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2011年3月28日 (月)

世界の絵葉書 その3 ありし日の香港&中国から

 『世界・絵葉書の旅』も3回目!私宛てに初めて海外から届いた絵葉書は先日のニュージーランドのものでした。そして今回、2枚目・3枚目を同時に紹介します。

タイトルの「ありし日の香港&中国」、あえて”ありし日の”と付けたのは、この絵葉書がもう25年以上前に届いたもの、つまりその頃の香港と中国は・・・?という理由からです。

まず、その頃の香港のほんの一部分の風景、ご覧ください。その頃すでに、街はすでに発展していたようです。さすが、イギリス!

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高層ビルが建ち並び、当時の日本の都会と何ら変わりはないですよネ!もう少し前なら、ブルース・リーの映画のような街だったかもしれません。

次に、中国、北京・天安門広場の絵葉書です。人々の服装は皆”人民服”です。この数年後、”天安門事件”がこの地で起こったのですが、中国・共産党の陰謀でその事件は闇に葬られています。

Img003
中国国内では闇に葬られた”天安門事件”の舞台となった広場です。しかし、それでいいのでしょうか?私個人的な意見ですが・・・、「いいわけないだろ!」です。
今もなお一党独裁の中国・共産党の横暴に、怒りを隠しきれません。

香港からの絵葉書は、年賀状だけは今も欠かさず送ってくれるMさんから。「はじめて日本をとびだして私は、日本のよさをつくづく思い知らされました。・・・」とありました。
中国からの絵葉書は、ポートピアが開催されていた時、神戸にあるYHで出会いその後釧路でも再会したUさんからです。”日中青年親善交流事業”というので訪問されたそうです。

いかがでしたか?ありし日の香港と中国の姿?!どちらも香港が中国に返還される前の様子です。香港はともかく、中国はずいぶん変わったことと思います。
旅仲間たちから届いた絵葉書を見て、『温故知新』という言葉をあらためて感じた慕辺未行です (^_^;;!

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コメント

このころの香港には2回行っています。このフェリーに夕方香港島から九龍島へ。夜景がきれいでした。夜に市場もエネルギッシュでした。中国との国境まで行きました。兵士がいかめしい顔で番をしていました。マカオまで足を伸ばしてカジノでばくちをやったこともあります。中国に返されてからは行っていません。
中国は上海に2回行っています。20年以上前の上海と10年前の上海は別の所のようでした。でも裏町に入ると、コピー商品のマーケットや、ゴミだらけの道があり、戦後の日本のようでした。今はもっと綺麗になったでしょうか。


hannaさんへ

私は香港へは一度も行ったことがないのですが、旅仲間は何人もこの街を訪れています。
作家・沢木耕太郎氏の”深夜特急”がTVドラマ化され、その中に彼らから頂いた情報の宿も出ていました。
香港が中国へ返還される前、私は香港はもちろん中国も行ってみたかったのですが、父が病に倒れていて・・・。そしていつしか、近年の中国を知れば知るほど嫌いになり・・・。
日本も似たような過程を経てきたのでしょうか・・・?

投稿: agewisdom | 2011年3月28日 (月) 23時17分

香港から最も近い中国の都市、深センに何度も出張していましたので香港に宿泊することが多く「香港は目をつぶっていても歩ける」と豪語していました。
もちろん冗談ですが、1996年から返還2001年くらいまで
社用もプライベート旅行も含めて
そう云えるくらい香港を歩きました。
ですから空港も旧と新の双方を使いました。
北京には一度だけ行きましたが2000年より前だったのか
後だったのか・・覚えていません。
天安門広場には大勢の中国人がいましたねえ。


Saas-Feeの風さんへ

深玔市。以前は田園風景広がる田舎町と聞きました。それがいつの間にか・・・!
出張で海外へ行けること、私は一度たりとも経験がありません。自分自身の性格によるものでしょうし、こればかりはどうしようもありません。
香港の新旧の空港、啓徳(カイタク)空港の名は知っていますが・・・、新たに出来たのでしょうか?
もし・・・、香港へ行きたくなったら・・・、ぜひご一緒に!
ちなみに私は、ネパール・カトマンドゥなら地図なしでも歩けます。

投稿: Saas-Feeの風 | 2011年3月28日 (月) 23時45分

慕辺未行さん 
 おはようございます(^^♪
実際に足を踏み込んだ事も無く
唯、映像の世界でしか知りません。
ニュースなどで”事件”を知る度に胸を痛めていた事は何度も有ります。
どちらが好きか?と尋ねられたら
勿論!香港に魅力を感じています。
中国には・・・・・です。
目を見張るような復興の陰に、極貧の方達の姿が
これも・・・・の理由の一つです。
 絵葉書を拝見していますが、
どちらもとても綺麗で平和そのものですね。

 
コスモスさんへ

あの頃は世界が動いていました。ソビエト連邦の崩壊、ベルリンの壁崩壊、天安門事件などなど。
報道で伝わってくる中国の情報は、本当にひどいというか、こんな政府・国家があって良いものか、と思うことばかりです。記憶に新しい尖閣諸島の問題しかりです。
日本の歴史認識を批判していますが、自国で起こった大事件をもみ消していることは、何とも思わないのか?ウイグルやチベットに対する圧政・・・、数え上げたらキリがありません。北京オリンピック前にも、より貧しい人たちが酷い目にあっていましたしね。
とまぁ・・・さんざん中国批判してしまいました (^_^;;!

ブログへのコメントです (^o^)/

『京都御苑の可憐な桃の花「赤・白・ピンク」』
ホント、可憐な姿ですネ (^o^)!桃の花は、あまり間近で見たことはないような気がします。
信州・高遠へ桜を見に行くときに、高速道路ではなく一般国道を走ると、飯田市近辺あちこちに桃の果樹園があり、ちょうどそのころ、花が咲いています。

『若狭鯖街道・熊川宿を歩く(その1)』
鯖街道の名は、聞いたことがありますが、熊川宿の名は初めて聞きました。やはり、古い街並みなのですネ。
宿場館の建物は、大正の頃の建物でしょうか?こちらも、風情がありますネ。

投稿: コスモス | 2011年3月29日 (火) 06時17分

香港には行っていないのですが中国には二度行きました。
最初は関西にいたので伊丹空港からです。
平成二年で天安門事件の翌年でした。この絵葉書の場所にも
立ちました。
書家とのツアーで書の遺跡を訪ねる旅でした。
大変充実した内容の旅でした。
二度目は平成四年、東京にいたので成田空港からです。
夫との定年記念の旅でした。
あれから19年も経ち変わっているでしょうね。


matsubaraさんへ

かつては中国にとても憧れていたのですが、近年は全くその気にならないほどになりました。せめて、香港が返還される前に一度ぐらいは行っておけば・・・、と思いました。
他にも数人の旅仲間が、ありし日の中国を旅しています。それらもいつか紹介いたします。
19年経てば、ずいぶん変わっているでしょうね。TVで見る上海の街なんて、近未来都市のような建物が並んでいますしね。経済成長は目覚ましいものがありますが、国民の基本的人権に関しては、世界の中でも最低レベルに近いと思います。

投稿: matsubara | 2011年3月29日 (火) 08時29分

追記です。
啓徳空港からチェクラップコク国際空港に移ったのが
1998年ごろだったと思います。
啓徳空港では高層ビルの合間を縫うように航空機離着陸時の低空飛行が名物のようになっていましたね。
市街地から近かったので便が好かったのですけど
危険ということで交通機関で50分くらいかかる現在の場所に新設したようです。
香港にのめり込んだのは広東料理と古き佳き時代の英国を想わせる建物からでした。
映画「慕情」の舞台地を裸足で歩いたり、ヴィクトリアピークからの夜景を毎回のように見たりした懐かしい場所です。

調べてみたら香港に最後に行ったのは2004年11月末から12月初めまで、
北京は2003年10月初めのことでした。


Saas-Feeの風さんへ

>啓徳空港では高層ビルの合間を縫うように航空機離着陸時の低空飛行が名物のようになっていましたね。

これは有名でしたね。ブルース・リーの映画にも、そんなシーンがあったような・・・。パイロットの腕が試される、と聞いたことがあります。
TVでしか見たことはありませんが、香港やマカオは長い間植民地だったこともあり、中国であって中国でない雰囲気があるようですネ。
広東料理、美味しかったですか?でしょうね!私の旅仲間もずいぶん前、香港グルメ旅をしてきたそうです。

投稿: Saas-Feeの風 | 2011年3月29日 (火) 08時39分

香港は海外旅行、初めての旅先です。
返還後だと思います。
その後もう一度出かけました。
買い物を楽しみ美味しいものを頂けた香港です。
綺麗なお写真ですね。
中国は今年出かけた旅先ですが、広州で
北京・天安門広場は出かけていません。
出かける前の中国と出かけてからの中国のイメージは
変わりました。


すみれさんへ

初めての海外が香港でしたか?!買い物とグルメは楽しそうですね。ずいぶん前、香港を旅した友人は、日本では考えられないほどの料金で、超高級料理を味わってきたそうです。
私が持つ中国に対する悪いイメージは、中国政府・国家によるものが強いですから、一般の人々と触れ合えば、私も少しはイメージが変わるかもしれません。でも、行く気はない・・・なぁ!やはりここ数年の印象が悪過ぎます。

投稿: すみれ | 2011年3月29日 (火) 10時27分

>ネパール・カトマンドゥなら地図なしでも歩けます

とは凄いですね?
私にとってネパール・カトマンドゥはおよそ縁のないところでしたが
今回の計画停電で色々な情報をみたところ、
年中電力不足のネパールは昔からしょっちゅう計画停電をやってるって…
そんなところもあるのですね。


zooeyさんへ

ネパールは3回、しかも行く度に2~3ヵ月ほどの旅になりますから、カトマンドゥの街はすっかり覚えてしまいました。
私が訪れた1992年や1994年も、カトマンドゥではAM5~10時とPM5~7時に停電していました。人々の勤務時間帯は、停電していませんでした。午前中の停電はあまり影響はありませんが、午後の停電は旅人にとっては夕食時間の時もあります。その時間に食事に行くと、蝋燭かランプの灯りの中で食べました。
先日、ドキュメンタリー番組でネパールを扱っていたのですが、今はもっと長い時間停電しているそうです。さすがにちょっと驚きました。

投稿: zooey | 2011年3月29日 (火) 18時05分

貴重な絵ハガキですね!
私が香港を訪れたのは返還後でしたが、
25年以上前でもすでに発展している様子が
写真から伝わってきます。
それとは違い、中国のものはやはり
時代や社会の流れを感じるようですね。


hananoさんへ

イギリス領香港と中国の首都・北京、同じ時代で香港のこの発展に対し、北京の人々が着ているのは人民服ばかり。
今の経済成長が信じられないほど、まだ”後進国”と言われていた時代が、ほんの20数年前まであったのですね。
それだけに、香港返還後の今日の発展が本当に驚きですし、と同時に国家や一部権力者の思い上がりと横暴も、加速したように思います。

投稿: hanano | 2011年3月29日 (火) 19時21分

慕辺未行さん 
 おはようございます(^^♪
コメントのお返事ですgood
桃の花は、梅や桜とはまた違った可愛さが有りますね。
どうでもよい事ですが幼稚園の時、”桃組”でした。
子供の頃から桃の花が好きでした(^^♪
 熊川宿は鯖街道の一部ですが、確かに有名ではないかも知れませんね。
そのかわり?訪れる人も少なく、昔が偲ばれる
最近では少なくなってきた古い街並みです。
唯、バスの回数が少なく不便です。
 白い板壁の建物は、大正の頃の建物だと思います。
同じ時代のやはり白い板壁は近江八幡でも見る事が出来ます。
 読み捨てになさって下さいね


コスモスさんへ

ハイ、ありがとうございます。
では、失礼させていただきます (^_^)/!

投稿: コスモス | 2011年3月30日 (水) 06時11分

こんばんは。
25年以上も前の絵葉書を大事に保存されていますね。
まさに隔世の感がありますね。
いま中国は日本の株を買い取って、日本を乗っ取るのではないでしょうか?


seiboさんへ

ハイ!地元紙が毎年最初(最後?)の集金日に配る”年賀状ホルダー”に、他の手紙とは別に保存していました。
当時の中国を見て、時代が一気に加速した感があります。
今、中国は日本のあちこちの土地を買っているそうですし、この大災害に乗じてさらに土地や企業買収が進むのでは・・・?と懸念しています。
中国政府の目論見は、日本を”半植民地化”することにあるのでは・・・?大げさかな?でも、決して絵空事ではない!と感じる私です。

投稿: seibo | 2011年3月30日 (水) 19時04分

25年前の香港や中国がどのようなだったかを知りませんが、
比べ物にならないほどに変わったんでしょうね。
そして25年前というと日本は昭和の時代、バブル景気へと
向かっていく上り調子の頃。と考えると、日本も随分と
変わったと思います。

話は変わりますが、前々回の記事のコメントで紹介いただいた
「リニア鉄道館」。もちろん興味ありありです。
実は先週末行こうかと思ってました。
でもちょっと調べてみると、かなりの人が多そうだったので、
とりあえずは春休みの時期が終わってから行こうかと
思ってます。


Junjiroさんへ

そうです。まだ昭和のころです。中国は香港返還前で、国民皆人民服を身に纏っていたような時代でした。
人々の服装やファッション、街の様子なども大きく変わったでしょうが、唯一変わらないのが、中国・共産党による一党独裁政治です。警察や報道をも巻き込み、海外から批判されるようなことや自国にとって都合の悪いことは、国民に一切知らせない、実に横暴な政府だと思います。
と、まぁ・・・あまり書くと”引かれる”ので、この辺で (^_^;;!

リニア鉄道館、オープンして間もないことと、春休み中とあって、大変なにぎわいのようです。もうしばらくしてからのほうが、落ち着いて見学できると思います。
もしよろしければ、連絡取り合って、ご一緒に行きますか?

投稿: Junjiro | 2011年3月30日 (水) 23時30分

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