« ご近所散歩で見つけたお花 その2 | トップページ | 第700回です!暑中お見舞い申し上げます! »

2011年8月11日 (木)

タイ王国のお金

 日本のお金とネパールのお金を紹介し、今回はタイのお金を紹介します。しかしこれも前回のネパール同様、今流通しているものと同じかどうか判り兼ねます。
1987年、1992年に手に入れたものですから、もう20年近く経っています。

タイのお金、4~50バーツほど残っています。当時のレートで200~250円ぐらいでしょうか?!これだけあれば軽く一食食べられるのですが、ずいぶん(?)余ってしまいました。理由は・・・、92年ネパール滞在後バンコク経由で帰国だったのですが、その時バンコクでは軍事クーデターが勃発!夜中にバイク集団が暴れまわったり、外出禁止令が出たり・・・(^_^;;!
厳戒態勢の中、何とか帰国できたわけで、そのために使いきれずに今もそれだけのお金が残っています。

紹介する前に、タイの通貨についてご説明します。通貨単位は”パーツ”しかしその下に”サタン”があります。1パーツ=100サタンです。現在のレートでは1パーツ≒3円ほどと聞いたことがあります。

では、タイのお金ご覧ください。

429
10パーツ紙幣の表と裏のデザイン。肖像画は当時のタイ国王でしょうか?
ネットで調べてみましたら、今ではこの10パーツ紙幣はほとんど流通していないそうです。

430
これらが20年ほど前のタイのコインの一部です。真ん中の5枚はいずれも1バーツ硬貨。

コインはまず一番上が、25サタン硬貨。小さく25と書かれているので、辛うじて分かります。
真ん中5枚(1バーツ硬貨)のうち左の同じ大きさのコインは、同じ硬貨の表・裏です。他の3枚、デザインや大きさが微妙に異なりますが、同じく1バーツ硬貨。裏のデザインは左の真ん中と同じ、国王が描かれています。これはすべての硬貨に当てはまります。しかし、よく見ると真横からの顔、斜め前から見た顔の硬貨がありました。←書きながらコインを見て気がつきました。
一番下は10バーツ硬貨。1バーツ硬貨とちょっと違う雰囲気ですね。さすが、やや高価な硬貨(?)だけあります。

今でもこれらの硬貨、使えるのでしょうか?何だかそちらに興味が湧きます。

|

« ご近所散歩で見つけたお花 その2 | トップページ | 第700回です!暑中お見舞い申し上げます! »

コメント

最近王様の権威も昔ほどではないような…。お金の価値はどうなんでしょうねえ。私も知りたいです。


agewisdomさんへ

1992年のデモの際、デモの指導者逮捕後、当時の首相が国王に土下座して陳謝しているシーンが新聞に掲載されていたような気がします。そして国王の一言で、デモが完全に鎮静化したんじゃなかったか・・・?と。
国民から尊敬を集めていることは、間違いないと思います。
これらのお金の価値、果たして今はどうなのでしょうネェ・・・(-_-)ウーン?

投稿: agewisdom | 2011年8月11日 (木) 23時57分

慕辺未行さん
 おはようございます(^・^)
外国の旅では色々な人々との関わり合い、オーロラをご覧になられた時など、多くの出会いに感激や感動されたことも多く有りましたが、バンコクでの軍事クーデターのような危険な場面にも
出会われているのですね。
 紙幣のタイ国王?のお顔は端正で日本人と似ていますね。
乗馬姿が凛々しいとは言え、お札の裏面とは
日本札には無かったですね?
例えば、今、売るとしたら蒐集家の間では
どれくらいの値打になるのか興味が有ります。
 20年前ほど前のコイン、クリックして拝見していますが、
デザインや大きさも色々違って、どれも興味深いです。
ここにも国王が登場しておられますね。

慕辺未行さんは日本も外国も数多くの紙幣やコインをお持ちですが
これらも一つの財産と言えますね!(^^)!


コスモスさんへ

若いころ、私が海外へ行くと、その国で大事件が起こることが度々ありました。1984年、インドへ旅立った時はインディラ・ガンジー首相が暗殺され、インド国内は大混乱だったそうです。その時私はインドからネパールへ移動していたのですが、そのことを家族や友人らは知らず、ずいぶん心配したそうです。
バンコクのクーデターの時は、泊まっていたゲストハウスからも暴徒化した若者の姿が見えました。バスも鉄道もストップし、何とか空港まで走ってくれるというタクシーを見つけ、不穏な空気が流れる街から空港へ、そして帰国しました。
タイの人々、日本人に近い顔つきの人もいました。アジアの国は、どの国の人も似た顔つきをしていますネ。
10バーツのお札、ほとんど流通されなくなっているそうですが、これだけ使用済みの状態では・・・!硬貨もそうですね。
ネットで調べてみましたら、使用済みの1バーツ硬貨が100円で売りに出されていました。
そして現在主に流通している硬貨のデザインも変わっていました。もしかしたら、タイの人々のほうが「欲しい」と思われるかもしれないですね。

ブログへのコメントです (^o^)/

『京都府立植物園の可憐な睡蓮です』
青紫色(?)の睡蓮もあるのですネェ (゚o゚)ヘェーッ!赤や黄色の睡蓮は見たことはありますが、青系統の色の睡蓮は、あまり見た記憶がありません。
その可憐な睡蓮に呼び止められたのですネ (^_^)!分かりますヨォ (^o^)/!私もご近所散歩で、雑草の中に紛れて咲いているお花に呼び止められましたから・・・(^_^;;ヘヘッ!
これらの睡蓮の花、仏様のお遣いの妖精たちがいるのかもしれませんヨ!?

『「きぬかけの路とお土居」(その1)”きぬかけの路”』
「きぬかけの路」というのは初めて聞きました。しかし、出発点の金閣寺はもちろん、龍安寺、仁和寺は有名な古刹ですよね。訪れたことがあるような、ないような・・・?記憶が曖昧です (^_^;;!
「ラジオ塔」、ブログで紹介されていたこと覚えていますヨ!名古屋にもあるかな?と思い、ネットなどで調べてみましたが、分からずじまいでした。

投稿: コスモス | 2011年8月12日 (金) 06時23分

私も10年前くらいにタイに行きましたが、ブログ開始前でまだ
お札の写真は撮っていなかったです。
ブログにupするため今は使用する前にお札は撮ります。・
全部忘れてしまいました。

プミポン国王でしたでしょうか。

シリキット王妃の若いころの写真が林立していたのを
思い出します。


matsubaraさんへ

海外でのお金、使ってしまえばそれで無くなりますから、それぞれ写真に撮っておくのは良いアイデアですね。ユーロ硬貨は、一見どの国も同じに見えますが、額面のデザインは同じで裏側は国によって異なるそうですね。
タイの国王、そうです。プミポン国王です。このお札の肖像は、まだ若いころのようですが、現在流通している20パーツ紙幣などの肖像は、少し年季が入ったお顔になっているようです。

投稿: matsubara | 2011年8月12日 (金) 08時11分

タイは出かけた事が有りますが、
紙幣や硬貨は全く覚えていません。
興味深く拝見させて頂きました。
旅先でのお金が残っていると
空港で無理に使い切ったりします。
お持ちの紙幣や硬貨、現在も使用できると良いですね。


すみれさんへ

手許に残っていないと、忘れてしまいますよネ!インドへも訪れているのですが、インドのお金は全く残っていないので、どんなお札や硬貨だったのか、覚えていません。
持ち帰っても使えないし、日本で換金するほどの額ではないと、現地の空港で無理して使いますよね。
クーデターの影響もあり、深夜便にも関わらず空港へは夕方に着きましたので、少しでも使いきろうと食事や飲み物、お土産を買ったりしましたが、それでも使いきれませんでした。

投稿: すみれ | 2011年8月12日 (金) 11時50分

慕辺未行さんへ
こんにちわ
残暑お見舞い申し上げます
タイの貨幣も1:100のレートなのですね
タイは国王が国民の尊敬を集めておられると聞いていますが
一方で政党間の対立も激しいものがありそうですね
今度は初めて女性の首相が誕生していますね


古都人さんへ

国王は国民から広く尊敬を集めているそうですが、政治はまだ安定感に欠けますね。私が遭遇しましたクーデターだけでなく、近年もそのような状況になりましたし、国民の政治不信は続いているのかもしれません。
1992年のクーデターも、与野党の対立が激しかったことが発端となっていたそうです。
しかし、タイ初の女性首相誕生で、何か変わるのではないでしょうか?

投稿: 古都人 | 2011年8月12日 (金) 13時53分

おはようございます(^・^)
 慕辺未行さんは旅先で恐ろしい体験も随分されているのですね。
それに比べたら日本は平和ですね。
原発の事が無ければですが・・・。

子供の頃、貧しくて、
父が古い硬貨や紙幣を持っているのを見て、
「売ってくれたらええのになあ」と思っていました!(^^)!
今は甥が大切に持っているようです。

 戴きましたコメントのお返事ですgood
睡蓮は可憐ですね
植物園の観覧温室の池の中には、様々な花色と姿をしたのが
咲いています。
唯、遠くの花は撮れなくて(';')
そんな時は上等のカメラを欲しいなあと
思いますが、これも切が有りませんね。
いつも言っていますが、お花は「可愛いなあ」
「綺麗やなあ」と思って、撮るのが一番ですね。
例え、ピントが合っていなくても撮られている方の目線と心を感じます。
 
 「きぬかけの路」は数々の名刹が有りますが
静かな雰囲気の路が続きます。
立命館大学や、堂本印象美術館も有って
学生さんの姿は見かけますが
私の好きな路です。
 ラジオ塔は名古屋には必要が無かったのでしょうか?
京都ではラジオ体操をしたり、皆が集まって
ニュースを聞いたりと愛されていたようです。
受け売りですが・・・・(゚ー゚;
 読み捨てになさって下さいね


コスモスさんへ

ハイ、ありがとうございます。
戦時中、名古屋には軍需工場が数多くあり、何度も空襲に遭いました。名古屋城さえも一度は焼失しましたから、ラジオ塔も空襲によって失われたのかもしれません。(私の想像です)
では、失礼させていただきます。

投稿: コスモス | 2011年8月13日 (土) 06時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ご近所散歩で見つけたお花 その2 | トップページ | 第700回です!暑中お見舞い申し上げます! »