへ

ハイ、ありがとうございます。
では、失礼させていただきます。

投稿: コスモス | 2012年2月20日 (月) 11時24分

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