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2011年6月16日 (木)

♪異邦人♪

 昨日TVで、売上だかリクエストだか分かりませんが、かつて1位を取った歌謡曲が放送されていたそうで・・・!
その中で、今から30年ほど前でしょうか、久保田早紀さんの大ヒット曲、♪異邦人♪も流れたらしく、「懐かしかったぁ!」と言うパートの人や同僚がいました。

私もこの歌には、とても思い入れがあります。
初めて海外を旅した時、ネパールでトレッキングへと出かけ、そこでこの歌のイメージのような道に出合いました。その道を♪異邦人♪を口ずさみながら歩いていました。
私はこの道を当時、”異邦人の道”と名付けました。そしてその後再びそこを歩き、さらにその2年後、またしてもそこを訪れました。

こちらが、その♪異邦人♪を口ずさみながら歩いたところです。雰囲気、伝わるでしょうか・・・?
ちなみに写真は、2度目のネパールの旅(1992)のものです。

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ヒンズー教とラマ教の聖地、ムクチナート。標高は富士山よりも高く3800mを超えます。

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カグベニ村。ここで標高2800mほどです。

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ムクチナートとカグベニを結ぶ道、つまり私にとっての♪異邦人♪の道です。

この風景を見ると、いつも口ずさんでしまうのが♪異邦人♪の歌です。YouTubeからも掲載いたします。よろしければ、ご覧下さい。

とてもインパクトがある曲でした。初めてこの地を訪れた1984年、この風景を見て「ここだ!日本出発前に抱いていたイメージの場所だ!」と感激し、何度も何度もこの歌を口ずさみながら歩いていました。
少しでも皆様に写真からこの歌、イメージ伝わるでしょうか?!

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コメント

私は異邦人というとどうしてもカミユの小説が思い出されます。アルジェリアのどこかの白茶けた町、じりじり焼ける太陽のイメージなんです。どんな説得にも応じることなく死刑になることを望んだ青年の不条理がテーマの小説でした。
人はそれぞれに異邦人の思いを抱く時やところがあるのでしょうか。


agewisdomさんへ

カミュの作品で”異邦人”があることは知っていましたが、読んだことはありません。
外国へ出れば、そこでは誰もが”異邦人”という存在ですが、それを自分自身の心の中で感じるかどうか・・・の問題でしょうか?
初めて海外へと旅立った1984年秋、この道を歩いた時に初めて『出発前のイメージに遭遇』できたところでした。それだけに強烈なインパクトが残りました。

投稿: agewisdom | 2011年6月16日 (木) 23時31分

この曲、覚えていますnote
まだ外国に行ったことのない小学生くらいだったと思いますが、
なんだかとてもエキゾチックな感じがして、印象的でした。
異邦人・・・は、どこの国の人でもいいはずだけど、
この曲はなんとなく西洋ではない世界を連想しますね!
一度訪れて心に残った場所への再訪、
素晴らしかったでしょうね~shine


hananoさんへ

この曲がヒットした頃、小学生でしたか w(゚o゚)wワォ!歌詞も曲もエキゾチックで、久保田早紀さんの歌い方にも雰囲気が感じられました。
この曲からは洗練された都会のイメージは出てきませんよね。砂漠のオアシスの町、シルクロードの町・・・が浮かびます。
この道を歩くまですでに10日以上トレッキングし、その間ももちろんヒマラヤ麓の鄙びた村々を通り抜けながら歩いてきましたが、この場所この道の雰囲気は独特でした。
再訪、再々訪した際、カグベニ村では毎回同じロッジに泊まっていました。そちらもこの道同様、良い思い出です。

投稿: hanano | 2011年6月17日 (金) 00時51分

慕辺未行さん:こんばんは。
昭和54年は結婚して長女が生まれた年です、
川崎の宮崎台駅郊外のアパートに住んでいました。
給料も安いが楽しい我が家だったのを思い出しました。
歌はその時代を重ねてくれますね。


seiboさんへ

いつの時代も名曲は、リアルタイムで聴いていたころを思い出させてくれますよね。
その当時を思い出されたということは、seiboさんもこの曲の印象が強かったのでしょうね。
TVCMでこの曲が流れ、爆発的に大ヒットしたのが昭和54~55年でした。私は当時高校3年生で、同級生からこのシングルレコードを借りて録音したことを覚えています。
この頃ですと他に、ジュディ・オングさんの♪魅せられて♪がヒットしていたような記憶です。この曲もやはり、エキゾチックな雰囲気の曲でした。

投稿: seibo | 2011年6月17日 (金) 01時43分

慕辺未行さん
 おはようございます(^・^)
タイトルを拝見した時、直ぐに歌を聴きたいなあと思いました。
大好きな歌です。
 ♪異邦人を聴きながら拝見しています。
初めてメロディーを聴いたとき、カルチャーショックを受けたのを覚えています。
すぐに「英語では何というのかなあ?」と思って珍しく積極的に辞書を引きました。
 ネパールのお写真をクリックして拝見していますが、
慕辺未行さんですか?異邦人の雰囲気がとても出ていると思います。
素敵な異邦人の道ですね。
 恥ずかしいですが、千葉県に行った時、東京まで夜行列車に乗ったのですが、
乗り換えたのが、丁度時間帯が通勤時間だったので、関東弁の波。
異邦人を感じました。

私にとって歌はいつでもその時代にタイムスリップしてくれる大切な語り部のようなものです。
 ブログに殆ど毎回音楽を貼りつけていますが
一番楽しんでいるのは私でしょうね。
 

コスモスさんへ

あの時代は山口百恵さんやピンクレディー、キャンディーズなどのアイドルが席捲した直後ぐらいでしょうか、この曲のメロディーはインパクトありましたよネ!
歌詞の内容もそうですし、久保田早紀さんの歌い方や雰囲気も、この曲のイメージにピッタリでした。
異邦人、訳すならエトランゼかな?でもこれは英語ではなくフランス語ですよね。英語では、エイリアン。でもこれですと映画の影響か、異邦人とは訳したくないですね (^_^;;!
荒野の一本道で立ち尽くす異邦人、あれは・・・私です (^_^;;!再び訪れることができたことが嬉しく、セルフタイマーを使って撮りました。この道を歩いた時『シルクロード』のイメージを思い浮かべ、この曲を無意識のうちに口ずさみ、”異邦人の道”と勝手に名付けています。
関東と関西では言葉のイントネーションが違いますし、そういうように感じるのかもしれませんネ!名古屋は…どっちつかずです(笑)!
歌は、たしかに時代を象徴しますよね。私はこの曲を聞くと、ヒットしていた当時のころとネパールのこの道を思い出します。歌は語り部・・・、時代によって詩の内容も変わるでしょうから、時代の語り部と言えるかもしれないですね。

ブログへのコメントです (^o^)/

『京都市内にある名建築を訪ねて (その2)』
ハリスト正教会は、あちこちにありますが、こちらは古くから現存しているのですね。ヨーロッパの教会と何となく違って見えるのは、木造建築だからでしょうね。
中へ入ると、昔懐かしい木の香りがしてきそうです。
本願寺伝道院、レンガ造りが重厚で、威風堂々とした建物ですね。最後の写真の仏具屋さんなどの看板とのコントラストが、面白いです。
この伝道院ができたころ、これらのお店がすでにあったとしたら、店主の方々はどう思われたでしょうね (^_^)?!神仏相容れたでしょうか?

投稿: コスモス | 2011年6月17日 (金) 07時37分

♪異邦人、素敵な歌ですね。
ネパール、お写真を拝見して素敵な旅を
されているのだなぁ~との思いと
この光景、道に異邦人の歌を重ね合わせて
拝見しています。
口ずさみながら歩かれたお気持ちが
分かるような気がします。
でも私は若い時でも、きっと体力的に
歌う元気が無い様に思います。
何度も訪れられたのは素晴らしいところなのでしょうね。


すみれさんへ

今でも大好きな曲で、葛城ユキさんの♪ボヘミアン♪とともに私のテーマソング(?)です (^_^)!
写真は2度目のネパールで、この道を歩くのも2度目です。何もない荒涼とした一本道が、どこまでも続いています。ムクチナート村から次のジャルコットという村までは、ほんの3~40分ほどですが、そこからカグベニ村まではずっとこのような感じの道です。ムクチナート~カグベニ間は、ペースは人それぞれですが3~4時間かかります。
無理な日程を組まなければ、体も慣れますし、体力云々は大丈夫ですよ。皆、自分のペースで歩いています。もちろん何日も何日も歩き続けるのですから、少しずつ疲れは蓄積されますが・・・(^_^;;!
私が歩いた道の中で、最も印象的な道です。

投稿: すみれ | 2011年6月17日 (金) 11時43分

年代の違いからでしょうけど
異邦人といえばカミュを思い出します。
歌も知らなくてすみません。
このころ何をしていたのかしら。
兵庫県にいました。

ネパールは私たちよりうんと奥地を探検されていますね。
私はカトマンズとポカラだけです。
でもマナスルを上空から見た時は感動しましたね。
英語の説明でしたが、日本人が登ったと褒めてくれました。


matsubaraさんへ

matsubaraさんもカミュを思い出されますか?!
この歌、ご存知なかったですか?サンヨーのTVCMソングで使われ、当時大ヒットした歌でした。
ネパール滞在中は、カトマンドゥやポカラは情報収集と準備の街で、トレッキングが旅先のような感じでした。つまり、トレッキングからポカラやカトマンドゥに戻って来ると、「帰って来た」という感覚でした。
この道はムスタン郡にあり、ポカラ側から歩き始めると1週間ほどかかります。この時は周遊ルートをとり、標高5416mのトロン峠を越えてこの地へ来ました。トレッキングのスタートから、10日以上経っています。
マナスルは日本山岳会初めてのヒマラヤ登頂でしたね。1956年だったと覚えています。記念切手も発売されていたようですね。

投稿: matsubara | 2011年6月17日 (金) 17時35分

ネパールのムクチナートの写真は、まさに「聖地」って雰囲気ですね
こんなに標高が高いと、歩いているだけで息切れしちゃいそうですfuji
村の人たちは慣れてしまっているのでしょうが、日常生活が高地トレーニングみたいですねrun
後ろのケルンを見ても、山歩きと同じ雰囲気が伝わってきます
さぞかし大変な道のりだったのでしょうね
荒涼としたネパールの大地、まさに『異邦人』の歌を感じますよぉconfident


きゃぶさんへ

ムクチナートからポカラへの逆コースをたどると、このムクチナートの聖地への巡礼者たちとすれ違うことがよくあります。ここはヒンズー教やラマ教の聖地、イスラム教のメッカのように、信者たちにとって一生に一度は訪れ参拝したいところのようです。
確かに標高は高いですが、歩きながら少しずつ高度順応していますから、それほど苦になりませんヨ (^_^)!
ここに掲載した写真は『1992 アンナプルナ周遊』にも掲載したと思いますが、この時はすでに5416mの峠を越えていましたし、その1ヵ月前にはエヴェレスト街道を歩いていましたので、高度にはすっかり慣れていたようです。
>大変な道のり
確かにそうだったかもしれません。でも、”道楽”で行った身ですから、それを声に出して言うのはちょっと・・・(^_^;;!

投稿: きゃぶ | 2011年6月17日 (金) 21時12分

やはりカミュの世代です、トホホって嘆いて好いのかな(^^ゞ
この唄、真面目に覚えようとしないから唄えたことが全く無いのです。
メロディは知っているのですけどねぇ。
1979年の唄でしたっけ?
若かったなあ、あの頃は・・という世代です。


Saas-Feeの風さんへ

w(^o^)w!またしてもカミュの”異邦人”ですね。
世代もあるかもしれませんが、その当時の趣味や好みの傾向も左右されるのでしょうね。
オーバー”X0ty”の方でも、この歌ご存知で覚えておられる方もいらっしゃいますから!
私自身も高校3年の時でしたから、「若かったなぁ」という頃です。この歌は歌詞を見なくても歌えます (^_^)!でも、年齢柄、時々ド忘れ (^_^;;(笑)!

投稿: Saas-Feeの風 | 2011年6月17日 (金) 23時59分

慕辺未行さん
 コメントのお返事ですgood
どちらの教会も今回初めて訪れました。
町中にひっそり?すっきり?堂々の姿に感動しました。
聖ハリスト協会には温もりと親しみを感じました。
 
私も仏具屋さんが立ち並ぶ一角に
本願寺伝道院を見つけた時は驚きました。
 信仰は宗教の壁を越えたものでは無いでしょうか?
お寺でも神社でもお地蔵様でも
手をあわせるように
読み捨てになさって下さいね。


コスモスさんへ

ハイ、ありがとうございます。
では、失礼させていただきます。

投稿: コスモス | 2011年6月18日 (土) 07時21分

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