« (再掲)赤褐色の街にてⅠ その2 | トップページ | 世界の絵葉書 その29 トルコ・DALYANから »

2012年2月23日 (木)

(再掲)赤褐色の街にてⅠ その3

3.カトマンドゥ郊外へ

 ときには足 foot をのばして、スワヤンブーナート寺院へ行ったり、隣町のパタンへ行ったりもした。また、滞在ビザの延長やトレッキング・パーミットの申請のために、イミグレーション・オフィスへ行かなければならないので、のんびりと歩いて shoe 遠出した日もあった happy01 。(注:イミグレーション・オフィスは、今は旅行者が多く集まるタメル地区にあるのですが、当時は中心部からかなり離れたところにありました。)

スワヤンブーナート寺院は、カトマンドゥの中心部から西へ行った高台にある。長い階段を上ると”モンキーテンプル”とも呼ばれるこの寺がある。ここにある仏塔(ストウーパ)には、大きな仏陀の目が描かれ、その目はすべてを見抜くという wobbly 。”モンキーテンプル”と言われるだけあって、確かに猿がたくさんいる happy02 。(注:仏塔のことを”ストウーパ”と呼ぶのですが、日本のお墓にある”卒塔婆(そとば)”は、この”ストウーパ”が語源となっています。)

20
スワヤンブーナート寺院。仏塔に描かれた眼、いかがですか?ここは”仏教の総本山”とも言うべきお寺です。

ここから見るカトマンドゥの街は、まさに赤褐色(レンガ色) lovely 。夕焼けの頃は、特にだ!しかし、仏塔の周りには、しつこい土産物屋の売り子がたくさんいる。これには興醒めしてしまう gawk 。でも、このカトマンドゥの街を一望するならば、ここへ来ずにはいられまい。

隣町の古都パタンへも行ってみた。バス bus を利用すれば近いのだが、俺はあえて1時間ほどかけて歩いてみた shoe 。この街も古い街のようで、カトマンドゥのダルバール広場にも負けないほどの古いお寺がある。が、俺にとってはそれだけで、カトマンドゥと何ら変わり映えはなかった think

33
パタン、ダルバール広場。古い寺院がたくさんあります。

滞在ビザの延長や、トレッキング・パーミットの申請のために、郊外にあるイミグレーション・オフィスへも、何度か出かけた。入国時に1週間の観光ビザを取得した俺は、さらに延長すべく、そこまで歩いて行った。ストーンハウスロッジからは、およそ1時間ほどかかった shoe shoe sweat01

申請し受け取りまでは数時間かかる wobbly ので、その間その付近をぶらついていた。自然豊かなところで、いつも森の中を散歩したりしていた happy02 。申請したピザなどを受け取ると、再び街へと歩いて帰った。

31 ボダナート寺院。カトマンドゥ郊外にあります。

*この旅日記は、1984年の時のものです。

|

« (再掲)赤褐色の街にてⅠ その2 | トップページ | 世界の絵葉書 その29 トルコ・DALYANから »

コメント

慕辺未行さん
ナマステ!(^^)!
赤褐色の街にて
 その1
異国でしかも一人旅で日本のバスに出会える
日本人に似た顔に会える
ホッとされたお気持ちよく解る気がします
日本人ご用達!(^^)!とも言えるロッジへ
好かったですね
ホッとしたのも束の間腹痛が治まらず
夕食抜
 翌朝は治まってホッとしました
旅先での体調の異変は不安ですよね
しかも一人旅の外国では
 一人旅の様々な経験がその後の人生に
プラスになったかも知れませんね。
今から言うのは早いですが何となくそんな気がします
  その2
カトマンドゥの街はのびやかですね
野良牛が横たわっているとはとても信じられない
 露天商もゆったりして街の方たちの生活観
人生観が見えるような気がします
繁華街??
エスカレーターがこの国唯一とは
時間がゆっくり流れていて
多分、暮らして居られる人たちもアクセクしないで
時の流れのままに・・かも。
今の時代なら特に、”クマ~リ~”に会う確率?は
低いかも知れませんね
 ダルバール広場周辺の寺院は英会話教室の
教材に出てきましたが、私には何処の事かさっぱりでしたが、
今、やっと一本に繋がれました。
 サキャさんとの友情、素晴らしいですね
これも一人旅だからこそかも知れませんね


コスモスさんへ

インド・カルカッタそしてネパール・カトマンドゥでも、宿泊客のほとんどが日本人というゲストハウスに泊まりました。
今だったら返って避けるでしょうが、その時は初めての海外一人旅でしたし、何かと情報も欲しかったので助かりました。
ストーンハウスは、ネパール一の繁華街の通りからほんの数十メートルぐらい中に入ったところにあるのですが、夜の帳が下り静かになった頃、突然の牛の鳴き声・・・、もうただただ笑ってしまいます。「ここは首都だぞ!しかも一番の繁華街のすぐ近くだぞ!」と!
唯一のエスカレーターは、10年後の1994年でも相変わらずネパール唯一のエスカレーターでした(笑)!
ネパールの景色が英会話の教材に出てきたのですか?!
カトマンドゥも古都ですから、京都と相通じるものがあるかもしれないですね。

投稿: コスモス | 2012年2月23日 (木) 07時11分

その3
郊外をのんびり歩いて遠出も愉しんで
地理や歴史も学んで一人旅の好さでもありますね。
>卒塔婆(そとば)”は、この”ストウーパ”が語源となっています。<
そうなのですか!?私は古来からの「日本語」だと思っていました。

スワヤンブーナート寺院の仏塔に描かれた眼、写真を拡大して
拝見しましたが・・・何と表現したら良いのか?
ここが仏教の総本山なのですね
 カトマンドゥの煉瓦色の街
夕焼けので染まった街を思い描いていますが
 それにしてもよく歩かれますね
やはり♪若かったのかい!(^^)!
 自然豊かなところ緑の森の中の散歩
贅沢な時間を過ごされていますね
今の”旅行”では考えられない
最後のボダナート寺院の形も私には珍しいですが
青い空と緑の木々、その中に建っているのは民家でしょうか?
癒される風景ですね!(^^)!


コスモスさんへ

何しろおよそ3ヶ月の旅、いやでもネパールでのんびりするしかなかったのですヨ。理由は・・・、この続き”その4”以降に書いてあります (^_^)/
で、毎日暇なのでお金を払ってタクシーに乗るのではなく、ぶらぶらと歩いて行った、というわけなのです。
当時のイミグレーションオフィスの場所までは、確かにかなりの距離がありましたが、街の中心部そのものはとても狭い範囲でしたので、歩きで充分でした。
スワヤンブーナート寺院は何百段もの階段を登らなければなりません。そして登りきって振り返ると・・・カトマンドゥの街が一望!さらにその奥には、ヒマラヤの山並みが!素晴らしいです。
ボダナート寺院の形、鏡餅のような台座の上にストウーパ、これはスワヤンブーナート寺院とも同じです。
手前に見えるのはすべて民家です。そしてヒマラヤも見えていますヨ (^_^)!

ブログへのコメントです (^o^)/
『天神さん、チラホラ咲きの梅の花』
今年の冬は例年以上に寒いせいか、梅の開花も遅れているそうですね。
それでも天神様には、ちらほらと可憐な姿を見せているのですね。
天神様の梅は、道真公の時代から有名ですから、満開時には見応えがあるでしょうね。
道真公が京都を去るときに詠んだ歌、「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」を思いながら、拝見させていただきました。

『「ぶらり見~つけた京都」地下鉄構内』
一枚目は小学生の作品ですか?!たしかに「らしい」と言えばそうですが、本当に分かりやすい京都ですよね。
そして次の作品のテーマは「人・自然・伝統」・・・(・_・?すみません、よく解かりません...(^_^;;
階段のアイデア、素晴らしいですね。あれを見たら階段を利用したくなりますよね。

『植物園「観覧温室」のお花たち』
どの花もすべて初めて見る花ばかりです。もちろん名前も初めて聞くものばかり!
温室で見る熱帯性のお花は、カラフルな色の花が多いイメージですが、純白で清楚なお花もいいですね。ましてやとても良い香りがするなんて!
このようなところでしか見られないお花、本当に貴重ですよね。
私のPC内のホルダー『植物図鑑』にコレクションさせてください。

『冬景色の琵琶湖疏水(山科)をゆっくり のんびり』
わわっ?!ビックリしたぁ (゚o゚)ナニッ!最初の写真、もう桜が咲いているのかと思いました (^_^;;アセッ!
左側の並木、桜が咲いているように見えます。
とても素敵な散歩道ですね。ところどころベンチがあって、皆それぞれのペースで散歩できそうですね。水の流れがあれば、なお良かったかも・・・。
母校の校舎、素敵ですね。時計台のようですね。
ところで、この疎水の水、また流れるようになるのでしょうか?

投稿: コスモス | 2012年2月23日 (木) 07時13分

ダルバール広場の”クマリの館”のクマリは
毎日そこで何をしているのですか?
今でもその風習は残っているのでしょうかしらね?


zooeyさんへ

クマリは・・・、生き神様でありクマリの表情一つで国が左右されるとまで言われるほどです。
実際にはそのようなことはないのでしょうが、ネパールの人々はそれを当たり前のように信じています。
クマリは国民的なお祭りのときに外へ出ることはありますが、いつもは館の中で一日中過ごしています。
神様ですから学校へ通うこともできませんので、館には専属の家庭教師のような人がいるそうです。
これらのことは、ずいぶん前にTVで放映されたドキュメンタリー番組で知りました(もちろん録画してあります)。
時間があれば、もう一度見て確認してみます。
この風習は今も残っていると思います。国王はいなくなりましたが・・・。

投稿: zooey | 2012年2月23日 (木) 07時29分

卒塔婆はストゥーパであることは
前に仏教を研究していたこともあり
存じていました。

ネパールの写真はどれも懐かしく
拝見しました。できたらまた行きたい
のてすが、なかなか叶いません。
知人からのメールも途絶えています。
ネパールで最初の女性教授です。
岐阜大学に留学されていたので
岐阜へ来られた時に会います。
「また来てね」と言われているのに・・・


matsubaraさんへ

さすがですね。卒塔婆の語源を知っておられたとは?!
仏教の研究をされていたことがおありだということにも、驚かされました。
アッ、そういえば以前、私が故・河口慧海氏に関心があることを不思議に思われていたことがあったような・・・。
この時の旅は、カルカッタで盗難に遭いカメラも失いました。が、戴いたおもちゃのようなカメラで何とか撮影出来ていた写真と絵葉書だけが当時の思い出の画像です。
ネパールの人って、親しくなりやすい半面、しばらくの間音信が途絶えると「私のことは、もう忘れられてしまった」と思う傾向があるように思います。現に私も今は、ネパールで親しくなった人々とは誰ひとりとして交流がありません。

投稿: matsubara | 2012年2月23日 (木) 08時02分

慕辺未行さんへ
こんにちわ
いよいよネパール・カトマンドゥの生活が始まりましたね
日記を拝見していると既にここに住み付いた人の行動の
様な感じを受けました
やはり地図を片手に歩かれているのですか
仏塔に描かれている眼 不気味な感じですね
1つの塔だけではなく幾つもの塔に描かれている
様ですが緊張しますね
カトマンドゥ滞在の目的はやはりヒマラヤなどの山岳歩き
ですね


古都人さんへ

>既にここに住み付いた人・・・
実際にそんな感じでした (^_^;;!ネパールって日本とは時間の流れ方が全然違うのです。本当にのんびりしているというか・・・?!
そして私自身も、しばらくネパールに滞在するしかなくなって!理由は・・・、来週 up の続きをご覧ください (^_^;;ヘヘッ!
初めのうちは地図を片手に歩いていました。が、中心部に関してはそれほど大きくはなく、すぐに覚えました。
その後の’92年、’94年に訪れた時は地図がなくても自由に歩き回っていました。
仏塔の眼、不気味ですか?言われてみれば、そう思われるかもしれません。何しろ『すべて』を見通すそうですから!
カトマンドゥ滞在の目的は・・・、ハイ、これも続きをお楽しみに (^o^)/!

投稿: 古都人 | 2012年2月23日 (木) 10時16分

ストゥーパと卒塔婆、 なるほど、そうなんですね
クマリ、女の子、TVのドキュメントでよく見かけます
そういう現地にいらしたのですね~

お写真は デジカメの時代だったら バシャバシャ撮っていたでしょう    (自分に置き換えてもそうなのですが)
もったいないことだったと思う反面、 
アナログならではの雰囲気がありますね・・
でも是非もう一度お出かけくださいね デジカメで!


bellaさんへ

卒塔婆は近ごろあまり見かけないのですが、日本のお墓の形そのものも、このストウーパから来ているように思います。と言うよりも、「お墓=卒塔婆」なのでしょう。
ハイ (^o^)/!私もドキュメンタリー番組で見たことがあります。”元・クマリ”という女性のインタビューも見ました。
この時はカルカッタで盗難に遭い、カルカッタのロッジで知り合った方から頂いたおもちゃのようなカメラで、何枚か残すことができました。
それ故でしょうか、’92年’94年に訪れた時はずい分撮りまくったつもりです。
デジカメ持って・・・、今の状況ではとても実現できそうにありません (>_<)クヤシィ!

投稿: bella | 2012年2月23日 (木) 12時17分

若い頃、インド、ネパールと行ってみたかったのですが、と~まはお腹が弱くって、中国でも韓国でもこわして、周囲に迷惑をかけたので、あきらめてしまいました…bearing
だから、いいなぁ~ですcatface
写真でみるだけじゃ、迫力とか違いますもんね


と~まの夢さんへ

私も胃腸が弱いほうでしたヨォ!
インドやネパールは水や油もそれほど良くなかったので、やはり私もお腹をこわしました。でもそれは”通過儀礼”の一つ。1~2度、下痢した後は身体が慣れて来て、お腹をこわすこともなくなりました。
中国は、何かわけのわからない食材があったり、韓国は刺激の強い食べ物が多そうで、確かにお腹こわすかもしれないですね。

投稿: と~まの夢 | 2012年2月23日 (木) 15時49分

私も一緒にカトマンドゥの街を旅しているような気分で、
とても興味深く、楽しみながら読ませていただきましたnote
ロッジには日本人の旅行者も多いのですね。
スワヤンブーナート寺院の仏塔、仏陀の目が、
私がイメージするインドやネパールそのものです。
ここが仏教の総本山なのですね。
夕焼けに染まる赤褐色の街は、さぞかし綺麗なことでしょうねshine


hananoさんへ

今から30年近い昔の写真ですが、現在とあまり大差はないのでは?と思います。
ただし国そのものは、80年代後半のデモクラシー、王室クーデター、王制廃止・・・、政局も今だやや不安定な状態が続いています。
その点では当時のほうが平和だったかもしれません。
このロッジで日本人以外の旅行者を見ることが珍しいです。”リトル日本”です(笑)しかしずいぶん古い建物ですから、今でもあるのかな・・・?
ストウーパの仏陀の眼、一種独特の雰囲気ですよね。ネパールを象徴する光景だと思います。

投稿: hanano | 2012年2月23日 (木) 19時20分

5週間も滞在とは、良い経験をされたと思います。
今は懐かしいでしょうね。
さて、私はカトマンズと言ってました。
カトマンドゥでしたか、勉強になります。
日本のいすず製のバスにネパールと日本の両国旗が描かれてるとは遠く異国から出かける者にはほっとする光景でしたね。
サキャさんとの出会いもそうですね。
その後お付き合いがあったのかしら?
続きを読めばわかりますね。楽しみにしています♪


のこのこさんへ

この時の旅では、ネパールにおよそ2ヵ月、そのうちの半分以上の日々をこのカトマンドゥでのんびりと、「何もしない贅沢」を味わっていました。
若いころにそんなことをしていていいのだろうか?と皆様からお叱りを受けるような気がしないでもないのですが・・・(^_^;;
一般的には『カトマンズ』という表記が多いですね。でもそれは、とある友人曰く「ズーズー弁」だそうです(笑)
カトマンドゥに到着しバスを降りてすぐ目にしたのが、あのバスでした。あの表示を見ただけで、日本人に対して好意的な国なんだと感じることができました。
サキャさんには本当にお世話になりました。すごく楽しい思い出です。

投稿: のこのこ | 2012年2月23日 (木) 21時09分

インドとは一転、落ち着いた旅を楽しんでいらっしゃるご様子cafe
全然知らないことばっかりで、勉強させていただいていますshine
毎日たくさん歩いて、ほんとに地元の方みたい~shoe
お金は無くても時間は余るほどある・・・学生時代が懐かしいです
よく考えると、ある意味とっても贅沢でしたよね~crown


きゃぶさんへ

インドとネパール、隣同士の国ですが、国民気質は全然違いました。「インドからネパールへ来ると、ホッ!とする」というのがほとんどの旅行者の感想です。
強い刺激が欲しい人には、物足りないかもしれませんが・・・(笑)
仰る通り、お金はなくても時間だけはある頃でした。
来週掲載する記事に書いてありますが、ある事情によってネパールにしばらく滞在するしかないことが起こったので、このように毎日時間を持て余していた、というわけです (^_^;;
毎日「何もすることがない」という贅沢、若いうちからそんなことをしていて、皆様からお叱りを受けてもおかしくない(?)ですね。

投稿: きゃぶ | 2012年2月23日 (木) 21時49分

以前この目のことでコメントしたこと思い出しました。なんかユーモラスで楽しいですね。
信仰心が深く寺院がいっぱいありますが、どうやって経営しているんだろうって余計なこと考えたりしています。


agewisdomさんへ

このスワヤンブーナート寺院、地元の人々は「モンキーテンプル」と呼んだりもしていますが、日本のツアー会社などでは「目玉寺」と書いてあることもあります。
確かに特徴ある独特の眼が描かれていますが、「目玉寺」はねぇ・・・(-_-)ウーン...?!
信心深い国民ですから、お布施も多いでしょう。お布施以外にも、お供えなどもあるでしょうし・・・。
境内にお土産屋もありますから、テナント料(?)があるのかも・・・?

投稿: agewisdom | 2012年2月23日 (木) 22時48分

慕辺未行さん
 ナマステ!(^^)!
戴きましたコメントのお返事です 
お仕事から帰られてからお疲れのところを丁寧にご覧戴いて
優しいコメントありがとうございます。
 
 今日は梅花祭です。
天神さんの祥月命日で、縁日も何時もより賑わって
上七軒の芸・舞妓さんによる野点も行われます。
雨が心配ですが・・・
梅は天神さんの梅苑が種類も花数も多く
お手入れが行き届いていて上品で可憐な花を咲かせます。
 
 地下鉄の作品は小学生の卒業記念に制作された作品です。
パーツごとに描いて、貼り付けてあります。
二枚目の作品は判り難いかも知れませんが
子供たちの感性で描いたテーマ「人・自然・伝統」ですね。
絵には説明は要らないと言われますが
見る方達の”思い”で良いのではないでしょうか?
 私も階段は歩いて上っていますが
一段一段文字を読みながらも愉しいです
これは他の駅でもされていて、それぞれに言葉が違います。
 
観覧温室には色々な花が咲いていますが
今回は出来るだけ清楚な花を選びました。
共感して頂いてとても嬉しいです。
PC内のホルダー「植物図鑑」にコレクションして頂けたら、光栄ですヽ(^。^)ノ
 
 琵琶湖疏水は何時も水がゆったり流れています。
水量は需要によって調節されています。
冬は水道の使用量も少ないですからあのような状態ですが
桜の花びらを浮かせてゆったり流れている疎水も素敵です。
ここは桜の隠れ名所と言われています。
 母校は元々、京都府立高校のモデルスクールとして建てられ、現在は老朽化に伴う建て替えられた校舎です。
卒業生にしてみれば最初の校舎が懐かしいです
「白亜の殿堂」と言われたのですよ。
因みに私は第3回卒業生です。
 読み捨てになさって下さいね。

旅の続き愉しみにしています(*^。^*)
 
   
コスモスさんへ

ハイ、ありがとうございます。
では、失礼させていただきます。

投稿: コスモス | 2012年2月25日 (土) 07時31分

ネパールについての知識がない私は
毎回楽しく拝見させて頂いています。
海外旅行も現在はいろんな国へお出かけの方も
多いですが、お出かけ当時でも
ロッジは日本人のお宿として繁盛していたのも
そうなのだと知り、何も知らないのは私だけだと・・・
長時間の徒歩でのお出かけは、素敵な
出会いが有ったのではと思います。
クマリは生き神様なのですね。神秘な神様は
人々の心に大きな影響をもたらしているのでしょうね。
仏塔の大きな仏陀の目は、本当にすべてを
見抜きそうですね。少し不気味です。
一人旅の楽しみを十分味わっての旅行
これからも楽しみにしています。


すみれさんへ

私も当時は、ネパールについて何の知識も持たずに出かけたようなものです。
カルカッタでのロッジにしろ、カトマンドゥでのロッジにしろ、いずれも旅に出てからその名を教えられ、宿泊したのです。
あちこちずいぶん歩きました。そうそう、思い出しました。ネパールでは桜の花は、秋に咲く花なのです。実際に見ましたヨォ!
数年前、ネパールは王制が廃止されましたが、それまでは国王さえもクマリの前ではひざまずき敬意を示すそうです。国王だって神様には敵いませんから!
ストウーパの仏陀の眼、四方すべてに描かれ街中いや国中を見守っているのかもしれません。

投稿: すみれ | 2012年2月25日 (土) 11時39分

慕辺未行さん:こんにちは。
ここはテレビでしか見られない場所ですね。
カトマンズと昔は言ってましたが、カトマンドゥなのですね。


seiboさんへ

ドキュメンタリー番組でお目にかかることはあるかもしれないですね。私もしばしば目にし、とても懐かしく見ています。
今でも『カトマンズ』と表記するほうが多いのですが、英語での表記は”Kathmandu”ですし、現地の人々の発音を聞いても『カトマンドゥ』のほうがより近い発音です。

投稿: seibo | 2012年2月26日 (日) 16時49分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« (再掲)赤褐色の街にてⅠ その2 | トップページ | 世界の絵葉書 その29 トルコ・DALYANから »