« (再掲)赤褐色の街にてⅠ その1 | トップページ | (再掲)赤褐色の街にてⅠ その3 »

2012年2月22日 (水)

(再掲)赤褐色の街にてⅠ その2

2.カトマンドゥの街中で

 カトマンドゥの街の朝は早い。日の出から人々が活発に活動しているようだ。とはいえ、あまり早く起きても、何もすることがない旅人 wobbly は、ゆっくり起きる。朝起きて初めにすることは、やはり洗面とトイレ。そして外出し、朝食を食べに行く。パンやドーナツは、そこら中で売られているので、すぐに食べられる delicious

食後は、その日その日によってあちらこちら歩き回った。ラトナパークの芝生にゴロンと寝そべったり、この公園内のバザールを見て回って買い物を楽しんだり happy01 。カンティパトやニューロードといったこの街、いやこの国一番のメインストリートを歩いたり。ニューロードは、間違いなくこの国一番の繁華街で、宝石店 ring 、時計店 watch 、お土産屋 present など、高級な店が建ち並んでいる。また、航空会社 airplane 、銀行 bank なども、この道沿いに多くそろっている。にもかかわらず、それらの店の前で、野良牛 taurus が横たわっていたり、夜 night 8時過ぎには人通りもほとんどなくなって、開いている店も少ない shock 。そして突然、野良牛 taurus が「モゥ~!」と吠えるのである。笑ってしまう happy02

23
ラトナパークのバザール。ここへ来れば、たいていのものが安く手に入ります。

24
ニューロードの東端です。ネパール一の繁華街です。

スーパーマーケットという名の、ちょっとした「デパート」もある catface 。ここには、おそらくこの国唯一(?)の「エスカレーター」があった coldsweats02 sign03 。ここ以外では、全く見たことがない wobbly 。ほとんどの店は、テナントとして入っているようで、高級サリー(インドやネパールなどの国の女性の、正装用のドレス)を扱う店が多かった。他にも、おもちゃや文房具、日用雑貨、食料品などを扱うお店もあった。しかし、ここでこれらのものを買うことができる人々って、いったいどれほどいるのだろう think  sign02

さらにニューロードを進むと、観光案内所 info02 があり、ハヌマン・ドゥーカ(旧王宮)があるダルバール広場。この広場の前にも、土産物を扱ったバザールがあり、また、この広場に面して”クマリの館”もある。”クマリ”とは”生き神様”のことで、まだ初潮を迎える前の、汚れのない処女 virgo の中から、厳正に選ばれるそうだ。こうして選ばれた”クマリ”は、この館内で1日中を過ごし、外へ出ることは、ほとんどないそうだ wobbly 。そしていつか、初潮を迎えると、”クマリ”ではなくなり、その座を次に譲らなければならない shock

”クマリ”を目にすることは、ほとんど無理 sign01 なのだが、いつだったか一度、一緒に歩いていた人が、この”クマリの館”に向かって大声で「クマ~リ~ sign03 」と叫ぶと、窓から幼い顔の少女 virgo 、つまり”クマリ”がちらっと顔を見せてくれた heart02 happy01 。その顔は、どちらかといえば”無表情”だった sad が、あどけない顔をしたまだ7~8才位の少女に見えた wink

ダルバール広場周辺には、他にもたくさんの寺院がある scissors 。どれも歴史的に貴重な建物ばかりだ good 。シヴァ寺院、ガネーシュ寺院、そしてカーラ・バイラブ像、ハヌマン像など、世界的な遺産ばかりだ lovely

ダルバール広場から北東へ延びる道が、インドラ・チョーク。この道沿いも、土産物から生活雑貨を扱う店が建ち並んでいる heart01 happy02 。そして、タメル地区もこのところ、賑わいはじめているらしい。土産物屋や旅行者用のゲストハウスが何軒かあるが、まだ新しいせいか、料金がやや高い shock

俺が宿としているストーンハウスロッジ近辺では、お店の名はないが、サキャさんが経営するお店によく行った scissors 。サキャさんとの出会いは、ある日の夜、たまたま店の前を通りかかった時に、彼が「こんにちは wink 」と日本語で声をかけてくれたのがきっかけだ。彼の店は、少しばかりの食料品と雑貨を扱っていた。サキャさんは、1年ほど技術研修のために日本へ行ったことがあるそうで、それ故、日本語ができるそうだ。彼は、「あなたがここに来るときは、日本語で話して下さい wink 」と言ってくれた happy01 。それからは、彼の店の前を通るたびに、彼がいるかどうか eye 覗いていた。彼がいると、何も買うものがなくても weep 立ち寄って、彼と日本語で会話し happy01 、いつもコーヒー cafe をご馳走してくれた。そうして彼との友情が始まった scissors

*この旅日記は、1984年の時のものです。

|

« (再掲)赤褐色の街にてⅠ その1 | トップページ | (再掲)赤褐色の街にてⅠ その3 »