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2012年2月21日 (火)

(再掲)赤褐色の街にてⅠ その1

*”赤褐色” で ”レンガ色” とお読みください wink

 アジア大陸の内陸部、チベットとインドの間にネパール王国がある。面積は約14万㎢(北海道の約2倍)、人口約1300万人という小さな国だ。ネパール入国後しばらくして、インド国内で、世界的かつ社会的な大事件が勃発し、インド入国が当面の間、できなくなったせいもあり、この国の首都カトマンドゥに10/21~10/31、11/22~12/17と2回にわたって約5週間過ごした。気候は、日中は穏やかで良い天気なのだが、朝晩はかなり冷え込む。12月になると、風邪をひいている人もずいぶんいた。自分なりに過ごしたカトマンドゥでの日々を、色々な角度から紹介してみたい。
*この旅日記は、1984年に旅した時のものです。

1.カトマンドゥ到着

 10月20日、インドより傷心 weep のまま、ビルガンジの街を、朝7時発のバス bus に乗りカトマンドゥへ向かう。バスは、平原地帯から徐々に高度を上げ、山岳地帯をクネクネと登って行く。道路事情が悪く、バスはガタゴトとよく揺れる wobbly 。次第にお腹の調子がおかしくなってきた。刺すような痛みだ despair 。周りの景色を楽しむほどの余裕は、全くない sad 。何とかカトマンドゥへ到着。15:30だ。

バスはラトナパークの南、GPO(中央郵便局 postoffice )近くに着いた。バスを降りて最初に気づいたのは、ローカルバスで1種類、日本の’いすず’製のバス bus で、側面に ”1981  NEPAL-JAPAN  COOPERETION ”  と、両国旗が描かれていることだ catface 。そして人々の顔も、より日本人に近くなっている。いくぶん、ホッ happy01 !としたものだ。

俺は、あらかじめ教えられていた ”ストーン・ハウス・ロッジ hotel ” へと向かった。このロッジは「日本人御用達の宿 wobbly 」と言ってもいいほどで、宿泊客の9割が日本人だ(宿のオーナーによる)。料金も、ドミトリー(相部屋)7ルピー、シングル11ルピーと、およそ100円前後で泊まることができるのも、俺にとっては大きな魅力だ scissors 。もちろん、シャワー・トイレは共同。俺は、このロッジにチェックインし、腹痛が治まるのを待った。が、この日の夕食は結局、食べなかった shock

次の日は、さすがに体調も良くなり happy02 、街をぶらつき始めた。また、ロッジには日本人ばかりいることもあって、話し相手などには事欠かなかった happy01 。彼らとは一緒に夕食を食べに行ったり delicious 、闇ドル dollar (銀行 bank 以外での両替;正規のレートより換金率がいい bleah !)の情報をいただいたりしていた good

注:ネパールの首都、”カトマンズ”と表記されていることが多いのですが、英語(アルファベット)表記では、”Kathmandu”と書きます。できる限り、現地の人々の発音に近い表記で、あえて”カトマンドゥ”と表記致します。

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