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2010年10月

2010年10月31日 (日)

Für Dich

 台風が接近した昨日は、ほとんど雨も降らなかったのに、今日は午後から雨です。何のこっちゃ!ですよネェ (^_^)!
さて今日は、ドイツのポップスをご紹介します。一月ほど前、Nena の♪99 Luftballon♪を紹介しましたが、今回はしっとりとした曲を紹介します。どうぞご覧ください。

いかがでしたか (^o^)?Yvonne Catterfeld(イヴォンヌ・カッターフェルト)の♪Für Dich(フュア・ディッヒ)♪という曲です。Für Dich は英語でいう For You です。タイトルの意味が分かると、「なるほど~!」と思いませんか?タイトルと曲がピッタリくるような・・・!ちなみに、最近の曲ではありません。これは・・・、6~7年ぐらい前かな?

ところで、今夜の私のTVでのスポーツ観戦、もう『左うちわ』状態でした (^o^)/!まず、プロ野球日本シリーズ。昨日は我がドラゴンズ、完敗でしたが、今日はTV中継が始まった時すでに大量リード。3回までに10-0と一方的なゲーム展開。で、世界バレーにチャンネル切り替え。初戦のポーランド戦を0-2から逆転して波に乗り、昨日のペルー戦も3-1で勝利。そして今日、力の差は歴然としているアルジェリア戦。一方的に試合が進みます。第2セットは25-7ですヨ!バレーボールでこの点差、考えられない (゚o゚)!
ホント、左うちわでご機嫌な慕辺未行でした (^o^)/!

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2010年10月30日 (土)

部屋に飾られた花

季節外れの台風が接近。お出かけ予定も、今日はキャンセル。しかし、そのわりには『嵐の前の静けさ』なのか、大人しい天気。気がつけば、この地方から離れていました。
さて、今日はずっとブログにアップしないままでいた、部屋の中のお花たちを、特集してみることにします。当然お分かりかとは思いますが (^_^;; 、花の名前が???だったり、間違っていたりするものもあるでしょう。
皆様、どうぞよろしくお願いいたします (・O・)ヨロシクo(_ _)oペコッ!

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1.赤紫の花は、芍薬?白い花はカスミソウですよネ (^_^)!奥の花は・・・?写真からは判断できません (^_^;;ヘヘッ!

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2.これは、言わずと知れたアジサイの花!

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3.1枚目のオレンジ色の花、これかな?ガクアジサイがあることから、6月頃の撮影だと思いますが、何の花だろう?私は、こういう花はすべて『菊の花』に見えてしまいます。ピンクの花は、バラですネ (^_^)!

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4.カーネーションです。これぐらいは自信あり (^o^)/!

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5.これも自信を持って、バラ!えっ?品種ですか・・・(^_^;;アセアセ、そ・それは・・・?

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6.カーネーションとスターチス、そして大好きな花の一つ、カスミソウ (*^o^*)!

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7.この大きなピンクの花は、八重の芍薬かなぁ?椅子の方に流れている白い花は、何だろう・・・?ちょっと分かりづらいですネ (^_^;;!ピンと立っている白い花は、私流に言えば菊の花!でも、違うと言われますよネェ・・・きっと(笑)!

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8.オンシジゥムと、紫色の小さな花は・・・?他にはバラとガーベラに似た花!

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9.これは私だって自信あり。デンファレです (^_^)/ハイ!右下は乾燥ラベンダーです。近づくと、良い香りがしてきます (^o^)!

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10.ややピンボケですが、夜来香(イエライシャン)です。我が家で母が育てています。たまに少し切って、私の部屋にも飾ってあります。独特の甘い香りに、心癒されます。

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11.これは・・・、リンドウかな?でもリンドウって漢字で書くと『竜胆』、不似合いだぁ!

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12.ここからは、ここ最近飾られた花です。これは『菊』。菊の花って、いろんな種類があって、なかなか覚えることができません (^_^;;ハズイ!色や形も様々ですし・・・。

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13.私にとっては、これも『菊』。ヤ・ヤバイ・・・(^_^;; 、そろそろお叱りの声が聞こえそう・・・\(;゚∇゚)/!

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14.こ、これも・・・私にとっては『菊』・・・です。でも、ホームセンターや園芸品店でよく見るスプレー菊かなぁ?

14枚の写真、紹介させていただきました。我が家はこんな感じで、マイルームや玄関、キッチン、リビング、あちこち花が飾ってあります。母が仏壇にお供えする花を注文する際に、いろいろ買ってくるようです。少しはサービスしてくれているようですが・・・。でも、これらの花だけで毎月1万円ぐらい使っているのでは・・・?と疑う私です。使い過ぎぃ~!

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2010年10月28日 (木)

母73才、初めての海外へ 3日目その5 『エルツ城からの帰り』

そしてコーヒータイムを終えると、ここで思わぬ事態!エルマーが言うには「駐車場まで行くシャトルバスがもうない」らしい。ということは、ここへ来る時に私とエルマーが歩いて来た道を、登っていかねばならないのだ。エルマーやアンジュラ、私はまだしても、母には・・・、この登り道は・・・。しかし幸いにも、シャトルバスはまだ走っていた。バスに乗る前にエルツ城をバックに4人そろって写真を撮り、そしてシャトルバスで駐車場へ。そして帰路へと向かう。

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エルツ城をバックに。

それにしても、先ほどのケーニッヒズヴィンターといい、このエルツ城といい、日本からの団体ツアーはもちろん、個人でさえもこちらに住んでいなければ滅多に来ることがない、というより来ないだろう(と思う)ところに来られたことは、とても有意義だった。彼らと一緒でなければ、一生その名も知らないところだから。

途中、アウトバーンを走っているとき、ケーニッヒズヴィンターの街の後ろに山が、その山並みには7つのピークがあった。その姿が”龍”に似ていることから『龍の岩』、『龍の城』と呼ばれるようになった、とエルマーが教えてくれた。

そしてバーギッシュ・グラートバッハの街まで戻り、彼らの自宅への帰り道、スーパーマッケットに立ち寄り、この日の夕食の買い出し。スーパーには魚屋もあり、何と日本の寿司や豆腐も売られていた。これには驚いた。この日はステーキと Nudeln(麺類;パスタ?)にした。他にも帰国時にぜひ買って帰りたいもの、例えばソーセージやハム、シュナップスがたくさん売られていた。

そしてエルマー&アンジュラの自宅へ戻り、夕食。麺は茹で上げると、汁のない”うどん”というか”きしめん”のようなものになった。これがこちらの麺類なんだ。でも、おいしい。

パパとママが戻って来たときは、11時を過ぎていた。こちらではこの季節、夜10時過ぎまで明るい。つまり昼がとても長いのだ。この日のことをお互いに話しながら床に就いた。

バーギッシュ・グラートバッハ、エルマーのご両親宅にて

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2010年10月26日 (火)

母73才、初めての海外へ 3日目その4 『エルツ城』

駐車場からは Volks Wagen(フォルクスワーゲン)のワゴン車が、シャトルバスとしてお城との間をピストン輸送している。エルマーが、「Dsching ! Deine Mutter und Angela fahren mit dem Bus, und wir gehen zu Fuß.(ジン、君のお母さんとアンジュラはバスで、そして自分たちは歩いて行こう)」と提案。私ももちろん「Ja ! OK ! Einen moment bitte ! Ich spreche zu meine Mutter !(あぁOKだ。ちょっと待って、母に話すから!)」と答え、母にそのことを話す。

母とアンジュラは料金を支払い、シャトルバスでエルツ城の入り口へ向かう。私とエルマーはそこまで歩いて下っていく。途中でエルツ城を望む絶好のポイントがあった。そこから何枚か写真を撮る。ふと下を見ると、既に到着したのか母とアンジュラの姿が入り口付近に見える。さらに下り坂を下って、入口までやって来ると、そこには2人の姿がない。私とエルマーは「あれ?いないぞ!」と言って、お城のほうへと歩く。

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途中の展望台から見た、エルツ城(Brug Eltz)の全景です。

すると、母とアンジュラが現れた。どうやらトイレへ行っていたらしい。「アンジュラに”トイレ、トイレ”って言ったら、通じたワ!」と母は嬉しそうに話していた。言葉が出来ない母でも、さすがに”トイレ”は通じるか!

入場券を買い、中庭のようなところで他のお客とともにガイドを待つ。その時エルマーは私に「Hier ist "fotografieren verboten"(ここは”写真撮影禁止”だよ)」と教えてくれた。たしかに、『カメラ禁止』のマークがある。そしてガイドがやって来て、お城のガイドツアーが始まる。

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エルツ城です。

だが、このガイドツアー、当然ドイツ語。旅行会話程度のドイツ語しか分からない私には、ほとんど理解不能。まして、普通にドイツ人同士で会話するスピードでの説明だから、聞き取ることさえ難しい。ただ最初に「Geschichte(歴史)」や「Krieg(戦争)」などの単語が出て来ていたので、まずは、このお城の歴史について説明しているのだろうと分かった。内容は、さっばりだが・・・。

お城の中に入ると最初の部屋に、戦争(中世の頃、実際に起こったであろう、と思う)に使われた武器や防具が、展示されている。日本の『鎧・兜』とは、やはり違う。そして2階、3階へと上がると、その頃の生活ぶりなどが紹介されていた。例えば、一般的な家庭の部屋(ベッドやトイレもあった)、キッチンにはその当時の食べ物も展示してあった。

エルツ城を見学し終え、城内にある土産物屋を覗いてみる。エルマーがパンフレットのことで何か尋ねている。聞いていると「日本語のパンフレットはないか?」と訊いているようだ。しかし、さすがに日本語のものはない。

そして外へ出ると、どうやらエルマーとアンジュラは『そろそろコーヒーが飲みたい』 と思っていたのだろうか、私と母を城内にある喫茶店へと誘い、コーヒーを飲みながら休憩することにする。アンジュラは注文するとき、チーズケーキもオーダーしておやつに、私と母にも「Isst Kuchen ?(ケーキ食べる?)」と尋ねたが、あいにくあまりお腹は減っていなかった。私は私で「Ich möchte rauchen.(煙草が吸いたい)」と言って、我々4人はRaucher Platz(喫煙席)でコーヒーを飲むことにし、私は皆に『申し訳ない!(皆、煙草は吸わない)』と思いつつも、一服させていただいた。
私が”喫煙者”であることは、1992年にネパールで知り合った時から彼らは知っている。以前に来た時もそうだったが、私が借りた部屋の中で煙草を吸うにしても、彼らは決して咎めなかったし、今回もそうだった。彼らは私の喫煙に対して、とても鷹揚だ。

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2010年10月24日 (日)

秋の草花たち!かな?

 先週、『キンモクセイ&ギンモクセイ』を見に行きました名古屋の荒子川公園。そこには、他にも秋を感じさせる草花が咲いていました。

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コスモスとキバナコスモス、ススキ。秋!ですネ (^_^)/!

これだけではありません。もっともっとたくさんのお花、咲いていましたヨォ (^o^)!
しかし、私のことです。名前が「???」のお花もありますので・・・(^_^;;!いつも通り、皆様のお知恵を借りることにいたします (^_^)ヨロシク!

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ケイトウ。

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ペンタス。

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ムクゲ。

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バラ。

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ハイビスカス。

ここまでは私でも、名前が分かる花です。エッ!間違ってるのがありますか?容赦なく、ビシバシとご指摘ください (^_^;;!
ここからは、「???」のお花です。

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どれも、見たことはある花なのですが・・・、名前までは?というお花です。皆様、どうかご教授よろしくお願いいたします m(u_u)mオネガイ!

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2010年10月23日 (土)

母73才、初めての海外へ 3日目その3 『ロコモービル』

次は、登山電車のふもと駅前から、Lokomobil(ロコモービル)という遊園地(テーマパーク)にあるような乗り物に乗って、この街を見て周る。切符を見ると毎時30分に出るらしい。一周約20分、ライン川沿いのプロムナードで途中下車も可能のようだ。

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この可愛らしいロコモービルに乗って、ケーニッヒズヴィンターの街を見学します。エルマー&アンジュラ、そして母もすでに乗り込んでいます。

街の買い物の中心街と思われるところでは、車の乗り入れ禁止なのだが、このロコモービルだけは入ることが出来る。するとそこでは、小さな子供たちが勉強(野外学習)のためなのか、何か商売をしていた。「Kleine Mädchen arbeitet.(小さな女の子が働いてるよ)」と私は言った。アンジュラは「Ja !(そうね!)」と答える。本当に可愛らしい女の子が、働いていた。

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小さな女の子の”小さなリサイクルショップ”かな?でも、この女の子、写真では下を向いちゃっていますが、ムチャクチャ可愛かったのです (*^o^*)!

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ロコモービルから、『龍の岩(Drachenfels)』と途中にあるお城です。お城は見学しませんでした。

商店街を抜け、ライン川沿いを走る。ライン川には大小さまざまな船が行き交っている。観光船もあるだろう。そういえば、”ローレライの岩”はどの辺りになるのだろう?やがて、20分のちょっとしたロコモービルでのケーニッヒズヴィンター観光を終え、ふもと駅へ到着。

そして、ケーニッヒズヴィンターからモーゼル方面、エルツ城へと車を走らせる。しばらく走っていくと、道路が川で寸断されている。橋はない。対岸を見ると車やバイクを載せた艀(はしけ)船がこちらへと向かってくる。橋を造る代わりに艀船で車などを渡しているのだ。車ごと乗り込むことができ、料金は車両1台(2.1ユーロ)と乗車人数4人分(0.7ユーロ×4)で4.9ユーロ(≒700円)を運転席に乗ったまま支払っている。わずか数分で対岸に到着。しまった!写真を撮っておくべきだった。呆気にとられている場合じゃなかった。日本ではまずお目にかかれない光景なのに・・・。

モーゼル川沿いの広場の駐車場に車を停め、ピクニックとする。朝食とほぼ同じメニューのサンドウィッチと果物、ジュースなどを皆で食べる。ドイツで彼らとドライブするときは、必ずこのようにお弁当を持って途中でピクニックしている。どこかレストランを探すようなことは、まずない。

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レンタカーの荷台にお弁当を広げて・・・ピクニックです (^_^)!バスケットにすべて用意して、いつでもどこでも美味しく頂きます。日本ならば、お茶におにぎり、玉子焼きにウインナー、それと同じかな?

昼食を終え、エルツ城へと向かう。駐車場に車を停め歩きだすが、エルマーが近くにいた人に訊ねてみると、ここからはかなりかかるらしい。それよりも、もっと近くに駐車場があり、シャトルバスもあるとのことで、そちらへ向かうことにする。向かう前に、駐車場前に喫茶店のような店があったので、エルマーたちが「Kaffee trinken ?(コーヒーでも飲んでいくかい?)」と訊くのだが、母に訊くと「今はまだいらない」と言うので、「Nein, danke!」と答え、そこでは飲まなかった。

モーゼル川沿いからずいぶん山道を登っていく。すると、ただっ広い高原地帯だ。そこを30分ほど走ったのではなかろうか、やがて目指すエルツ城の駐車場に到着した。

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2010年10月21日 (木)

母73才、初めての海外へ 3日目その2 『龍の岩とライン川』

Königswinter(ケーニッヒズヴィンター)は、Rhein(ライン)川沿いにある小さな街で、Bonn(ボン;旧西ドイツの首都)のやや南に位置する。途中アウトバーンを走り、そしてライン川沿いの道を走っていく。川沿いの駐車場に車を停める。そこから歩いて行くと、途中の踏切に阻まれ、これがなかなか開かない。ずいぶん長い貨物列車が、そしてローカル列車が通り過ぎる。再び貨物列車がやって来た。一体何両つながっているのか?数えてみたら50両以上あって、それでも続くからもうやめた。10分ほど待ったような気がする。ようやく踏切が開いた。

我々は、ある登山電車の駅へ向かう。すると、駅のすぐそばにも駐車場があったので、エルマーが「車をここまで持ってくるよ」と言って、車を取りに行った。私と母、アンジュラは駅で待っていた。駅前には、ロバがいる。ロバに乗って上まで行くことも出来るそうだ。ずいぶん古いSLもある。いったいいつの時代のものだろう?やがてエルマーも戻って来た。

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Drachenfels Bahn の『ふもと駅』前にて、アンジュラと母。ロバに乗ることもできます。

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小さくて、時代がかったSLです。昔はこれで牽いていたのでしょうか?

Drachenfels Bahn(ドラーヘンフェルズ鉄道)という短い登山電車に乗る前に、トイレへ行っておく。案内の矢印に沿って行ったつもりだが、ない。どうやら、矢印の先の階段を下がったところのようだ。しかし、駅などにある施設のトイレは、ドイツでは有料。1人50セント支払う。私の財布の中に小銭がほとんどなく困っていたら、アンジュラが「ジン、いいわよ。私が出しておくから」と言って支払ってくれた。

そして、ケーブルカーのような登山電車(往復8ユーロ≒1075円)に乗って頂上へ登る。線路の真ん中にギザギザの歯型のようなものがある。かつて、スイスの登山電車で見たものと同じだ。たしか、アプト式と呼ばれる技法だと思ったが、これがあるからこそ、急勾配でもグイグイと力強く登っていけるのだ。

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レールが3本?いえ、真ん中の1本はギザギザ歯型です。列車の下の歯車と噛み合って急勾配をしっかりと登っていきます。

電車は、何となく『懐かしさ』を感じさせるような車両だ。線路に沿って登山道があり、歩いている人もいれば、ロバに乗っている人もいる。途中一つだけ駅がある。お城の前だ。そして頂上駅へ。

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レトロな雰囲気の列車でした。車内は木の香りが・・・。歯車の中に龍のマーク。この鉄道のシンボルマークかな?

展望台へ行くと、そこからのライン川の眺めが素晴らしい。ただ天気がやや曇っていたのが残念だ。でもせっかく来たところなので、母を中心に皆で写真を撮る。

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展望台から見たライン川。ズームして撮影しました。中洲の島にはお城らしき建物、そして何艘もの船が行き交っています。

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4人そろって、はいチーズ!camera


ここは、『かつて龍が棲んでいた』という伝説が残る Drachenfels(龍の岩)がある。私はDrachen の意味を知らなかった。エルマーに訊かれ「解からない」と答えたら、その日たまたま着ていたTシャツを指さし「Drachen !」と、一言。「Drachen ist auf Englisch Dragon !(Drachenは英語で言うとDragon!)」と私も納得。

エルマーがここへ来るのは、まだ幼かったころ以来、およそ40年ぶりぐらいだそうだ。その時彼は、おばあさんに連れて来てもらったそうで、おばあさんは「私はここで待っているから、あなたたち(エルマーと彼の兄)は上(龍の岩)まで行っておいで」と言ったそうだ。きっと上まで行くのが、しんどいと思ったのだろう。

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展望台から見た『龍の岩』。

岩へ行く途中、突然不気味な声を聞いた。スピーカーから龍の声(あくまで想像上のもの)を流しているのだ。岩を眺め、4人でライン川を背景に写真を撮ってそして麓へと電車で下っていく。

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2010年10月19日 (火)

母73才、初めての海外へ 3日目その1 『ドライブ前』

6月11日(土)曇りのち晴れ

 この日もゆっくり起床し、シャワーを浴びて9時から朝食。そして我々とエルマー・アンジュラの4人で出かける。パパとママはこの日、友人のバースデーパーティーに招かれているからだ(昨夜、招待状を見せていただいた)。

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2004年の写真ですが、彼らの許で頂いた朝食です。美味しそうでしょ (^_^)!

我々4人は昨日借りてきたオペルのレンタカーでドライブに出かける。しかし気温はやや肌寒い。3年前にもこの時期に訪れたのだが、その時は長袖では暑いくらいだったので、今回は持ってこなかった。『もし必要だったら、エルマーに借りよう』と考えていたのだ。

そこで出かける前、エルマーに「Vermietet mir ......(・・・を貸してくれる?)」と言葉が思い出せなくて、ジェスチャーをしながら話すと、「Jacke ?(ヤッケ;上着、ジャケット)」とエルマー。「Ja, Jacke !(そう、ジャケット!)」と通じて、彼にモスグリーン色のジャケット、というかブルゾンを借りることにする。そして彼らは、母が来ているカーディガンを見て、これでは寒いだろうと思ったのか、母にもブルゾンを貸してくれた。母は「大丈夫!」と言っていたが、彼らのご好意に甘えて借りていくことにした。

私は助手席に乗り、ハンディナビ(携帯用ナビゲーター)を見ながら、ナビゲートを頼まれる。「おいおい・・・」、地理が解からないドイツの道を、片言レベルしか話せない日本人がナビゲート?しかしエルマーは昨年(2004年)、私と2人で国境を越えオランダへ、さらにベルギー、ルクセンブルクへドライブした時、私が地図を見ながらナビゲートできたことを、覚えている。だからこそ、なのだった。

この日の行き先は、Königswinter(ケーニッヒズヴィンター)から、Mosel(モーゼル)にある Burg Eltz(エルツ城)だ。

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2010年10月17日 (日)

キンモクセイ&ギンモクセイ

 今の季節、遠くからでも甘い香りを漂わせる『キンモクセイ』。同じモクセイ科の木でも香りが弱く、あまり知られていない『(ギン)モクセイ』。その両方を見てきました。

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キンモクセイの木。

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キンモクセイの花。花期は終わりかかっていました。

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ギンモクセイの木。

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ギンモクセイの花。こちらもほぼ終わりかかっていました。

キンモクセイとギンモクセイの花の色の違い、私の写真では分かりづらいかな (^_^;;?ギンモクセイの花は明らかに色が薄いのが、分かります。
さて、この公園にはとても珍しい木があります。実は、その木が目的で訪れたのです。公園内のどこにあるのか分からないので、初めから公園関係者のもとを訪れ、尋ねてみると、御親切に案内してくださいました。

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こちらが珍しい木です。何が珍しいのか、説明文を見てみましょう。

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↑の通りの木なのです。強いて言えば『キンギンモクセイ』(?)

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左上にギンモクセイの花、右下のほうにキンモクセイの花が咲いています。「別の木なんじゃないの?」と思われる方、本当に一緒になっているのですヨォ (^o^)!

腕の悪いカメラマンが、バカチョンデジカメで頑張って撮ってみましたが、これが限界です。今年は残念ながら、花はもう終わりですので、来年また楽しみにしています。

ちなみに、公園でこの木を案内してくださった村上様が、上記の日本庭園内にあるキンモクセイとギンモクセイも案内してくださいました。とても嬉しかったです (^_^) 。
場所は、名古屋市港区にある荒子川公園です。

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2010年10月16日 (土)

母73才、初めての海外へ 2日目その4 『アンジュラの実家へ』

食後、アンジュラの実家へ行く。体が悪いアンジュラの母に、シャワーの世話を度度しなければならないそうだ。エルマーの運転で私と母も同行し、4人でそちらへ向かう。アンジュラの実家は、車で10~15分ほど行った Odenthal(オーデンタル)の街にある。

オーデンタルまで来て、助手席に座っている私は突然大きな声で「Oh ! Elmar !」と叫んだ。エルマーは驚いて「Ja ?(何だい?)」。リアシートからアンジュラも『何事?』かと身を乗り出してきた。そして私は、「Nächste Ampel nach links.(次の信号を左だ)」と、真面目な顔してナビゲート。ここへ来てまったく必要のない、まさかのナビゲートにエルマーは笑いながら「Danke !(ありがとう)」と、冗談には冗談で付き合う。「Bitte Schön !(どういたしまして)」と答える。顔を見るとエルマーは、私がふざけてナビしたことを、すぐに理解していたようだ。アンジュラも、クスクス・・・やがて「Ahaha...」と大笑い。母は、私が何を言ったのか、なぜ3人が笑っているのか分からないから、「エッ?何~?今何言ったんだ~?」と訊く。私は今のことを母に説明した。

さらに調子にのってナビゲートしたのだが、次の角は右へ行かねばならないのに勘違いで『左』と言ってしまった。すかさず彼らは「Nein, Dsching. Nach rechts !(違うわよ、ジン、右よ!)」と教えてくれた。私は「エッ、Nicht links ?(左じゃなかった?)」と言ったのだが、やはり記憶間違いだったようだ。

アンジュラの実家に着くと、玄関先でお母さんが出迎えてくれた。しかし彼女は視力が弱く、すぐそばまで行ってようやく”私”だと気づいてくれた。もちろんレックス(飼い犬のシェパード)もいる。アンジュラのお母さんに挨拶し、お互いに久しぶりの再会を喜び、そして我が母を紹介する。リビングへ通されると、お母さんの Gertrud(ガートルート)さんは、私はもちろん、はるか遠い日本からやってきた母を大歓迎してくれた。そしてレックスも。

レックスは私の足元を尻尾を振りながら、落ち着きなくしている。私がレックスに「Hallo ! Rex ! Wie geht's ? Gut ? (ハロー、レックス!どうだい?元気か?)」と話しかけると、後ろ足で立って前足で甘えてきた。以前にもここでレックスと会っているし、何度か散歩にも行ったから、私のことを覚えていたようだ。「Rex kennt mich ! Ja ?(レックスは私のことを覚えているネ)」と話すと、エルマーもアンジュラも「Natürlich ! (当然だヨ!)」と答えていた。

お母さんは、エルマーとアンジュラから事前に私たちが来ることを聞いていたようで、「それじゃあ、ビールを買っておかなくてはネ!」と、ふだん飲まないビールを私たちのために用意していてくれたそうだ。前に来た時も、いつもビールをご馳走してくださったのだが、昨年ご主人様がお亡くなりになり、以来ビールは買っていなかったそうだ。その話を聞いただけでも、楽しみにしてくださったことが、とても良く解かる。気持ちのこもったビールを早速いただく。うーん、やっぱり美味しい。母ももちろん、「おいしい」と言いながら頂いている。

しばらくして私は母をそこに残して、エルマーと一緒にレックスの散歩に行く。散歩するコースは、以前に来た時と同じだ。住宅街では首輪にリードをつなげているが、浅い小川が流れているところまで来ると、リードを外す。レックスは嬉しそうに走り回る。エルマーが声をかけるとすぐに解かるのは当たり前だが、私が声かけても理解してくれる。「レックスはインターナショナルなんだ。テネリフェ(イタリア)から連れてきたからね。」とエルマーが言う。幼稚園や小学校(アンジュラの母校)を通って帰る。

それにしても、母は私がいない間、言葉が通じない中でどんな話をしたのだろうか?でも私は『人間、身振り手振りで何とかなるさ』と信じているから、さほど気にしていなかった。

帰って来ると、母とアンジュラが私を呼ぶ。母は「何て言ってるか分からんで、通訳して!」と言う。訊いてみると何のことはない、母の年齢を尋ねていただけだった。アンジュラのお母さんに直接「Meine Mutter ist 73 Jahre Alt. (私の母は73才です)」と話した。するとお母さんは「Ich bin 81 Jahre Alt.(私は81才よ)」と答えてくれた。母にもそれを伝える。そしてまたビールをご馳走になる。

アンジュラのお母さんはふだんはウイスキーを飲むそうで、この時もそうだった。私の母も、自宅ではウイスキー派だ。そこで「Meine Mutter auch ! Bevor schläft sie Wisky trinkt.(私の母もですよ。寝る前にウイスキーを飲んでます)」と話すと、母のためにビールではなくウイスキーを用意してくれた。これには母も、アンジュラのお母さんも満足げな様子で、とても嬉しそうだった。私という頼りない通訳でも、少しは役に立っている。アンジュラのお母さんは私の母同様に、母国語オンリーの方なので、以前はアンジュラかエルマーに英語で通訳してもらっていたのだが、今回は直接ドイツ語で会話が出来た。このこと自体、私にも収穫だった。

そして夜も遅くなり、我々はエルマーの自宅のほうへと戻り、眠ることにする。

バーギッシュ・グラートバッハ、エルマーのご両親宅にて

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2010年10月15日 (金)

母73才、初めての海外へ 2日目その3 『ちらし寿司』

そしてこの日は、我々が用意した日本食、”ちらし寿司”をご馳走する。まず日本から持ってきたお米を炊きながら、味噌汁の準備。具がキャベツしかなかったので、アンジュラに「Angela,hast du Kartoffeln ?(じゃがいもある?)」と尋ねると、「Ja !(あるわよ)」と言って、Keller(地下室)へ案内し、いくつか頂いた。これで、キャベツとジャガイモを具にして、味噌汁を作ることができる。

さらに、卵を頂き”錦糸卵”を作る。やがてお米が炊きあがり、冷ましながら”ちらし寿司の素”をかき混ぜ合わせる。味噌汁も出来あがり。炊飯器ではないから、お米の炊き方がやや失敗したが、食べられないものではない。それぞれ皿や器に盛り付ける。皆はたぶん初めてであろう”ちらし寿司”を見て、嬉しそうだ。最後に、海苔と錦糸卵を載せようとすると「エッ!まだ何かあるの?」と驚いていた。そして、出来上がり!

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ドイツで、ちらし寿司とお味噌汁のディナーです。一番手前には、梅干しも!

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これが、我々が作ったちらし寿司。

食べ始める前に、私は皆に「Man trinkt die Missosuppe direkt aus der Schale. (味噌汁は器から直接飲むのです)」と、ジェスチャーしながら教えた。
*ドイツでは、スープは『飲む』のではなく『食べる』と表現します。直接、器から『飲む』のではなく、スプーンを使って『食べる』のです。ですから、あえてこのように皆に説明しました。

果たして評判はどうだろうか?すると皆「Oh, Delicious !(おいしい!)」と言って、食べてくれた。味噌汁も、皆の口にあったようだ。ただ、梅干しはさすがに・・・!私は「こちらでは、オリーブをよく食べるだろう。日本では、それが梅干しなんだよ」と、話した。でも、寿司も味噌汁も評判は上々のようだ。が、少し量が多かったかな?とりあえず我々の日本食のもてなしは、成功したようだ。

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2010年10月14日 (木)

母73才、初めての海外へ 2日目その2 『近所をドライブ』

買い物を終えてご両親宅へ戻り、しばらくするとエルマーとアンジュラも仕事から戻り、皆で昼食。この日は、ドイツでは今が旬の Weißer Spargel (ホワイトアスパラ)。ドイツでは”野菜の王様”とも呼ばれているそうだ。茹でたアスパラをクレープのような生地に巻いて食べる。とてもおいしい。しかしアンジュラは好きではないのか、食べていなかった。こんなに美味しいのに!それにしても、こちらのアスパラは太くて歯ごたえがある。日本の缶詰に入ったホワイトアスパラより、はるかに美味しい。

午後はエルマーとパパ、私と母の4人で、パパの車で Köln/Bonn (ケルン・ボン)空港へ。なぜここへ来たかというと、エルマーがレンタカーを予約してあるからだ。空港へ到着後、パパは帰宅し、我々3人は空港内へ。
空港ビル内へ入る自動ドア、かつては回転式の自動ドアになっていたのだが、不幸にも昨年(2004年)、この空港の回転ドアに子供が挟まれ死亡するという痛ましい事故が起こった。事故後、その回転自動ドアはすべてすぐに撤去され、両開きの普通の自動ドアに換えたのだ。これは、偶然そのニュースを見たことがあって知っていたのだ。このことをエルマーにも訊いてみると、「知っていたのか?そう、そのとおりだよ!」と言っていた。

そして空港内をあちこち見学する。あるお土産屋には、世界各国のサッカーのTシャツが売られていて、日本のものは『中田英寿』の名前が入っていた。それとやたらに多い旅行代理店。歩いているフロアーの片側すべてが Reisebüro (旅行代理店)で、色々な格安ツアーを宣伝していた。

そしてレンタカーを借りる。オペルの9人乗りワゴン車だ。とても大きい。その車に乗ってエルマーの自宅へと戻り、アンジュラも合流しドライブに出かける。景色のよい Bergischer Land (バーギッシャーラント)を走る。めざすは、Kürten (キュルテン)経由 Wipperfürth (ヴィッパーフュルト)だ。なだらかな草原の中をひた走る。エルマーが言うには「この道からの景色は、とても素晴らしい」そうだ。日本で言えば、北海道のような景色が果てしなく続いている。母も「北海道を思い出すなぁ!」と言っていた。

金曜日の午後とあって、週末の行楽に出かける人がとても多い。バイクのツーリングもかなりいる。エルマーがあるところで車を停め、我々を案内した。そこはちょっとした飛行場の前だった。ここにどんな飛行機が来るのだろうか?と考えさせられるほど、草ぼうぼうの場所だ。その飛行場を見ていた場所は、何となく駅のような気がしたが、やはりそのようで、かつては鉄道が走っていたが今は廃止になったらしい。立っている位置は、まさに駅のホームで、下を見ると雑草の中に線路がまだ残っていた。その後も、この辺りの景色を楽しんで帰宅した。

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2010年10月13日 (水)

母73才、初めての海外へ 2日目その1 『ドイツ最初の朝』

6月10日(金)晴れ

 この日の午前中、エルマーとアンジュラは仕事だ。私は昨夜シャワーを浴びていなかったので、8時過ぎに起床しシャワーをお借りする。9時にご両親と朝食をとる。私はいつも通り、ドイツのパンに色々なチーズやハムを載せて。母も初めはパンを食べようとしたが、ドイツのパンは母にはやや硬めのようだ。すると、ママのいつもの朝食のムスリー(穀物類を乾燥させたもの)にりんごとバナナのムースを混ぜ合わせたものを、母に勧めた。すると母は、「これなら食べれるし、美味しい」と、そちらを頂くことにした。それでもテーブルに並んだ美味しそうなハムを母にも勧める。

食後、パパが私をキッチンへと案内し、それぞれの引き出しを開け中を説明しながら見せてくれた。たとえば「ここは調理器具、ここはフォークやスプーン、ナイフ」など、整然かつ機能的に収納されていた。すると、ある引き出しの中にハーブティーがある。ティーバッグ入りのものだが、値段を見てビックリするほど安い。パパに「これ、25個入ってたったの39セント?」と訊くと「あぁ、そうだよ!」、「すごく安い!」と言って母を呼び、母にそれを教えると、「それは、買って帰らないかんわ~!」と言う。母の言葉をパパに話すと、「よし、街のスーパーへ連れて行ってあげよう!」と言って、外出準備。

パパとともに3人で、街の中心部にあるハーブティーのお店へ。するとやはり、同じように39セント(5~60円)で売られていた。我々は、ペパーミントとカモミール、ローズヒップのミックスティーの3種類買い求めた。

そして中心街へも行ってみた。マルクト広場で開かれる Markt(マルクト;青空市場)は毎週水曜日と土曜日だけで、この日は開いていない。マルクトが開いていれば、色々な野菜を見つけられたのだが。なぜかって、この日の夕食に作る味噌汁の具を捜していたから。お店を探して、選んだのはキャベツ。大根があったら良かったのだが・・・。

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バーギッシュ・グラートバッハの中心部。(2002年撮影)

センターショップというディスカウントショップへも立ち寄る。ここは以前にも来たことがあるので、色々なものが安いことは知っていた。ちょっとした小物でも、お土産になりそうなものもある。この日は何も買わなかったが、とりあえず母に「こういうものがあるから!」と、ドイツらしい日用品などのお土産のチェックをさせておいた。

パパは帰宅する前に、マルクト広場に面して建っている Kirche (教会)を案内してくれた。私はこの街へ3度も来ていて、この広場へも何度も来ているのに、教会内に入るのは初めてだった。

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マルクト広場に面した教会。(2002年撮影)

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2010年10月11日 (月)

熱帯の花々!に出会いました (^o^)/

3連休の最後、朝から好い天気です。再び夏がやって来たような暑さ!
「さて、どこへ行こうか・・・?高速道路はどうせ渋滞、近場で充分楽しめる。」と思い本当に近くでお散歩してきました。
気温29℃、車の中はエアコン作動!です。まずはほんの15分ほど、とある農園のコスモス畑へ。なんと、無料でコスモス狩りも楽しめました (^o^)/!

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一面に咲くコスモス。でも、昨日の強風でずいぶん倒れていました。

コスモスの花、ハサミで切って持ち帰る人もいましたが、「土が柔らかいから、根っこから抜けるよ」とお聞きし、2~3株いただきました。すると「そんな少しでなくても、もっとドサーッと持って行っていいよ」と言われてしまいました。でも私は笑顔で「花をとるのは、写真だけでも充分ですから (^_^)」と、それ以上は持ち帰りませんでした。

次は、そこから10分ほど、『名古屋市農業文化園・戸田川緑地』です。さすが祝日とあって駐車場は満車、人でいっぱいです。

中へ入ると、花工場で種まきの実演が見られるらしく、ちょっと見てみることに。オートメーション化されてはいますが、発芽し大きくなると、ふだん我々が花屋さんで目にするビニールポットに手作業で植え替えるそうです。「これは大変だ!」。見学のお土産に、花の種を頂きました (^o^)!

園内のフラワーセンターへ行ってみましょう。入館料400円です。ここは熱帯温室です。

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これは、カサブランカでしょうか?

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これは・・・?白もありました。

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ピンボケしましたが、フウリンブッソウゲ(風鈴仏桑華)という花だそうです。

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これも・・・?分かりません。見たことはあるのですが・・・。

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シマサンゴアナナス、と云うそうです。

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これはたぶん、ゴクラクチョウカだと思うのですが・・・?!

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これも・・・?です。

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カンガルー・ポーという名の花、オーストラリア原産です。

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蘭の花(デンファレ)も咲いていました (^_^)!

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マルハチと言うそうです。名古屋の市章が丸八マークだ!

外へ出てみましょう。園内は子どもランドもありますから、親子連れでいっぱいです。この3連休、『秋まつり』ということもあり、色々な屋台も出ていました。B級グルメで有名な『富士宮焼きそば』、『北海道メロンパン』・・・。

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サルビア。園内のあちらこちらで見られます。

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ヒマワリとコスモスの共演。

お休みの日はとても込みますが、平日はのんびり周れるところです。それにしても10月とは思えない、暑い1日でした。

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2010年10月10日 (日)

木曽三川公園で出会った花々!

今日も一日雨 rain ・・・、と聞いてゆっくり朝寝坊!していたら、な・な・なんと・・・、晴れてる sun
「うーん、どうしようか?」。すると母は「今日、老人会に出かけるで」。それなら私は1人で・・・、でも風が・・・強い!花の写真撮るにはちょっと・・・?で、家でのんびり!

昨日は木曽三川公園のコスモスだけを紹介しましたが、他の花もちらほら見かけることが出来ました。
で、私のことですから、花の名前が「tulip ← (・_・)???」というのもありまして・・・\(;゚∇゚)/、
ご存知の方、ご教授願いまぁす (=゚ω゚)ノヨロシク o(_ _)oペコッ!

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カンナ。ちょっと変わった色をしていました (^o^)/!マーブルゥ~!

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マリーゴールド。近づき過ぎてピンボケ (^_^;;!

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これは・・・朝顔ですか?見たのは午後2時近い時間でしたが・・・。それにもう10月・・・。
調べてみたら、矮性のリンドウでは?!と思うのですが・・・?
どなたか教えてください (。_。)ペコッ!

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これは、以前ご近所散歩で見た花によく似ている・・・。ハクチョウソウかなぁ?
matsubara様ぁ!どうでしょうかぁ ;:゙;`(゚∀゚)`;:゙?(←名前出して・・・   (。>0<。)ゴメンヨォ!)

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百日紅も咲いていました。腕が悪いせいか、桜のようにも見える・・・(^-^;

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彼岸花もひっそりと咲いていました。曼珠沙華とも云いますネ。←この呼び名、好き (^o^)!

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これは・・・?と思ったのですが、あま・コスモス様が最近のブログで、この花をアップしていました。(←また勝手に名前を・・・(ノд・。)ゴメンナサイ!)
サフランモドキでよろしいでしょうか (^_^)?

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ある一角には『ゼフィランサス』、別の一角には『タマスダレ』と表示    ~(°°;)))オロオロ(((;°°)~
調べたら、どちらも同じ!ということで (o^-^o)!

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ケイトウ。コスモスに隠れて咲いていました。(^^;;

そろそろ時間切れ・・・。戻らなければなりません。駐車場へ急ぎましょう。すると、甘い香りがしてきました。

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キンモクセイ。たくさんの花をつけていました。それが何本もあって、そりゃ香って来ますヨネェ o(*^▽^*)o

束の間のお昼休み、駆け足で回った (^_^;; 木曽三川公園でした happy01

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2010年10月 9日 (土)

コスモスat 木曽三川公園

今日から3連休。しかし、午後から本格的な雨・・・、そして明日も・・・?
どこへも出かけられないかナァ・・・(´・ω・`)ショボーン

昨日、昼休みの時間をずらし、ちょっと木曽三川公園へ立ち寄ってみました。
コスモスがたくさん咲いていました o(*^▽^*)o

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池の周りが一番綺麗に咲いていました。春、色彩りどりのチューリップで楽しませてくれた丘は、まだまばらな状態でした。゚゚(´O`)°゚
キバナコスモスも咲いていました。

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カラフルゥ~!(゚▽゚*) 紅葉の山を連想しました。今年は紅葉が遅れているそうですが、急激に気温が下がったので、色づきも綺麗になるとか・・・?

コスモス以外の花も咲いていましたヨ (^o^)!それらは明日、紹介しまぁす (*゚▽゚)ノ!

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2010年10月 7日 (木)

母73才、初めての海外へ 初日その6 『夕食』

そして夕食を頂く。6人での賑やかな食事だ。料理を見て私は「Oh, das ist...umm...das ist...(あっ、これは・・・えーっと・・・これは・・)」と考えていると、アンジュラは「エッ、ジン、何?」というような顔をしている。「Oh ja, das ist Teigtasche.(あっ、分かった。タイクタシェだ)」と言うと、アンジュラは「Ja ! Taigtasche. Kennst du ?, Dsching !(そうよ、タイクタシェよ。知ってたの?ジン!)」と驚いている。

この日はドイツの郷土料理、Teigtasche(タイクタシェ)のスープと魚料理でサーモンとマスだ。タイクタシェは、餃子やワンタンの皮に似た生地に肉や野菜などの具材を四角の形に包んで、スープとともにいただくもの。とてもおいしい。母に「ドイツ風のワンタンだよ」と説明すると、納得。魚料理は、日本人である我々、特に母に配慮して用意したのでは?マス料理はドイツでも食べることがあるそうなので、決して特別でもないだろうが。ドリンクは、モーゼルの白ワイン。

6人でワイングラスを持って「カンパーイ!」。私がエルマー宅へ来ると、毎回日本語で「乾杯!」と言うようになっている。そしてアンジュラが、以前に教えたことがある日本語のアンチョコを見て、「いただきます」。これには母もビックリし、喜んでいる。料理はどれも美味しく、母も初めてのドイツ料理を「おいしい!」と言いながら、「”おいしい”はドイツ語でなんて言うの?」と訊く。「Lecker!(レッカー)」と教えると母はさっそく、皆に「レッカー」と言って気持ちを伝える。皆も「レッカー」と言われ、とても嬉しそうである。日本とは違う料理に、やや心配していたが、母はすべて美味しくたいらげた。

こちらへ着いてから、英語よりむしろドイツ語を多く使っている。食事中も、話をする時はほとんどドイツ語で会話していた。まだ着いたばかりだが、エルマーは私のドイツ語を「前に来た時よりも、ずいぶん上手になったよ」と褒めてくれた。アンジュラも「ほんとね」とうなずいていた。私は彼らが話すドイツ語を、ほとんど理解出来ていた。彼らは私に対して話すとき、聞き取りやすいように多少ゆっくり話してくれるからだ。

そして彼らが先月出かけたスペイン・マヨルカ島旅行の写真を、パソコンで見せてもらった。これまでも何度か、彼らは訪れていて、そのたびに絵葉書も頂いているのだが、あらためてこうして見てみると、本当に風光明媚なところのようだ。

しかし、日本とドイツの時差は7時間。日本時間だと、もう明け方近い時間だ。朝5時起きだったから、24時間。ご両親宅のほうへ戻り、そろそろ眠ることにする。長~い1日が終わった。

バーギッシュ・グラーツバッハ、エルマーのご両親宅にて

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2010年10月 6日 (水)

母73才、初めての海外へ 初日その5 『着物』

我々は旅装を解き、日本からの手土産を持って、皆でエルマーの自宅へ。リビングにはオウムが2羽。母に「グリーンの子がティニで、グレーの子がリオ」と説明すると、「あぁ~、この子がリオちゃんか!」と、以前我が家で飼っていたインコと同じ名前のオウムに、嬉しそう。

アンジュラが、浴衣の帯の締め方を教わろうと、部屋から浴衣を持ってきた。が今回、我々はそれ以上のものを持ってきている。まずは、エルマーとパパに甚平を渡す。甚平のパックプリントは虎だ。エルマーはしし座生まれなので、本当はライオンのデザインのものを贈りたかったのだが、あいにく見つけられなかったのだ。エルマーにそう話すと「いいよ、そんなこと気にするなよ」と、我々のお土産を喜んでくれた。

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甚平の上を着ているエルマー。この後のディナーの準備中です。

そして着物を取り出す。そして母がアンジュラに着付けをする。アンジュラは何とも言えないほど嬉しそうな表情をしている。帯を締める前、エルマーが何やら慌てて何かを取りに行った。デジカメだ。エルマーは盛んに写真を撮り始めた。特に、帯を締めているところを!

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アンジュラに着物の着付けをする母。後ろにティニとリオがいます。

アンジュラへの着付けが終わると、今度はママへの着物を取り出すと、ママは「エッ!私にも?」と驚いたような、それでもやはり嬉しそう。するとパパが慌てて自宅へと戻る。そしてやはりデジカメを持って戻って来た。エルマーとパパは、不思議そうに日本の着物の着方を見ながら、手順を一つ一つカメラに撮っている。これならば、我々が帰国した後でも、機会あれば写真を見ながら着物を着ることが出来るだろう。

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ママ(エルマーの母;アンナさん)に着付けする母。

2人への着付けが終わり、そして母も、かつて私がアンジュラにプレゼントした浴衣を着る。母が浴衣の帯を1人で自在に締めているのを見て、皆「オォ~!」と、とても驚き感動している。もちろん、3人そろっての写真も忘れない。

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純和風の姿で、日独友好!です。

アンジュラとママはせっかくだからと、その着物姿で近所を散歩する。彼らの自宅前には牧草地が広がっている。少し行くと、牛がいたりアヒルがいたり、とてものどかなところだ。母もそう感じたようで、「北海道みたいだなぁ」と言っている。

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彼らの自宅前は、このような牧草地が広がっています。(2004年撮影)

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皆が母を歓迎してくれました。

ママは、隣の家の呼び鈴を押すが、なかなか出てこない。「もう寝ちゃったのかしら?」と心配している。しばらくして玄関が開き、ママと同じぐらいの年齢の女性が現れた。ママは着物姿を「どう?素敵でしょ!」とでも話したのか、お隣さんは2人の着物姿にびっくり!「すごく素敵ねぇ!」と言っているようだ。お隣さん、ご主人も呼んで、お隣ご夫婦に着物姿を披露する。そしてママは、我々を紹介しているようだ。私はもちろんドイツ語で挨拶。お隣さん、更に驚いたようだ。

それにしても、着物姿は評判が良く、このプレゼントは本当に気に入ってもらえたようだ。

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2010年10月 5日 (火)

母73才、初めての海外へ 初日その4 『エルマー&アンジュラに再会』

階段を上がってホームを歩くと、しばらくして反対方向からエルマーとアンジュラの姿が。やはり彼らは、ホームで我々を待っていたようだ。彼らと顔を合わせるやいなや、私は「Hallo ! Elmar, Angela ! Entschuldige...!(ハロー、エルマー、アンジュラ!ごめん・・・)」とドイツ語で謝った。彼らはホームで我々を20分も捜していたらしい。「Ich habe vor dem Schalter von Lufthansa gewartet. Und meine Mutter auch wartet der jetzt ! (ルフトハンザのカウンターの前で待っていたんだ。母も今、そこで待っているよ)」と話し、彼らをそちらへと案内する。

母に「やっぱりホームで待っていたよ」と言って、彼らを紹介しようとすると、エルマーが突然日本語で「こんにちは!」と母に挨拶。アンジュラも同じように「こんにちは!」。これには私も母も少し驚いた。母も慌てて「あ、こんにちは!」と答える。彼らに「Oh, Japanisch "Konnichiwa" ?(日本語で”こんにちは”だって?)」と笑いながら話すと、「当たり前だよ。君のお母さんに初めて会うんだ。日本語で挨拶しないとな」と、エルマーが答えた。「こんにちは」ぐらいは彼らが知っていてもおかしくはないが、母との初対面のあいさつで日本語とは、気配りを感じる。

私が彼らを捜しに行っている間、母にとっては初めての異国で1人で待っていて、きっと不安だっただろう。しかし意外にも、たまたま通りかかった人が、ベンチで休んでいる母に「グッド?」と声かけてくれたことがあったらしい。母も「グッド、グッド」と答えたとか。

お互いの紹介を済ませ、彼らの住む街 Bergisch Gladbach (バーギッシュ・グラートバッハ)へ列車で向かう。私はてっきり、彼らが車でここまで迎えに来ていると思っていた。しかし、このケルン中央駅までは車より列車のほうが速いそうだ。Sバーン11の列車に乗り、対面シートに4人向かい合って座る。1年4ヵ月ぶりにあった彼らに、私は出来る限りドイツ語で「みんな元気?」「アンジュラのお母さんは元気?大丈夫?」「ティニとリオ(エルマー達が飼っているオウム)は?レックス(アンジュラの実家にいるシェパード)も元気?」と尋ねると、彼らもドイツ語で答えてくれる。

母は、出発前に私が作っておいたドイツ語のアンチョコを取り出し、アンジュラの膝を軽くたたいてそれを見ながら「Ich bin ・・・」と突然、ドイツ語で自己紹介する。それを聞いて「Oh, du bist ・・・.Ich bin Angela.」「Ich bin Elmar.」と彼らも、ドイツ語で!アンジュラは母のアンチョコを見て「dsching、これ、あなたが作ったの?」と訊く。「もちろん!」と答えると、「すごいじゃない」と言うような顔をしていた。

ケルンからおよそ20分で、バーギッシュ・グラートバッハへ到着。そこからは車で10分ほどで彼らの自宅へ。車はエルマーの自家用車ではなく、彼の父の車で迎えに来ていた。というのは、エルマーの車はリヤシートのルーフが低く、大人が座れるサイズではないからだ。彼の父の車は、日本車で三菱のコルト。だから皆、乗ることができる。
バーギッシュ・グラートバッハの中心街を抜け、彼らの自宅方面へと向かう。私は母に「ここがマルクト広場で、青空市場が開かれるんだ」などと、道中の案内もしていた。

そして彼らの自宅に到着。私にとってはもう3度目で、いくらか慣れ親しんだところだ。が、今回は隣で暮らすエルマーのご両親宅でお世話になる。いつも借りていた部屋は、今は賃貸契約で他の人に貸しているからだ。我々はさっそくご両親宅のほうへ。アンジュラが呼び鈴を押すと、エルマーの母アンナさんがにこやかに出迎えてくれた。

「Hallo ! Guten Tag ! Mama. Lange nicht gesehen. Wie geht's ?(こんにちは!ママ。久しぶり、元気?)」とドイツ語で挨拶。そして「Das ist meine Mutter ・・・. (こちらは私の母、・・・です)」と、母を紹介した。(*私は彼らのご両親を彼ら同様に「パパ、ママ」と呼んでいます。)母もママにご挨拶。するとママは、母と身長がお互いに低く、同じぐらいなので、とても嬉しそう。手を頭の上で動かし、「ほら、同じぐらいよ!」と言っている。

部屋の中へ入ると、エルマーの父ハンスさんも満面の笑みで迎えてくれた。パパは身長180cmを超える人で、エルマーよりも背が高い。母は「ワッ、大きいなぁ!」と驚いていた。

我々はこのご両親宅の3階へと案内された。ベッドが二つ、テーブルに椅子、クローゼット、テレビとステレオ、そして洗面台もあった。トイレは部屋を出て右へ行ったところ。風呂は2階にあるバスルームを使わせていただけるようだ。かつてエルマー宅で借りていた部屋ほど広くはないものの、これならば十分だ。いや、充分過ぎるほどである。

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2010年10月 3日 (日)

♪ 99 Luftballons ♪ ~ドイツ統一20周年です~

ドイツの旅日記を書き始めましたので、ドイツ語の歌としては日本で最大のヒット曲、Nenaの「99 Luftballons」を紹介します。日本では『ロックバルーンは99』と訳されました。実はこの歌、『戦争なんてくだらないことよ』というメッセージが込められた歌なのです。売野雅勇氏の訳詞も書き添えました。ご存知の方もそうでない方も、英語とは違うドイツ語の響き、訳を見ながらお楽しみ下さい (^_^)!

        ロックバルーンは99

ヒマだったら歌ってあげる
99のルフトバルーン
100個に1個足りない風船の歌よ
地平線の向こうで
あなたは今頃 私のこと考えているかな
ヒマだったら歌ってあげる
99のルフトバルーン
下らないことは、下らないことから生まれるのね
そういうことは、つまり、そういうこと、ってね

99個の風船が 地平線に浮かんで
誰かがUFOだって言ったら
兵隊のボスは警告するために 兵隊を送り込んだんだ
まるでホントのUFOのように
でも地平線には 99個の風船だけ

99の戦闘機が イカシたパイロットを乗せて
カーク船長気取りで突撃したけど
花火があがったよ みんなワケがわからず
攻撃されたと勘違い
地上からも同じことね 99の風船めがけて発砲、発砲よ

99人の国防大臣たち マッチ棒とガソリン缶をちらつかせ
頭がいいつもり
大量の獲物をかぎつけ
戦え!と叫んで権力を追っかけた
誰もこんなこと、思ってもみなかった 99個の風船くらいで こんなことになるなんて
99個の風船くらいで こんなことになるなんて

99の戦争
勝ったって国はなくなるし、国防大臣たちももういない
ジェット戦闘機の影もない
私はいつもの道を行く ガレキの街の片隅に
風船を1個、見つけたよ
あなたのことを思いながら空へ
飛ばしたよ

いかがでしたかぁ (^_^)?!この歌の意味を知って、「ヘェーッ!」とか「うーむ!」と思われたでしょうか?

ところで今日10月3日は、東西に分かれていたドイツが統一されて20周年になります。
1989年、世界中を「アッ!」と言わせた『ベルリンの壁』崩壊、そして翌1990年のこの日、東西が統一されました。この歌がヒットしたのは、そのほんの数年前でした。何か時代の流れがあったのかナァ?と思いました。

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2010年10月 2日 (土)

楽しそうだネ (^_^)!

うーん・・・、せっかく天気が良い1日だったのに・・・、無駄に過ごしてしまいました。彼岸花やコスモスを探してみようと思っていたのですが。このところ、花の写真を全然アップしていませんしネェ (^_^;;!どうも、私自身が今一つ元気ではないようです。

で、ナショナル・ジオグラフィックに可愛い写真がありましたので、紹介します。

Adeliepenguin
アデリーペンギンです。この歩く姿、とても楽しそう (^o^)!に見えますよネ (^_^)!何かいいこと、あったのかな?

楽しそうに歩くアデリーペンギンにあやかって、私ももう少し楽しく元気に過ごしたいと思います。

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